「本質は変わらない、という話」


「………………」

 ある人は洗濯物を干し、ある人は散歩に出かけ、またある人は公園でうたた寝をする。
 誰もが心を躍らさずにいられない、そんな晴れ渡った午後の事。

「……ナギサ」
「…………ごめん」
 先頭を珍しく横柄な様子で歩く人物に聞こえないよう、リノは責めるような声で隣にいるナギサを呼ぶ。
 そして、彼女もこれまた珍しく反省しているようで、素直に謝っていた。
「とにかく……どうするつもりだ、ナギサ?」
 更に二人の後ろを歩いていたラザまでもが、前方の人物に注意しながら小声で尋ねてくる。
「どうするって言われても……要は教会に連れて行けばいいんだけど……」
「一筋縄ではいかない、か」
「でも、このままだと……その……困るんだけど」
 三人はそれぞれ違った表情でため息を吐き、もう一度ほぼ同時に前を歩く彼の背中を見た。
「……何だよ? これぐらい自力で取るからな?」
 その視線を察して振り返り、不機嫌そうな声を上げたのは――石のかつらを被らされたトラッドであった。


 話は数日前に遡る。


 事の発端となったのは、四人にとっては日常とも呼べるモンスターとの戦い。
 時間はちょうど昼を過ぎた辺りで、襲われた場所は鬱蒼とした森の中。
「っ……!」
 真っ先に行動し、相手の体勢を崩すのが主な役割であるトラッド。
 後は前線でも後方支援でも危なげなくこなす、という仲間としてはこの上なく頼りになる存在なのである。
 その割に普段は何処までも鈍いのだが、今回の件に関しては特に関係ない。

 相変わらず彼は自分の力を十二分に発揮し、鮮やかな戦いっぷりを見せていた。
 だが、不覚にも伸び放題の草に足を取られてしまい、頭部にモンスターの攻撃を受けてしまったのだ。
 深緑色の草の上に滴り落ちる赤い粘着性の強い液体。
 一度でも気を緩めれば、たちまち意識は闇の中へ放り投げられてしまいそうだった。
 それでもトラッドは淀みない動作で薬草を傷口に当てると、何とかモンスターを倒す事に成功したのである。

「トラッド……まだ痛む?」
「……うん……」
 戦闘後、すぐに駆け寄ってきたリノが、潤んだ瞳のまま手当てを始めた。
 白い包帯がしゅるしゅると、心地良い音を刻みながら彼の頭に巻かれていく。
 しばらくは規則正しく奏でられるその音色に、大人しく身を委ねていたトラッドだったが、
「えっと……リノ……」
 不意に弱々しい声で彼女の名前を呼んだ。
「今は話さない方がいい」
 しかし、当のリノは少し怒ったような口調でそう告げる。
 すると、彼は急に彼女の白い手を取り、
「いや……手当てしてくれるのは有難いんだけど……」
 喜びとも呆れとも区別がつかない複雑な表情で、音もなく動きを止めた。
「……前が見えない……」
「…………え?」
 その一言でリノは初めて気づく――いつの間にか包帯が、トラッドの顔の上半分まで覆っているという事に。
「ご、ごめん……!」
 彼女は耳まで真っ赤になると、慌てて包帯を元に戻していく。  どうも手当てに集中し過ぎるあまり、周りが見えなくなっていたらしい。
 そうして再び陽の目を見たトパーズ色の瞳は、楽しそうな苦笑いと同じように揺れていた。
「で……イイ雰囲気の所悪いんだけど」
 しばらく間を置いた後、突然ナギサがそう口にする。しかも、あまり申し訳なさそうではない口調で。
「別にそういうつもりじゃ……!?」
「はいはい」
 慌てて否定するトラッドに対し、彼女は自分の顔を右手でパタパタ仰ぎながら、意味深な笑みで適当な返事を返す。
「……で、どうかしたのか?」
 まだ彼は不機嫌そうではあったが、何を言っても無駄だと悟ったらしく話を促した。
「今回の怪我の原因って何だと思う?」
「……へ? 何って……草に足を取られたからだろ?」
 唐突なナギサの質問に、トラッドは目を丸くしながら間の抜けた表情で訊き返す。
 だが、それは彼女の求めていた答えでは無かったようで、ため息を吐いてから首を横に振ってこう答えた。
「そもそも無防備過ぎるのよ」
「……ああ、なるほど」
 その言葉に今まで聞き役に回っていたラザが納得の声を上げると、ナギサは満足そうに頷いて話を続ける。
「リノちゃんはサークレット、ラザだって戦闘中は鉄兜を被るようになったし……私だってウサギの耳をつけてるでしょ?」
 つまり彼女が言いたいのは、頭に何も装備をしていないから怪我をしたのだという事だった。
(……ん? ウサギの耳……?)
 一瞬、最もだと思いかけたトラッドだったが、何処か得意げに語る彼女の言葉にふと違和感を覚える。
 そして、すぐさま気になった箇所を尋ねようと、
「ちょっと待て」
 左手を前に出して、静止の意を示すが、
「ダメ」
 それは一秒にも満たない時間で否定された上に、背中をハリセンで一撃されてしまった。
 珍しく頭を叩かなかったのは、一応の気遣いだろう。
「……でも、兜ってあんまり好きじゃないな……やっぱり動きにくいし」
 トラッドは理不尽に思いながらも、いつもの事と潔く諦めて自分の考えを言葉にする。
「そ・こ・で」
 するとナギサは、妙に弾んだ口調で道具袋の中から何かを取り出すと、
「へ?」
 文字通り、目にも止まらぬ早業で何か固い物を彼の頭に無理やり被せた。

「髪の毛のような感触で頭を守ってくれる優れ物! その名も――石のかつらよ!!」

 まるでアッサラームの商人めいて、歌うようにすらすらと説明をするナギサ。
 未だ呆然となったままのトラッドの頭には、一見僧侶かと間違えられそうな兜が乗せられていた。
「…………あら、意外に似合うじゃない」
「じゃあ、その間は何だ」
「他に良い感想が思いつかなかっただけよ」
 ナギサは一度彼を見た後、顔を逸らして肩を震わせる。
 おそらく似合っているなどとは微塵も思っていない、というのは誰が見ても明らかだった。
 更にリノとラザも口元を手で押さえており、決して声を出そうとしない。
「……ったく、冗談もほどほどに――」
 ナギサだけならともかく、他の二人にまでそんな態度を取られ、軽くショックを受けたトラッドはすぐに脱ごうとした。
「…………え?」

 しかし、石のかつらはどれだけ力を入れても微動たりしなかった。

「ト……トラッド……?」
「あ、あれ……?」
 リノが不思議そうな顔を浮かべる中、彼はただ必死にかつらを取ろうとする。
「……もしかして、呪われてる?」
 その時、ナギサはポンと手を叩き、独り言のように誰ともなく問いかけた。
「呪い?」
「ええ。見た目からは想像出来ないけど、外れないってことは、ね?」
「……随分、愉快な呪いだな」
「それでも当の本人には大ダメージよ」
 額から汗を流すトラッドを横目に、ナギサとラザは至ってのんきに会話をしている。
「とにかく教会へ――」
 二人の声を耳にしながら、リノが焦ったように口にした。
「俺は……行かない。こんな道具に呪いなんて有り得るか……!」
 だが、彼はうんうんと唸ったまま、珍しく頑なに拒否をする。
「でも、外れないってことは……!」
「違う。少しサイズが小さいだけだ」
「トラッド……?」
 いつもの彼ならここですぐに頷くか、例えそうでなくても周りの意見に耳を傾けていただろう。
 しかし、石のかつらには外れなくなる以外に、もう一つ呪いがかけられていた。

 それは被った人間がどんな性格であろうとも――――頑固になってしまうという、ある意味迷惑極まりない呪い。

 この事を三人が知ったのは、町へ戻ってからであった。
 その時もトラッドがキメラの翼の使用をひたすら拒んでいたのは、言うまでもない。


 という経緯を経て、彼は石のかつらを被り続けているのであった。


「……まぁ、実害は無いんだけど……」
「でも……凄く変な感じがする」
「……嫌?」
「…………うん」
 宿屋の一室。リノとナギサは眉間に皺を寄せっぱなしのトラッドを思い出しながら、嘆息する。
 ちなみに先ほど部屋を訪ねたラザの話では、今もまだ石のかつらを外そうと必死らしい。
「そういえばナギサ」
「なあに?」
 不意に尋ねるリノの声に、幾分明るい様子で彼女が顔を上げる。
「その……いつもみたいにハリセンで気絶させるのは……?」
 だが、リノの声は表情と同じく、あまり明るいものではなかった。
 今の状況が好ましくないとはいえ、やはり彼に痛い思いをさせるのは気が引けるようだ。
「……それなんだけど、無理なのよ」
「どうして?」
 ナギサは意外そうに問い返すリノの後頭部を優しく撫でながら話し始める。
「あれって、大体この辺りを……こう絶妙な力加減と角度で叩く必要があるの」
「つまり、今は石のかつらを被ってるから出来ない……?」
「そういうこと。だからって下手に強く叩くのもねぇ……何があるか分からないし」
 やけに詳しい、そして何処か恐ろしい説明のおかげで、彼女もむやみやたらにハリセンを振るっているわけではない、という事が分かった。
(……でも……)
 いくらナギサでもつい手元が狂わないとは限らない。
 そう考えると、知らない方が幸せな気遣いではあった。
「とりあえずはチャンスを待つしかないわね」
「……うん」
 結局、何の解決策も見出せないまま、一日は過ぎていった。


 そして三日後――


「リノ!」
「え……?」
 夕闇が迫る空の下、四人は見晴らしと足場の悪い山岳地帯でモンスターたちと戦闘を繰り広げていた。
 リノはキラーアーマーと戦っており、つい先ほど倒した所。
 だが、剣を振り切ったわずかな隙を狙い、岩場の陰に潜んでいたグリズリーが襲い掛かってきたのである。
「くっ……!」
 真っ先に気づいたトラッドは叫んだ後、体勢を崩さないよう慎重に走って彼女の元へ向かう。
 そして間一髪の所でリノの後頭部を右手で庇いながら押し倒すと、すぐさま起き上がって、懐から取り出したナイフを投げた。
 瞬間、寸分の狂いもなく、心臓へと突き刺さる銀色の刃。
 その見事な一撃でグリズリーは断末魔の叫びを上げると、程なくして動かなくなった。
「……ふぅ……大丈夫か、リノ?」
「う、うん……」
 額の汗を拭うトラッドは、元気そうな彼女の声に安堵する。
 しかし、振り向いた直後、その表情はすぐに凍りついた。
「リノ……頬から血が……!」
「……え?」
 致命傷は免れたものの、グリズリーの振るった爪が掠っていたらしい。
「ちょっと待っ……すぐに手当てするから……!」
 酷く取り乱した様子の彼は、道具袋から薬草をいくつか取り出し、真っ赤に染まったリノの頬に当てる。
「っ……!」
 傷口から全身へと駆け抜ける鋭い痛みに、リノはびくりと身体を震わせて目を固く閉じた。
「ちょっと沁みるかもしれないけど……我慢しろ」
「う、うん……でも、これぐらい大したことないけど……」
「……リノは女の子なんだから……傷残すわけにはいかないだろ」
「えっ……」
 微かに潤むトパーズ色の瞳に映るのは、赤くなった自分の顔。
 予想外の言葉に、リノの唇から思わず吐息のような声が零れ落ちる。
「こっちは片付いた」
 その時、ナギサとラザがこちらへと歩いてきた。
 どうやら彼女が治療を受けている間に、戦闘は終わっていたらしい。
「リノちゃん怪我したの!?」
「…………うん。でも、トラッドが助けてくれたから、この程度で済んだ」
「……良かった」
 そこでナギサは安堵の息を吐くと、薬草を当て続けている彼の背中を軽く叩く。
「やるじゃない。少しは見直したわ」
 するとトラッドは真剣な眼差しで彼女を見据えた後、
「……当たり前だ」
 またすぐに視線をリノに戻し、何処か怒ったような口調でそう口にした。
「どうして?」
 ナギサはその心境が分からず、不思議そうに尋ねる。
 その問いかけに、彼は何の躊躇いもない、いつになく強い声でこう返事をした。

「リノは俺が守るんだから……いつも気に掛けてるのは当然だろ……!」

 普段の彼なら決して口にしないであろう内容に、三人は一瞬言葉を失ってしまう。
「ト、トラッド……?」
 奇妙な沈黙を経て、先に声を上げたのは真っ赤になって俯いているリノ。
「あ、今は何も話すなよ。まだ傷口も塞がってないから」
「………………」
 彼女はやはり目を合わせれないまま、こくんと小さく頷く。
(……何に怒ってるかと思えば……そういうことね)
 一方ナギサは、今の一言で彼の気持ちを何となく理解した。
 トラッドは誰かに、ましてやモンスターでもなく――リノに傷を負わせてしまった自分自身に怒っているのである。
「なるほど……」
 不意に紡がれるラザの納得した声に、ふと隣を向いた彼女も首を縦に振ってからこう呟く。

「……いくら呪いで頑固になっても」
「本質は変わらない、ということだな」

 いつもトラッドの中にあるのは、おそらく気づいていないが、リノを大切に想う気持ち。
 だから彼は、リノは自分が守るという事に対して頑固になっていたのだ。
 先ほどの言葉は、きっと怪我をさせてしまった事に動揺した為、つい口から出てしまったのだろう。
 二人の声も耳に入らないほど、リノとトラッドは手当てをする、されるという行為に集中している。
 ただ、それぞれ集中する理由は異なっていたが。
 そんな中、時間だけは何も変わらず、穏やかに流れていった。



 その後、石のかつらが取れたのは翌日の深夜。
 リノがラリホーでトラッドを眠らせた所を、ラザが教会へ運び込んだのである。
 だが、呪いの影響なのか、トラッドはここ数日の記憶が曖昧になっているようであった。
 何故か安堵しながらも残念そうな表情を浮かべるリノと、苦笑いをするナギサとラザ。
 一見、いつもの日常が戻ってきたかのように思えたが――


 それからしばらくリノは、彼と目が合う度にあの時の事を思い出して顔が赤くなる、という日々を過ごすのであった。



※後書き
 2周年感謝SS第1弾です。
 リクエストして下さった翔様、ありがとうございました。

 内容は『呪いのアイテムで性格がおかしくなったトラッド』との事でしたが、
 ……う、上手くお応え出来たでしょうか?(汗)
 当初は不幸の兜を被せようかとも考えたのですが、
 装備できない上に、これ以上不幸にするのも……と、思ってこうなりました。
 石のかつらって、意外にも呪いがかかってる上に装飾品扱いなんですけど、久々に思い出しました。
 ちなみにトラッドがどれだけ真剣な表情でも、石のかつらをつけてるんですよねぇ……(苦笑)

 書き始めた当初はコメディにする予定だったのですが……何故、こういった方向に(汗)
 何はともあれ、ありがとうございましたー♪



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