「思わぬ伏兵」


※注意
 今回のお話には「リノとクリスマス」で出てきた、あの銘酒が登場します。
 ですが、普通のビバグレイプよりも遥かに強いというだけで、特に話が繋がっているというわけではありません。
 なので読まれなくても大丈夫なんですけど……一応、という事で。

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 酒気を帯びた、楽しげな会話が飛び交う町の酒場は大騒ぎだった。
 夕食や勤めが終わった頃なのだから、確かに酒を嗜む人間が集まり易い時間ではある。
 しかし、今宵の熱狂に――――そんな日常的な空気は、いつまでも存在する事を許されなかった。

「……なぁ、リノ。何でこんな事になったんだっけ……?」
 目の前の、幸いにも自分に被害が及ばない惨状を瞳に映しながら、トラッドは左隣に立つ彼女に問いかける。
 すると彼女は一瞬の間を置いた後、首を横に振った。
「俺のせい……か?」
 続けて紡がれる彼の不安そうな質問に、再び考える素振りを見せたリノだったが、
「……トラッドは悪くないと思うけど」
 困惑しながらもはっきりした口調でそう告げる。

 そんな2人の目の前には――――

「ナギサ……強いな」
「そういうラザだって……案外やるじゃない」

 空になったビバグレイプの瓶が散乱するテーブルの上で、睨み合っている2人の姿があった。

「リノ……」
「……うん」
 知らず知らずの内に互いの手を強く握り合っている2人。
 だが、その表情から感じ取れるのは恐怖だけであり、青くなってはいても赤くなってはいない。
 更にその後ろでは、ちゃっかりヤヨイが隠れながらも時々顔を出して、事の成り行きを見守っていた。



 何故、こんな事になったのかというと――――話は今朝まで遡る。



「……どうしたんだ、2人とも?」


 旅の途中、近くまで寄ったリノたちはヤヨイのいる町までやってきた。
 彼女がトバリと共に作っている、あの町である。
 最初に5人でここを訪れた時は、まだトバリの家しかなかったのだが、今では武具屋に道具屋、そして宿屋まであった。
 そこで、時間を気にする事無く、久々の再会を喜び合う為、リノたちは宿屋に泊まったのである。
 宿は辺りの森から採ったと思われる木材を使った、簡単な造りのものだった。
 中に置かれているのも花瓶ぐらいで、特に派手な装飾は施されていない。
 だからこそ逆にゆっくり疲れを癒す事が出来る、旅の経験者であるヤヨイらしさが表れた宿屋であった。


 話はその翌朝、つまり今朝の事。
 難しい顔で何やら考え事をしているトラッドが部屋から出ると、目の前には同じような表情のリノとヤヨイがいた。
「……えっと」
 何か聞きたい事がある。それは明らかなのだが、リノもヤヨイも困ったように目を合わせるだけで何も話そうとしない。
「もしかして……俺が出てくるのを待ってたのか?」
 そこで彼は、妙に確信めいた口調でそう問いかけた。
 素直に驚く2人の様子からすると、どうやら当たっていたらしい。
「部屋の前に誰かいるなと思ったら……やっぱりそうか」
 ごく当たり前のように言うトラッドだが、実際はそう簡単に気づけるものではない。
 だが、これまでの旅でも分かる通り、彼はとにかく気配に敏感なのである。
 そう納得したリノは、やはり困惑した様子だったが、
「あの……少し相談に乗ってもらいたい事があって……」
 ようやく自分の心の内を言葉にして告げた。
「…………」
 いつもならすぐに頷くだろうと思われるトラッドだったが、何故か表情はぎこちない。
「あ、でも……忙しかったら――――」
「いや、そうじゃなくて……」
 彼は申し訳無さそうなリノの言葉を慌てて遮ると、口元を右の掌で押さえながらこう口にする。
「……俺も相談したい事があって……それで今、リノとヤヨイの部屋に行こうと思ってたんだ」
「え?」
 そんなトラッドの言葉に、今度はリノの後ろにいたヤヨイが驚きの声を上げた。
 つまり、偶然にもお互いに用があったのである。
「……とりあえず部屋に入るか?」
「そうですね」
「うん」
 次第に言葉を失くしてしまった3人。
 しかし、トラッドがきっかけを探すように呟いた言葉に、リノとヤヨイは戸惑いながらも頷いて従うのだった。


 そうして部屋に入って程なくして、
「……ところで、ナギサとラザはいない、よな……?」
 トラッドは四方八方壁で囲まれているにも関わらず、辺りを見渡した。
 当然、2人はカメレオンではないので、壁に溶け込んでいるわけが無い。
 そんな彼の不安に何かを察したのか、ヤヨイはあっという声を上げると、おそるおそるこう尋ねた。
「もしかして……師匠の相談もナギサさんとラザさんの事ですか?」
「…………も? という事は……リノとヤヨイも……?」
 度重なる偶然に、再び驚く3人。部屋内に何ともいえない沈黙が訪れる。
「えっと……とりあえず状況を整理しようか」
 さすがはこの中で一番年上というべきか、まず我に返ったのはトラッド。
「じゃあ……まず……」
 そうして彼は2人が頷くのを確認すると、自分の知っている事を話し始め、彼女らが知る事を聞き始めた。


 互いの情報を交換して分かったのは――――ナギサはトラッドに、ラザはリノとヤヨイに同じ悩みを談しに来たという事だった。
「つまり……2人揃って相手に避けられてると思ってるのか……」
「……そうなりますね」
 同じような仕草で首を傾げる師匠と弟子。
 意図はしていないのだろうが、その仲睦まじさにリノはつい目の前の問題を忘れてしまう。
「うーん……勘違い、じゃないのか?」
「勘違い?」
 しばらく考え込んでいたトラッドの言葉に、ハッとなったリノは気になった言葉を繰り返す。
「俺が見た感じだけど……ナギサとラザも避けてるんじゃなくて……」
「必要以上に意識し過ぎてる、ですか?」
「うん、そんな感じがする」
 3人はダーマで初めてラザと出会った時の事を思い出した。
 過去に何があったのかは分からないが、少なくとも彼は積極的に話をしようとしていたのではないか。
 そしてナギサも言葉では反発しながらも、それは果たして本心だったのだろうか、と。
 ただ、これはあくまで推測に過ぎない為、はっきりと断言出来る訳ではない。
「要はきっかけだよなぁ……」
「……うん」
 ふと思った事を口にするトラッドに、今度はリノが同意を示す。
 誰にでも普段から言いたい事、というのは問題に違いはあれど何かしらあるものだ。
 だが、言うべきタイミングを逸してしまうと、中々伝える事が出来ない。
 その事をよく知るリノとトラッドはひとしきり頷いた後――――アリアハンとランシールでの出来事を思い出し、揃って顔を赤くした。
「どうしたんですか?」
「あ、いや……何でもない」
 一応問いかけるヤヨイだが、おそらく何があったのかは想像がついてるらしく、何処か嬉しそうである。
「と、とにかく……今、俺たちに出来るのはきっかけを作る事だな」
 珍しくそれを察したトラッドは、大慌てで話を進めた。
 その時――――何かを思いついたらしいヤヨイは、突然2人の手を握ると、

「じゃあ……お酒を飲みましょう!」

 先ほどとはまた違った笑顔でそう告げた。
「……酒?」
「ほら、大人の人が打ち解ける時って、お酒がつきものじゃないですか」
 ヤヨイはこの町で何度もそんな光景を目にしているのか、言葉には自信が漲っている。
「……うーん……」
 酒に弱いトラッドは少し悩む素振りを見せたが、
「確かにナギサもラザも嫌いじゃないだろうし、ルイーダの酒場もそう考えると理に適ってる……案外、悪くないかもな」
 幾つか思い当たる節があるのか、苦笑しながらも納得した。
「じゃあ、早速お二人に話してきますね!」
 するとヤヨイは弾けるように椅子から立ち上がると、あっという間に部屋から出て行く。
 その嬉しさが、問題が解決しそうだからなのか、それとも自分の意見が通ったからなのかは定かではないが。
「でも……トラッドは飲まないで欲しい」
「俺も……出来れば、その方がいいと思う」
 部屋に取り残されたリノとトラッドは、そんなやり取りを交わしながら、紅茶を淹れながら彼女の帰りを待つのだった。



 ――――そんな経緯を経て、5人は酒場にいるわけである。



 最初は穏やかに始まりを告げ、そのまま終わりそうな空気だったのだが、
「ちょっと勝負しない?」
 というナギサの余計な一言により、こんな状態になってしまったのだ。
 彼女が関わって無事に終わった例など一つも無い、と3人は今更ながらに思い出していた。
「でも、2人とも……よく何とも無いな」
「ええ……もう瓶が1、2、3、4……沢山ありますよ」
 感心するリノと、状況を把握する事を諦めたヤヨイ。
「いや……多分、意地になってるだけで、一度止まれば落ち着くと思う……」
 しかし、トラッドはなけなしの平常心で分析した結果を、疲れの滲んでいる口調で話す。

「そ……そろそろ負けを認めたらどう?」
「……まだ何ともないのにか?」
「とろんとした目で強がり言っても説得力無いわよ」
「なら、飲めば納得するんだな」
「……素直じゃないわね」
「ナギサほどじゃない」

 3人の心配をよそに、まだまだ飲みそうな様子のナギサとラザ。
 おそらく互いの瞳には互いの姿しか映っていないのだろう。
 だが、身体は正直で、2人とも限界が近いようであった。
 もしくはトラッドの言う通り、既に越えてはいけない線を越えてしまっているのかもしれない。
「……でも、どうやって止めるんだ?」
 リノは先ほどよりも幾分落ち着いた口調で彼に問いかける。
「…………そこが一番の問題なんだよな」
 今、あの2人の間に割って入る事。それは自殺行為に近い。むしろそのものといっても良い。
 それほどまでに白熱した闘いであった。
「で、でも、すっかり打ち解けてますよね……?」
「……ある意味では」
 思い返せば、あれほどまでに2人が目を合わせているのは珍しい事である。
 何故なら、普段は相手が自分の視線に気づいた瞬間、何か気まずいのかすぐ顔を逸らしてしまうからだ。
 しかし――――今はそれを手放しで喜べる状態ではない。3人は嫌でもそう理解せざるを得なかった。


 それから数十分後。


 また一本ビバグレイプの瓶が空けられ、テーブルの上に並ぶ。
 その数は例えヤヨイでなくても、今何本あるのか数えたくないほど散乱していた。
「……さすがにまずいな」
 トラッドが額に浮かぶ汗を拭うのも忘れて呟く。
 というのも、先ほどまではまだやり取りをしていたナギサとラザが、一言も話さなくなったからである。
 おそらく、わずかに残っていた余裕も既に使い切ってしまったのだろう。
 つまり、それは――――今以上に状況が悪くなる、という事を示唆している。
 このままもし、2人揃って潰れてしまえば、ある意味では上手くいってた事さえも消え去ってしまうに違いない。
「こうなったら……」
 そう考えた彼は、いつの間にか頬に辿り着いていた汗を手の甲で拭うと、覚悟を決めるように両頬を掌で叩く。
 そして、震えが止まらない右足を何とか一歩踏み出したのだが――――

「……私が行ってきます!」

 強い意思を伴った声が耳に突き刺さった。
 振り返った先にいたのは、何故かバンダナを外しているヤヨイ。
「ヤヨイ……!」
 唐突過ぎる彼女の行動に、リノは何とか静止しようと試みるが、
「大丈夫です。私にも考えがありますから……!」
 自信に満ち溢れた表情を前にして、かける言葉を見失ってしまった。
 時間の流れるままに、状況を見守るリノとトラッドの掌は、知らず知らずの内に重なっている。
 そんな中、ヤヨイは何を思ったのか、まだ中身の入っている瓶を一本手に取った。

 しかも中身は、2人が飲んでいたものよりも遥かに強い銘酒――――ビバ!グレイプである。

 いざという時の為にナギサが用意していたと思われる、何処かめでたい響きを持つ酒。
 しかし、今の彼女とラザには、それを口にするだけの余力は無い。
 それほどまでに度の強い酒なのである。
「ヤヨイちゃん?」
「……ヤヨイ?」
 そのビバ!グレイプを手に持ったまま近づいてくる彼女に気づいた2人は、酷く緩慢な動作で顔を上げた。
 だが、当のヤヨイは何も返事をしない代わりに、珍しく乱暴な仕草で瓶を持ち上げると、

 グラスに注ぐ事無く――――そのまま飲み始めた。

「ちょ、ちょっとヤヨイちゃん……!?」
「無茶な事をす――――」
 驚きのあまり、少し酔いが醒めたのか、ナギサとラザは必死で彼女を止めようとする。
 しかし、身体を思うように動かせないらしく、ビバ!グレイプを飲み続けるヤヨイにあっさりと振り払われてしまう。
「ヤ、ヤヨイ……?」
 一方、リノとトラッドも指一本動かせずに、呆然と目の前の信じ難い光景に魅入っていた。

 それから間もなく、ヤヨイはビバ!グレイプを飲み終える。

「……ぷはぁ」
 普段の様子からは有り得ないぐらい艶っぽくなっている彼女の唇から、酒気を帯びた吐息が零れ落ちた。
 そんなヤヨイの仕草にトラッドとラザ、そしてリノやナギサまでも、言葉を失って見惚れている。
 だが、4人の視線に気づいていない彼女は剣呑な瞳で周囲を見回すと、
「あ、おかわりお願いしまーす」
 不運にも近くを通りかかったウェイトレスに、よく通る元気な声でそう告げた。
「……な、何とも無いのか?」
 これが普通のビバグレイプなら、トラッドもここまで心配しなかったかもしれない。
「……へ? 全然大丈夫ですよ?」
 だが、当のヤヨイは平然と不思議そうな顔で逆に尋ね返す。
 表情もその言葉通り、至って普段と変わりない。
(まさか……)
 ふと気になったトラッドは、彼女が飲み干した瓶に少し残っていたビバ!グレイプをグラスを二滴注ぐ。
(……実は水と入れ替えられていた、なんて……)
 それからグラスをゆっくり傾けて、おそるおそる口に含んでみたのだが、
(…………いや)
 紛れもなく本物のビバ!グレイプであった。
 つまり、ヤヨイは正真正銘これを一気に飲んで、何とも無いのである。
「お、お待たせしました……」
 程なくして、ウェイトレスが引きつった笑顔を浮かべながら、新しい酒を運んできた。
「わーい、ありがとうございますー」
 するとヤヨイは可愛らしい笑顔でそれを受け取ると、再び瓶を口に付けて勢いよく傾ける。
 まるで水かと思ってしまいそうなぐらい、彼女の飲みっぷりは清々しく、男前だった。
「………………」
 この中で一番酒に強いのは、今ちょうど二本目を飲み終えたヤヨイ。
 その事実にショックを受け、酔いが完璧に醒めてしまったナギサとラザは、そのままテーブルに突っ伏して眠ってしまった。
 きっと、これまで2人を支えていた気力が、思いもよらない現実を前にして息絶えてしまったのだろう。
「……俺が部屋まで運ばなきゃいけないんだよな……多分」
 いつの間にか三本目に突入し、心なしか陽気になっているヤヨイと、ぴくりとも動く素振りを見せないナギサとラザ。
 何処までも自由な3人を横目で見ながら、トラッドは疲れきった表情でそう呟く。
「私も手伝うから……元気を出してくれ」
 そんな彼を不憫に思ったリノは肩を叩いて励ましの言葉をかけると、同じく現実を目の当たりにして深いため息を吐くのだった。


 翌朝、トラッドの危惧した通り、ナギサとラザの昨夜の事を全く覚えていなかった。
 しかし、2人は無意識の内に、ほんの少しだけ目を合わせるようになっていたのだが――――そのせめてもの救いに気がつくのは、当分先の話であった。



※後書き
 2周年感謝SSラストの1本でございます。
 リクエストして下ったkurohito様、ありがとうございました。

 今回は「1stパーティのメインチーム全員で何か」という事でしたが……久々のお酒話となりました。
 そして明かされるヤヨイの思わぬ秘密……!!
 というのも、九州の方がお酒が強いのは、純粋な日本人に一番近いからだと何処かで聞いた事がありまして、
 純粋なジパング人であるヤヨイは強いに違いないと思いまして、こういう話となりました。

 そういえば、久々の登場となるビバ!グレイプなんですけど、
 名前の由来は文章でもある通り、何処かめでたそうな響き、です(笑)
 昔、クリスマスSSを書いた時の私は一体何を考えていたのか。
 自分的には微妙に気になる所なのですが、知らない方が幸せな気もするので忘れる事にします(苦笑)

 最後の一本という事で、今回の反省を……
 まず、リクエストして下さった皆様、本編を楽しみにして下さった皆様……
 長くお待たせしてしまって、本当に申し訳ございませんでした(涙)
 最低でも3ヶ月で、と思っていたのですが、一時文章が全く出てこなくなってしまったので……
 後、本来なら早くにリクエスト下さった方から順番に書くべきなのですが、
 話が思いつかないなどの私的な理由で思いついたものから書いてしまい、誠に申し訳ございませんでした(汗)

 ですが、皆様から予想を遥かに上回る沢山のリクエストを頂けて、本当に嬉しかったです……!
 書きたかった物から、今まで思いつかなかった物まで、色々考える事が出来て、とても勉強になりました。
 今回のリクエストSSで学んだ事を活かして、より面白いものを書く事が、皆様への恩返しになると信じてますので、
 これからも一生懸命書かせて頂きます!

 それでは最後になりましたが、
 今回のリクエストをして下さったkurohito様、読んで下さった方々、
 最後までお付き合い頂いた方々、本当にありがとうございました!
 よろしければ、これからもお付き合い頂けますと幸いでございます♪




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