「連鎖の果てに」


 陽光ひだまり微風そよかぜ新緑みどりぎ安息いごこち
 全てを携えた極上の昼下がりが招くのは――夢現まどろみ
 何者の元にも、例外なく。
 普段は旅や戦いに大忙しのリノも、身を委ねる一人だった。
 部屋。日射しも柔らかな、少しの余白が伴う窓際の傍ら。ぎぃぎぃと緩やかに軋む揺り籠椅子の上で、彼女は安らかな寝息を立てている。
 小さな掌は胸元に、大きな想いを握り締めるように。
 この状況に至る経緯は、単純明快。勧められたのだ。

「リノちゃんも、たまにはお昼寝してみたら? ここだとよく眠れるわよー」

 同じ部屋に泊まる金髪碧眼の美女に。
 きっと日頃の疲れが残っていないか心配しての行動、なのだろう。
 ただ、気に掛かる事もなくはなかった。
 というのも、いつも強引なナギサだが、今回に関しては特に譲らなかったのだ。
 そんなに疲れた顔をしているのだろうか、とリノは気遣いを申し訳なく思ったが――実は違う。
 単に彼女は、しばし眺めたかっただけの事。

 純真無垢な少女の、無防備で可愛らしい寝顔を。つい、何となく。

 当然、リノが気づくはずも気づかされるはずもない。
 "巧"と"絶"を兼ね備えた"妙"とも言うべき、世にも恐ろしい企み。無害で済んだ事が、せめてもの救いである。
 とその時、ちゃり、という金属音が耳元で鳴った。
「うぅ……ん……?」
 凜とした囁きに、彼女はふと目を覚ます。
(……いまの……なんだろ)
 少なくとも愛用の剣ではない、とリノは不可解に周囲を見渡したが、
「あ……」
 再びの囁きに、答えはすぐに見つかった。
 それは小さなトパーズが印象的な、銀のネックレス。かつてトラッドが贈ってくれた時から、肌身離さず付けている――リノの宝物だ。
 どうやら眠っている間に触れた拍子で、鎖が音色を奏でたらしい。
 途端に、ぼっ、と顔が熱くなった。
「……トラッド」
 気づけば、彼の名前を呟いていた。
 加えて、するすると手繰り寄せたペンダントに、じっと魅入り。切なげな吐息を交えて、無自覚に唇を落としかけた――瞬間。
 こんこんここん、と簡素な木の扉が軽やかに歌った。誰かの合図だ。
「ははは、はいっ!? ど……ど、どうぞ……?」
 素っ頓狂に裏返った声を抑える事もできず、彼女は入室の許可を出す。
 それを受け、遠慮がちに部屋の中へ入ってきたのは、
「……もしかして、忙しかったか?」
 鮮烈な焔めいた長髪が印象的な青年、ラザだった。態度がおかしかったせいか、どこまでも申し訳なさそうな面持ちである。
「ううん! なに、も……うん、何もしてない、けど?」
 リノは首を痛めかねない勢いで横に振り、激しく否定した。
「…………」
「そそ、それよりも、なななにか用?」
 明らかに誤魔化せていない。理解したからこそ彼女は、強引に来訪の理由を問いかけた。既に"詰問"と表しても差し支えがない口調で。
「あ、ああ……少し相談に――」
 だが、話し始めたラザは不意に言葉を切って、逆に尋ねる。
「……そのペンダントは?」
「え? ……あ」
 ちょうど今、リノが口づけようとした装飾品について。
「これは、あの……えとその……」
 再び彼女の頬が、ぼん、と赤くなる。正しく、火を噴いたように。
 一方、ますます申し訳なさそうなラザはというと。
(まぁ……トラッドから貰った物、だろうな)
 初々しい反応から、事情を聞くまでもなく的確に察していた。というより、分かり易すぎるのだ。彼女の場合は、特に。
 にも拘わらず、未だはっきりとした進展が見受けられない理由は、
(……二人揃って鈍いから、か)
 という事に他ならない。
 それでも責めるつもりはない。むしろ、見守ってやりたい――などと常日頃から考えてはいるものの、そろそろ何かしら変化があって欲しい。心からそう願わずにはいられないラザであった。
「な、なんていうか……うん。その、えっと……これは――」
「いや、初めて見た物が気になっただけだ。無理に言う必要はない」
 兎にも角にも、一抹の罪悪感と共に彼は言葉を遮った。すると、耳まで真っ赤な少女はきょとんとなる。
 とはいえ、これは当然の行動。もしくは、原点への回帰。何故なら――
「それよりも時間はあるか?」
「え? あ……うん」
「なら少し付き合って欲しい場所がある。リノも興味があるようだから、そうして貰えると助かるんだが……」
 ラザには部屋を訪ねた目的があり、
「それはいいけど……興味って……?」
 しかも現状を見る限り、やはり彼女が最適に思えたのだから。


 それから、数分の時を経て。また別の一室では。
「……ん?」
 換気に窓を開こうとしたトラッドの視界を、掠めた。剣も持たずに外へ出るリノとラザの姿が。
 一見、不自然はない。例え、珍しい光景ではあっても。
「……」
 ただ、無性に気になる。何故かは分からないが、どうしても。
 同時に穏やかだったはずの胸中が、曖昧然とした濃霧に覆われた。
「…………」
 そこで彼は、思い出したように開けた窓から身を乗り出し、空を仰ぎ見る。
 刹那、トパーズに映るは白と蒼。どこまでも広がりつつ、どこまでも澄みきっている天。
 文句なしの快晴だ。
「……いい天気だよなぁ」
 そして、一言。
「きっとこういう日を絶好の散歩日和って――よし、散歩しよう。うん、散歩」
 次に、独り言。
「や、やっぱりこんな日に部屋で道具整理なんて勿体ないし、な」
 果ては、釈明。
 この場には彼一人しかいないというのに、だ。これもまた、彼にしては珍しい行動である。
 だが、トラッドは自分が変だとも気づかず、歩き出した。
 ゆっくりと、ぎこちなく。まるで定まっていない足取りで。


 更に、ほんの数分後。今度は食堂にて。
「……あら?」
 至福のひととき。ちょうど午後の紅茶ティータイムを楽しみ始めたナギサの碧眼に、映った。どこかへ出掛ける風なトラッドの背中が。
 一見、不思議はない。不審に浮き足立っている一点を除けば。
「……」
 瞬間、無性に叩きたくなった。何故かは分かり切った上で、どうしても。
 同時に穏やかだったはずの血流が、銀髪の彼おなじみのひょうてきが纏う無防備さを前に騒ぎ始めた。
「…………」
 そこで彼女は、温かく薫る紅茶を一気に飲み干してから席を立つ。
 ちなみに今の位置。階段の真下は彼の死角となっており、幸いにも気づかれる様子はない。
「……いい頃合いよね」
 そして、ハリセンに手を伸ばしつつ一言。
「きっとこういうのを絶好の機会って――これはもうハリセン決定ね。うん、ハリセン」
 次に、ハリセンを強く握り締めて独り言。
「だって、あんなに狙いやすいんだもの。ここで狙わない方が失礼に当たるってものよっ」
 果ては、ハリセンで空を切りながら説明。
 周囲には彼女一人しかいないというのに、だ。もっとも、耳にした者は皆揃って聞こえなかったフリをするに違いないのだが。
 ともあれ、ナギサは確固たる使命感に燃え、歩き出した。
 慎重に、大胆に。まるで獲物に忍び寄る、しなやかな獣めいた足取りで。



 その頃、リノとラザは。少し遠い背後が、物凄い状況になっているとは露知らず。
 人々の程よい小波と喧噪が彩る町中を、ゆったりと歩いていた。
 だが、部屋で交わされた会話の延長線上。
「……プレゼント?」
 ラザが向かう場所だけでなく、目的も明かした事により、変化は訪れた。
 プレゼント――つまり、贈り物。何かを手渡し手渡された瞬間に芽吹く"想い出"の根源。
 そんな響きに、リノの胸が高鳴ったのである。銀髪の彼からペンダントを貰った日を思い出して。
 だから、少なからず動揺したのかもしれない。
「もしかして……ナギサ、に?」
 無言で頷くラザを目の当たりにしたリノは、
「ナ、ナギサがめでたいのか?」
 思わず誤解を招く表現を用い、問いかけてしまった。
(……ある意味、的を射てはいるが)
 この場合は違う、と。彼はつられて紡ぎかけた感想を飲み込んだ。
「い、いや。そういうわけではないが」
 しかし、言いたい事は解る。要するに、ナギサにとってめでたい日かどうか、を尋ねているのだと。ささやかな親切のつもりで彼は、リノが気づくよりも早く話を戻した。
「じゃあ、どうして?」
 幸いにも悟られなかったが、またしても難問を投げる彼女。
「そ……それは、だな」
「それは?」
 一瞬、彼は言葉を詰まらせたものの――すぐさまこう答える。
「……そういう時、リノにも心当たりがあるんじゃないのか?」
 正しくナギサのお株を奪うような、絶妙の質問返しを。
「えっ……あ」
「なら、理由については見逃して貰えると――」
 今度はリノが、慌てて首肯で遮る。それも忙しなく、こくこくりと。
 どうやら目論見は、思った以上に効を奏したらしい。
 などとラザが、安堵の息を落とした時。二つの赤い瞳に飛び込んできた。
「……着いたか」
「え?」
 ラザにとっては予定内で、リノにとっては予想外の――目的地が。


 その頃、トラッドは。自分が臨死を予感させる隣死の状況にあるとは、露知らず。
 二人の様子を窺うには丁度良い民家の壁に、ぴったりと張り付いていた。
(これは散歩……あくまで、散歩だ……!)
 やましい事は何一つとしてない。と、必死にそう言い聞かせながら。
 だが、不意にラザが前方を指差した事により、変化は訪れた。
「……あれって」
 示された先にあるのは、武器や防具、道具を扱ってる店でも宿でもない。
「アクセサリー……?」
 目にした者を楽しませ、身につけた者に華を添える――装飾品の店だった。
 確かに珍しい場所ではない。大きな町なら一つぐらい、アッサラームなら無数に存在する、いわば日常のヒトカケラ。旅人には縁遠い空間かもしれないが、リノも年頃の女の子。加えて、表には出さないが、興味を持っていた節もある。疑問はない。
 とその時、突然トラッドの脳裏に、装飾品を片手に頬を染める少女の表情が浮かんだ。
(……うん。きっと似合――じゃなくて!)
 しかし、すぐに首を振って打ち消す。火照った顔を冷ますように。
 ともあれ咳払いを一つ落とした後、彼は改めて考え始めた。
 何故、装飾品の店なのか。
 何故、ラザと一緒なのか。
 そもそも、最初に言い出したのはどちらなのか――などなど。
 ありとあらゆる可能性を、全力で模索する。
 だが、胸中の霧は濃度を増すばかりで、答えは一向に見出せず。
 更に気づいてもいなかった――今の気持ちが"やきもち"だという事さえも。


 その頃、ナギサは。自分が全ての始まりだとは、露知らず。
 彼の不意を突くには丁度良い民家の屋根上に、不敵な笑顔で構えていた。
(落下の勢いを利用した神速一閃ハリセン……これこそ歴史に残る一撃ね)
 果たして、どれほど面白い事になるのか。と、ご機嫌に革命的瞬間を待ち焦がれながら。
 だが、より怪しさが加速するトラッドの行動に、はたと理由が気に掛かる。
(でも、どうしていつもより怪しいのかしら?)
 今更だが、おかしい。少なくとも壁に張り付く趣味はないはずだ。
 艶っぽい唇を右人差し指でなぞるウサギ耳美女は、とりあえずの推測を巡らせた。
(……そういえば、盗賊だったわね。まさか何かを盗むつもり――)
 まず浮かんだのは、これもまた今更な事。彼が"らしく"ないので、無理もないが。
(――って、有り得ないわよね)
 しかし、すぐに打ち消したかと思えば、
(大体、トラッドがこれまでに盗んだものなんて、リノちゃんの心ぐらいだし)
 当人たちが聞いたら言葉を失うだろう事実を、真剣な表情で胸中に落とした。
 だとすれば、一体。などと、ナギサが何となく彼の視線を追った時。
(前にいるの…………リノちゃんとラザ、よね)
 三つ目の"今更"に気づく。よっぽど彼を叩きたかったらしい。
 ともあれ、彼女は一層目を凝らし、注意深く観察し始める。すると、二人は一軒の店に入っていった。目新しくもないが安っぽくもない、塩梅も絶妙クラシカルな看板から察するに、どうやらアクセサリーを扱う店のようだった。
(……何でまた?)
 意図が掴めないナギサは、つい首を傾げてしまう。が、同時に理解と納得がいった事もあった。
(まぁ……うん。いくら無自覚でも、そうなるわよねぇ……)
 それは、挙動不審なトラッドの内側――絡まり縺れた心境。
 彼を見る限り、相変わらず分かっていないようだが、紛れもなく"やきもち"である。
 ともあれ、男女がああいった店を訪れる理由は、プレゼントが相場――とはナギサも思うものの。
(でも、ラザがリノちゃんに……ねぇ)
 それはどうも考えにくい。逆もまた、然り。彼とあの大神官なら、まだ分からなくもないが。
 こうして、一向に状況が読み取れない彼女は、しばらく見守る事にした。
 やはり"自分へのプレゼント"だとは、微塵も想像せずに。



 煌びやかな装飾品が所狭しと並ぶ店内。
「この青いイヤリング、は……どうだろうか?」
「うーん……」
「じゃあ、こっちの赤は?」
 ゆっくりと練り歩くリノとラザは、揃って眉間に皺を寄せ、唸り声を上げていた。
 きっと二人の脳裏には今、様々な装飾品を付けては外されるナギサがいるに違いない。
「どっちも悪くないと思う、けど……」
 挙げ句、彼女の正直な感想に対し、
「ふむ……ナギサは何でも似合う気がするしな」
 ラザは珍しく迂闊に本音を零す始末。相手がリノでなければ、散々冷やかされているところだ。
 それからしばらく頭を悩ませた後。
「……でも」
 ぽつりと呟いたリノは、こう続けた。
「いきなりこういうのを渡して、ナギサが変に思わないかな?」
 この店を見つけ、何かを贈りたい一心のラザだったが、
「…………なるほど」
 数秒の思案に暮れた後、にべもなく同意した。
 というのも、彼女は自由気ままなようで、実は真面目だからである。しかも、浮いた話を聞いた事がない。ゆえに、訝しがるだけならまだいいが、気を遣わせてしまうかもしれない、と。
「……リノの言う通りだな」
 ラザはそんな結論に至った。しかし、何かを贈りたい気持ちは変わらない。
 特別な想いでなくても、普段助けられている感謝の意を込めて。
「……あ」
 それに気づいたリノは、微かに唇を割ると、
「だったら――」
 深く考え込んでいたラザの肩を叩き、思いついた事を口にしながら店を出た。


 そして、話し終えてから外へ出た直後。
「……あれ?」
 リノは小さな驚きを声にした。予期せぬ人物と、ばったり出くわしたからだ。
「えっと……ぐ、偶然だな」
 自然を装って不自然に店へ入ろうか迷っていたせいか――妙に空々しい様子のトラッドと。
「うん。トラッドは……散歩?」
「ほ、ほら! 今日は良い天気、だし」
「そうなんだ」
 一旦は危うげなく頷いた彼女。だが、不意に思い出す。
 彼が贈ってくれたペンダントに、桜色の唇を落としかけた時の事を。
 例え間接的な触れ合いでなくても、"そういう意味"だと気がついたのだ。
 途端にリノの顔と耳は、林檎めいた色に染め上げられる。
「それで……その……ここでなにを?」
 だから、彼女は思わず。
「これは……あの……」
 だから、半ば反射的に。

「ラ……ラザが試してみたい、って」

 またしても語弊しかない言葉で、問いに答えてしまった。
(リノ……焦っているのは分かるが)
 ちなみに、真後ろで控える数々の装飾品たちは、どうひいき目に見ても女の子用に拵えた物ばかり。
(……その言い訳はあんまりだと思うぞ)
 決してラザが身につけていい代物では、ない。
 そんな事をしようものなら、ハリセンが炸裂するに違いない――哀しくも、トラッドへ。
「そ、そうか……まぁ、そういうこともあるよな」
 にも拘わらず、彼の返事は至って平凡だった。あれこれ理由を考えていたラザが、拍子抜けするほどに。
 かといって、本当に信じ切っているようにも見えない。
 むしろ、上の空といった印象を受ける。
(……ああ、そういうことか)
 そこでラザは、察した。
 鈍過ぎる銀髪の彼は――黒髪の少女が気になったのだろう、と。
 推測ではあるが、尾行してしまうぐらいに、だ。
 今この状況下、自分は一体何をすべきなのか。
「リノ」
 最善は解り切っている。というより、分かり易過ぎるのだ。
「な、なに?」
「こっちはもう大丈夫だ。付き合ってくれて助かった」
 この不器用な二人の場合は、特に。
「あ、うん……?」
「だから、トラッドと散歩でもしてきたらどうだ?」
 なら、快く送り出せばいいだけ――と、ラザはきっかけの一言を告げた。
『……え?』
 聞いた二人は、揃って目を丸くする。が、それも束の間。
 一瞬、互いの瞳を交錯させた後。
「俺、は……そ、その、リノが良かったら」
「私も……トラッドが良かったら……うん」
 俯き加減で同じ想いを呟き合い。
「じゃあ……散歩、行こうか」
「……うんっ」
 どちらともなく、歩き始めた。ぎこちないながらも、以前よりも近い――肩と肩がぶつかりそうな距離で。
(全く……まだまだ世話が焼けるな)
 一方、背中を見つめるラザは呆れつつも、少し嬉しそうで。
 携える眼差しと浮かぶ微笑みは、酷く温かいものだった。


 ところで、その時。ナギサの姿は、何処にも見当たらず。
 先ほどまで佇んでいた屋根には、ヒールの跡だけが残されていた。



 そして、夕闇も差し迫った頃。リノたちが泊まる宿屋では。
「……ふぅ」
 とある一室の出入り口。即ち、簡素な木の扉。昼下がりにも立ち尽くした場所で、ラザは二度目の深呼吸を終えたばかりだった。それでも表情は、尚も固い。一見すると分からないが、実は緊張しているらしい。
 現に手の甲にはじんわりと、微量の汗が滲んでいる。
(俺も人のことは言えないな)
 胸中で呟く彼は、密かに反省した。
 ちなみに、本来ならいるであろうもう一人は、まだ帰っていないようだ。
 何故なら、本来ならいるであろうもう一人も、まだ帰っていないからだ。
 言い換えれば、金髪碧眼の彼女と一対一で向き合う事になる。
 彼女は想い人なのだ。緊張しても、無理はない。
(いつもと同じように……いつも通り、振る舞えばいいだけだ)
 などと、普段の話し方すら忘れてしまいそうな心境の最中。
 ラザは改めて、覚悟という名の決意を心に――ドアを三回だけ、ノックした。
「どうぞ」
 刹那に返ってきたのは、凜とした清々しい音色。
 ただそれだけで、心臓が大きく跳ねた。
 だが、彼は扉を開ける。ゆっくりと控え目に。まるでガラス細工を扱うように、丁寧な所作で。
「ラザ?」
 するとそこには、予想通り――彼女だけが、いた。
 身体は窓側に向け、珍しくクッキーをつまんでいる。
「……入っても構わないか?」
「いいわよ。何か用?」
 兎にも角にも、声はかろうじて喉に張り付かなかった。
 安堵したラザは、勧められるままに部屋へ入る。
 しかし、足早に詰め寄った後、
「ナギサの好みは知らないが……」
 前触れもなく、テーブルの上に藍色の紙袋を置いた。
「何よこれ?」
 意図が掴めないナギサは、当然きょとんと尋ねる。
「紅茶だが?」
「いや、そうじゃなくて……何でこれを私に?」
「嫌いな種類だったか?」
 が、さっぱり話が続かない。
「まぁ……好き、だけど」
 珍しく戸惑う彼女は、とりあえず本音を呟いてみる。
 一方、くるりと背中を向けたラザは、
「土産だ。たまたま目に入ったから……買ってきた」
 ようやく質問に答えたかと思えば、そのまま部屋を出てしまった。
 一応感謝の意を示そうとした彼女が、礼を言う暇もなく、だ。
「……どういう風の吹き回しよ」
 再び一人になったナギサは、ぽつり落とす。それも拍子抜けしたように。

 そう。結局、彼女は知らないのだ。
 彼とリノが出かけた理由も。リノとトラッドがどこかへ行った後も。
 何となく気が削がれ、つい立ち去ってしまったのである。

 だから、だろうか。
 忘却の一途を辿っていた"今更"が――彼の行動理由が、無性に気になった。
(そういえば店から出た時、何も持ってなかったはずよね……?)
 同時に、ふとよぎる可能性。
 それは自分への――
(まさか、ね)
 だが、彼女はすぐさま思考を振り払い、いそいそと紅茶の準備を始めた。

 軽やかな、口笛混じりで。



※後書き
 というわけで、3周年感謝リクエストSS第6弾です。
 リクエストして下さった方、ありがとうございます!
 にも拘わらず、年末になってしまい、誠に申し訳ございませんでした。。。

 今回の内容は。
『1st。ナギサにプレゼントしたいラザ。プレゼント選択の手伝いを頼まれて、一緒に出掛けるリノ。
気になって後をつけるトラッド。挙動不振なトラッドを面白がって二重尾行するナギサ。
な、ギャグを見たいです。(もちろん、ナギサは二人が出掛ける理由を知りません)』
 との事です。果たして、ギャグになっているのでしょうか……苦手なものでして(汗)

 今回の姐さんは「ばいおれんす☆」を心懸けて書きました。
 平仮名表記で☆が付いてるのは、可愛げを出そうとした、せめてもの抵抗です(何)
 平たく申し上げますと、状況的に物騒でもコミカルな感じにしよう、という試みです。
 後、ほんのり盗勇と戦遊も……と頑張ってみましたが、どうなのでしょうか(汗汗)
 ラザは姐さんが大好き、という事だけでも伝われば幸いなのですが……
 本当に、どれだけ好きなんでしょう。間違いなく、茨の道なのに(苦笑)

 ちなみに、ハリセンの表記ですが……実は何パターンかあったりします(笑)

 それではリクエストして下さった方、本当にありがとうございました!




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