ホワイトデーSS 「リノの欲しい物?」 後編


「トラッドー」
 2人が外へ買い物に行っている頃、彼の部屋のドアが元気な声と共に2度叩かれる。
「ん?」
 相手は誰か分かっているので、さして警戒もせずに彼はドアを開けた。
 目の前にいるのは、案の定機嫌の良さそうな笑みを浮かべるナギサ。
「どうかしたのか?」
「まぁね。ところで・・・ちょっと話がしたいんだけど?」
「・・・まぁ、いいけど」
 普段、全く遠慮が無いだけに、こう切り出されると却って不気味である。
 とはいえ、命には関わらないだろう、と軽く考えた彼はとりあえず部屋の中へと招き入れた。

「先月の事なんだけど・・・」
 備え付けのテーブルには香りの良い紅茶が2つ置かれている。
 そして互いに向かい合って椅子に座ると、おずおずとナギサが口を開いた。
「リノちゃんに何か貰わなかった?」
「・・・まぁ、色々あったけどな」
 トラッドはわずかに眉間に皺を寄せる。嬉しいといえばそうなのだが、その過程で自分の身に危険があったのだから。
「ホワイトデー、って知ってる?」
「・・・嘘じゃないだろうな?」
「まだ、何も説明してないわよ」
 この部分だけ聞けば、明らかにトラッドの方が失礼である。
 しかし、先月はバレンタインとやらで彼女は――――憶測だが――――リノに冗談を言ったのだ。
「で、それは何なんだ?」
「・・・ホワイトデーというのは、バレンタインのお返しをする日なの」
「・・・・・・・・・」
「信じてないわね?」
「! いや、そんな事は・・・!」
 疑わしげに彼女を見つめていたトラッドだったが、ふと右手に見慣れた白い物体があるのに気付き、慌てて否定する。
「・・・まぁ、いいわ。それでそのお返しなんだけど・・・」
 そこで彼女は言葉を休めて、紅茶を一口飲んで喉を鳴らした。
 一方、トラッドは続きを複雑な心境で待ちながら、彼女とは違う意味で喉を鳴らす。

「折角だし、リノちゃんの欲しい物をプレゼントしてみたら?」

「・・・・え?」
 出てきた言葉は、予想外にまともであった。
 彼は一瞬だけ我が耳を疑って、脳内で何度か反芻する。
「ほら、よく分からない置物とか貰ってもしょうがないじゃない?」
「何で置物かはともかく、確かに・・・でも、欲しい物か」
 リノの欲しい物。トラッドは2人で買い物をした時の事を思い出してみる。
(・・・・・・・・・)
 しかし、これといって彼女が興味深げに見ていた事はあまりない。
 あったとしても、効果の分からない薬類や新しい武器や防具ぐらいしか思い当たらなかった。
「ナギサは分かるのか? リノの欲しい物」
「難しい質問ね・・・まぁ、今日中には解決すると思うけど」
「どうしてそん・・・・・あ」
 答えの意味が分からずに尋ねようとした時、ふと彼は今朝の出来事を思い出す。
「・・・ヤヨイか?」
 ナギサは自信満々にこくりと頷いた。
「何となく違和感はあったけど・・・そういう事か」
「そういうわけだから、ちゃんと渡すように」
「・・・分かった」
 正直、誰かにプレゼントをするというのは恥ずかしい。
 しかし、相手は共に旅をする好きな仲間。その入り組んだ心境に彼は苦笑いをする。
「ただいまー!」
 突然、ノックも無しに勢いよくドアが開き、それと共に弾みすぎて空に届きそうな声が聞こえてきた。
「おかえり、って随分遅かったな」
「えっと・・・それはですもがっ!?」
 得意げな顔で説明しようとしたヤヨイの口が2本の手によって不意に押さえつけられる。
 それは頬と耳を真っ赤にしながら、視線を逸らしているリノであった。
「・・・その、何でもないから」
「・・・・・・そうか?」
「先に部屋に戻ってる・・・!」
 訝しげな表情のトラッド。愉快な様子のナギサ。息が出来ずにもがいているヤヨイ。
 彼女はこの奇妙な空間から、逃げ出すようにして部屋を出て行った。
「何でもない、って感じじゃないけど・・・何があったんだ?」
 その時、ヤヨイは辺りを警戒するように真剣な表情になると、隣でドアが閉まる音を聞いた後、楽しそうに話を始めるのであった。

「・・・装飾品?」
「へぇ・・・ちょっと意外ね」
「でも・・・純粋な興味かというと、そうでもなさそうなんですけど・・・」
 ヤヨイはコップに入った水で喉を一旦潤してから話し出した。
「どういう事?」
「多分、あまり見た事が無いから珍しかったんじゃないでしょうか?」
 頭を悩ませる2人とは対照的に、トラッドは漠然と納得していた。
 リノと初めて出会ったのは、あのアリアハンの丘の上。記憶が正しければ、彼女はほぼ毎日あそこに通っていたと言っていた。
 そして剣の腕の良さは、彼女がそういった事にあまり触れていなかったのではないかと想像できる。
「でも装飾品って・・・まるで女の子みたいだな」
 彼は周りに軽く同意を求めながら呟いたのだが、聞こえて来たのは返事ではなくため息。
「どうかしたのか?」
「・・・何にも。ところでヤヨイちゃん」
「はい?」
「その中でどれに興味を持っていたか分かる?」
 そう問いかけられて、再び彼女は頭を押さえる。
「・・・トパーズ色で銀の鎖がついたペンダント、だったように思います」
 ただ、ほとんど照れていたので違うかも、とヤヨイは一言付け加えた。
「トラッド、行くわよ」
「えっ?」
 いつもながら唐突なナギサに、トラッドはわずかに身を引く。
「売り切れちゃったら、何もお返しできないでしょ?」
 しかし、それよりも早く腕を掴まれて、彼女の正体不明の力に引っ張られる。
 何故かナギサの言葉には確信めいた物が感じ取れた。
「でも、それが欲しい物とは限らないんじゃ・・・?」
 彼の質問に返事は無かったが、ただ瞳の色から真剣さだけが伝わってくる。
(・・・本当に鈍いわね)
 いつの間にかトラッドは抵抗しなくなり、手を離しても大人しくついていくのであった。


「・・・・・・ふぅ」
 誰もいない部屋。リノは独りで灯りも点けずにただベッドに横になっている。
 しかし、眠りに落ちる事も無く何度もため息ばかりついていた。
「・・・らしくない」
 どうして自分はあんなに慌ててしまったのだろう。
 普通に、今まであまり見た事が無かった、という一言で良かったのではないのか。
 だが、あっさりそう言ってしまうには、余りに心が乱れすぎていた。
(・・・変に思われたかな)
 時計を見ると、帰って来てから1時間が過ぎたぐらい。それは、彼女にとって途方も無く長い時間に思えた。
(・・・・・・剣でも振ってこよう)
 ようやく一つの結論が頭の中に導き出されていた。ヤヨイが話を大きくしそうで怖かった、という事に。
 違和感は拭い去れないのだが、それを無理やりにでも振り払うように重い身体を引きずってベッドから降り、使い慣れた鋼の剣を右手に取る。
 そうすると、多少心が落ち着くのが感じられた。
(2時間ぐらいならちょうどいいか・・・)
 夕食、身体、そして心の事を考えて、その時間を目安に外へ出ようとすると、控え目に扉を叩く音が部屋に響いた。
「はい?」
「リノ? 入るぞ」
「え――――」
 断る理由は微塵もない。が、今は彼の顔を何となく見たくなかった。
 しかし、それをどう伝えようか考える暇も無いままにドアが軋んだ音を立てて開かれる。
「・・・もしかして寝てたのか?」
「いや、別に・・・」
「じゃあ、灯りくらい点ければいいのに」
 トラッドはそう言いながら、すぐ側のランプに手を伸ばした。少しの間があった後、部屋はぼんやりと明るくなっていく。
「あ・・・」
 不意に上がった彼女の声は、ドアが閉まる音によって空気へと溶け込んでしまう。
「あれ? 何処か行くのか?」
「・・・剣を振りに」
 本当にそうするつもりだった。だが、まるで靄がかかった心を表す様に言葉は澱んでいる。
「そっか、日課だもんな・・・」
 手入れと訓練はリノが毎日行っている事で、それは3人とも知っている。
「どうかしたのか?」
 しかし、いつもなら笑顔で見送ってくれるはずの彼の表情と言葉は沈んでいた。
 それが気にかかって、つい問いかけてしまったのだが、すぐにその事を後悔する。
 だが、彼女のそんな気持ちとは逆に、小さな口は更に言葉は紡ぎだした。
「その・・・・・・元気が無いな、って」
 一瞬だけ彼は驚いた表情になると笑顔を見せてから言葉無く否定するが、やはりいつもとは違っていた。
「何かあるんだったら、言ってくれないか?」
「え?」
「トラッドがそんな様子だったら・・・変だと思う」
「・・・・・・」
 それでも彼が何か話す様子はない。
「・・・行って来る」
 リノは諦めて彼の横を通り抜けようとした時だった。俯いていたせいか、手に持っていた紙袋が目に入る。
「何か買い忘れていたのか?」
「・・・・・・あ、いや」
 すぐに思い当たったのは、自分とヤヨイの旅の準備の事。
 最終的にそれを整理するのは、トラッドがいつもしているのを知っているのですぐに思い当たった。
「じゃあ、何を?」
「・・・・・・・・・・お返し」
「え?」
 更に問い詰めると、彼は顔を逸らしてから小さくそう呟く。
 しかし、聞こえなかったので彼女は単純に疑問を感じて問い返した。

「・・・どうやって渡せばいいんだ?」
「んー・・・ありのままでいいんじゃない?」
「それって、ヤヨイに調べさせてたっていうのも話すって事か?」
「そうは言ってないわよ。まぁ、それぐらい自分で考えたら?」

 トラッドの脳裏にペンダントを買った帰り道のナギサとの会話を思い出す。
(ありのまま・・・か)

 ここで渡さなかったら、ずっと渡せないんじゃないか?

「これ・・・」
 意を決した彼は、やはり目を合わせないまま右手だけをリノに差し出した。
「・・・・・・何?」
「その・・・お返し」
「何の?」
「・・・・・・先月のチョコレートの」
「・・・あ」
 一瞬だけ何の事か分からない表情を浮かべたリノだったが、すぐに思い出すと顔を俯けておそるおそる紙袋を手に取る。
「・・・・・・開けてもいいか?」
 返事は無い代わりに、彼はこくりと頷いた。
「・・・・・・・・・どうして」
 中から出てきたのは、トパーズ色の小さな石に銀色の鎖がついたペンダント――――彼女が帰り道につい立ち止まって見てしまった物だった。
「ナギサがヤヨイに・・・リノの欲しい物を探してくれ、って頼んで・・・・後、今日は先月のお返しする日だって言うから、その為だったらしくて」
「・・・・・・」
「一応、お守りらしいから・・・ごめん」
 トラッドは彼女が黙っているのは怒っているからだと思ったらしく、声を震わせながら謝罪する。
「謝らなくてもいいけど・・・でも」
「でも?」
「ナギサに騙されてないか?」
「いや、それはない」
 彼は自信満々にそう答えた。
「どうして?」
「・・・どうしても」
 返ってきたのははっきりしない答えだったが、とりあえず彼女は納得する。
(俺ならともかく、ナギサがリノにそういう事はしないだろうしな・・・)
 そう考えた彼は、寸分の狂いも無く正しかった。
 それからしばらくの沈黙。リノの顔は真っ赤であったが、ランプの灯りとトラッドが顔を逸らしているので気づかれる事はなかった。
「・・・外、行って来る」
「ん? ああ、呼び止めて悪かったな」
 再び、ドアが閉まる音。それにかき消されそうな声で、彼女は一言だけこう呟いた。

「・・・大事にするから」

「え?」
「何でもない」
 リノは慌ててその場から逃げ出すように立ち去っていった。
「・・・喜んでくれたのかな?」
 誰もいなくなった部屋で、トラッドはランプの灯りを消してベッドへと横になる。
 今度は彼が悩み出し、それから夕食までずっとため息ばかりを洩らすのであった。

「・・・成功、ですよね?」
「そうねぇ・・・リノちゃん、耳まで真っ赤だったし」
 そして2人がその様子を、暖かい表情で見ていたのは誰にも知られる事はなかった。


 リノは次の日から誰にも知られないように、密かにペンダントを付けるのであった。





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