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「そこの人たち……ちょっといいかしら?」 ロマリアの城下町。リノたちは、宿へと向かっていた時の事であった。 かけられた声は女性のもので、木陰にひっそりと佇んでいる。 その存在は余りに希薄で、正直話し掛けられなければ気づく事すらなかったかもしれない。 「はい、何か……?」 服装は紫色のローブに、同じ色のフードをすっぽりと被っており、顔はよく見えないが、ナギサはわずかに覗かせた口元から20代後半と勝手に推測する。 簡単に作られた木製のテーブルの上は漆黒の布に覆われており、その上には古めかしい水晶玉が置いてあった。 その女性に自然と言葉を返したのはトラッド。 「師匠……明らかに怪しそうなんですけど」 彼以外の三人は、何か見えない力でも働いたかのように固まっていた。 そんな中、ヤヨイは小声で彼にそう告げる。 「でも、話し掛けられたのを無視するのも悪いだろ?」 「それはそうですけど……」 トラッドの言う事は間違っていない。むしろ正論である。 しかし、尚も訝しげな表情でヤヨイは謎の女性を見つめている。まだ納得はしていないらしい。 (……それがトラッドの良い所なんだけど) ふとリノはそう思って、わずかに頬を朱に染めてから慌てて首を振る。 「若いのに立派な心がけね。お姉さん嬉しいわ」 一方、謎の女性は返事があった事に気を良くしたのか、わずかに弾んだ声で感心していた。 しかし、何処か哀しく聞こえるのは、これまで相手にされなかったからだろうか。 「それで、どうかしたんですか?」 トラッドも多少喜びの混じった言葉を返す。 彼は彼で女性にこういう風に接してもらった事がないからだろう、とナギサは考えた。 (リノちゃんに優しくしてもらってるのに) そして、贅沢ね、と苦笑いを浮かべる辺り、彼女自身は酷い扱いをしているという自覚はあるらしい。 「ええ、少し気になった事があって……」 「え?」 女性はそれだけ言うと、何やら小声でぼそぼそと呟くと、それに反応して水晶玉が淡く光を放ち始めた。 「……占い?」 ナギサの問いかけに、女性は集中している為か無言で頷くだけだった。 「何が見えるんですか?」 先ほどまで気味悪がっていたヤヨイも、いつの間にかひきつけられている。 「そうね……大きな災難が降り注ぐのが見えるわ」 リノはその言葉に水晶を覗き込むが、ぼんやりと光っているようにしか何も見えない。 「これは私にしか見えないんだけど……このままだと危ないわね」 「どういう風に?」 旅というのは危険なもの、トラッドもそれが当たり前だと思っている。 しかし、改めてこう言われるという事は、それ以外に何かあるのではないかと感じていた。 「残念だけど、私の力じゃそこまでは分からないわ…………でも」 「でも?」 「それを回避する方法は教えてあげれそうね」 ヤヨイがその言葉に安堵の息を洩らす。もしかすると、ただ水晶が光ったという事だけで信じ込んでいるのかもしれない。 「その方法って何なんですか?」 彼女は真剣な目で、その女性に尋ねてみた。 「それはね……」 ゆっくりとした口調。それが言葉を待つ4人に不可思議な緊張感を与える。 「王様ゲーム♪」 「宿に行こう」 何処か楽しそうに告げられた言葉に、トラッドは間を置かず周りに促した。 「え?」 当然、三人と女性は彼の急な変わり様に疑問符を浮かべる。 「その言葉にいい思い出が無いからな」 トラッドは心底疲れた表情を見せて、冷たい感情でそう呟いた。 「……なるほどね」 しかし、ナギサの顔は正反対に明るくなっていく。どうやらある事を思い出したようだ。 「あ」 そこでリノもようやく気付く――彼が昔、この国で王様にされて酷い目にあったという事を。 「そういうわけだから――」 「面白そうね」 ナギサはぱしんっ、とハリセンでトラッドの言葉を遮ると、如実に気持ちが表れた口調で話に乗り始める。 「……待て」 「だって、このままだと何か危ないんでしょ? だったらやった方がいいんじゃない?」 嘘だ、と彼はすぐに彼女の意図を察した。 「さっき面白そうって……」 「空耳よ」 そう言いながら、ブンブンと景気良くハリセンを振り回すナギサ。 その仕草を見ると選択権はないに等しいのが哀しいぐらいによく分かる。 「……じゃあ、始めましょうか」 二人のやり取りを見た女性は、不憫に思いながらもいそいそと準備を始めるのであった。 「つまり、色の付いた棒を引いた人が王様で……他の人に何でも命令ができる、と?」 「ええ、一般的には少し違うみたいですけど」 手際よく準備をし、簡単な説明が済んだ後、ナギサは確認するように言葉を繰り返す。 「でも、それの方が好都合ね」 「でしょう?」 二人の女性はすっかり意気投合しており、ヤヨイも知らない内に乗り気になっていた。 (……もしかしなくても、そうだよな) トラッドはこれから何が起こるのかを考えて、気持ちがどんどん海よりも深い所へと突き進んでいく。 ナギサが引けば間違いなく標的は自分。ヤヨイもそんな彼女に触発されて、そうなる可能性がある。 (リノだったら、まだ安心できるけど) そう思いながら、彼は隣にいる彼女を見ると、戸惑っているのが顔に表れていた。 「じゃあ、始めましょうか」 様々な思惑が交錯する中、無常にも開始の合図が告げられた。 四人は緊張を隠しきれない様子で、占い師の両手に包まれた棒を一斉に掴む。 「いっせーの……で!」 そして色の付いた棒を手に取っていたのは、 「ふふふ……私が王様ね」 彼が最も恐れていたナギサ。予想通り、至福の表情を浮かべる彼女。 「……誰にしようかしら?」 そう言いながらも、既に二つの碧眼は彼を見据えている。 (こうなったら……何でも来いっ!) どうせ逆らう事は出来ない、諦めたトラッドは逆に開き直って覚悟を決めた。 「じゃあ、あそこの道具屋のお姉さんに……」 彼女が指差す方向にいたのは、気の強そうな女性の姿。 「あなたの笑顔は何ゴールドですか、って尋ねてきてくれないかしら?」 「…………え?」 てっきりハリセンが飛んでくると身構えていたトラッドは呆気に取られる。 「何? もう一回言った方がいい?」 「……本気か?」 ナギサは偽りの優しい笑みを浮かべて頷いた。 「…………」 彼は儚げな表情でとぼとぼと歩き出す。 そして数分後――――鋭い音共にトラッドが平手打ちを受けているのが目に映った。 「た……ただい、ま」 沈んだ様子で帰ってきた彼の右頬は、くっきりと手形がついていた。 遠くから見ていたよりも、かなり強い一撃だったようだ。 だが、それ以上に精神的なダメージの方が深刻に見えるのは、決して気のせいではないだろう。 「さて、満足した所で次に行きましょうか」 リノとヤヨイが静かになっている中、ナギサがそう促すと占い師は素早く準備を整える。 彼は一縷の希望を右手に込めて、棒をしっかりと握った。 「せー……のっ!」 次に王様になったのは、 「あ、当たっちゃいましたけど……」 ヤヨイであった。先ほどの不幸な場面を見たせいか、少し怯えているようにも見える。 「えーっと……」 そして他の三人の顔を申し訳無さそうに見回す。 リノは平然と、トラッドは目線を逸らし、ナギサは威圧的な笑顔だった。 (……どうしよ) 短い時間の中で、散々迷った彼女が下した決断は―――― 「あの、師匠」 (やっぱり俺か……) そう思いながらも、ヤヨイが無茶を言うはずはない、と彼は心の何処かで安心していた。 だが、彼女の『命令』はこうであった。 「……あそこの武器屋さんで、鉄の槍を300Gまで値切ってきて下さい」 その言葉につられて、他の四人は指差された方を見る。 「…………」 目に入ったのは鍛え上げられた鋼の肉体に無骨な顔の主人が不機嫌そうなオーラ全開で剣を振る姿。 「……お願いします」 「…………いってくる」 再び沸き上がる胸騒ぎを抑え込む気力もなく、トラッドは重すぎる足を引きずりながら武器屋へ向かう。 時として希望は絶望の刃を磨き上げる道具になるのだと、彼はふと悟っていた。 (ヤヨイちゃんも中々酷い事言うわね……) 圧し掛かる空気の中、ナギサは自分の事を棚に上げ、同情しながら感心していた。 「……ふふ」 そして占い師は何故か嬉しそうに口元を小さく歪ませているのであった。 再び数分後――鈍い音共にトラッドが殴られて吹き飛ばされている光景が、目の前に繰り広げられた。 「……ただい、ま」 帰ってきたトラッドの後頭部に大きなコブが出来ている。殴られた時に頭を打ったらしい。 「……ごめんなさい」 「まぁ……いいけど」 ナギサならともかく、この悪気は無かった―――と信じたい―――純粋な弟子が謝ると怒る事に罪悪感を感じる。 (やっぱりいいわよねぇ) ヤヨイが彼のコブを薬草で治療している時、占い師は肩をわずかに震わせていた。 (若い男の子がいじめられる姿って素敵) 実はうっとりとした表情を浮かべているのだが、フードを被っているため、四人とも気付かない。 (まさか、こんなにあっさり引っかかってくれるなんてねぇ……さて) そして、リノの方をちらりと横目で見る。 (次はこの子ね) そう思いながら再び準備を始めた――――手にほんの少しの魔力を込めて。 「これで最後です」 「え、もう?」 ナギサはまだまだいじめたりないらしい。逆に、一方的に被害を受けているトラッドは安心した顔になっていた。 「ええ、そろそろ危険も回避できそうですから」 占い師は水晶に手を当てて光らせると、淡々とした口調でそう呟く。 「それじゃあ、いきますね」 差し出された白い手。その一点に五人の意識と思惑が交わった。 「いっせーのー……で!」 「……あ」 次に当たりを引いたのは、占い師の狙い通り、リノだった。 「えっと……」 自分になる可能性を考えなかったわけではないが、引いた後の事は全く考えていなかったらしい。 「リノちゃん、どうするの?」 ナギサが決断を迫る。当然、期待に満ちた眼差しを向けて。 (どうしよう……?) ふと、トラッドの顔を見る。右頬は手形はぼんやりとなっているがまだ赤い。 そして、後頭部のコブは薬草が当てられているが、まだ治まる気配はなさそうだった。 「…………ナギサ」 「へ?」 まさか自分の名前が呼ばれると思っていなかったのか、彼女は意外そうな声を上げる。 「今日一日、トラッドを叩かないで欲しいんだけど……」 「……リノ」 すでに何でも受け止める覚悟をしていた彼は、トパーズ色の瞳を潤ませながら呟いた。 「まぁ、そういうルールだしね」 さすがのナギサもリノにこう言われては、従わざるを得ない。 その一方で、占い師は小さく舌打ちをするが、すぐにこう告げた。 「……これで、危険は無くなります。皆様、お疲れ様でした」 それから小さく一礼すると、彼女はまるで逃げるように足早に去っていくのであった。 「…………で、本当だと思う?」 怪しげな紫色のローブ姿が小さくなった時、ナギサはぽつりと呟いた。 「……それを言うな」 トラッドはそれを小さな声で否定した。信じないと耐え切れない、そんな気持ちを込めて。 「そういえばリノちゃん」 四人がようやく宿へと歩き始めた頃だった。 「何?」 「さっきの命令だけどー……」 「うん」 「今日一日、って言ったのかしら?」 「そうだけど?」 隣でトラッドの顔が青くなっているのだが、リノはそれに気付かない。 「それだけ確認したかっただけだから…………ありがと」 ナギサはまるでお祭りを待ち焦がれる子供のような表情でそれだけ言うと、スキップしながら前を歩く。 「……はぁ」 彼はそんな背中を見て、人知れずため息をついた。 翌日。トラッドは軽く五日分ほどハリセンの餌食になり、 (これが……一番酷い……) と、リノの優しさに複雑な気持ちを抱くのであった。 ちなみにあの占い師が、呪文の力で棒に色をつけて、イカサマをしていたというのは―――― 途中で気付いたナギサと彼女だけの秘密である。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 王様ゲーム……実はやった事ありません(笑) しかも、ルール変わってますし……ちなみに苦労しっぱなしの彼を、との事でしたが、 どちらかというと痛い思いばかりしてるようで申し訳ございません(汗) リクエスト、ありがとうございました♪ 目次へ
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