|
「ふぁ・・・?」 小鳥のさえずりと共に、部屋に響くのは間の抜けた寝起きの声。 (・・・固い) 黒い髪の少女は、とりあえず頭の下の感触について感想を述べる。 それから頭を2,3回さすると、寝る前はいつも外しているはずの物があった。 「・・・あれ?」 それを上に上げようとすると、髪が一緒に引っ張り上げられてわずかに顔をしかめた。 やがて、右手の中にすっぽりと収められたのは、白いバンダナだった。 「んー・・・」 目をこすりながら辺りを見回すと、左手がテーブルに付いている。 「あ・・・」 そこで、ようやく昨夜の記憶が蘇り始めた時、 「ヤヨイちゃん、身体はだいじょ――――」 「くしゅん」 後ろから聞こえた言葉は、呼ばれた当の本人のくしゃみによって遮られた。 しかし、彼女はめげずに笑顔でこう言った。 「あ、ナギサさん、おはよーございます!」 挨拶をされた金髪の女性は、ただ苦笑いを浮かべて、おはよう、と返すだけであった。 「ありがとうございます」 しばらくして、ヤヨイの前に温かい紅茶がことりと置かれる。 「どういたしまして。ところで昨日は遅くまで何してたの?」 「・・・これです」 こくん、と小さく喉を鳴らした彼女は、ナギサに1枚の紙切れを手渡した。 「あら、何かしら・・・?」 「師匠が考えてくれた問題なんですけど」 「へぇ・・・」 「私、お金の計算ってあんまり得意じゃなくて・・・だから考えてくれたんです」 それは商人としてはかなり致命的な問題である。 ちなみに彼が書いた問題というのは、 『少し怖い顔をした戦士風の男が店にやってきました。 彼は、1500Gのマジカルスカートと760Gの銀の髪飾りを持ってきました。 さて、この場合いくらもらえばいいでしょうか?』 というものであった。 (・・・2260G、よね?) 何処に迷う要素があるのかと、逆にナギサは答えを心中で呟きながら迷いを見せる。 「ナギサさん?」 「・・・あ、うん?」 「どう思いますか?」 「どう、って言われても・・・ちなみにヤヨイちゃんは?」 「そうですね・・・」 逆に問い返すと、彼女は再び難しい顔をしながら顎に人差し指えを添える。 それから悩み続ける事、数分。ヤヨイはこう口にした。 「さすが師匠です・・・」 「え?」 「私には、どれぐらいの値段で売ればいいか想像つきません・・・」 どうやら彼女は『いかにして良い買い物にするか』という事を考えているらしかった。 というよりは、トラッドの出した問題の裏に隠された意味を当てようとしているらしい。 (・・・まぁ、裏も何も無いと思うけど) しかし、それが商人の基本かもしれない、とふと思ったが、ナギサは一応尋ねてみた。 「ちなみにどうしてそう考えたの?」 「うーん・・・あ、はい、えっとですね」 答えを考える事に夢中になっていた彼女は、我に返ってたどたどしい口調で説明を始める。 「ここなんですけど・・・」 不安なのか呼吸なのか、ヤヨイは文章をなぞりながら一旦そこで言葉を止めた。 「怖い顔をした戦士の男の人が、マジカルスカートと銀の髪飾りっておかしくないですか?」 「ま、まぁ、そうね」 「だから私が思うに・・・きっと恋人へのプレゼントだと思うんです!」 すると、しぼんでいた声が急に元気になって、はっきりと断言する。 「・・・・・・」 「それに2260Gって、いくら相場だといっても結構な値段ですし・・・でも、どうしても欲しかったとしたら、このおじさんも必死だと思います」 「・・・なるほど」 彼女の中では『怖い顔をした戦士=おじさん』になるらしい。 そんなどうでもいい事を考えながら、ナギサは静かにこう告げた。 「とりあえず、朝ごはん食べよっか?」 その言葉にヤヨイは、あっ、という顔になって少しはにかみながら準備を始めるのであった。 休日の朝食はいつも穏やかで、誰もがゆっくりと楽しんでいる。 ただ、リノだけは例外でいつもと変わらない様子なのだが。 「今日、何か予定はあるの?」 一足先に食べ終えたナギサが3人に問いかける。 しかし、誰からも返事は無い。その代わり、静かに首を横に振る姿だけが目に映った。 強いて挙げるなら、おそらくトラッドが明日の準備をするぐらいである。 だが、それはいつもの事なので、敢えて口にする必要は無い。 「じゃあトラッド、後でちょっといいかしら?」 「ああ、別にいいけど?」 単純な疑問と未知の恐怖。彼は漠然とそんな事を感じながらは頷いた。 「まさか、いきなり叩いたりはしないよな?」 「・・・それは、トラッド次第ね」 疑問が恐怖に支配される瞬間。リノは彼の事を不憫な目で見つめるだけであった。 朝食後、トラッドは緊張した面持ちでナギサの後へついていく。 ちなみに残された2人は、何をするでもなくのんびりと席に座ったままだった。 そんな当たり前な平和が羨ましい、と思いつつトラッドは部屋に入る。 そこでいきなり見覚えのある1枚の紙が手渡された。 「ああ、昨日ヤヨイに出した問題か」 「これの答えって何?」 ナギサは話が早いと言わんばかりに、何の前置きも無く突然問いかける。 「え? 普通に2260Gだけど」 微かに戸惑ったトラッドの口から呟かれたのは、予想通りの答え。 それを聞いて、ナギサは大きなくため息をつく。 「? どうかしたのか?」 「・・・・・・あのね」 彼女はやや沈痛な表情を浮かべて、今朝の出来事を説明し始めた。 ・・・・・・・・・・ 「だから何も言ってこなかったのか・・・」 朝食の時、ヤヨイがこの問題について何も触れない所に疑問を感じていた。 忘れていたという可能性もあるが、あの彼女に限ってそれは無いように思える。 「大体、何でお客さんが怖い顔をした戦士なの?」 「いや、普通に書くのも面白くないかな、って」 「じゃあ、マジカルスカートと銀の髪飾りっていうのは?」 「折角だから、女の子っぽいものを選んだつもりだったんだが・・・」 「・・・もう少し、全体で見なさいよ」 トラッドに悪気は全く無い。むしろ彼なりの気配りである。 それは何となく予想していた事だった。 「・・・全く」 ナギサはやり場の無い怒りを込めて呟くと、右手にハリセンを握り締めた。 「・・・・・・まぁ、いいわ」 「へ?」 てっきり殴られると思っていた彼は、その言葉にあんまり役に立たない防御を解く。 「じゃあ、せめてヤヨイちゃんが納得いくような答えを考えなさい」 「・・・え?」 ナギサの言葉の意味が分からず、思わず聞き返すトラッド。 「このままだと、がっかりしちゃうでしょ?」 「・・・そうだな」 ヤヨイは素直な性格の上、トラッドの事を本当に尊敬しているのだ。 普通に答えを言えば、確かに失望するかもしれない。 それだけならまだいいが、もしかすると自分に責任を感じる可能性すらある。 「分かった。ありがとう」 「お礼は、この問題の答えが分かってからでいいわよ」 素直に礼を言ったトラッドに、ナギサは何処か期待したような笑みでそう返すのであった。 トラッドが食堂に戻ると、ヤヨイが神妙な顔つきでテーブルに座っていた。 「あれ、リノは?」 「あ、剣の鍛錬に行くって先ほど外に行きましたけど・・・」 彼女はそれだけ言うと、またうーんと唸りながら思考の中に落ちていく。 それから時が過ぎる事数十分。彼は水を飲みながら、悩む彼女を見守っている。 (納得いくような答え・・・か) つい先ほどナギサに言われた言葉。トラッドもまた違う意味で悩んでいた。 (・・・・・・いや) 更に時が過ぎた頃、彼の中で一つの結論が出る。 「ヤヨイ」 「あ、はい?」 そこまで言って、トラッドは大きく深呼吸をする。 落ち着かない手を止める為か、コップを握る手に必要以上の力が加えられていた。 「昨日の問題・・・どうなった?」 聞かなくても、ヤヨイの表情を見ればまだ悩んでいる事は一目瞭然である。 「・・・それがまだなんです」 「そっか」 気まずい沈黙。 トラッドは彼女の顔に浮かぶ焦りに気付きながらなるべく優しい口調でこう告げた。 「ヤヨイはどう思ってる?」 「え?」 「正解は気にしなくていいから、教えてくれないか?」 「でも・・・」 「間違ってたら、それで学べばいいし・・・だから、な?」 「そう、ですか・・・?」 尚も言い淀むヤヨイであったが、やがて意を決したように答えを口にした。 「・・・2000Gだと思います」 「理由は?」 「えっと・・・買った物は恋人さんへのプレゼントだと思うんです」 そこで、トラッドは一度頷いてから、続きを待つ。 「だから、私は・・・祝福したいから少しだけおまけして・・・」 「うん・・・」 彼の表情はあまりに複雑で、そして俯いてしまったので、彼女の心は不安で一杯になった。 「師匠・・・?」 「・・・・・・」 ヤヨイの口からは自然と彼の名前が紡がれる。それも震えた声で。 「あの・・・怒っちゃいましたか?」 そこまで言ってから、ようやくトラッドは顔を上げた。 「・・・じゃあ、それも正解だな」 「・・・・・・・・え?」 はっきりとよく通る声だったので、聞こえなかったはずは無い。 それでも彼女には、右から左へと言葉が通り過ぎたらしい。 「実は・・・ヤヨイがそこまで考えてるって、さっきナギサに聞いて」 「・・・はい」 「何も考えてなかった自分が、情けないっていうか」 「師匠・・・」 「だから、それも正解でいいんじゃないか、って」 ヤヨイは疑問符を浮かべる。どうやら彼自身、言葉に困っているらしかった。 「どう言ったらいいか・・・俺はその方が好きだから、かな」 「でも・・・」 「だから、もっと自信を持っていいと思うけど・・・」 しかし、そう言うトラッドも自信があるようには見えなかったので、ヤヨイはくすりと小さく笑う。 「やっぱり俺には師匠なんて向いてな――――」 「ありがとうございます!」 食堂中に響く元気な声は、彼の後ろ向きな言葉を遮った。 「え?」 「私・・・こんな素敵な師匠の弟子になれて、本当に幸せです」 その中には、失望の色も慰めの気持ちも一切含まれていなかった。 代わりに純粋な尊敬の心と感謝の気持ちがはっきりと言葉に込められていた。 「だから・・・これからも色々教えて下さい!」 「・・・俺で良かったら」 彼は苦い笑みを浮かべながら、何処か嬉しそうに微笑んで返事をする。 「それじゃあ早速、今日買い物について行ってもいいですか?」 「ん、よし。じゃあ、今から行こうか」 「はいっ!」 ヤヨイは本当に楽しそうな様子で、鼻唄混じりで後についていく。 そして、彼はというと少し照れくさそうに、それでも止めるわけでもなく歩いていくのであった。 後日、彼女は道具が3つになると、普通に計算するのも困るほど苦手なのが判明するのだが・・・・ ――――それはまた、別のお話。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 というわけで「ヤヨイの一日」を書いてみました。 計算が苦手という設定を、ふと思い出したのですが、 ・・・どこからどこまでを苦手と言うんでしょうか(汗) リクエスト、ありがとうございました♪ 目次へ
|