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健やかな朝。空は雲一つ無い穏やかな青空が広がっている。 この正に旅日和とも言うべき今日、リノたちは次の目的地に向けて旅立つ・・・つもりだった。 「うふふ・・・舞台は整った、って感じかしら?」 その爽やかな朝に似つかわしくない忍び笑いが部屋に響く。 声の主は、今日を休みにしないと提案した――――ナギサ。 (誰も今日が何の日かなんて知らないでしょうし・・・) 彼女を除く3人は、基本的に世間の流れに疎いのはすでに明らかである。 (さて・・・と、まずは) そう考えながらも青い瞳は、すでに隣で安らかに眠っている標的に向いているのであった。 『ヤヨイの場合』 「ふ・・わぁ・・・」 平和そうな欠伸の後、ヤヨイは左手で目をこすりながら身体を起こす。 「おはようー」 「あ、ナギサさん、おはようございます! 今日も早いですね」 「うん、早起きは美容にもいいしね」 それが真実かどうかは不明だが、何処か彼女を尊敬している節があるヤヨイは素直に感心した。 「で・・・ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど」 「? 何ですか?」 そこでナギサの声のトーンが急激に下がる。それにつられてかヤヨイの顔も真剣味を帯びている。 「その・・・トラッドの事なんだけど」 「師匠がどうかしたんですか?」 「ほら、リノちゃんの事、中々気づかないじゃない?」 「まぁ・・・そう、ですね」 「それでね・・・すごく言いにくいんだけど」 彼女はそこで一呼吸する。静かなこの部屋には、ヤヨイの息を呑む音だけがやけに響き渡った。 「トラッドって、女の子に興味が無いみたいなの・・・」 「・・・・・・・・・・・・ぇ?」 長い沈黙の後、驚きの声が彼女の口から洩れる。 「どういう・・・意味でしょうか?」 だが、彼女はまだ理解していない。いや、どこか抵抗しているようにも見えた。 「つまり・・・おと」 「わー、わー!? 分かりました!! そそそ、それ以上は言わないで下さい!!」 ヤヨイは、やはり何の事か薄々感づいていたらしく、慌てて言葉を遮る。 どうやら、彼女なりにトラッドには良いイメージがあったようだ。 だが、素直な性格とナギサを尊敬しているという気持ちが合わさって、全く疑う事無く信じ込んでしまったらしい。 「その決定的瞬間も見ちゃったんだけど・・・聞きたい?」 「えっ!? それは聞き・・・いや・・・うーん、やっぱり・・・でも・・・遠慮、します・・・」 「そう? じゃあ、私は先に食堂に行ってるわね」 ショックを受けた表情のまま悩み続けるヤヨイ。 ナギサは肩が震えてるのを、思わず零れそうになる笑みを悟らせない為に素早く部屋を後にした。 「師匠が・・・そんな・・・」 一人取り残された彼女は、愕然となってしばらくベッドから降りる事が出来ずにいるのであった。 『リノの場合』 「リノちゃん、おっはよー」 「あ、おはよう」 ナギサが部屋を出ると、同じく部屋を出た彼女とばったり会った。 「・・・トラッドは?」 「もう少し眠りたいらしい」 淡々と理由を話すリノだが、どこか不機嫌そうである。おそらく自覚はしていないのだろうが。 (予定通りね) ナギサは心中で満足げな笑みを浮かべる。 何故なら昨夜、今日の為に無理やり酒の席に呼び、結構な量を飲ませたからである。 どうやらそれは見事に狙い通りとなったらしい。 「・・・どうかしたのか?」 「ううん、別に」 その喜びは少しだけ表面に出ていたようで、それが彼女の目からしても少し怖かったらしく、訝しげに尋ねられたナギサはすぐにいつもの表情へと切り替えた。 「そういえば、リノちゃん」 「何?」 「その・・・話さなきゃならない事があるんだけど・・・」 「え?」 そこでナギサは、先ほどと同じ様に声の調子を落とした。 当然、その状況を知らない彼女からは疑問の声が上がる。 「トラッドね・・・リノちゃんの事が・・・」 「・・・・・好きみたいなの」 「えっ・・・」 次の瞬間、リノの頬にさっと朱が走る。しかし、ナギサの言葉には続きがあった。 「それが、その・・・どうも男として、好きみたいで」 「・・・・・・・・・・・・・・え?」 やはり彼女もその意味を理解しかねて呆然となる。 「それってどういう・・・?」 「うん、だから・・・トラッドは男のリノちゃんに恋」 「あ、いや・・・もういい」 さすがのリノもそこまで世間に疎くは無いらしく、何となく分かっていたようだ。 そしてヤヨイとは違って、控えめに、動揺を隠しきれない様子で言葉を遮った。 「よかったら、その想いを木にぶつけてる所を聞いちゃったんだけど・・・教えてあげよっか?」 「え、っと・・・いや、遠慮しておく・・・」 彼女の場合、あまり疑うという事を知らない性格の為、信じてしまったらしかった。 「そう・・・じゃあ、私は先に行ってるから」 再びこみ上げてくる笑みに気付かせない為、ナギサはそれだけ言うと食堂に足を向ける。 「トラッド・・・が」 背中越しにリノの複雑で儚げな呟きを受けながら。 『トラッドの場合』 「ナギサ」 いつもよりも遅い時間。静かで落ち着いた朝食を終えると、リノとヤヨイがよそよそしい様子で素早く部屋へと戻っていく。 時々、トラッドの顔を盗み見るように。 それに気付いていながらも、彼はその場に留まって不思議な表情で話しかけてきた。 「何?」 「あ、うん。その・・・2人の事なんだけど」 「うん」 何か気になった事を話そうという意思は見える。 だが、まだ迷いが吹っ切れていないのか、彼はしばらく口の中で言葉を押し殺していた。 「・・・どうかしたの?」 その理由が分かっているナギサは、表に出さないよう心配する振りをしながら問いかける。 「俺・・・何かしたのかな、って思って」 「どうして?」 そこでまた彼の言葉がわずかに止まる。 しかし、意を決したように思っていた事を口にするまで、それほど時間はかからなかった。 「・・・リノとヤヨイが妙な視線でこっちを見てるから」 「そうなの・・・?」 言った後で彼は慌てて、気のせいだったら悪いんだけど、と付け足した。 「でも、確かにそうね・・・何か心当たりは?」 「何も・・・朝食の間、ずっと考えてたけど・・・」 再び深刻な顔で悩み始めるトラッド。また重苦しい沈黙が、辺りを支配する。 (このままじゃ切り出せないわね・・・) ナギサは別の意味で深刻な表情になり、必死に言葉を探し続けた。 「きっと、寝起きだからじゃないかしら?」 「え?」 やっと思いついたのは、明らかに不自然な理由。彼の表情はナギサを怪しんでいた。 「えっと・・・さっき、今日は暖かいからまだ眠い、って2人とも言ってたし」 「そうなのか? それなら良かった・・・」 普段は何かと彼女を疑うトラッドだが、今はそんな余裕は無いようであっさりと陥落する。 「あ、そうそう」 「ん?」 悩みが解消され、清々しい顔で立ち去ろうとした彼をナギサが呼び止めた。 勿論、とても真面目な表情で。 「今までずっと隠してたんだけどね・・・」 「何を?」 「・・・リノちゃんの事なんだけど・・・」 「リノの、事?」 その名前が出た瞬間、彼の表情も真面目になる。 「綺麗な顔してるでしょ?」 「・・・まぁ」 そこで彼女は一呼吸してから顔を下に向ける。どうやら先の2人を騙したせいで、すっかりツボを心得てしまったようだ。 「実はリノちゃん・・・・・・女の子なの」 「え・・・?」 呆然となるトラッド。それを盗み見た彼女は見えないように微かに笑った。 「・・・・・・・ナギサ」 「・・・何?」 一体彼は何と言うのだろうか、彼女は弾む心を強く抑えながら待った。 だが――――それは全く予想外の言葉であった。 「嘘をつくなら、もう少しまともな嘘にした方がいいぞ」 「・・・へ?」 今度はナギサが呆然となる。 「知ってたの・・・?」 「悪いけど。こういう事が好きな人間の中で育ったからな」 先ほどまでのは全て演技だったらしく、彼は意地悪な笑みを浮かべてこちらを見ていた。 「そっか・・・残念ね」 「いつ騙すのか、ずっと待ってた甲斐があったな」 勝利を確信した笑み、というのはきっと今のトラッドの表情の事を言うのだろう。 それほどまでに彼は嬉しそうであった。 「でも、悔しいわね・・・まぁ、今回は負けを認めようかしら」 「さて・・・と、ちょっと買い物にでも行ってくるか」 こうしてトラッドは、珍しく口笛を吹きながら宿屋を出て行くのであった。 ――――結果的に騙されているという事には微塵も気付かずに。 この時、彼は一つ致命的なミスを犯していた。 それは、ナギサがリノとヤヨイに嘘をつくはずが無い、と思い込んでいた事。 確かにそれは間違っていない。が、その嘘がトラッドを困らせる嘘ならば話は別である。 その後、昼食と夕食の時にまだ奇妙な視線が向けられていたので、結局彼は一日中悩み続ける事となった。 (それにしても・・・トラッドって・・・何でああなのかしら?) ナギサは彼の鋭いようで鈍い感覚に、終始楽しげな様子で一日を過ごすのであった。 翌朝、ナギサが真相を話した所、かなり怒られてしまったので珍しく反省をし・・・ 激しく後悔した2人はすぐにトラッドに謝りに行った。 しかし、彼には何の事か分からなかったので、それをそのまま優しく口にする。 2人はトラッドも嘘のことを知っていると思ったので、ヤヨイはますます彼を尊敬するようになった。 そしてリノはというと、安堵しながらも複雑な気持ちを抱えて、しばらく考え込む日々が続くのであった。 目次へ
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