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昨夜は積もっていたのだろうか、まだ所々に雪が残っており、建物の屋根にはつららがあった。太陽がすでに傾きかけていた事から、随分と遅い時間だと分かる。 基本的に長く滞在する事が少ないリノたちにとって、それは見慣れないもの。そのせいかいつもより軽い足取りでリノ以外の3人は市場へと向かっていた。 「食事なら宿屋で頼めばいいんじゃないのか?」 パーティーの準備をしようと言い出したのは、この中でまだ詳しそうなナギサ。リノは今言った事を出かける前から思っていたのだが、3人を見ているととても言葉に出来なかった。 それから少しだけ落ち着いたのを見て、今ようやく問いかけたのであった。 鼻歌混じりに先頭を歩いていた彼女はその声に反応して、上機嫌に振り返る。 「食事はね。他にも欠かせないものがあるのよ」 それだけ言うと、また歩くペースを早めて、町の中央へと向かう。やがて、赤と緑に彩られた色鮮やかな旗が目に付いた。 「うわー、すごい人・・・」 ヤヨイのいたアッサラームは特に夜になると、もっと人が多い。しかし、ここロマリアでそういうのを見かけないせいか、非常に多く感じられたようだ。 市場の中は、この日の為に用意された急ごしらえのお店。たくさんの人で賑わう中、それに劣らない大きな声で呼びかけている商人たちがいる。 「今日は破産覚悟だー!」 「彼女へのプレゼントに最適! 今しか手に入らない素敵な装飾品はいかがー?」 「この日の為にいいワイン、たくさん仕入れてますよー!!」 「見つけた・・・」 「・・・・なるほどな」 大勢の声が入り組む中、ナギサは商人のある品物を売り出す声だけを聞き分け、迷う事無く何処かへ歩き出す。 トラッドのみそれが何なのかを理解し、いつもの苦笑いを浮かべていた。リノとヤヨイは疑問を感じつつ、彼女に感心して後についていく。 来る途中も歩くのが早かったが、人が多いにも関わらず、彼女は更に速度を上げた。 「ここね・・・すいませーん」 ナギサがようやく立ち止まったのは・・・ワインを取り扱っている店の前。決して嬉しくない予想が当たったトラッドは表情を暗くした。 「はい、いらっしゃい!」 「ビバグレイプはある?」 「勿論です! ささ、どれにいたしましょう?」 さも日常会話のように有名なワインの名前を口にし、滅多に見られないほどの真剣な眼差しで品定めに入る。 簡単な棚に並べられている物で数十本はあり、彼女は手にとっては何かを見つめていた。 「・・・これは?」 「お酒みたいですね」 後ろではようやく辿り着いたリノが息を整えながら、同じく隣にいるヤヨイに問いかけて答えを聞いたものの、よく分からないのか困った顔で静かになる。 「よろしければ飲んでみますか?」 「そうね」 いつの間にかナギサの手には小さなグラス。どうやらあの中身がそのビバグレイプらしい。太陽の光が地面に鮮やかな紫色の影をぽつりと落としている。 「・・・これじゃ、弱いわね」 「ちょっと待て、別に弱くても・・・」 「いーえ。これだったら、酔わせ・・・・あ、いや物足りないわよ」 何やら不吉な単語が聞こえかけたが、不幸にも周りの音にそれはかき消され、彼女は商人に更に強いものを要求した。 「今のでも結構な物なんですけど・・・お客さん、お目が高いですね」 「ありがと・・・で、あるの?」 聞かれた商人は笑顔で頷いてから、後ろの木箱の中からより鮮やかな装飾の瓶を取り出し、それを見た瞬間にナギサの表情は驚愕へと変わる。 「これはまさか・・・!!」 「おやご存知ですか。お客さん、かなりの通ですね」 「ビバ!グレイプ・・・」 先ほどと呼び方がどう違うのかは謎だが、とりあえずめでたそうな空気だけはしっかり伝わった。ちなみに周囲でどよめきが起こっている事から、相当な一品であるらしい。 「これをもらうわ」 「飲んでみなくてもよろしいのですか?」 「お楽しみは取っておくものよ」 「なるほど・・・では素敵な夜になる事をお祈りしております」 「ありがとう。そういうあなたもね」 親しげな会話を交わしたナギサと商人は、グラスに入れてあった少し弱いらしいビバグレイプで乾杯をする。 そして振り向いた時のどこか邪悪な彼女の笑顔に、3人は寒気を感じずにはいられなかった。 その後、市場をあちこち見て周ってからケーキも購入した4人は宿屋へと戻った。店内は出かけている間に用意されていたらしい様々な飾りが付いており、いつもよりも賑わっている食堂ではすでに何人かがお酒を飲んで顔を真っ赤にしていた。 「何だかんだでもう夜か」 気づけば空が夕焼け色に染まっていたのを見て、部屋で旅の準備をしていたトラッドが呟いた。 「ナギサとヤヨイはまだ帰ってないみたいだな」 一度部屋に帰った後、2人にとって興味があるものがあったのか、再び市場へと足を運んでいた。ちなみに無駄遣いはしないように、彼はあまりお金を渡していない。 「これでよし、っと・・・そういえばリノ」 「何だ?」 今まで広がっていた旅の道具はいつの間にか綺麗に片付けられており、彼はこちらに視線を向けている。 「・・・これからは寝坊しないよう気をつける」 出発しないので怒っていない、と告げたはずなのにまだ気にしているのかと考えて彼女は何か言おうとしたが、遮られるように言葉は続けられる。 「その・・・最近さ」 「たっだいま〜♪」 直後、盛大にドアの開く音と陽気すぎる声に会話の糸がぷつりと切れた。 「ただいまですー」 最初に入ってきたのはナギサで、続けて控えめにヤヨイが部屋に入ってくる。 「・・・・・・えっと」 リノは再びトラッドを見て、言葉を待った。 「もしかして・・・お邪魔だった?」 「別に・・・って何があるんだ」 珍しく漂う真面目な空気に気まずそうにするのは、ぶち壊した当の本人。彼は口で否定しながらも何処か不機嫌な表情だった。 しかし彼女はその言葉だけの意味に捉えたらしく、それもそっか、と一言呟いて準備を始める。それに倣って3人も何とはなしに手伝い出すのであった。 「メリークリスマス!」 「・・・めりー・・・くりすます・・・」 部屋は簡単な飾りつけと、宿屋の人から運ばれてきた豪勢な料理、そして買ってきたケーキとワインがテーブルの上に所狭しと並べられていた。 最初に盛り上げるべく声を上げたのは、最も楽しみにしていたであろうナギサ。だが、後に続く声はヤヨイのみで照れているのか小さかった。 「声が小さーい! もう一回!」 「め、メリークリスマス!」 3人の声はかなり無理やりだったが、それでも彼女は満足したようで早速ビバ!グレイプをグラスになみなみと注ぐ。 「・・・師匠、似合いますね」 「いや、無理に褒めなくていいからな」 トラッドの頭には、赤と白のカラフルな三角帽子が乗せられていた。宿屋の人が親切に貸してくれたそうだが、却って迷惑である。 そして、フライドチキンを食べているヤヨイの声には微かな同情が含まれていたのは言うまでも無い。 一方その頃、リノは慣れない豪華な食事を緊張した動作で食べていた。 「リノちゃん、美味しい?」 「あ、ああ」 正直な所、味覚が何処かへ旅をしているようなのだが、不意に話しかけられて彼女にはそうとしか答える事が出来なかった。 時間が経つにつれ、ぎこちなかった雰囲気は徐々にいつもと変わらなくなっていく。見た時はかなりの量に感じた料理も随分と減っていた。 「さて、と」 お酒が入っているせいで、僅かに頬に赤みが差しているナギサがケーキを食べていたトラッドの側に立つ。そして空いたグラスへおもむろにワインを注ぎだした。 「・・・え?」 「飲むわよね?」 声には、笑顔とは裏腹に凶悪なものが感じられた。 「いや、酒はあんまり・・・」 「じゃあ・・・リノちゃんに飲んでもらう?」 少し酔っているせいか彼女は艶っぽく、彼女には聞こえないよう耳元にそっと囁く。彼は身体を反対へ向けながら、諦めたように呟いた。 「・・・いただきます」 「そうこなくっちゃね! はい!」 すでに準備されていたワイン、あのビバ!グレイプが左手に渡される。銘酒という噂どおり、確かにとても良い香りが鼻をくすぐった。 「始めからそのつもりだったな・・・」 「ええ。だってリノちゃんもヤヨイちゃんも可愛いじゃない?」 「何だその理由は・・・・・・ったく、ちょっとだけだからな」 呆れながらの言葉に、ナギサは答えずただ悪戯っぽい笑みを浮かべる。ため息をつきながら、彼は言った通り少しだけグラスを傾けた――――はずだった。 「っ!?」 「飲まなきゃ殺す」 殺気にも似た気配が突如膨れ上がり、グラスは顔ごとほぼ直角に傾けられた。そして恐怖に逆らえず、彼はされるがままビバ!グレイプを綺麗に飲み干す。 「お・み・ご・と♪」 勢い任せの良い飲みっぷりに彼女はけらけら笑うが、急激にキツイ酒の入った脳は言葉を受け入れようとしなかった。 「・・・・・・・・っく」 「トラッド?」 「師匠?」 その時、テーブルの向こう側でリノはヤヨイの質問攻めに合っていたのだが、初めて今の状況がどうなっているか気づいて彼を呼んでみた。だが返事は無く、代わりに頼りない足取りでふらふらと立ち上がる。 「暑い・・・」 そして一言だけ怪しげな発音で呟いて水を探そうとするが、辺りにはまるで罠のように一切用意されていなかった。 「じゃあ、はい」 ナギサがすかさず彼にグラスを渡すと、水だと思い込んだ彼は素直にそれを飲み干した。 「!!!」 「あら? お水だなんて一言も言ってないわよー?」 どうやら中身はビバ!グレイプらしく、ますます彼の顔が赤くなる。そして突然膝が落ち、彼はその場に倒れそうになった。 「トラッド!?」 慌てて駆け寄ったリノが、床に顔面が直撃する寸前で彼の身体を支えた。そのままゆっくりと横にさせると、声をかけながら火照った頬を軽く叩く。 「トラッド、大丈夫か?」 それでも彼は回復の兆しを見せないので、下へ行って水をもらって来る為にリノは振り返って立ち上がろうとした。 「そうだ水を――――――えっ?」 「あら♪」 「わー・・・」 が、急に強い力で引っ張られてそのまま後ろへと倒れそうになった所で何かが背中にぶつかった。 見ていたナギサとヤヨイは顔を両手で押さえながらも指と指の間からしっかりと見ており、嬉しそうな悲鳴を上げる。 「・・・・・・冷たくて気持ちいい」 自分の耳のすぐ側で聞こえる安心しきった声。そして首に回される両の腕。彼女は一瞬だけ呆然とした後で、ようやく自分の今の状態に気づく。 「ちょ、ちょっと・・・離し・・・離せ!」 「やだ」 動揺しながらも必死に振り解こうとするのだが、トラッドの力はますます強くなるばかりだった。 「・・・リノってやーらかいんだな・・・・・っく」 「なななななっ、何を言・・・! その・・早く離・・・!!」 彼女の耳はすでに真っ赤になっており、そこだけ見るとどちらが酔っ払いか分からないほどである。尚も脱出しようと試みるが、その意思に反して何故か身体に力が入らなかった。 一方、完全に傍観者と化している2人はそのやり取りを笑顔で見つめている。 「今のリノさん、すごく可愛いですよね・・・・・」 「そうねぇ・・・ま、いつだって可愛いんだけど」 「あの、止めないんですか?」 「止めて欲しい?」 「うーん・・・難しい所ですね」 そんな勝手な会話など当然耳に入ってこないリノは、動き疲れたのかそれ以外の理由か、少し大人しくなっていた。 「そろそろ潮時ね」 どういう基準で判断したのか、ナギサはハリセンを取り出して素早く2人の元へ歩いていく。 「いい加減に・・・しなさいっ!」 そしてトラッドの頭に響くは会心の一撃。酒が入っているせいもあるが、それ以上にその威力で彼は気絶してしまった。 「・・・・・助かった」 ようやく彼から解放されたリノは安堵の息を洩らし、慌ててソファまで移動してもたれかかる。 (やっぱりお酒が絡むと面白い物が見られるわね) 憔悴したリノに心の中で謝りつつ、ナギサは自分の行動が間違ってなかった事を、自分に言い聞かせながらパーティーは妙な終わりを告げたのであった。 「あ・・・?」 翌朝、トラッドは早い時間に目を覚ます。いつの間にかベッドに運ばれていたらしく、毛布をめくりながら身体を起こした。 そして突然何かを打ち付けられたかのようなショックに頭を押さえる。それは多分二日酔いのせいだけではなかった。 (えっと・・・あれから・・・?) 昨日の事を思い出そうとするが、ビバ!グレイプを飲んだ辺りから全く記憶がない。漠然と覚えてるのは、何となく気持ち良かった事だけ。 「ん・・・・・」 「おはよう、リノ」 「!!!!」 彼は頭は痛むものの普通に挨拶をしたつもりであった。しかし、彼女は重そうな瞼を無理やりこじ開けると、びくっと震えてから慌ててベッドへと潜り込む。 「・・・どうした?」 「な、何でもない」 記憶が無いトラッドには、全く理由が分からないので、とりあえずベッドから下りてリノの方へと近づいた。 「何か悪い事でもした?」 彼の声は寝起きであったが、いつもの穏やかな空気に昨夜の彼と違うという事が分かり、少しだけほっとする。 (でも・・・言えるわけがない) そう心中で呟くと同時に昨夜の事を思い出すと、急激に体温が上昇し、心臓の鼓動が早くなった。 (どうしよう・・・) 身体は訳も分からず熱くなり、そしてこのままじっとしてても彼は理由を聞くまで離れそうに無い。リノの頭の中はぐるぐると回っていた。 (あ・・・) その時、ふとパーティーの前の事が頭によぎる。ずっと気になっていたのもあるが、話を逸らす為に問いかけてみた。 「トラッド、昨日何か言いかけてなかったか?」 「え? ・・・・ああ」 どうやらすぐに彼も思い出したようなのだが、すぐに言い出そうとしない為、妙な沈黙が訪れる。リノは毛布の隙間よりこっそりと彼の顔を盗み見ると、昨日と同じように真剣であった。 「最近さ、その・・・・・リノはどうなのか知らないけど」 「うん・・・」 「食事をするのが楽しみなんだ」 「え?」 それだけ?、と彼女は続けそうになるのをこらえる。 「だから、あんまり寝坊はしたくないというか・・・それだけだから」 「・・・・・・そうか」 すっかりいつもの様子に戻っていた彼に、ようやくリノは心が落ち着いて、ため息を一つついてからこう告げた。 「もう大丈夫だから・・・先に準備して下に行ってくれないか?」 「あ、ああ! そのまま寝るなよ」 その彼の口調は、いつもと同じように心がけながらも、嬉しさを隠しきれていないのであった。 (でも・・・) しばらくしてからトラッドが部屋を出た後に、リノはすぐに準備を始め、いつものように短い時間でそれを終える。 (もうクリスマスは・・・来なくてもいいな) と、結局それが何なのか分からないままにそう思って、ため息をつくとすぐに気持ちを切り替えてから部屋を後にするのであった。 後書きへ 目次へ
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