バレンタインSS 「殺気立った甘味」


「・・・・リノ」
「何だ?」
 ここはノアニール。以前、エルフの呪いにより永く眠りについていた村。
 大陸の北に位置する為、気温が低く、時々雪も降る地方である。
 ヤヨイが気になるというのでここに寄る事になり、今はリノとトラッドが旅の準備に出かけていた。
 村人が目覚めた後でしばらくしてから1度来たのだが、草木はまだまだ荒れ放題の伸び放題。
 その時はそれをどうにかする為にせっせと働いていたように思えたのだが・・・
「目が痛くないか?」
「・・・そうだな」
 再び訪れた現在、村全体には色とりどりの飾り付けがされていた。
 呪いをかけられる前の状態は知らないが、見る限りでは完全に元には戻っていないだろう。
 にも関わらず働いている人間はほとんどおらず、誰もが嬉しそうな表情だった。
「・・・とりあえず行くか」
 立ち止まっていてもしょうがない、そう諦めて彼が呟くとリノも頷いて、2人揃って道具屋へ向かった。

「薬草と毒消し草と・・・ん?」
 外よりも更に派手に飾り付けられた道具屋の中。
 それがどうしても目に入る為、欲しい物を探すのにいつも以上の労力がかかる。
 トラッドはなるべく気にしないよう、買う物を探していると薬草の側に並べられている濃い目の茶が目を引いた。
「・・・何だ?」
 余り見慣れない物だったので、ちょうど近くにいた店主に尋ねてみる。
「あの、これは・・・新しい種類の薬草ですか?」
「え? いえ、チョコレートですけど・・・」
「・・・ああ、そういえば」
 違和感のある状況だったので気づかなかったが、名前を聞いて納得すると同時に少し恥ずかしくなった。
 よく見ると見本と書かれた札がすぐ側にあり、隣では綺麗に包装されたそれが山積みであった。
「リノ」
「何?」
 そこで彼はふと思い、入口付近で買う物を探していた彼女を呼ぶ。
「チョコレートは好きか?」
「普通だけど・・・」
「じゃあ、お土産にするか」
 少なくとも嫌いではないと分かったので、彼は山積みからチョコを4つ手に取って店主に渡す。
「え・・・・あ、はい。お買い上げありがとうございます・・・」
 しかし、手渡された相手の反応は、妙によそよそしかった。少なくとも客に対する反応ではない。
「何か?」
「あ、いえ何でもございませんので・・・」
 どう見ても何でも無い表情ではないのだが、せわしない動きで商品を渡されたので、深く考える事無く道具屋を後にした。


「師匠、おかえりなさいー」
 部屋へ戻ると、いつものようにヤヨイが真っ先に出迎える。
 そしてナギサは窓際の椅子に座り、優雅な仕草で紅茶を飲んでいた。
「そういえば、ナギサ」
「何?」
 トラッドは先ほど見た村の様子を彼女に話す。クリスマスといい、正月といい何かと祭り事には詳しいイメージがあるからだ。
「・・・で、買ってきたわけね」
「ああ、食べるか?」
 テーブルの上にはチョコレートが4つ。
「甘くて美味しいですね」
 ヤヨイは一番に包みを破り、笑顔で食べ始めている。
「まぁ、好きなんだけど・・・トラッドらしいというか」
 その一方でナギサはというと手には取っているものの、道具屋の店主と同じく複雑な表情であった。
「何が?」
「別にいいけどね」
 結局彼女はそう一言言っただけで、苦笑いを浮かべながらチョコを食べ始める。
「あ」
 口の中に広がる十分な甘味を堪能しつつ、紅茶を一口飲んだ時だった。何かを思いついたらしい。
「リノちゃん、ちょっといい?」
「え、ああ・・・?」
 碧眼をキラキラと輝かせて、彼女を手招きする。それを見ていた彼だけは急に寒気を覚える。
(あの顔は・・・何か企んでるな)
 そんな時、大抵酷い目に遭うのは自分。そう察したトラッドは考えうる限り対策を練って、いつでも止めれるようにこっそりと身構えた。
 ナギサもそれには気づいているが、特に気にする事無くリノだけに聞こえるよう小声で話し始めた。

「リノちゃん・・・バレンタインって知ってる?」
「・・・・いや、初めて聞く言葉だけど」
「そっか、それならちょうどいいわね」
「? 何が?」
「うん、実はね・・・」

 それから数分間、内緒話が続く。ちなみにヤヨイはあまりにチョコが美味しいようで、全く気づいていない。
 トラッドだけは油断せずにその姿をじっと見つめていた。
「・・・・・・・そうなのか?」
「うん。だから、ねっ?」
「・・・・・・・・・」
 どうやら話は終わったようだ。ナギサは更に顔を輝かせているが、リノは難しい表情を浮かべている。
 そして横目でちらりと彼を見た時、視線が重なるとすぐに逸らしてしまった。
(今・・・こっち見たよな)
 意識しなければ気にならない程の彼の小さな胸騒ぎは、それをキッカケにどんどん膨らんでいく。
 同時に辺りに立ち込めるのは、不可思議な沈黙。最初に言葉を紡いだのは――――リノだった。
「ナギサ・・・明日付き合ってもらってもいいか?」
 彼女がそれを断る訳も無く、満面の笑顔で大きく首を縦に振る。
「・・・本当に楽しみね」
 ナギサの独り言のような呟き。しかし、チョコに夢中のヤヨイと考え込んでいるリノにも聞こえておらず、耳に届いたのはトラッドだけであった。
 癖になりつつあるため息を一つつくと、彼は一足先に自分の泊まる部屋へと戻っていった。


「ヤヨイ、何か聞いてないか?」
「いえ・・・起きた時にはもういませんでしたし・・・」
 翌日、リノとナギサの姿が見えなかった。
 今日は元々出発する予定じゃなかったので、いつもより遅い時間に目を覚ましたのだが、気になって宿屋の女将さんに聞くと、すでに朝食を終えて外へ行ったらしい。
 捜しに行こうとも考えたが、すれ違いになる可能性も考えられたのでそうせずに、2人でのんびり朝食を取っていたのだ。
「別に心配しなくてもいいとは思うけど・・・」
「どうしたんですか?」
「・・・ちょっと嫌な予感が」
 トラッドの顔が青ざめた時だった。後ろから盛大に頭を叩かれたのは。
「たっだいまー」
「・・・おかえり」
 振り向くとそこには、期待を裏切る事無くナギサがいた。
 ハリセンについては言っても無駄だと悟っている為、よほど痛くない限りは敢えて何か言おうという気にならない。
「ただいま」
「あ、おかえりなさいー」
 ヤヨイが続けて入ってきたリノに振り返ると、右手に持つ紙袋が目に入った。
「あれ、何を買ったんですか?」
「悪いけど、今は教えられないわね」
 しかし、その問いに答えたのはナギサだった。聞かれた本人は顔を逸らし、買ってきた物を身体の後ろに隠してしまう。
「気になりますね・・・師匠は何だと思います?」
「・・・・・・何だろうな」
 ナギサの行動は想像がつかない上、更にその彼女を誘ったのはリノなので余計に分かるはずが無い。
 しばらく考えて諦めようとした時だった。
「トラッド・・・」
「ん?」
 消え入りそうな声で彼の名前を呼んだのはリノ。口数は決して多くないが、いつもはもっと通る声だった気がする。
「その・・・後で付き合ってもらいたいんだけど」
「え? ああ・・・別に、いいけど」
 慣れない彼女の態度に、自然と彼の返事にも緊張の色が滲む。
「じゃあ・・・昼食後に」
 心なしか弾んでいるように受け取れないでもない空気を持つ言葉に、トラッドは不器用に首を縦に振るのであった。


「そろそろ行ってもいいか?」
 普段、そんなに会話をしているわけでもない。
 それでも先ほどまでの沈黙は重苦しかったせいか、時間が経った今でも相変わらずぎこちないリノの言葉ですら、妙に救われた気持ちになる。
「何処へ行くんだ?」
「・・・・来れば分かる」
 珍しく強引な答えにトラッドは不安を覚えたが、逆らう気も起きずにただ腕を引かれるままについていった。

「随分寂しい所だな・・・」
 辿り着いたのはまだ伸びきった雑草がまだ刈り取られていない所で、かなり歩きづらい空間だった。
「で、一体どうしたんだ?」
 まだリノの意図が理解できないトラッドは何気なく尋ねてみた。
 だが返事は無く、その代わりに彼女は持っていたさっきの袋を草の上に置いて――――愛用の鋼の剣をすらりと抜いた。
「えっ?」
「・・・・・・」
 無言のまま、じっと彼を見つめる黒い瞳。身体に纏われているのは、出会った頃に感じた鋭い殺気。
「リノ・・・?」
 次の瞬間、彼女の頭が下がり、戦いの時と寸分違わぬ素早さで一気に間合いを詰めてくる。
(っ――――!?)
 ほとんど勘で抜き去ったダガーを右に構えると、激しい金属音が鳴り響いた。
「本気か・・・」
 腕の痺れ。リノの一撃には手加減など微塵も感じられない。
 彼女は無言のまま、一歩下がってから間を置かずに再び銀色の刃を走らせる。
 その理由は分からないが、気を抜けばすぐに命を失う――――それだけははっきりと理解できた。

 人気の無い場所で、幾度と無く響き渡るのは無機質な音。

 あれからどれぐらい経ったのだろうか。曖昧に感じる緊迫した時の流れ。
 巧みにリノの剣を捌き続けていたトラッドであったが、疲労か戸惑いか自分の思い描く様に身体が動かせず、無常にもナイフを弾き飛ばされてしまった。
「・・・これまでだな」
 直後、突きつけられるのは鋼の剣。他にも武器はあるのだが、この状況では到底使えそうに無い。
「さすがに・・・強いな」
 そこで、ようやくリノが言葉を発した――――辛そうな表情と共に。
「・・・・理由は教えてくれないのか?」
「・・・・・目を閉じろ」
 せめて最後に、と思って問いかけてみたが、やはり返答は無い。
「・・・・・・」
 諦めた彼はゆっくりと目を閉じて身体を固くする。得体の知れない恐怖で、手に汗が滲んできた。
「それから・・・口を少し開けてくれ」
「え?」
 疑問を覚えながらも、すでに逆らう事も許されない状況なので、彼は言われた通りにする。
 その後、耳に入ってくるのは遠ざかる足音と少し離れた所で何かをいじる音。
 時間にしてみればそれほどでもないのだが、トラッドにとっては永遠のようにも感じられた。
 そして、再びリノが彼の元へと近づいてくると、乾いた唇に何かが当てられ、すぐに固い物が放り込まれた。
(え・・・)
 急に口の中で何かが弾けて甘い味が広がっていく。それは不快になるような物ではなく、むしろ自分の好みだった。
 驚きで目を見開くと、正面には心配そうなリノの顔があった。
「・・・怪我は無いか?」
「あ、ああ・・・これ・・・チョコか?」
 危険な目に遭わせた本人から労わりの言葉を受けて、トラッドは呆然としながらそう呟く。
 だが、それも耳に入っていないぐらいに慌てた彼女は、早口で説明をし始めた。
「その・・・今日はバレンタインっていうらしくて」

「感謝の気持ちを込めて戦いを挑んで勝利してから、チョコを食べさせるって聞いたから・・・」

 つまり、リノはそれに則って先ほどのような行動に出たのだ。
 時折見えていた凄まじい殺気は、おそらく勝つ事への執念だろう。
(でも・・・待てよ)
 しかし、彼はそこである事を思い出す。
「・・・誰に聞いたんだ?」
「ナギサだけど?」
 予想通りの名前に、疑惑は確信へと変わった。
「・・・・・・リノ」
「何?」
 トラッドは彼女を呼んで、一度深呼吸した後にこう告げる。

「騙されてると思う・・・俺もよくは知らないけど」

「え」
 さっとリノの顔から血の気が引いた。
「・・・・ごめん」
 そして恥ずかしさで頬を朱に染めると、心の底から申し訳無さそうに謝罪をする。
 冷静に考えてみれば、感謝をするのに戦いを挑むのはおかしい事である。
「いや、悪いのはナギサだし・・・それに」
「それに?」
 トラッドは空を向いて、頭をかりかりと掻いてからこう言った。

「・・・・・リノの気持ちはちゃんと伝わったから」

「・・・・・・」
 余りに色々な何かが入り混じった複雑な心境で、お互いに言葉を失う2人。
「え、えっと・・・帰るか」
「・・・・そ、そうだな」
 しばらく静かに立ち尽くしていたのだが、先に口を開いた彼の何気ない一言でようやく解放されたように帰路へと着くのであった。


 その後、リノはバレンタインの本当の意味を知る事になるのだが―――――それはまた別のお話。





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