「レーベの村、ある風景」


「ねー、目的の家ってどこ?」

ナジミの塔で盗賊の鍵を手に入れ、レーベの村で1泊したリノたち3人。
「北にある池のすぐ側だ」
宿を出た直後に話しかけてきた謎の遊び人、ナギサの質問に答えたのは、
アリアハンを出た時からリノと一緒にいる盗賊、トラッド。
「そこに住んでる人って一回外に出たら、入れないのかしら」
目的の家には赤い扉があり、強固な鍵がかかっている。
それを開けて中に入るために、盗賊の鍵を求めてナジミの塔へと入ったわけだが・・・
「・・・ちゃんと鍵があるんじゃないのか? これはあくまで忍び込む用っぽいし」
すっかり開かずの間になっているような雰囲気ではあるが、
自分の家に鍵をかけるのは当然の事で、盗賊の鍵というのが例外――と、トラッドは思っていた。

「トラッドは鍵開けとかしないのか?」
その質問は意外な人物――――無口な勇者、リノからであった。
旅に出た直後は、何かと目の敵にされていた。最近ははっきりと分かるほどでないにしても、
やはり余り話そうとはしない。ちなみにトラッドはリノの事を『女』とは気づいていない。
「・・・得意じゃないな」
「本当に盗賊なの?」
ナギサが面白そうな表情で、呆れながらそう言う。
ちなみに質問をした本人は、その答えに何故か納得したらしい。
「自分自身疑わしいけどな」

(・・・やっぱり世間のイメージってそうだよなぁ)
彼は昔、誰かから聞いた事を思い出していた。
盗賊というのは3つぐらいタイプみたいなものがある、という事だ。

山賊などでよく見られる、直接的に戦う事に長けたタイプ。
鍵開け、罠の解除などを得意とする技術的なタイプ。おそらく世間ではこのイメージが強い。

力技で戦うのはそれほど得意ではないし、罠外し、鍵開けも・・・
出来ない事はないが、それを専門とするには未熟すぎる。

そこで更にもう一つ、本能的な部分が優れたタイプ、という事だった。
初めての洞窟でも、勘と優れた感覚で道を切り開き、
モンスターに気づかれないように、気配を消して歩いたり、逆に相手の気配に気づいたり、
宝箱や罠を見つける素質・・・みたいなものが備わっているタイプらしい。

(ただ、それだと何だか盗賊とは違うような気もするんだけどな・・・)
昔はよく悩んだものだったが、今は生きていけるなら何でもいい、という結論に達していた。

「でも、そういう盗賊がいてもいいと思う」
何気なくリノが呟いた。
「・・・・・・そう言われると、ホッとするな」
その一言に、何となくトラッドは笑みを浮かべるのであった。
「リノちゃんって、こんなのにも優しいのねぇ」
「・・・別に」
ナギサのからかうような言葉に、彼女は素っ気無くそう返す。
「・・・こんなのって、どういう意味だ」
「あら? 思ったことを口にしたんだけど?」
軽く気になった言葉にツッコミを入れるものの、彼女はいつものようにあっけらかんと言うだけなので、諦める事にした。


「ん?」
最初に気づいたのはトラッドであった。
彼女の言葉に諦めを浮かべ、何気なく目的の場所と違う方を向いた時である。 「どうかしたの?」
その原因を作った当のナギサは、彼に問いかける。
「あそこ・・・人だかりが出来てる・・・」
レーベの村は、全員がのんびり過ごしている印象があり、滅多に人が集まるような事件はなさそうなのだ。
「行ってみるか?」
彼は隣で同じ方向を見るリノにそう尋ねた。彼女はこくりと小さく頷く。
それを合図に3人は、少し早足でその騒ぎの元へと向かうのであった。

・・・!
・・・・・・・・!!
・・・・・!?

場所は、村人たちが食糧を買いに来る市場。
そのせいか、周りの人々はかごを持っている人が多く見られた。
「何だか言い争ってるみたいだな・・・」
声はかろうじて聞こえるのだが、人だかりのせいでよく見えない。更に状況が気になる3人は、
人波を潜り抜けながら、どうにか見える場所まで辿り着いた時、一際大きな怒鳴り声が辺りに響いた。

「てやんでぇ、この分からず屋!!」

そう発したのは、男。しかもかなり年配の方である。
どこの言葉かよく分からないのだが、鋭い切れ味のようなものを感じる一言。

「何さ、このすっとこどっこい!!」

そう返したのは、女。こちらも負けず劣らずの年齢のようで、
先ほど浴びせられた言葉に匹敵する鋭さが滲み出ていた。
「元気なおじいちゃんとおばあちゃんねぇ・・・」
呆れながらそう呟いたのはナギサ。
普段は軽く何のかんの言い合う2人であるのだが、この時ばかりはトラッドは素直に同意の意思を示す。

おじいさんは背中にカゴを背負っており、中には食料がぎっしり詰まっているのが見える。
フードを目深に被っており、豊かな白い髭が特徴的であった。
おばあさんの方は、どうやらここで長年野菜を売っているらしく、少し頑固そうに見える。
周囲の野次馬からは「またか」と楽しそうな声がすることから、
どうやら、この2人のやり取りはかなり有名であるらしく、
村人の中にも見物をする常連が多いようだ。

2人の老人の口喧嘩は、言葉尽きる事無くテンポ良く続いている。
「・・・・・・」
「どうした、リノ? ・・・ああ」
トラッドはじっとこちらを見ている彼女の視線に気づき、何かを察する。
(別に見てても、しょうがないか)
そう思いながら、その場を立ち去って目的の家へと向かおうとしたのだが、
突然、リノとトラッドは首根っこを掴まれる。
「折角だし、見届けていきましょ?」
その主は、案の定ナギサである。振り向いた時に見た彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
「別にいいだろ?」
「そんなことないわ」
はっきりと否定する彼女は、胸を張ってこう言った。

「旅をしてるんだし、各地の名物ぐらいは知っておかないと!」

(何故、そこで力説する・・・)
そもそもこの子供っぽい喧嘩を名物とされたら、レーベの村の人たちはどう思うのであろうか。
しかし、どうもナギサは2人を解放する気はないらしく、首根っこを持った手にはますます力が入っていた。
「・・・・・・あーもう、分かったよ」
トラッドの諦めたような口調に、ようやくナギサは手を離す。
そして、リノもその様子を見て大人しく喧嘩を見始めた、勿論いつもの無愛想な表情で。
「ねぇねぇ、どっちが勝つと思う?」
その様子に満足したのか、ナギサは2人にこう尋ねた。
「・・・引き分けだろ」
「面白くない答えねぇ・・・」
「名物になるような喧嘩の相場は大体決まってるもんだ」
一人旅をしていた頃に何かあったのか、悟ったような表情で答えるトラッドであった。

3人のやり取りには全く目もくれず、2人のお年寄りは顔を真っ赤にしながら叫び続けていた。

「いつもここには野菜を買いに来とるじゃろ? それを何じゃ、その言い草は!」
「不満なら、その辺で一角ウサギでも捕まえとればいいんじゃ!」
「肉ばっかりじゃ栄養が偏るじゃろうが!」
「どうせ後少しでくたばるんだから、栄養なんぞ気にせんでもええわい!」

(よくもまぁ、これだけポンポン言葉が出てくるものだなぁ・・・)
最初から乗り気でもなかったのだが、トラッドは欠伸を噛み殺す。
ナギサは何故か熱心にメモを取っている、が2人への注意は未だ解けていない。
リノは我慢強いのかどちらでも良いのか、相変わらず無表情だが、早く立ち去りたいと考えていそうだった。

その時、おじいさんがこちらを向いて両手を広げた。
そして目深に被っていたフードをばさりと外し、大きく息を吸い込んだ。
ちなみに予想通り、眩しい頭だったのは言うまでもない。
「みんな、聞いとくれ!!」
突然矛先がこちらに向けられた事で、村人の注目が一斉におじいさんへと集中する。
「このばばあ・・・・このばばあがぁ!」
誰もが次に出てくるセリフに固唾を呑んで見守っていた。

「ネギをまけねぇんだとさ!!!」

一瞬、何を言われたか全く理解できなかったのだが、とりあえず頭を殴られたような気分だった。
村人からは陽気な笑い声が上がっている。

「あんた! こんな大勢の前で何言ってんだい!!」
「何っ!? 本当の事を言ったまでじゃ!」

普通、何か解らない事が解った瞬間というのはすっきりするものである。
「なるほど・・・人間ってネギ一つでここまで熱くなれるものなのね」
「・・・・・・そうらしいな」
「そろそろ行かないか?」
3者3様の反応。すっきりしたのは約1名。
「そうね、勉強にもなった事だし」
「どこでそれを活かすつもりだ?」
「それはな・い・しょ」

ナギサの感性はきっと理解できない、そう思いながらトラッドは人ごみから脱出する。
それに続いて2人も人を掻き分けながら抜け出した。
「でも――――」
当初の目的の場所へ歩き出しながら、ナギサはいつもと違った穏やかな笑みでこう言った。

「いつか、こんな平和な喧嘩が出来る世の中が来るといいわね」

リノとトラッドは特に言葉を返すでもなく、少しだけ目を細めるのであった。



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