「マヌーサな憂鬱」


気持ちのいい青空、心地よい風、そして眩しい太陽。
一言で言うと、爽やか。絶好の旅日和である。
そんな中、3人は今日も広大な世界の上を歩いていた。

「あーあ、何処かにかっこいい男はいないかしらねぇ・・・」
「何だいきなり」
珍しく晴れ晴れとしたトラッドの気分は、その一言によってぶち壊された。
その人物はというと、彼の不意を突くのが偶然なのか確信犯なのか分からないナギサだ。
「いや、旅と言うと出会いじゃない?」
すでに相手もそう思っていると踏まえた上での口調。
「まぁ、一理あるな」
とはいえ、珍しく間違い過ぎた事は言っていないので、彼は素直に頷く。
「だからかっこいい男はいないかなぁ、と思って」
「急に話が飛躍したな」
やはり彼女はこんな調子なのである。その時、予想外の人物が会話に入ってきた。
「・・・トラッドは?」
「――――――えっ!?」
そう言ったのは、このテの話題には全く興味が無さそうなリノである。
意外な人物が意外な名前を言った為、トラッドは一瞬考えてから、声を裏返しながら驚いた。
「あらあら、リノちゃんはトラッドの事をそう思ってるんだ?」
ナギサがこの少女のこんな言葉を見逃すわけもなく、からかうように問いかける。
「男っていうから」
しかし、悲しいまでの即答。
「・・・複雑な事を言うなよ」
トラッドはぼそりとそう言いながら、引きつった笑顔を浮かべるのであった。

「そういえば、リノはどうなんだ?」
「何が? ・・・ああ、さっきの話?」
しばらくは静かに歩く3人だったが、トラッドは急に思い出したようにナギサに問いかける。
本人はすでに忘れていたようだが、すぐに思い出したようだ。
「リノって綺麗で整った顔してるし・・・って、どうかしたのか?」
その彼の言葉に、彼女はいつの間にか肩を震わせながら、必死に笑うのをこらえていた。
「なっ、何を・・・」
当の本人は少し早口でそう言うと、歩く足を早めて先へと進む。
「・・・何かおかしな事言ったっけ・・・」
ちなみに彼は、リノが女である事を知らないので、その反応の意味が分からない。
「うーん、確かにかっこいいんだけどね」
ナギサは横目でリノを盗み見しつつ、困った表情でこう言う。
「もっと違うタイプの・・・言うなら大人のかっこよさね」
「・・・大人。それならまず自分がそうな・・・」
そう言いかけた瞬間に、心地よい音が彼の顔面から辺りに響いた。
「私は今のままで十分、よね?」
「・・・はいはい」
あまりに怖い笑顔でナギサがそう言うので、彼は適当に返事をする。
ちなみに顔にはしっかりハリセンの跡が付いているのであった。

「ちょっと待った」
しばらく歩いた所で、突然トラッドが2人を止める。
彼の視線の先には一つの町が見えた。
「・・・町」
「いや、それもあるんだけど・・・」
リノの呟きにそう答えながらも、彼はじっくりとその周りを観察する。
辺りにあるのは何の変哲もない木々と、大きな岩があるだけだ。
(何処か不自然だな・・・)
どうやら何かがひっかかるらしく、注意深く歩を進めるトラッド。
他の2人は意味が分からず、ただ彼の後ろについている。
しかし、本人にもよく分かっていないので、説明出来ずにいた。
太陽は最も高い位置から少しだけ西に傾き始めている。
「・・・・・・」
トラッドは無言で愛用のブーメランを右手に持つと、リノとナギサも武器を手に取る。
3人の表情にそれぞれ緊張の色が浮かんだ。

・・・・・・・・・・・・

一瞬強い風が、木々たちをざわめかせる。
「!」
トラッドは何もない木陰にブーメランを投げた。
何かに当たったような確かな感触をその身に纏わせて、彼の使い慣れた武器は手に収まる。
「あやしい影、か・・・でも、今ので倒したみたいだな」
「あら、そうなの?」
ナギサは軽く言いながら、とりあえずやり場のないハリセンでトラッドを殴った。
「何故叩く」
「いや、折角出したから」
(今のは酷いような・・・)
そんな2人のやり取りを見ながら、リノは珍しく報われない彼に同情する。
「とにかく魔物は倒したわけだし、あそこの町に・・・」
ナギサは自分の行いをなかった事にして、再び元気に歩き出した。
「待った・・・!」
その時である。トラッドはまだ辺りに違和感を覚え、慌てて彼女を止める。
「え?」
その声に反応して彼女が振り向こうとした時、動きが一瞬不自然になった。
「もう1匹いたのか・・・しかも」
「しかも?」
リノが聞き返した時、すぐ前で奇妙な笑い声が上がる。
「・・・あはははははー」
「なるほど」
ナギサの愉快な様子を見て、彼女は納得したようだ。
「まぁ、ちょうど良かったかもな」
「何が」
「ほら、かっこいい男探してたから」
「・・・さっきの事、根に持ってないか?」
「さあな」
トラッドは遠い目をしながら笑顔を浮かべている。
おそらくは実害がないからこそ、余裕があるのだろうが・・・次の瞬間。

彼女はこの場にいる誰もが全く予期せぬ反応を見せた。

「え? えっ・・・」
突然、うろたえ始める彼女。そして青ざめた表情。
「きゃー! いやー!!」
更に初めて聞くような、スリルに満ちた黄色い悲鳴。
右手にハリセン、左手に杖を持って辺り構わず振るい始めた。
「・・・どうする?」
「いや、俺に聞かれても」
ちょっとした暴風域になっているナギサ。
しかも杖からは時折メラが出ているので、引火の恐れもある。
そんな危険極まりない状況を、一体誰が止めれるのであろうか。
「何の幻を見てるのか・・・」
「かっこいい男でない事は確かだな」
トラッドはのんびりと話しながら、無造作にブーメランを投げた。
「リノ、あそこだ!」
ブーメランの軌道が何も無い所で、何かに当たったかのような動きをする。
どうやらそこにもう1匹潜んでいたらしく、トラッドはその場所を指差した。
そしてリノは、剣を上段に構えながら一直線にその場所へ走る。
(影が・・・)
太陽と周りの木々から考えて、明らかに異質な現れ方をする影。
彼女の剣は一つの迷いもなく、そこへと振り落とされた。
何も音はしなかったが、確かに何かを斬った手応えが彼女の手に残る。
しばらくは形を崩しながら、不気味に蠢くあやしい影であったが、やがて静かに消えていった。

「あの状況でよく気づいたな」
剣を鞘に収めて、一息をついたリノはそう呟く。
「だからこそ、だけどな」
「?」
「相手も予想外だったみたいで、慌てているのが見えたんだ」
不思議そうな表情の彼女に、トラッドは屈託のない笑顔でこう言った。
(・・・それが凄いと思うんだけど)
普段の様子からは全く想像がつかない事を、いつも何気なくこなす彼。
リノは自覚がない事に呆れながらも、素直に感心してしまうのであった。
「さて、と・・・ナギサ、大丈夫か?」
トラッドのその言葉を聞いて、彼女はもう一人の仲間の事を思い出す。
「え・・・!!」
彼と目が合ったナギサは、口元を手で押さえながら目を見開いた。
「ナギサ?」
様子がおかしい事に気づき、リノは彼女に呼びかける・・・が、視線はトラッドの方に向いたままだ。
「・・・回も・・・・・・なんて」
ナギサはしばらくしてから、聞き取れないほどの声で何か呟いた。
「どうした?」
彼も気になって聞き返すと、信じられないものを見たような表情でこう告げる。

「トラッドが2回もかっこよく見えるなんて・・・!!」

ちなみに彼女の目は、少しだけ潤んでいた。
「・・・・・・・・・・・・」
しばし絶句したトラッドは、大きなため息をついて夕日を一瞥してから静かに歩き始める。


それから町に辿り着くまで、リノには彼の背中が余りに悲しそうに見えたので、声をかけることも出来ず・・・

ナギサはというと、この日より何故か腐った死体にだけ、異常な殺気を放つようになるのであった。




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