お正月短編 「弟子が師匠を超える時・・・?」


 とある町の宿屋の一室にて。

「明けましておめでとうございます!」
 そろそろ眠ろうとするリノとトラッドの泊まっている部屋に元気な声。
 ちなみに明日は出発する予定ではなかったので、時間はいつもより遅い。
「あ、明けまして・・・?」
「ヤヨイ、どうかしたのか?」
 彼女の言葉をおそるおそる繰り返す彼を横目に、リノは入ってきた少女に普通に尋ねた。
「なるほど、2人は知らないわけね」
 その反応に軽く動揺していたヤヨイの後ろから、ナギサがひょっこり姿を現わした。
「何を?」
「ちょうど今、年が変わったのよ。だからその挨拶」
「・・・・そういえば」
 昔、母に言われた事があるような、とリノの記憶の隅からその言葉が浮かび上がる。意味は分からなかったが、自分もそう返していた、と。
「そうなのか?」
 トラッドは全く馴染みがないようであった。いつもは何かと詳しいだけに、彼女は少しだけ珍しく思う。
「というわけで、今年もよろしくお願いします」
 今のやり取りでこの場にいる全員が理解した、と思ったのかヤヨイは続けてそう言ったのだが、2人は戸惑いながら同じ言葉を繰り返すだけであった。

「でも、何だか実感が沸かないわね・・・」
 確かに年が変わったからといって、急に何かが変わるわけではない。あくまで暦の上での区切りなのだ。
「そうですねー。お餅も食べれそうにないし、おせち料理もないですし・・・」
 聞き慣れない単語が飛び交う中、知識の無い2人はただぼんやりと、そして眠る直前だった為かうとうとしている。
「これぞお正月っていうの、何かないかしらね・・・しかも手軽に出来る事で」
「・・・・・そうだ!」
 しばらく悩んだ挙句、何かを思いついたらしいヤヨイが声を上げた。
「なになに? 何かあるの?」
 その声に真っ先に反応したのはナギサ。声はもう夜も更けているせいか、かなり弾んでいる。

「羽根つきなんてどうでしょうか?」
「ハネツキ・・・?」
 そこで今まで観客になっていたトラッドがようやく声を出す。その口調が不安げだった事から、おそらく嫌な予感がしたのだろうと推測できる。
「簡単に言うと、板で羽のついた玉を打ち合うの」
 何処からその知識を得たのか、ナギサはすんなりと説明をする。
「それが何でその・・・オショウガツっぽいんだ?」
「昔の話なんだけど、その羽の飛ぶ様子が悪い虫を捕まえる良い虫に似てるから、虫にまつわる事の魔除けとして年の初めにするらしいわ」
「へぇ・・・」
 何故知っているのかは疑問だが、珍しく博識な彼女にただ彼は感心するのであった。
「ナギサさん、詳しいんですね」
 同じくヤヨイも感心したようにそう言うので、すっかり上機嫌になった彼女はハリセンで一度テーブルを叩き・・・

「これが大人の女性のあるべき姿よ」

 と、得意げに言うのであった。その時訪れた沈黙の中、不意に聞こえてきたのは安らかな寝息。
「あらあら・・・まだリノちゃんには早かったかしら?」
 いつの間にかベッドに座ったまま眠りに落ちていた彼女を見て、ナギサは微笑みながら呟くが、トラッドだけはその意味がよく分からなかった。


 翌朝。夜更かしが祟ったのか、日頃の疲れが溜まっているのか、いつもの時間になっても誰も起きる気配はない。
 ただ一人――――ヤヨイを除いて。
「よし、出来た・・・」
 彼女は額に浮かぶ汗を拭い、満面の笑みを浮かべる。どうやらかなり早く起きて、何かを作っていたらしい。
「・・・・ちょっとだけ寝よ」
 しかし、今まで忘れていた眠気が急に襲ってきたらしく、重くなる瞼を持ち上げようとせず、再びベッドへ横になるのであった。

 それからしばらくの時が過ぎ、部屋で水の跳ねる音を合図にヤヨイは目を覚ました。
「ふにゃ・・・」
 十分に目が開かないままに身体を起こし、そのままぼんやりと窓の外を眺めていたのだが、不意に声を掛けられる。
「おはよう、ヤヨイちゃん・・・・って眠そうね」
「あっ、おはようございますー・・・眠いです・・・」
 先ほどの音はナギサが顔を洗っている水音だったらしい。ヤヨイはやっぱり眠そうなまま挨拶をすると、突然目を見開いてベッドから飛び降りてテーブルへと駆け寄る。
「あ、出来たんですよ!」
「? 何が?」
「・・・・これです!」
 そう言いながら彼女が見せたのは、取っ手の付いた板と羽の付いた玉――――昨夜話していた羽根つきの道具だ。
「これ作ったの!? しかも・・・中々凝ってるじゃない」
 羽子板には一目見てはっきり分かるほど上手な鳥の羽が彫られていた。また玉に付いた羽は自分で着色したのか、色鮮やかに仕上がっており、どちらもかなり渋い作りをしている。
「えへへー、ありがとうございますー」
 褒められた本人は照れたように視線を逸らしながら笑う。それが年頃の少女らしく可愛かったのだが、ナギサには作ったものとのギャップがよりそう感じさせた。
「今日は羽根つきに決まりね・・・・あ」
「どうかしたんですか?」
「・・・・ううん、良い事思いついただけだから」
 そう言ったナギサの笑顔はやはり邪悪だったのだが、その時隣の部屋からくしゃみがしたのは言うまでも無い。

「すごいな・・・」
「ああ・・・・これが羽根つきの道具か? 想像よりも随分かっこいいんだな」
 朝食の途中、早速ヤヨイはリノとトラッドにも自分の作った羽子板と玉を見せる。
「わーい、ありがとうございますー」
 師匠に褒められただけでなく、リノも素直に感心している様子に彼女は顔を緩ませた。
「でね、折角作ってくれたんだし・・・ご飯食べたら羽根つきしない?」
「そうだな・・・リノもいいよな?」
 ナギサの提案にトラッドは、隣でパンを口に運ぶ彼女に尋ねると、少し興味が沸いたようですぐに頷いて見せる。
「じゃあ、食べ終えたら外に行くか」
「はいっ!」
 作った本人は朝食の間ずっと笑顔を絶やす事無く、美味しそうに食べているのであった。


「で・・・誰がやる?」
 朝食を終え、町の中心に向かった4人。昨夜降ったらしい雪が積もっており、広場では子供たちが元気に遊ぶ声が響いている。
「2人でしたらどうだ? 知ってるもの同士だしな」
 羽根つきの道具は1セット・・・つまり2人分しかない。作った本人と楽しみにしていたナギサが、という意味でトラッドはそう言った。そしてリノとヤヨイもそうなると思っていたのだが、意外な答えが返ってくる。
「私は見てるから・・・リノちゃんどう?」
「いや・・・遠慮しておく」
 その返事を受けた彼女はあの邪悪な笑みで、予定通りね、と誰にも聞こえないように呟いた。
「じゃあ・・・このダメ師匠の出番ね」
「え?」
 彼が意外そうな声を上げると、ヤヨイは横で無邪気に喜んでいる。ちなみにダメ師匠という呼び方には一切反応を見せないのは、それほど嬉しいのだろう・・・と彼は信じたかった。
「新年早々、師弟対決というのも面白いわよね」
 ナギサの中ではすでに決定事項であり、そういった場合、過去に覆された事は無い。
「まぁ、お手柔らかにな・・・」
「はい! 胸を借りるつもりで頑張ります!」
 その返答に彼はただ苦笑いを浮かべるだけであった。

「じゃあ、ルールの説明ね・・・要は打ち合って、落とした方が負けなんだけど・・・」
 その瞬間、トラッドの背筋がぞくっとしたのは、決して寒さのせいだけではなかった。

「昔から決まってる通り、負けた方にはしかるべき刑が待ってるわ」

「・・・・ちょっと待て。何だそれは」
 昨夜の胸騒ぎ、そして今朝の大きなくしゃみ。彼の嫌な予感というものはやはり的中する。
「本当にそう決まってるんですよ、師匠。あ、でも顔に落書きされるだけですから」
「・・・・・・・・・・」
 この純粋な心の持ち主である弟子が言うから、間違いでは無さそうである。トラッドは最後の希望を込めて、隣にいる彼女の名を呼んでみた。
「リノ・・・」
「諦めた方がいいな」
 しかし、彼女もこの状況は変わらないと分かっているらしい。彼の僅かな望みは今、完全に消失してしまった。
「じゃあ、始めるわよー」
 ナギサの合図と共に、かん、という音が鳴って羽根が宙を舞う。トラッドはいつになく真剣な表情でそれを返した。

 かん・・・こん・・・かん・・・こん・・・

 板が木で出来た玉を打つ、軽やかな音がリズム良く響く。その平和な空気に、彼は徐々に楽しくなった来たのか笑顔が浮かび始める。
(そういえば魔除けって言ってたっけ。じゃあ、そんなに心配しなくても・・・・)
 すっかり安心しきった時だった。
「ヤヨイちゃん・・・」

 かん。

「はい?」

 こん。

 さすがは経験者というべきか、玉を打ちながらもナギサの呼びかけに余裕で返事をする。

「本気を出しなさい」
「あ、はーい」

 がこん!

「へ?」
 その受け答えに間抜けな声が洩れるトラッド。刹那、激しい音と共に玉は風を切りながら彼の頬をかすめて雪の上に落ちる。
「・・・・・・ヤヨイ?」
「あ、師匠ー。ここからは手加減なしですよー」
 そう言う彼女の表情はやはり無邪気な笑みだった。ちなみにナギサは何処からか持ってきたペンでトラッドの頬一杯に大きなうずまきを書く。
「最初からこれが狙いか・・・?」
「あら、何の事かしら?」
(断って良かった・・・)
 そんな会話を聞くリノは、トラッドに罪の意識を感じながらもそう思っていた。しかし、彼の顔に書かれた渦巻きを見るとそんな気持ちは吹き飛んでしまったようで、口元を手で押さえながら後ろを振り向いて肩を震わせていた。

 尚も羽根つきは続く。ヤヨイの顔にも落書きされるのだが、その時すでにトラッドの顔は書く場所が無いほど黒くなっていた。観客であるリノはいつの間にか気の毒な表情をしている。
「えい!」
 優勢である彼女の気合と共に繰り出された玉は、今までで最も鋭かった。多少慣れてきたとはいっても、当然ながら彼にそれを返すだけの実力は無い。
 かん、と澄んだ音共に地面に玉が落ちると、ナギサは嬉しそうにトラッドへと近寄ってくる。
「・・・もう塗る所は無いだろ」
 諦めたような、開き直ったような声だった。しかし、それが彼の不幸の始まりだった。
「・・・・・・・勇気と無謀は違うもの、って分かって言ってるのよね?」
「!? ちょ、ちょっと待・・・・!!」
 剣の達人に勝るとも劣らない速さでナギサのハリセンが疾走し、冬の空に新年早々景気良い音がこだまする。しかも狙ったのか偶然なのかは不明だが、会心の一撃だったらしく、彼はその場に気絶してしまうのであった。


(・・・・・・・・・・・・・寒っ)

 目を覚ました彼は考えるよりも早く、身体を動かして暖めようとした――――しかし。
(う、動けない?)
 何かで固められているように身動き一つ取れず、かろうじて首が回る程度。
(・・・・?)
 状況を確かめようと、おそるおそる目を開いてみると、自分の身体は真っ白に大きく膨らんでいた。
「あ、気がついた?」
「気がついたじゃ・・・・・・一体何を・・・!?」
 そこまで言いかけて、ようやく現状を理解する。自分の身を包んでいるのが、しっかり固められた雪だという事に。
「ふふふ・・・もう逃げ場は無いわよ」
 そうにこやかに微笑む彼女の右手にはハリセン。だが、防御する事は到底不可能である。
「・・・・・・・・」
 何故か遠くにいるリノとヤヨイが謝っているのが目に映る。そこからナギサを止めれなかったという事がよく分かった。

「さて、覚悟はいいかしら?」
「・・・・・・・・!!!」


 その後、トラッドは幸せにも記憶が飛んだのだが、3人にとってそれぞれ忘れられない光景になったのであった。





目次へ