「トラッドの好み」


 5人がちょうど夕食を終えた頃。

 ナギサがいつものように紅茶を飲んでいると、視界の端にウェイトレスの姿が入る。
 それから碧眼を輝かせながらトラッドの顔を見た。
(……また何か思いついたな)
 こういう時は決まってろくな事が無い。彼は抵抗する隙を窺いながら、ただ彼女の言葉を待った。
「トラッド、ちょっといい?」
(来た……!)
 自分を呼ぶ声に、思わず身体が固くなるが、一応平静を装いながら返事をする。
「……何だ?」
 そんなトラッドの想いなど知る由も無いナギサは、いつもの調子に好奇心を織り交ぜながらこう尋ねた。

「トラッドの好みの女の子ってどんな感じ?」

 突拍子も無い発言に、彼は激しく咳き込んだ。
「いきなり何を!?」
「あら、ちゃんと断ったじゃない」
 声を荒げながらトラッドはとりあえず言い返すが、ナギサはさも当然のように話を促した。
「あ、私も聞きたいです!」
 そこを今までケーキを食べていたヤヨイが、無邪気な表情で追い討ちをかける。
「トラッドからそういう話を聞いた事がないな」
 静かに水を飲んでいたラザまでもがそう呟いた。
(……逃げ場が無い)
 彼は理不尽さに打ちのめされながら、必死に反論する方法を考えていた。
 その時、唯一話に加わっていない彼女の顔が目に映る。
(そうだ、リノなら……!)
 トラッドは希望を見つけたとばかりに、早速話しかけようとした。

「リノちゃんも興味ない?」
「え?」

 しかし、一足先にナギサが声をかける。
 彼女が絡むと、とりあえず話は悪い方向に進んでしまう。
 それでも一縷の望みに縋るように、トラッドは心の中で誰ともなく祈りを捧げた。
「一緒に旅するトラッドの事だもの。やっぱり少しぐらい興味あるでしょ?」
 更にナギサは言葉を重ねる。それに対してリノは、俯きながらこう答えた。

「まぁ……少しぐらいは」

(……上手くいくわけないよな)
 だが、と言うよりやはり彼の思うようにはいかなかった。現実とはいつも容赦が無いものである。
 その一方で、ナギサはこんな事を考えていた。

(ふふふ……リノちゃんさえ頷かせれば、トラッドも話さざるを得ないわね)
 彼の弱点は、彼女に知り尽くされているのであった。



「……で?」
 所変わって、ここはリノたちが泊まる3人部屋。
 大勢の人がいる中では話し辛いだろうと考えたナギサが、ここへ移動しようと提案したのだ。
 しかし、それは決して優しさなどではなく、逃げ道を失くす為だと言うのはリノ以外全員理解していた。
「本当に話すのか?」
「勿論よ。まぁ、好きな娘に告白しなさい、って言ってるわけじゃ無いんだから」
 間違いではないが、トラッドはどうしても気が進まない。反対に他の4人は今か今かと彼の言葉を待っている。
「そう言われてもなぁ……考えた事無いし」
 わざわざ嘘を言って逃げる性格ではない。それはナギサも十分理解している。
 そんな彼がそう言うのだから、本当に考えた事が無いのだろう。
「パッと思いつく事でもいいわよ。何かあるでしょ?」
 だからといって、この話を無かった事にするつもりはなく、彼女は何とか答えさせようと努力する。
 しかし、それでもまだピンと来ないらしく、逆にトラッドがこう訊いてきた。
「うーん……例えば?」
「そうねぇ」
 ふと、ナギサの碧眼に剣の手入れをしているリノの顔が映る。
 彼女の日課なので違和感は無いが、手元が普段よりもぎこちなく、時折何度もこちらを盗み見ていた。
 口にこそ出さないものの、やはりリノも気になっているらしい。
 そこでナギサは、あくまで例としてこう言ってみた。

「ほら、普段は無口だけど、笑うと凄く可愛いとか。
一緒にいて居心地がいいとか。白いワンピースが似合いそうだとか……色々あるじゃない」

「やけに具体的だな……」
 彼女の明らかに誰かを指している例に、トラッドは訝しげな表情を浮かべる。
(……リノちゃんの事だから当然なんだけど)
 彼女は胸中で呟きながら、交互に2人を見た。
 トラッドは相変わらず考え込んでおり、それが誰なのか気付く様子は無い。
 そしてリノはリノで、まさか自分の事を言われているとは夢にも思っていないようで、剣の手入れを続けている。
(ほんっとに……2人揃って鈍いわね)
 しんと静まった部屋の中、2度続けてため息が零れ落ちた。
(ヤヨイちゃんとラザも同じこと考えてるわね……)
 呆れたような表情の2人。きっと自分も今こんな顔をしているに違いない、とナギサは苦笑いを噛み殺す。
「で……トラッド、どう?」
「……やっぱり思い浮かばないんだけど」

 その時、何かが切れるような音がトラッドの耳に響いた――――ような気がした。

「…………本当に思い浮かばない?」
 膨大な殺気が込められた一言。彼は胸騒ぎを覚えながらも、こくりと頷いた。
「残念ね」
 しかし、続けられた言葉は意外にあっさりしたもので、トラッドは少しだけ安堵する。
「それなら――――」
 そう思ったのも束の間、ナギサは呟きながらゆらりと立ち上がった。
「え………?」
 トラッドが疑問の声を上げた時、彼女は神速でハリセンを抜き去っていた。

「嫌でも思い浮かぶようにしてあげるわ」

 淡々とした声が聞こえてきたのは彼の頭の上。
 だが、気付いた時にはすでにお馴染みの炸裂音が部屋中に響き渡っていた。
「どう?」
 ナギサは心なしか嬉しそうに尋ねるが、会心の一撃を受けたトラッドはそれどころではない。
(…………あ)
 その時、今更ながら彼の頭の中で最初の質問の答えが浮かび上がった。
「どうかしたの?」
「……おかげさまで、さっきの質問に答えれそうだ」
「へぇ、どんなの?」
 もはや何に対して喜んでいるか分からないナギサは目を燦々と輝かせる。
 それに対して、トラッドの紡いだ言葉はこうだった。

「少なくともハリセンを持っている娘はタイプじゃないな」

 普段の彼ならば、こんな事は言わなかったかもしれない。
 言えばどうなるか目に見えているからだ。
 つまり、それだけトラッドは若く、頭に血が上っているという事である。
「…………」
 ナギサが再び無言で立ち上がった。そこでようやく彼は、今自分が言った勇気ある発言に気付く。
「……言いたい事はそれだけ?」

 その後、5度続けてハリセンの音が部屋とトラッドの脳内に鳴り響くのであった。



 そして皆が寝静まった後。

「結局……トラッドってどういう娘が好きなのかなぁ……」

 リノはベッドの中で真っ赤になりながら、一人そう呟くのであった。



DQSS目次へ