「思い込みの極み」


 夕暮れ時、町を目前にした5人の前に立ちはだかるのは幻術士3匹。
 そんな緊迫した戦いの最中。

「…………あはははー!」

 ナギサの間の抜けた笑い声に他の4人は脱力する。
「……ナギサ?」
 幸せそうな彼女の愉快な姿を初めて見たラザは、より一層疲れた口調で呼びかけた。
 だが、その理由を知るリノとトラッドはため息を吐いている。
 それぞれの思惑など、当然知ろうともしないナギサは歌うように叫んだ。

「わーい、イイ男が一杯いるー!」

「……は?」
 全く予想もしてなかった言葉に、ラザは眉を顰め、何処か傷ついた表情になる。
 しかし、ナギサはお構いなしに愛用のハリセンをブンブン振り回していた。
「何でも大勢のイイ男に、ツッコミを入れていくのが醍醐味らしい」
 それはリノとトラッドが、初めて彼女に出会った時に聞いた言葉。
 つまり、今ナギサはそのよく分からない醍醐味とやらを思う存分堪能しているのだろう。
「……もしかして、マヌーサか?」
「ああ」
「…………昔と変わったな」
 遠い目で太陽の沈む方角を眺めながら呟くラザ。
 同情したのか、トラッドがぽんと肩を叩くと同時に、幻術士からハリセンの音が響き渡る。
 どうやら無数のイイ男から、当たりを引いたらしい。
 もしくは全員叩きのめした後なのかもしれないが、それはナギサにしか分からない。
「あら、もう終わり? 今回はあまり楽しめなかったわね……」
 呪文が解けた後でも緊張感の無い彼女の声。
「ナギサさんって……こんな状況でも強いんですね……」
 呆れているのか、感心しているのか。
 どちらとも判断がつかない複雑な音色で、ヤヨイはそう呟くのであった。



 その夜、夕食の時であった。
「ナギサ」
 サラダを食べていたラザは、突然フォークを置いて彼女を呼ぶ。
「ふぇ?」
「一つ聞きたい事があ……いや、食べてからでいい」
「……で、何よ、改まって?」
 相変わらず上機嫌のナギサは言われてスパゲティーを飲み込むと、ようやく彼の方を向いた。
「…………さっきの事だが」
「さっき……ああ、幻術士?」
 その返答にラザはこくりと頷く。
「それがどうかしたの?」
「……少し気になった事があってな」
「何?」
 テーブルに身を乗り出して、興味深そうな顔をするナギサ。
 それをラザは何処か気まずそうに顔を逸らし、難しい表情でこう問いかけた。

「マヌーサって……普通、相手の姿が沢山見えるものじゃないのか?」

 ……………………

 瞬間、全員の時が止まり、食器の鳴らす澄んだ音だけが耳に届く。
「……そうだけど?」
 誰よりも早く我に返ったのは、尋ねられた当の本人。
「……つまりだな、ナギサは……モンスターが……その……」
「はっきり言わないと分からないんだけど?」
 わずかに責めるような彼女の口調に、ラザは明らかに動揺した素振りを見せる。
「あの、だな……」
「うん」
「ナギサにとっての……イイ男ってまさか――――」
 そこまで言って、ナギサは答えを察したのか、すっと背中のハリセンを抜いた。
「ち……」
 そして身構えるラザを見据えながら、高々と頭上に掲げた後、
「違うわよ!」
 という叫びと共に、ハリセンは恐ろしい雄叫びを上げ、真っ直ぐに振り下ろされる。


 ―――――何故かトラッドの頭に。


「……っ!?」
 その時、呑気にタコさんウインナーを食べていたトラッドは、激しく咳き込んだ。
 どうやら全く予期していなかった為、おかしな所に入ってしまったらしい。
 それを見てリノがすぐに水を渡すと、彼は一気にそれを飲み干してから、
「だから……何で俺を叩くんだよ!?」
 力一杯ナギサに疑問をぶつける。
「何でって……つい?」
「……いや、訊かれても」
「つい、じゃない! それとリノに話を振るな!」
「トラッド……ちょっとは落ち着いたら?」
「っ……誰のせい―――――」
 トラッドが更に何かを言いかけた時、再びハリセンが炸裂した。
「それでさっきの話だけど……」
「……無視かよ」
 強引に彼の怒りを鎮めたナギサは、平然とした顔でラザに視線を戻す。
「……ああ」
 目の前で繰り広げられた光景は、いつものように酷かった。
 しかし、抗う術を持たないラザは複雑な表情で話を合わせる。
「別にモンスターが見えてるわけじゃないのよ」
「……そうなのか?」
 問い返す彼に、ナギサはにっこりと微笑みながら首を縦に振った。
 きっと先ほど味わった至福の時を思い出しているのだろう、とラザは何となく理解する。
「ほら、いくら幻っていっても、沢山のモンスターなんて見たくないでしょ?」
「まぁ……そうだな」
 確かに間違っていない、と彼も思う。
 しかし、そういう呪文なのだから仕方がない。
 その場にいる4人全員がそう考えた時、ナギサはこう言った。

「だから……あれはイイ男だって、自分に言い聞かせてるのよ」

 …………………

 またしても訪れる奇妙な沈黙。
「そんなに特別な事じゃないと思うけど?」
 だが、ナギサは至って普通のように話を続けた。
 言われてみれば思い込んでいるだけなので、誰にでも出来る事には違いない。

 ただ、それが有り得ないぐらい強いというだけで。

「そうか……分かった」
 しかし、その答えでラザには十分だったらしく、とりあえず納得した様子を見せた。
 そして何事も無かったかのように、食事が再開されようとしたが、
「ところでナギサさん」
 ミートボールをフォークに刺したままのヤヨイが、あっとなって口を開く。
「なあに?」
「ナギサさんの言うイイ男って、どんな人なんですか?」
「そうねぇ……」
 唐突な質問にしばらく目を閉じて考える彼女。
 だが、すぐに碧眼をトラッドとラザに向けてから、苦笑いしながらこう呟いた。

「……少なくとも、この2人じゃないわね」

 その答えにヤヨイは珍しく乾いた笑みを浮かべ、これ以上関わりたくないトラッドは聞こえないフリをする。
 しかし、ラザだけは落ち込んだ様子で、黙々と食事を続けるのであった。



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