「たまにはこんな話でも」


「……ナギサさん」

 夜も更け、人も町も眠りに就く頃。
 中々寝つけなかったヤヨイは、控えめな声で隣で眠る彼女を呼んだ。
「なあに?」
 するとベッドがもぞもぞと動き、いつもと変わらない明るい声が返ってくる。
「まだ起きてたんですね」
「そういうヤヨイちゃんこそ……眠れないの?」
「……はい」
 どうやらナギサも自分と同じらしい、そう思ったヤヨイは少し照れながらも嬉しそうに返事をした。
「何かお話でもしよっか?」
 そして更に紡がれた言葉は、眠れない彼女にとって興味を惹くものだった。
「でも……いいんですか? 明日も結構早いですし……」
 しかし、ヤヨイは翌朝の事を考えてか、遠慮がちに呟く。
「大丈夫よ。眠れないんだったら一緒だし……それに」
「それに?」
「たまには私もヤヨイちゃんとゆっくりお話してみたいしね」
 万遍なく全員と話すヤヨイだが、やはり師匠と慕っているトラッドと過ごす時間は多い。
 それにナギサとは同じ部屋といっても、旅の疲れもあって、いつもすぐに眠ってしまう。
 だから彼女の言う通り、のんびり話をする機会はそれほど多くなかった。
「あの……」
「どうしたの?」
 ヤヨイのくぐもった声に、ナギサは心配そうに問いかける。
 しかし、続けて紡がれた言葉は、それとは逆に明るいものだった。
「私も……ナギサさんとお話したいです!」
「それじゃあねぇ……」
 上機嫌な声で呟くナギサは、自分を覆う毛布をばさりと広げる。
「……こっち来る?」
「はいっ!」
 ヤヨイは勢い良くベッドを飛び出すと、隣のベッドに潜り込むのだった。



「じゃあ、どうしよっか?」
 大きな枕一つに頭を乗せる2人。
 その時、ヤヨイは何故かパッと視線を逸らす。
「ヤヨイちゃん?」
「あの……はい……」
 ナギサが心配そうに呼びかけるが、彼女の返事はぎこちない。
「落ち着かない?」
「い、いえ! そういうわけじゃなくて……その……」
 すぐに否定するヤヨイだったが、やはり落ち着かないらしく、そわそわしている。
 それでも、彼女はナギサの顔を見ないまま、こう呟く。
「や……やっぱりナギサさんって……綺麗だな、って……」
「え?」
「こんな間近で見た事が無いから、どうしても緊張してしまって……」
 暗くて顔は分からなかったが、きっと赤くなっているに違いない。
 そう思ったナギサは穏やかに微笑むと、ぎゅっと彼女を抱き締めた。
「わ、わ……?」
「ありがと。そう言って貰えると、すごく嬉しいわ」
「え? え?」
 無意識に抜け出そうともがくヤヨイだったが、やがて大人しくなってくる。
 しかし、不意を突くようにナギサはこう囁いた。
「でも……ヤヨイちゃんだって、とっても可愛いわよ?」
「え……!?」
 その一言で、顔を真っ赤にした彼女は再び慌しく動き始める。
「わわわわ、私は……そんな……!」
「ううん、いつもそう思ってるもの」
「…………」
 その直後、ヤヨイの動きがぴたりと止まった。
「あら……ヤヨイちゃん?」
 不思議に思ったナギサが身体を離すと、

「……ふにゅう……」

 彼女はまるでお風呂でのぼせたようになっていた。
「…………刺激が強かったのかしら?」
 ナギサは反省しながらも苦笑いを浮かべると、右手でぱたぱたとヤヨイの顔を扇ぐのだった。



「ごめんなさい……」
 数分後、我に返ったヤヨイは落ち込んだ声で謝る。
「ううん、私もちょっと調子に乗りすぎたみたい……ごめんね」
 そしてナギサも同じ様に謝ると、2人は顔を合わせて互いにくすりと笑った。
「でも、ヤヨイちゃん」
「何ですか?」
 ナギサは急に真剣な表情になる。
「私のこと、綺麗って言ってくれたじゃない?」
「はい」
「……好きな人でも出来た?」
「えっ……!? ど、どうしてですか?」
 慌てふためく口調で問い返すヤヨイに、彼女は楽しそうに話を続けた。
「さっきの話し振りから何となく、ね。何だかいつもと違って聞こえたから……」
 いつもの彼女なら、いくら間近でといっても、あれほど緊張するように思えない。
 となると、何か気持ちに変化があったのでは、とナギサは推測した。
「もしかして……トラッド?」
 それからナギサは、いつもヤヨイと一緒にいる事が多い、銀髪の彼の名前を口にしてみる。
 だが、彼女は戸惑う素振りも見せず、すぐ首を横に振った。
(やっぱり違うか……でも……ラザとも考えにくいわね)
 その時、ナギサの脳裏にもう一人の仲間の名前が思い浮かぶ。
 しかし、今度は尋ねる前に、自分の中でそれを打ち消した。
(うーん……)
 ヤヨイは平然と嘘を吐ける性格ではない。
 そんな彼女のトラッドとラザに見せる表情は、リノとナギサと殆ど変わらないように思える。
 なので、本当は訊かなくても、彼女には今の答えが何となく分かっていた。
「じゃあ……私の知らない人?」
「……えっ?」
 だが、より興味が沸いたナギサが更に質問を重ねると――――間を置いてから、ヤヨイはわずかに顔を赤くする。
 そして大慌てで首を振ると、彼女は少し大きな声で問い返してきた。
「そ、そういうナギサさんは好きな人、いないんですか?」
「……私?」
 一瞬、考える素振りを見せたナギサだったが、
(あら? もしかして……)
 ただ、違う事を考えていたので返事が遅れただけだった。
 それから改めて、ヤヨイの質問について考え始める。
「そうね……」
 ナギサは一呼吸すると、優しげな眼差しでこう呟いた。

「……かもしれない、って人はいたわね」

「…………え?」
 顔を上気させたまま言葉を待っていたヤヨイは、つい聞き返してしまう。
「だから、気のせいだったってことよ」
「気のせい……ですか?」
 ナギサは微笑みながらこくりと頷くと、穏やかな色を碧眼に宿して話し始めた。
「何ていうか……居心地が良かったのよね。それを――――好きと勘違いしてたみたい」
「私の知ってる人ですか……?」
 おそるおそるヤヨイが尋ねると、彼女は含みのある笑みを返してこう告げる。

「な・い・しょ」

「へ?」
「だって、ヤヨイちゃんも話してくれないんだもの……私だけ言えないわよ?」
「あ……」
 言葉を失った彼女の前で、ナギサは口元を左手で押さえると、大きく欠伸をした。
 すると彼女もつられたのか、同じ様な仕草で控え目に口を開く。
「そろそろ眠くなってきた?」
「……はい」
 ヤヨイは恥ずかしそうな顔で、首を縦に振った。
「じゃあ――――寝ましょうか?」
「そ、そうですね」
 2人とも互いの事が気になってはいたが、これ以上尋ねる言葉を持ち合わせていない。
「ヤヨイちゃん、おやすみ」
「あ、はい……おやすみなさい、ナギサさん」
 だから、タイミングよく襲い掛かってきた睡魔に、抵抗する事無く身を委ねた。


 翌朝――――2人は同じベッドで仲良く寝坊するのであった。



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