「ナギサの弟子入り?」


「ふわぁ・・・暇ねぇ」
天気の良い昼下がり。窓際で大きく欠伸をするナギサ。
昨晩は野宿で、朝からまた歩き始めたのだが、
昼には町に着いた為、3人は宿でのんびりする事にした。
「・・・ん」
身体を伸ばしつつ外を見ると、池の側に見慣れた男が一人――――トラッドだ。
何を思うでもなく、ボーっと彼を見ていると、足元の石を拾い上げるのが目に入る。
(そういえば、あいつってよく石を投げてるわよねぇ・・・)
「せー・・・のっ」
軽く助走をつけて、右腕を真横から振って池にそれを投げると、
綺麗な波紋を水面に残しながら、軽やかなステップを踏む。
「へぇ・・・ああいう事も出来るんだ」
珍しく感心した声を上げた後、一際派手な音が耳に入ってきた。
どうやら勢い余って、池に落ちたらしい。
「・・・・・・やっぱり何かしてくれるとは思ったけど、ね」
そう呟いてクスクスと笑った後、弾ける様に部屋を出るナギサ。
行き先はというと・・・彼の落ちた池。

「何だよ、わざわざ笑いに来たのか?」
ずぶ濡れになりながら、トラッドは不機嫌な目で彼女を見た。
「半分は当たりね」
ナギサはウインクをしながら、特に気にせずそう返事する。
「じゃあ、もう半分は?」
「・・・さっきの教えて」
「は?」
いきなり現われて、そして笑い、更にさっきのを教えろ、今一つ話が見えない。
「ほら、石投げ」
「何でまた」
「暇なのよ」
出た言葉は意外だが、特に含みがないという所から、彼はよっぽどだと悟る。
「その前に着替えてもいいか?」
「ダメ。時間がもったいないじゃない」
自分としてはかなり譲歩した言葉のつもりだったのだが、
ナギサにとっては、彼が寒さに負けそうな事よりも、自分の暇つぶしの方が大事なようだ。
「まぁ、一回投げてみろよ」
トラッドはとりあえず上着を脱ぎ、水を切ってから適当な木に干しつつそう告げた。
その間にナギサは手近な石を拾い上げ、思いっきり上から腕を振り、池に投げつける。
「全然、跳ねないんだけど」
「・・・俺が悪かったよ」
トラッドは多少知っているものだと思って、どの程度か見るつもりだったのだが、
彼女は全くの初心者のようである。なので彼は早く教えて、さっと着替えに行く作戦に出た。
「・・・まずはこんな平たい石をだ・・・」
形と手触りを確かめるように拾った石を握り、池の方へとゆったり歩き出す。
「それで、なるべく水平に横から手を振って・・・投げる」
彼の石は軽やかに6回ほど跳ねた。そしてナギサがしっかり見ていたことを確認すると、
「簡単だろ? じゃあ、着替えてく・・・っわ!?」
「ちょっと見てて」
素早く帰ろうとしたものの、間髪入れずに襟首を掴まれ、逃亡は失敗に終わった。
「・・・結構寒いんだから早めにしてくれ」
その言葉に対する返事は――――当然ないのであった。

「むー・・・跳ねない」
「もっと気楽に投げたらどうだ?」
数十分、まだ一回も石が跳ねないナギサ。その後ろではトラッドが時折くしゃみをしている。
「ねぇ・・・」
「ん?」
「お姉さん、もっと手取り足取り教えて欲しいだけどな・・・?」
彼女は何故か大人なポーズを取りながら、彼を手招きした。
「え・・・あ、いや身体で覚えるまで投げたらどうだ?」
「だから・・・もっと分かり易く教えてくれれば、早く覚えれると思うんだけど?」
「・・・・・・・・・いいから投げろ」
一瞬間があったのはその光景を想像したからか、トラッドは真っ赤になりながら顔を逸らす。
口調が何処かたどたどしいのがその証拠である。
「なるほど、赤くなるって事は、ちゃんと意味ぐらいは理解しているのね」
「余計な詮索はいいから早くしてくれ・・・寒い」
更に投げ続ける事5分。石を探すのに多少時間がかかりだしてきたその時であった。
「あっ!」
「おっ」
石は少しおかしな軌道を描いて、1回だけ跳ねる。
「わ〜い」
それを見て、無邪気にはしゃぐナギサ。
「よし、じゃあ着替えて、く!?」
「どうやったらトラッドぐらい跳ねるの?」
一息ついてようやく逃げれるかと思いきや、今度は首根っこを捕まえられるトラッド。
白い手が心地よい女性らしい感触だったので、動揺しながらも言い返そうとした時。
彼女の目が子供のようにキラキラしていたので、何も言い返せなくなってしまう。
「・・・その、ほら、アレだな。こればっかりは何回か投げてコツを掴むしかないな」
「コツ、ねぇ・・・よし」
再び池へと歩き出す彼女。表情はいつになく真剣だ。
そして黙々と石を投げ続け始めた。
(もう少し普段からこれぐらいやればいいのに・・・)

それから更に時間は過ぎて、辺りはいつの間にか暗くなっており、周りがよく見えなくなった頃。
「4回、かぁ」
ナギサは結局そこまで記録を伸ばす事に成功した。
「へっ・・・くしゅん! ・・・もう帰らないか?」
「そうね、もう何も見えなくなってきたし」
こうして、ようやくトラッドの望み通りに帰る事になったのだが、その途中彼女はこう告げる。
「今日は、ありがとね」
「ん? ああ」
初めて聞いたセリフだった為、ただ普通に返事をする事しか出来ない彼であった。

翌朝。
「・・・悪かった」
食堂から聞こえてくる謝罪の声。
「あ、おはよ・・・ってリノちゃん、難しい顔してどうしたの?」
「・・・トラッドが風邪を引いた」
見ると、横には青ざめた顔の彼がいる。
「普段から鍛えてないからよねぇ・・・」
原因を作った元であるナギサの言葉はかなり酷かったが、もはや言い返すだけの元気もない。
そして、リノはその状況を知らないので、ため息をつきながらこう呟く。
「出発は明日か・・・」

トラッドはこの日よりしばらく、時間が出来ても宿の外へ出たがらなくなったとか。




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