「トラッドと猫」


「にゃーん」

 それは、リノとトラッドが買い物をしている時だった。

「ん?」
 トラッドは何処か甘ったるい鳴き声に反応して足元を見た。
 そこにいたのは一匹の白猫。
「迷子か?」
 彼はそう話し掛けながら、座り込んで急に猫と遊び始める。
「・・・好きなのか?」
 リノは立ったまま、少し意外そうにその様子を眺めていた。
「ああ、だって可愛いだろ?」
「にゃー」
 猫は嬉しそうに鳴いて、彼の顔を舐める。
 言葉は分からなくても、トラッドの気持ちはしっかり伝わっているらしい。
「にゃっ」
 元々人懐っこいのか、猫はトラッドの腕に飛び乗って、胸に顔を埋めている。
 警戒心は全く無いようで、それどころか安心しきっているようだった。
「ところで、リノは?」
「え?」
「いや、猫って好き?」
「・・・えっと」
 そこで、彼女は答えに窮する。
 今まで考えた事もなかったし、こういう機会が無ければ考えなかったとすら思うからだ。

「リノー、何処に行ったのー?」

 その時、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえたので、彼女は反射的に振り向いた。
「リノったらー!」
「・・・誰?」
 声の主は20ぐらいの青い髪の女性。そして、呼ばれている本人には全く記憶に無い。
「あっ」
 その女性がこちらに気付いて、こちらに走り寄ってきた。
「リノ、何処行ってたのよー。探したわよ?」

 しかし、彼女が見ていたのは――――トラッドの抱いている猫だった。

「この猫の事だったんだな」
 女性は息を切らしながら、ここまで走ってくる。
 そして呼吸を整えてから、小さく2人にお辞儀をした。
「はぁ・・・貴方が見つけてくれたんですね。ありがとうございます」
「いえ、たまたまですから」
 彼はそう言いながら『リノ』をそっと地面に降ろした。
 すると『リノ』は、地面に差し出した女性の手を伝って、あっという間に胸へとすっぽり収まる。
 どうやら、そこがお気に入りの場所のようであった。
「リノって言うんですね」
「はいっ」
「隣にいる彼と同じ名前だから、面白いなと思って」
「そうなんですか? それは・・・素敵な偶然ですね」
 そしてトラッドは、飼い主に承諾を得てから、再び『リノ』を抱きかかえる。
「お前もリノかぁ。よろしくなー」
「にゃーーん」
「・・・・・・」
 また遊び始める1人と1匹を、複雑な表情で眺めるリノ。
「あ、そういえば・・・」
 そこで、彼は何か思い出したかのように腰の鞄に手を入れる。
「・・・っと、あったあった」
 姿を見せたのは真っ赤なリボン。
 トラッドは飼い主の女性に付けていいかを尋ねる。彼女は快く頷いた。
 すると彼は、何処か嬉しそうな表情で器用に首に付ける。
「よし・・・こんな感じか?」
「にゃーにゃー」
 白い身体に赤のリボンはとてもよく似合っており、どうやら『リノ』も気に入ったらしい。
「ん、思ったとおり」
「まぁ、よく似合いますね」
「にゃーん」
 そしてトラッドは優しい笑顔で『リノ』にこう呟いた。

「でも、本当に可愛いなぁ・・・」

 そこで、彼はふと買い物の事を思い出し、女性と猫に礼をしてから別れを告げる。
 よっぽど楽しかったのか、傍から見てもかなり足取りが軽かった。
 それからしばらく歩いた後でトラッドはふと隣のリノを見て、ある事に気付く。

「・・・顔が赤いけどどうかしたのか?」

 彼女は少し強い口調でこう返事をした。

「な・・・何でもないからっ・・・!」

 結局――――この日の彼女の顔は真っ赤なままであった。



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