「リノの親切」


 雲が多い日だった。快晴とはいかないまでも旅をするのに支障は無いある日のこと。

「……眠そうだな」
 昼食が終わって随分経った頃、リノは欠伸をするトラッドにそう言った。
「んー……最近、眠れなくて」
 彼は目をこすりながら、まるで寝起きのような声で返事をする。
 今の所、相変わらず鋭いので旅に支障は無かったが、いつ何があるか分からない。
 数日前に気づいたリノは、時折目が赤くなっているトラッドの事が心配だった。
「悩みでもあるのか?」
「特に……無いと思う」
 彼はしばらく考えた後、目をこすりながら答えを返す。
「……でも、何かあったら――――」
「うん、心配してくれてありがとな」
 この時、リノはある決心をするのであった。



「よく眠れる方法?」
「うん」
 その夜、リノはナギサの部屋を訪ねた。
 彼女は夕食後の紅茶を楽しんでいる途中で、同室のヤヨイはトラッドと買い物に出かけている。
「あ、もしかしてトラッド?」
「う、うん」
 自分でも気付くぐらいなのだから、ナギサが気付かないわけが無い。
 リノはそう思いながらも、改めて口にしてから何となくもやもやした気持ちになる。
 その様子にナギサは意味ありげな笑顔で頭を撫でながら呟いた。
「そうね……ずっと眠らせるのは簡単だけど?」
「………そうじゃなくて」
「冗談だってば」
 彼女が言うと、不思議と本気に聞こえてしまう。それはきっと普段の行動をよく知っているせいだろう。
「要はゆっくり眠れて、気持ちよく起きれればいいのよね?」
 自信有りげな彼女の口調に、胸騒ぎを感じながらもこくりと頷くリノ。
「じゃあ、やっぱり――――コレね」
「………」
 ナギサが嬉しそうに取り出したのは、いつも愛用しているハリセン。
 リノは言葉を失い、ため息だけを一つ吐く。
「予想通りの反応ね」
「分かってるなら――――」
「でも、これはいつものハリセンじゃないの」
「……え?」
 少しだけ声を荒げて反論しかけた時、それを遮るようにナギサは得意げに言う。
 だが、どうひいき目に見てもいつものハリセンである。
「私もトラッドが眠そうなのは知ってたから、ちょうどいい方法を探してたのよ」
「……それで、そのハリセンは?」
「実はね………これにはラリホーがかけてあるの」
 そう言いながらナギサの差し出したハリセンを受け取る。
 しかし、手に持ってみても何も違いは感じられない上、嫌な予感は膨れ上がるばかり。
「本気でラリホーかけたら必要以上に眠っちゃうでしょ? だから威力は加減してるわ」
 それを察したナギサは人差し指を口元に当てながら、満面の笑みでそう説明する。
 確かに筋は通っている、そう思ったリノはなるほどと呟きながらあっさり納得した。
「それで使い方は?」
「簡単よ。思いっきり叩くだけで、心地良い睡眠が約束されるわ」
「便利だな……」
「それに起こす時にもう一度叩けば、すっきり目が覚める仕組みになってるわ」
「……分かった。じゃあ、今夜早速試してみる」
 リノは少しだけ嬉しそうな顔をすると、少し足早に部屋を去っていった。
「………」
 それからナギサは湯気の立つ紅茶を一口飲んでから呟いた。
「たまにはこれぐらいやってもバチは当たらないでしょ」
 そんな時の彼女は、決まって顔を輝かせているのであった。



「よし……そろそろ寝るか」
 準備を終えたトラッドは、憂鬱そうな表情でベッドへと入ろうとする。
「どうした?」
 しかし、一向にベッドへ向かおうとしないリノに理由を尋ねる。
「あ、あの……まだ眠れない?」
「え? あ、まぁ」
「えっと……よく眠れる方法を聞いてきたんだけど……」
 この時、トラッドの頭は回っていなかった。
 旅の疲れというのもあるが、主な原因はここ数日の睡眠不足とリノの気遣いに対する嬉しさ。
 だから、誰から聞いたかという肝心な質問が思い浮かばなかったのだ。
「じゃあ、お願いしていいか?」
「う、うん。じゃあ、まず……目を閉じて横になってくれないか?」
 トラッドは首を縦に振ってから、言われた通りベッドに身体を沈める。
「それから?」
「後は力を抜いて、しばらくそのまま」
「随分簡単だな……」
 楽に眠れるならそれに越した事は無い、そんな風に思っていた時だった。
 何かの物音がした後、リノが側へと近寄ってくる。
(………?)
 彼は何か嫌な予感がした。それは――――ナギサといる時によく感じる胸騒ぎ。
(でも、目の前にいるのはリノだし………やっぱり疲れてるのか)
 それをトラッドは気のせいだと思い込み、頭の中を真っ白にした時だった。

「……せーの」

「えっ?」
 リノの気合を入れるような声に、思わず声が零れ落ちる。
 目を開こうとしたトラッドだが、それよりも早く聞き慣れた景気の良い音が鳴り響いた。
 そこで彼の意識は、一瞬にして闇の中へと放り投げられた。
 それが安らかな寝顔に見えたのか、
「良かった……」
 とリノは笑顔で嬉しそうに呟くのだった。


 この日を境にトラッドは悪夢にうなされ始め、更に眠る前の記憶が曖昧になっていった。
 しかし、原因の分からないリノは、毎晩この方法でトラッドを眠らせては微笑むのであった。



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