「思わぬ武器とその破壊力」


「……あっ」

 少し雲が多い空の下。次の街を目指してリノたちは草原の中を歩いていた。
 その時、ナギサが突然声を上げる。
「どうした?」
「さっきから何か変な感じがしたのよね」
「何が?」
 ラザはその呟きに疑問符を浮かべた。彼女にこれといって変わった所は見られない。
 敢えて言うなら、すでに日課と化しているハリセンがトラッドに炸裂していない事ぐらいだ。
(ん? ハリセン……?)
 そこでようやく気がつく。ナギサの言う変な感じの意味に。

「ハリセンを宿屋に忘れてきたみたい……」

 彼女はそう言ってから、くるりと踵を返す。
 使う人間自体は珍しいが、武器屋に置かれている事は珍しくない。
 だから忘れても、必要なら次の街で買う事は出来る。
「リノ、少しペースを落として歩こうか」
「うん」
 しかし、誰もそう口にはしない。
「ありがと。じゃあ……ちょっと行って来るわね」

 何故なら、あのハリセンは彼女が親友から貰った大切な贈り物だと知っているからである。


 それから数分後。


「……ちょっと見てくる」
 すぐに追いつけるよう、ゆっくり歩いていた4人だったが突然ラザが足を止めた。
 誰もが一瞬驚いた顔になったが、何かを察したヤヨイが笑顔を浮かべる。
 そして、ラザに駆け寄ると耳元でこう囁いた。

「やっぱり心配なんですね。さっきからそわそわしてますし……」

「え……?」
 その一言で彼の頬にさっと朱が走り、動揺した口調のまま言葉を重ねる。
「た、ただ……」
「ただ、何ですか?」
 ヤヨイはラザの珍しい表情が面白いのか、悪戯っぽい笑みで続きを促すが、
「……と、とりあえず行って来る」
 上手い言葉が見つからなかったのか、彼は返事も待たずに走り出してしまった。
「頑張って下さいねー!」
 そんな彼をヤヨイは嬉しそうに大きく手を振りながら見送る。
「え、っと……とりあえず、歩こうか」
 一方、その会話の意味が分からないリノは、一人不思議そうな表情でそう呟いた。
(……ナギサに似てきたな)
 そしてトラッドは、弟子の小さな変化に複雑な気持ちを抱くのであった。



「……あ」
 赤い髪をはためかせながら数分走った所で、ラザの視界にナギサの背中が飛び込んできた。
 そのもう少し先には、今朝出発した町の姿も見える。
(……心配する事なかったか)
 最初は彼女が魔道士の杖しか持っていないと思い込んでいたが、走っている途中で鉄の爪も持っていた事を思い出す。
 それに一日一度、思い出したものに限るとはいえ、ナギサには強力な呪文がある。
 どんな呪文であれ、彼女ならいざという時はそれで切り抜けれるような気がした。
(そもそも心配する必要も……なかったんだな)
 本来なら安心する所だったのかもしれなが、彼の心には寂しさにも似た無力感があった。
 声をかける理由を失ったラザは、沈んだ表情のままリノたちの元へ戻ろうと歩いてきた方向へ身体を向ける。
「ん?」
 その時、不意に空を切り裂くような雄叫びが響き渡った。
 慌てて振り返った先には凶悪なくちばしと爪を持つ、茶色の羽毛に包まれた巨大な鳥が2匹。
 それが今、真っ直ぐナギサを目掛けて急降下していた。
(ガルーダ……!)
 胸中でモンスターの名前を叫んだラザは、鋼の剣を抜きながら駆け出していく。
 幸いな事にガルーダの瞳はナギサしか捉えていないようで、こちらに気付いている様子は無い。
(くっ……)
 だが、彼とガルーダの位置はかなり微妙であった。
 全力で走っても、間に合うかどうかは分からない。
(あの時……振り返らなければ)
 ラザは後悔した――――すぐナギサに駆け寄らなかった事に。
 もしそうしていれば気付かれていたかもしれないが、彼女の側で戦う事も出来たはずだ、と。

「っ………ナギサ!」

 瞬間、ラザは彼女の名前を必死で叫んだ。
 怪我をしないで欲しい、という純粋な想いを込めて。
「あら、どうかしたの?」
 ようやく彼の存在に気付いたナギサは振り返りながら、いつもと変わらない口調で問いかけてくる。
 その間にもモンスターは頭上から襲い掛かろうとしていた。
「ナギサ…………!」
 乱れた呼吸の中で紡がれた声。それを受けた彼女の返事はこうだった。

「あ、ちょっと待ってね。すぐに終わらせるから」

 状況にそぐわない呑気な言葉を発した後、ナギサはヒールを脱ぎながら上を見る。
 そしてほぼ同時に向かってきた2匹のガルーダの一撃を、踊るようにくるくる回りながら紙一重で避けた。
 わずかに慌てたような素振りを見せた後、ガルーダはすぐに上空へ舞い上がろうとする。
 だが、それよりも早くナギサが草の絨毯を蹴っていた。
 跳び上がった彼女の両手にあるのは――――先ほど脱いだ2足のヒール。
「え……?」
 まさか、と思ったラザの口から気のない音が零れ落ちる。

「…………はっ!」

 瞬間、気合と共にガルーダの脳天にヒールの踵が叩き込まれた。

「…………え?」
 呆然となる彼の眼前で、今まさに飛び立とうとしていた2匹のモンスターが地面に墜落する。
 そして苦しみの呻き声を上げる事すら叶わずに――――絶命してしまった。
「で……ラザ、どうして来たの?」
「…………何でもない」
 信じられない光景を目の当たりにした彼は、そう答えるのが精一杯だった。
「そう? あ、でもちょうど良かったわ」
「何が?」
「一人で退屈してた所なのよ。だから、一緒に行かない?」
「……珍しいな」
 普段、あまり話そうとしないナギサからの意外な誘いに、ラザは素直に疑問の声を上げる。
「そうね……いないよりはマシって感じかしら」
 返ってきたのは、何とも彼女らしい答え。

「……なら、付き合うとするか」

 呆れた口調で返事をしてから、ラザはナギサの横に並んで歩き出す。

 その時、彼は苦笑いを浮かべていたが――――何処か安堵しているようにも見えた。



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