「ハロウィンの悪夢」


 夜も更け、そろそろ夕食になろうかという時間。
 リノたち5人はヤヨイの買い物に付き合う為、アッサラームを訪れていた。

「…………リノ」

 トラッドは思わず彼女の名前を呼んだ。
「アッサラームって、こんな所だったか?」
「夜になると賑やかだったとは思うけど……」
 しかし、彼女も同じ気持ちだったらしく、曖昧な事しか口に出来ない。

 5人の目の前に広がる光景とは、顔型のカボチャに埋め尽くされそうなアッサラームだった。
 まず目に付いたのは、おそらくその中身に小さな灯りを宿すランプ。
 次に気になったのは、こうもり男やミイラ男に扮装した街の住人たち。
 戦いに疲れた戦士が訪れた日には、間違いなく斬られるに違いない。

 彼が呆然となっていると、背後から聞き慣れた声がした。
「相変わらず世界を知らないわね」
 振り返った所に立っていたのは、得意げな顔のナギサと不思議な表情をしているラザ。
 セリフから察すると、リノとトラッドを指しているように聞こえるが、
(どうせ、リノちゃんは知らなくても仕方ないわよ、とか言うんだろうな)
 と、彼は頭の中で彼女の表情と声を想像した。
 その10秒後。ナギサが何かに気付いてすぐさまこう呟く。

「あ、リノちゃんは知らなくても仕方ないわよ」

 どうやら彼女はナギサに不思議な顔を向けていたらしい。
「……予想通り」
 トラッドはため息を混ぜながら呟く。
 しかし、当たっても嬉しいはずはなく、ただ虚しいだけだった。
「で、これは何なんだ?」
 とりあえずラザは、元々この街で暮らしていたヤヨイに尋ねる。
「あ、ハロウィンって言うんですよ。簡単に言うと、お祭りみたいなものですね」
「何の?」
「えっと……」
 しかし、詳しくは知らないらしく、彼女は困ったような声を上げた。
「私が説明するわね」
 その時、ナギサそう言ってからコホンと咳払いをすると、記憶を手繰るように説明を始める。

「元々はジャックっていうろくでもない男が、魂を奪おうとする悪魔をあの手この手で阻止する話なの。
 それで、彼は死んだ後に地獄へ行く羽目になったんだけど、生前の策略のせいで魂は取れないって言われて……」
「言われて?」
「元いた場所に戻れって。でも暗くて道が分からなかったから、灯りが欲しいって頼んだの。
 すると悪魔が地獄の炎を手渡して、彼が帰っていく……大体こんな所かしら」
「……でも、何で仮装するんだ?」
「悪魔に魂を取られないように、怖い格好をして怯えさせる為ね。
 ちなみにカボチャのランプは男の名前にちなんで、ジャック・オウ・ランタンって言うのよ」
「へぇ……」

 ナギサの説明に4人は素直に感心した。
「実は……だからここに来たんです」
 その時、ヤヨイが申し訳無さそうに口を開く。
「アッサラームのハロウィンって有名だから、皆さんに少しでも楽しんで貰えたら、って……」
「なるほど……」
 よく突拍子も無い事を言うが、やはりヤヨイは良い娘だと思う4人であった。



 5人はとりあえず宿へと向かった。
 幸いにも空きはあり、いつものように部屋を2つ取る。
 そして階段を上ろうとした時、
「お客さーん! ちょっと待って下さい!」
 宿屋の主人に大きな声で呼び止められた。
「え?」
 訝しげな顔でトラッドが聞き返すが、主人は忙しそうに何かを探している。
 そのまま立ち去っても良かったのだが、彼の性格ではとても出来そうにない。
「あ、お待たせしました」
 5分後、埃まみれになった主人は嬉々とした様子でリノたち1人ずつに何かを手渡す。
「……あの、これは?」
「衣装です」
「へ?」
「ですから、ハロウィンの衣装ですよ。毎年この時期はお客さんにお渡ししてるんです」
「はぁ……」
 トラッドはとりあえず相槌を打った。
 そんな彼の気持ちなど知る由も無い主人は、更に熱の入った言葉を続ける。
「皆様に似合いそうな物を見繕いましたので……是非、お召しになって下さい!
 それにコンテストもあるので……その、参加……してみてはいかがでしょうか?」
 ふと主人の顔を見ると、笑顔が硬くなっていた。
(まさか……自分の選んだ衣装を着させて、商売を繁盛させるつもりじゃ……)
 それなら熱心なのも頷けるが、出るかどうかは別問題だ。
「いや、やっぱりやめ――――」
 断りかけたトラッドの頭から、軽くぱしんという音が鳴り響く。
「折角の好意を受け取らないなんて、器が狭いわよ」
 頭を押さえながら振り向くと、極上の笑顔を浮かべるナギサがいた。
 さっきの音は彼女愛用のハリセンである。
「あのなぁ……ナギサが面白いだけだろ」
「悪い?」
「悪いわ!」
「…………そう」
 勢いに任せて反論する彼だが、すぐにそれは間違いだと悟った。
 だが、逃げようとする前にナギサのハリセンが走る。
「ラザ、運んでもらっていい?」
「…………」
 彼女の指が示す先にいるのは気を失ったトラッド。
 それを目の当たりにした彼は、同情の眼差しと共に無言で首を縦に振った。



「………本当にやるのか」
 手加減してあったのか、トラッドはベッドの上ですぐに目を覚ます。
「当たり前でしょ」
 何とかして逃げれないものか、そう考えた彼だったが、
「師匠、お祭りですしみんなで楽しみましょうよ」
 ヤヨイの無邪気な一言によって、あっさり希望は打ち砕かれた。
 更に追い討ちをかけるように、リノとラザが同時に肩を叩いて呟く。
「……諦めた方が良い」
 その一言によって、結局トラッドは仕方なく頷くのであった。


「じゃあ、まずはラザね」
 こうして、5人のハロウィンは始まりを告げた。
 ちなみに渡された衣装は上から羽織ればいいだけの簡単なものだった。
 どうやら初めての人でも気軽に仮装をしてもらう為の配慮らしい。

「……こんな感じか?」
 全員の視線が集まる中、ラザは恥ずかしそうにしながら着替えを終える。
 シンプルな黒のコートと、内側が赤に外側が黒のマント。
「なるほど……ヴァンパイアってわけね。結構いいじゃない」
 背の高さと引き締まった身体。それに整った顔をしているので、イメージとしてはそう遠くない。
 珍しくナギサから感心の声が上がり、彼は顔を手で押さえながら背中を向ける。
「わー! かっこいいです、ラザさん!」
 そんなラザには、ヤヨイの賞賛の声は耳に届かなかった。

「えっと……変じゃないですか?」
 次に着替えたのはヤヨイ。頭には小さな角が2つ付いたカチューシャをしている。
 そして背中にはいびつな形のシッポが生えていた。
(小悪魔……だな)
 リノは恥ずかしそうな顔の彼女を見ながら、妙に納得していた。
 おそらく普段のトラッドに対する言動も含めての事だろう。
「ヤヨイちゃん……」
「は、はい!?」
「…………かっわいい!!」
「わわわ――――っ!?」
 その姿と仕草はナギサの好みに直撃したらしく、不意に抱きつかれてヤヨイは慌てた声を上げるのだった。

「………これは何だ?」
 続けてリノ。彼女は穴の開いた白い布を被り、頭によく分からない形のカラフルな帽子を乗せている。
「……お化け、かしらね」
「お化けって……何の?」
「でも、リノさん素敵ですよ!」
「……そうか?」
 その時、トラッドは何となくこう思った。
(あの主人……リノにぴったりな衣装が思いつかなかったな……)
 一緒に旅をしている4人ならともかく、初対面の人間には確かに分かり辛いかもしれない。
 しかし、たまにはこういうのもいいか、とトラッドは胸中で密かに呟いた。

「……まぁ、こんな所ね」
 今まで散々楽しんでいたナギサは、思ったよりも普通だった。
 黒い三角の帽子に黒いマント。いわゆる魔女の格好である。
 木で作った杖もついていたが、彼女は気に入らないらしくハリセンを持っていた。
「……普通に似合うな」
 ラザはいつもと変わらない冷静な表情で呟く。
「元々そうだったし、ね」
 返事をするナギサは少し複雑そうだったが、表情に翳りは見られなかった。

「さて、いよいよ主役の登場ね」
「……その言い方はやめてくれ」
「あら、本当の事じゃない」
 最後はトラッドだった。相変わらず乗り気では無さそうだったが、先ほどよりも幾分マシになっている。
(まぁ……今までのを見てる限りだとそんなに問題も無さそ――――え?)
 そう思いながら包みを開けた時、彼の時間はぴたりと止まった。
「……何の衣装だ」
 その一言に興味を示した4人が覗き込む。
 中にあったのは、包帯と大きなネジが突き刺さった顔の形を模しているカボチャ。
「とりあえず着てみたら?」
 笑いを噛み殺しながら、ナギサはハリセンを構えてそう告げた。
「…………」
 断る術を知らないトラッドは、胸騒ぎを覚えつつ衣装を手に取った。

 それから10分が過ぎる。他の4人に比べて、随分と手間がかかる衣装だった。

「あの主人、見る目があるわね」
「……どういう意味だ」
 感心するナギサの目の前に立っているのは、包帯に包まれた身体にカボチャの顔を持ったトラッド。
 表情は分からないが、明らかに不機嫌そうな事だけははっきりと分かった。
「遊び甲斐がある、って事じゃないのか?」
「何が!?」
 ラザの一言に彼は声を荒げて反論する。
「さすが師匠です! とっても似合ってます!!」
「ヤヨイ……?」
 しかし、続けて弟子にまで褒められてしまい、トラッドは儚く呟いた。
 そしてリノはというと――――肩を震えさせながら、壁に手をついている。
 どうやら直視する事が出来ないらしい。
(…………リノまで)
 失意の中、今まで笑い転げていたナギサが真剣な表情で近寄ってきた。
「トラッド」
「……何だ」
 そして一度深く深呼吸してから、彼女はこう言った。

「そのままコンテストに出なさい」

「……あのなぁ」
「その格好なら間違いなく優勝を狙えるわよ」
「嬉しくない!」
 頑なに拒む彼に、ナギサはいつになく強い口調で断言する。

「いい? トラッドが嬉しいかどうかじゃなくて、私が楽しいかどうかなのよ。ね?」

 そう言うと同時に彼女は素早くトラッドの背後に回りこみ、首筋にハリセンを叩き込んだ。
 次の瞬間、彼は支えを失ったようにその場に崩れ落ちる。

 こうしてトラッドは反論する機会も与えられないまま、再びラザに運ばれるのであった。



「う……?」
 意識を飛ばされる事、本日2回目。次にトラッドが目を覚ました所は真っ暗な部屋の中だった。
「あ、お気づきになられましたか?」
 目の前にいたのはカボチャの頭を被った人間で、その声から男だと分かる。
「え、あ……はい。でも、ここは?」
「控え室です」
「………何の?」
 そんなトラッドの反応が面白かったのか、カボチャ男は笑いながらこう言った。

「やだなぁ、仮装コンテストの控え室に決まってるじゃないですか」

「…………は!?」
「次で最後なんですよ。ちょうど良かったですね」
 どうやら知らない間に彼はコンテストに出場する羽目になったらしい。
「いや、俺は別に……」
 どうにか断ろうと試みるが、カボチャ男はパタパタと手を振ってやんわり否定する。
「またまた〜。金髪の女性の方から聞きましたよ」
「……何て?」

「コンテストを楽しみにしてたけど、旅の疲れで眠ってしまった、って」

(ナギサぁぁぁぁぁぁっ!!!)
 このカボチャ男に罪は無い。そう思ったトラッドは叫びたくなる衝動を必死で抑え込んだ。
「まぁ、そういわけなんでお願いしますね」
 この上なく人の好さそうな声に、彼は諦めたように頷いてから舞台へ歩いていった。


(……凄い眺めだな)
 そして舞台の上。緊張していたはずのトラッドは、客席を見てから何故か安堵していた。
(こういう時、見る人間の顔はカボチャと思え、って聞いた事があるけど……)
 空を見上げていた彼は、もう一度観客の方へ向き直る。
(まさか、本当にそんな光景を見るとは思わなかったな)
 そこには人間の顔は一切見当たらない。
 代わりに、トラッドの被っているカボチャと同じ顔がぎっしり並んでいた。
「お、おい……」
 その時、誰かが呆然と呟く。
「ああ……こいつは」
 続けて誰かがそれに答えると、その場にいた全員が一斉に騒ぎ始めた。

「こんな斬新なのは初めてだ!」
「見事じゃ……恐怖と愛らしさが同居しておる……!」
「あの動き……やる気が無さそうだが、何をされるか分かったもんじゃねぇ」

 自分に向けられる様々な感想。しかも、全て絶賛の言葉らしい。
「これはもう決まりですね」
 舞台の袖からそんな呟きが聞こえてきた。
(え? 決まりって……?)
 トラッドは落ち着かない様子できょろきょろしている。
 何の事かは分かっていたが、心は頑なに認めようとしなかった。
 そんな彼が喜びに戸惑っているのだと勘違いしたカボチャ男が、つかつかと早足で近寄ってくる。

「今年の優勝は貴方です! おめでとうございますー!」

 大きな声が響き渡ると、彼は腕を掴まれて無理やり手を掲げさせられる。
「……へ?」
 いつの間にか立ち上がって、手を叩く観客たち。場内は拍手の音で埋め尽くされていた。
 しかし、それが例え自分に向けられた物だとしても、トラッドは当然素直に喜べない。
「それでは皆様……この素晴らしき優勝者の方に……!」
 呆然と立っている彼の横で、カボチャ男は言葉を紡ぎながら舞台の袖へと帰っていく。
 すでに拍手は止んでおり、観客は全員立ち上がっていた。

 ………………

 嵐の前の静けさ、何故かトラッドの頭にそんな言葉が浮かんだ。

 その時、全員がカボチャの被り物を取り、それを両手で持ち上げる。
 息を呑む音と深呼吸の音が、複雑に混じり合っていた。
 そして、それが途切れた瞬間、カボチャ男は歌うように叫び声を上げた。


「惜しみないカボチャをどうぞ!」

「ハッピーハロウィーン!」


 その言葉を待っていたという感じで、客席から無数の掛け声とカボチャが一斉に襲い掛かってきた。

「え?」
 トラッドが驚いたと同時に、6個のカボチャが見事彼に直撃する。
 しかも、少しだけ煮て柔らかくしているようで、次々とカボチャは砕け散っていった。
「はい、続けてどうぞー!」
 声に合わせて、一番前の席の人たちが座り、2列目の人がカボチャを投げる。
 そのせいで、カボチャは無駄も容赦もなく彼にぶつけられていった。

 そして5列目を過ぎた辺り。
 トラッドはカボチャまみれになりながら、半ば諦めたように意識を手放すのであった。



「………あ」
「トラッド……大丈夫か?」
 3度目の気絶から目覚めたトラッド。目の前には心配そうな顔のリノがいた。
「えっと……ここは?」
「宿屋。後でナギサが夕食を持ってくる」
「そういえば、何も食べてなかったっけ」
「うん」
 穏やかな空気。当たり前の事が幸せに感じられる一時。
「あ……」
 不意にリノが手を伸ばしてトラッドの頬を指先で撫でた。
「え?」
「カボチャがまだ付いてた」
 そう言いながら、彼女は唇で自分の指を舐める。
「……あ、ああ」
 何て事の無い仕草だったが、彼の心臓は一際大きく跳ね上がる。
(だから……俺は何を考えて――――)
 その時、部屋の扉がけたたましい音と共に開かれた。
「トラッド、夕食持ってきたわよ」
「……ナギサ」
 入ってきた彼女に、トラッドは恨みのこもった視線と言葉を投げかける。
「まぁまぁ、お腹が空いてちゃ怒りっぽくもなるわよね」
「誰のせいだと思っ――――」
 身を起こしながら咄嗟に怒鳴ろうとした彼だったが、彼女の持つ夕食に言葉を失う。
「……それは?」
 その質問に、ナギサは満面の笑みでこう答えた。


「カボチャ料理。しかもフルコースよ」


 皿の上に乗っているのは、舞台の上で嫌と言うほど見たカボチャの顔。
「ほら、今日は色々あったし……しっかり栄養を取らないと、ね?」
 中には肉が入っているようで、美味しそうな匂いが漂ってくる。

 しかし、今のトラッドにはそれを平然と食べるだけの余裕がなかった。
 良くなりかけていた顔色がみるみる青ざめていき、ベッドにどさりと倒れ込む。


 そうして彼は一日に4回の気絶を体験する事になり、しばらくカボチャに襲われる悪夢に悩まされるのであった。



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