「それは、まるで一枚の絵のような」


 うららかなそよ風に、草花が高らかな歌声を紡ぐ。
 太陽は既に、自身が到達出来る頂点へ触れ、緩やかに地平を目指し始めていた。
 そんな世界の中。

 巨人を連想させる大きな本棚が並ぶダーマの書庫は、今日も人が溢れ返っていた。
 主には勉学に励む者だが、ちらほらとハタキを持つ神官の姿も見受けられる。
 実はこの掃除、毎日行われているのだが、誰がするかは決められていない。時間の空いた神官が、何とはなしにハタキを取り合い、自主的に掃除しているのである。
 それが、埃一つ許されない神聖さにあるのか。ダーマの神官が働き者なのか。もしくは、膨大な知識を収める書庫に敬意を払い、感謝しているからなのか。
 理由は分からないが、常日頃から大切にされている。それだけが、確かな事だった。

 さて。書庫の最奥。
(いつもいるのは、この辺りか)
 力強い炎色の髪を後ろで束ねているラザは、目と首を忙しなげに動かし、ある人物を捜し彷徨っていた。
 彼の表情に焦りや疲労は見られない。あるのは、心配や呆れといったもの。
(全く……勉強熱心は良いのだが……)
 しかし、それも無理はない。
(……もう少し、自分の身体も大切にしてもらいたいものだな)
 彼の捜す相手は寝食も忘れ、ただ読書に耽るような人物。
 いつ身体を壊してもおかしくない。むしろ、今まで無事だったのが、不思議である。
 だからこそラザも、親友のアーニーも、彼女を気に掛けて止まなかった。


(……いた)
 それから、しばらく後。
 めぼしい区域を歩き回ったラザは、ようやく彼女を見つける事ができた。
 見当はついていたが、ここはやはり広大な書庫。一筋縄ではいかない。
「ナギ――――」
 一息吐いた彼は、控え目な声で早速呼びかけようとするが、
(え?)
 頭の中は裏腹に、唐突な空白が埋め尽くしていった。
 不意に我を忘れたラザは、慌てて首を横へ振る。そして、両瞼を手の甲で擦り、改めて彼女を見た。
(ナ、ギサ……だな)
 木製の丸テーブルに積み重なる書物。傍に置かれ、くにゃりとお辞儀する藍の僧帽。身を包むは、同色の清楚なローブ。
 ページをめくり、時折金色の髪を玩ぶ細い指先。強き意志を秘めた、宝石のような碧眼。
 何処をどう見ても、彼が探していた人物、ナギサである。ただ、いつもと違う点が一つ。
(……いつもは使ってなかったはずだが)
 それは彼女の瞳と書物を分かつ、細い楕円のレンズたち。いわゆる、メガネであった。
 とはいえ、さほど珍しい物ではない。
 小さくて読み辛い字があれば、誰でも使う事はある。ごくごく有り触れた道具だ。
 ただ、ラザは普段と違うナギサに――

 ――つい、見惚れてしまったのである。

 以前より綺麗だと思っていたが、彼女に特別な感情は持っていない。その上、彼は冷静な性格の持ち主だ。
 心を奪われる事など、まず有り得ない。
 だが、そんなラザでも呆然となってしまうほど、目の前の女性は美しかった。
 幼くも大人びている彼女は、やはり綺麗なのだ、と。再認識させられてしまった。

 所狭しと敷き詰められた書物も。
 窓から降り注ぐ柔らかな陽光も。
 全てがナギサを際立たせるように配置されているようだった。

 もし、この光景が一枚の絵として描かれたなら。
 彼はいつまでも眺めていたい、とすら感じていた。

(あ、いや……俺は何を……らしくもない)
 動揺を振り払おうと、右足を一歩前へ進めるラザ。
 しかし、これが彼女を呼びかけるためなのか、もっと近くで見ていたいからなのか。
 今の彼には、判断できなかった。
「……ラザ?」
「え?」
 そうこうしている内に、気づいたナギサが顔を上げ、メガネを外しながら彼を呼んだ。
「珍しくボーッとしてたけど……何か用?」
「……まぁ」
 ラザは咄嗟に視線を逸らし、胸中を悟られないよう言葉を濁す。
「なに? 見ての通り、今忙しいんだけど?」
 すると、彼女は少し首を傾げた後、いつもの口調で問いかけてきた。
 それが功を奏したのか。ラザは落ち着きを取り戻し、咳払いを一つで気を取り直すと、
「……もう、昼食は取ったのか?」
 ここを訪れた当初の目的を、すらすらと彼女に告げた。
「まだだけど?」
 瞬間、返ってきたのは予想通りの答え。さすがの彼も、ため息を吐かずにはいられなかった。
「何よ? 食べないのは、私の勝手――」
「そうか。つまり、ナギサはアーニーを心配させても構わない、と?」
「う」
 不機嫌そうに反論したナギサだが、親友の名前を出されては返す言葉もない。
「わ、分かったわよ! 行けばいいんでしょ!?」
 半眼でラザを睨みつける彼女は、仕方なく席を立つと、
「本当に……いつから、そんな卑怯になったのよ。横暴だわ」
 囁くように小さな声で、恨みがましく呟き続けた。
(……聞こえてるんだが……まぁ、いいか)
 一方、苦笑いを浮かべるラザは、すっと彼女の隣に並び、ふと天井を見上げた。

 先ほどの彼女と、その光景を。密かに思い出しながら。



 そして、現在。
「やっと夕食ね……もう、お腹が空いて動けなかったのよー」
 食事だけは欠かさなくなったナギサに。
「……昔は忘れてたくせに」
「何か言った?」
「いや、別に」
 ラザは嬉しいような、寂しいような。複雑な感情を抱いていた。



※後書き
 ラザがメガネ属性に目覚め、初めて姐さんを意識する、気まぐれSSです。
 あくまで、普段とのギャップによって、ですが。
 時期としては、僧侶なナギサがいかつい師匠と出会う前で、
 ラザとアーニーには、わずかながら心を許してます。

 就寝前、何となく姐さんのメガネ姿を妄想し、
「あ、案外似合うかもー。まぁ、姐さんは何でも似合いそうだけど(溺愛)」
 と思ったのが、全ての始まりです。

 黙っていれば、普通に美人。
 でも、性格や仕草を含めれば、もっと美人。

 という、私の姐さんに対するイメージが全開でしょうか(笑)



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