「雨の後、路は輝く」


 椅子の上でぼんやりと窓を眺めるトラッド。
「・・・・・・雨、か」
 そして、屋根の上と灰色の雲から滴る落ちる雫を見ながらぽつりと呟く。
(随分久しぶりな気がするな)
 旅に出てからというもの、幸運にも天候に恵まれていた。
 時折通り雨はあったが、一度たりとも出発を中止するような事はない。
(最後に見たのって・・・俺が旅立つ数日前か)
 あまり良い思い出ではないので、彼は深く思い出すのを止めて目を閉じる。
「師匠は雨が嫌いですか?」
 そんな中、同じく部屋でくつろいでいた少女が、嬉しそうな様子を隠そうとせずに話しかけてきた。
「・・・ヤヨイは好きそうだな」
「はい、大好きです!」
「珍しいというか、らしいというか・・・」
 いつの間にかすっかり弟子として馴染んでいる彼女は、時々意外な感性を持っている。
 今回もそう感じた為、トラッドはそう言ったのだが、
「そうですか?」
 ヤヨイにしてみれば、それが逆に不思議であるようだった。
「例えば、どんな所が嫌いなんですか?」
「どんなって言われてもなぁ・・・」
 身体が濡れて風邪を引く、視界が悪くなる――――など思いつくのは外にいる時の事ばかり。
 改めて問われると、そういう事しか思い浮かばないのは、やはり旅をしているからだろうか。
「理由もなく嫌ってたら雨が可哀想ですよ?」
「・・・じゃあ、ヤヨイは何で好きなんだ?」
 妙に雨というものの肩を持つ彼女に、今度はトラッドが質問を返した。
 すると考える間もなく、明るい声でこう返事をする。
「楽しいからです」
「・・・楽しい?」
「はい、毎日聴いてても飽きないですね」
 嘘を言っている様子は勿論無いのだが、彼には分からない感覚だった。
(ん・・・)
 それでも性格のせいか、可愛い弟子の為なのか、トラッドは必死に理解しようと努める。
 と、同時に彼女のある一言が頭の中で引っかかった。
「・・・聴く、って何を?」
 そう、聞き間違いじゃなければ、彼女は確かにそう言った。
「え? 言葉通りですけど?」
 トラッドは目を閉じて、耳に全身系を傾けてみると、聞こえてくるのは細かく響く音のみ。
「もしかして・・・雨音?」
「はいっ!」
「なるほど・・・」
 気が付くと至って単純な理由だった。
「まるで歌っているように聴こえるんです」
「歌・・・ねぇ」
 その付け加えられた一言に、彼は再び頭を捻る。
 ひっきりなしに地面に落ちる単調な雨音は、ヤヨイの耳には一体どんな風に届けられているのだろうか。
(でも・・・)
 一緒にいて退屈しない、とトラッドは笑顔を浮かべながら、ふと思うのだった。

「・・・あ」
 しばらくヤヨイの言葉に従うように、彼が雨音に耳を傾けていると不意にリズムが変化を見せる。
 それに反応して、彼女は小さな声を上げた。
「もう止みそうだな」
 彼女の様子から、声を上げた理由に気付いたトラッドはぽつりと呟く。
 そして、雨が上がったら買い物にでも行こう、と考え始めた時、
「師匠、止んだら外に行きません?」
 ヤヨイは残念がる様子もなく、そう尋ねてきた。
「ちょうど買い物もあるからいいけど・・・どうかしたのか?」
「それは・・・お楽しみですー」
 雨の日は機嫌が良くなるらしい彼女が笑顔で答えると、いつの間にか外は太陽の光が零れ落ちそうになっていた。



 特に準備の必要もなかったので、早々と宿を出た師匠と弟子。
 雲の隙間からわずかに顔を覗かせていた太陽は、すっかりその姿を露わにしている。
「・・・・・・」
 トラッドは雨上がりの道に目を奪われていた。一見して、特に変わった所も無い至って普通の地面。
 ただ、先ほどまで降り注いでいた雫の影響であちこちに水溜りが出来ており、それが太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「・・・綺麗ですよね」
「ああ」
 彼の隣を歩くヤヨイも、どうやらその光景に見惚れていたようだ。
 その時、一陣の風が2人の頬を撫でるように吹き抜ける。
「それに・・・涼しいな」
「だから好きなんです、雨が上がった後も」
「・・・・・・そうか」
 丁度良い冷気を帯びた風。
 それは、今この瞬間にしか味わう事が出来ない贅沢な物だった。
(案外、雨も悪くないな・・・)
 旅というのは色々な事が起こる。予想のつく事から予想のつかない事まで。
 だからこそ続けていく上で、常に何かに備えていなければいけない。
 しかし、こうして何も考えずに何かを楽しむという事も――――大切なような気がした。
「こういうのも・・・必要か」
「何がですか?」
「何でもない」
 意味ありげな一言に、ヤヨイは質問したが、トラッドは答えずに空を見た。
 上空では強い風が吹いているのか、雲は急いでいるかのように流れようとしている。
 きっと、またどこかの空で雨を降らす為に。
「師匠」
「ん?」
 トラッドがその考えを、自分らしくない、と苦笑いをしているとヤヨイが呼びかけてくる。
「歌っても良いですか?」
「・・・・・・」
 彼の時間は、ぎしっ、という耳障りな音と共に停止したように聞こえた。
「・・・ダメですか?」
「え・・・っと」
 彼女は歌が下手というわけではないが、かなり独特なので少し苦手に思っていた。
 普段、ワガママを言わない彼女だが、よっぽど歌いたいという気持ちの表れに違いない。
 そう考えたトラッドは、難しい顔をした後で渋々こう告げた。
「・・・まぁ、今日ぐらいは」
「ありがとうございますっ!」
 幸いにもヤヨイには、その感情は悟られなかったようで、すぐに機嫌よく歌いだす。


 相変わらず自分の空気を纏った歌が空へと吸い込まれていく。
 恥ずかしそうな顔をしながらも、トラッドは静かに彼女の後ろを歩いていくのであった。




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