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2人がなし崩し的に旅を共にするようになり、一年が過ぎた。 「ナギサ、と言うのだな」 ここはアッサラームの宿屋の食堂。木製のテーブルと椅子が簡単に取り付けられた程度の、何の飾り気も無い場所だ。 ナギサとケイチは、喧騒に囲まれながら夕食を取っていた。 初めてここを訪れた時、彼女はあまりの賑やかさと強い酒の匂いに戸惑っていたが、何度も通っている内にすっかり慣れたらしい。 今では、未成年でありながら自分でも嗜むぐらいである。 更に言うと、野宿で無い限り、彼の希望でナギサはルーラを唱え、ここで必ず夕食を取るようにしている。 三度目の夕食の時、気になった彼女が理由を尋ねてみた所、 「ここだと、誰も人攫いと間違えない」 とケイチは傷心を癒すように周囲を眺めながら呟いた。 どうやらバハラタでの一件は、彼の繊細かもしれない心に深い傷を残しているようだ。 「……何処で聞いたのよ」 夕食中、突然自分の名前を口にしたケイチを、彼女は半眼で睨みつけながら問いかける。 「今日、ダーマに行ってただろう? その時、お主の知り合いの――赤い髪の青年がそう呼んだ所を、たまたま耳にしてな」 それは確か昼下がりの事。ナギサはたまたま再会した友人と少し話した事を思い出す。 一年間共に旅をしていたにも関わらず、彼女は一度も自分の名前を名乗っていなかったのだ。 「ふむ……恋人か?」 「違うわよ」 珍しく興味深そうに尋ねるケイチに、彼女は迷う素振りも無く否定した。 (……不憫だな) 一方、彼はその答えを聞いて、胸中でだけ同情の意を示す。 今年で15歳になるナギサだが、まだまだ幼さの残る顔立ちをしているものの、一般的には間違いなく美人の部類に入るだろう。 もしかすると自覚は無いのかもしれないが、年頃らしい赤い髪の青年が緊張するのは分かる。 ただ、全くといっていいほど笑わないので、今はその魅力も影を潜めてはいるが。 「ところで……」 銀色のフォークでパスタを一口飲み込んだ後、ナギサは何の前触れも無く話を切り出した。 それも、形の良い眉をひそめた、若干沈痛な面持ちで。 「今までずっと不思議に思ってたんだけど……本当に呪文が使えるの?」 「何かと思えば……いつも使ってるだろう」 「……どうも納得出来ないのよね……」 彼女はため息を吐き、今度は紅茶を少し飲むと、一番記憶に新しい昨日の戦闘を思い出した。 「ぬぅ……」 「囲まれたわね」 ちょうどアッサラームの北に広がる森を歩いていた時の事。 2人はキャットバットと暴れ猿の群れに、運悪く遭遇してしまった。 気づいたケイチは、すぐに逃げ出そうと試みたが、どうやら獲物を待っていたらしく、群れの動きは敏捷だった。 「お主は援護を頼む。道なら私が切り開こう」 「……分かったわ」 短く会話を交わすと同時に構成を練り始める2人。 もし、ナギサが魔法使いであったなら、この程度のモンスターは苦も無く葬れたに違いない。 しかし、彼女は僧侶の道を歩み始めた時から、高位の呪文が使えなくなってしまったのだ。 更に簡単な呪文さえも、構成を練るのに時間が掛かってしまう。 おそらく力の方向性が異なっているせいだろうが、今の所さして困った記憶はない。 (森の中だから……ヒャダルコの方が良いわね) 理由は至って単純だった。僧侶であるはずのケイチが見かけ通り、戦士顔負けの強さを誇っているからである。 そのおかげでナギサは、労せず呪文の構成を練る事が出来るのだ。 「神よ……!」 胸の前で十字を切り、呟きに唇を割るケイチ。 人相が人相だけに、どうひいき目に見ても邪神に祈りを捧げているようにしか見えない。 ナギサは苦笑いを浮かべると同時に、これから目の前で繰り広げられるであろう光景にため息を落とす。 巨体を唸らせ、力任せに襲い掛かろうとする暴れ猿に対し、彼は慎重にタイミングを計りながら左足を一歩踏み出した。 まるで世界が震えている、と錯覚してしまいそうなほど力強く。 暴れ猿の咆哮が響き渡る中、ケイチは全く怯むことなく、右の拳を突き出しながら叫んだ。 「……バシルーラ!」 瞬間、彼の何倍もある暴れ猿の身体が、遥か彼方へと消え去っていった。 傍目には丸太のようなケイチの腕が、暴れ猿を吹き飛ばしたようにしか見えない。 「ヒャダルコ!」 その直後、呪文を完成させたナギサが、複雑な表情で吹雪を顕現させる。 まだケイチがいるにも関わらず、だ。しかし、彼は眉間に皺を寄せているものの、全く焦ってはいない。 「神よ……我が身を守りたまえ」 掠れた声で祈ると同時に、ケイチは両の拳を地面に叩きつけると、 「フバーハ!」 抉れた土が砂塵へと変わり、荒れ狂う吹雪を遮断した。凄まじい破壊力である。 これも遠目から見れば、即席で作り上げた土の壁で、無理やり身を守ったようにしか見えない。 「……相変わらず無茶苦茶よね」 戦闘は怪我もする事無く、こうして終わりを告げたが、ナギサの表情はやはり複雑なままだった。 「ちなみに……ホイミを唱える時は?」 回想を終えた後、ナギサはふと頭に浮かんだ疑問を口にする。 「勿論、同じ方法だ」 平然と、何故そんな事を訊くのかといった風に返すケイチ。 それもきっと喝を入れているようにしか見えないのだろう。しかもあの剛腕で。 もしくはトドメを刺している光景。あの人相から想像すれば、こちらの方がよりしっくりくる。 どちらにしても、何があろうと怪我だけはしてはいけない、とナギサは心に強く誓いながら話を続けた。 「……殴り倒してるようにしか見えないんだけど」 拳が触れる瞬間に爆発し、その場に残留する魔力。構成にも乱れは無い。 確かにあれは呪文だ。ただ、発動方法が荒っぽいだけであって。 そう分かっていながらも、ナギサは皮肉を言わずにいられなかった。 「相変わらず失礼な弟子だな。それに、あの方法を取った理由はちゃんとある」 「誰が弟子――って、理由?」 「うむ」 ケイチは口元を右掌で覆い、しばらく考え込む素振りを見せてから問いかける。 「魔法使いは呪文の習得、制御に膨大な時間を費やす。だから、身体を鍛える時間が無い。それは分かるな?」 「まぁ、そうね」 「だが、私は――想像出来ないだろうが、こう見えても昔は荒事に携わっていてな」 「いや、そうとしか見えないから安心していいわよ」 即座に言葉を返すナギサに、ケイチは束の間言葉を失った。 「……まぁ、よい。何はともあれ、ある日神のお告げを聞いたのだ」 「話がどんどん怪しくなってきたわね……とりあえず何て言ったの?」 「だから、お主は……言っても無駄か」 「その悪人面じゃ、しょうがないわよ」 「…………」 明らかに師匠と弟子がする会話ではない。 しかし、ナギサは――逃げられなかったというのもあるが――意外に繊細である彼の事が嫌いではなかった。 でなければ、決して大人しくはなかったが、一年も共に旅を続けれるわけが無い。 「弱き者を助けよ、とな」 「……また随分、曖昧な事を言う神様ね」 「神とはそういうものだ。それで私は、僧侶としての道を歩み始めた。より神の御心に近づきたいと思ってな」 ここまで話を聞いて、彼女はふと首を傾げる。 「話、逸れてない?」 「……そういえば、そうだな」 的確な愛弟子の指摘に、ケイチは気恥ずかしそうに咳払いを一つ。 「要するに……元々、呪文の心得は多少あったのだが、長い間荒事に親しんでしまったせいか、この方法が向いていたというだけだ」 魔法使い、僧侶は、基本的な型はあるものの、扱う人間によって制御法が違う。 呪文という発動するまで目に見えないものを行使するのだから、それは当然の事かもしれない。 そう納得した上で、先刻からずっと冷たい視線を向けているナギサの呟いた言葉はこうだった。 「……たったそれだけの事を話すのに、何で神のお告げが出てきたの?」 受けたケイチは、やはりため息を吐きながらも――全く笑顔を見せようとしない、この少女の事を心配した。 「今日、ようやく師匠と呼ぶようになったな」 月日が流れる事、更に一年。つまり、共に旅するようになって二年が過ぎた頃。 2人はイシスへ向かう途中の広大な砂漠で、珍しく野宿をしていた。 ケイチは、すっかり慣れた手つきで食事の準備をするナギサの背中を見つめながら、ふと思い出したように呟く。 「勘違いしないで。あのままだとまた人攫いに間違われそうだったから、説明のためにそう呼んだだけに過ぎないわ」 「その方が良かったのではないか?」 「単なる気まぐれよ」 振り向きもせず、淡々と事実のみを告げる彼女。手が休まる様子も、集中力が途切れる様子も無い。 午前中、アッサラームで砂漠を渡る準備をしていた時の事だ。 あの町ですら、ケイチは人攫いと間違われたのである。 そんな彼を助けたのが、会計を終えたナギサだった。 彼女は必要以上に大きな声で、ケイチの事を師匠と呼んだのである。 「後、野宿や食事の準備も上手くなったな。今では、私がするよりも安心出来る」 「基本的に男はやる事が雑なのよ」 返す言葉の響きだけを捉えれば、取り付く島もない。 だが、唇から紡がれる声は出会った時と違って、刺々しさが抜けていた。 更に言うと、昔は彼女から話しかける事も無かったのだが、最近では最低限の会話だけとはいえ、自ら口を開く事も少なくない。 ケイチ自身は決して言葉にはしないが、喜びを胸中だけに抑え切れないのか、唐突に微笑む事もあった。 しかし、当のナギサはというと――戸惑っていた。 (私……何でこんな怪しいヤツと一緒にいるんだろ) 13歳になるまでは、祖父と2人で修行に明け暮れ、ダーマへ行ってからも――数少ない友人らしい存在はいるが――独りでいる事が多かった。 彼女自身、それを不思議と思っていなかったし、これからもずっとそうだろうと思っていた。 あの時の自分が、今の自分を見たら、一体どう思うのだろうか。だが、そんな推測を重ねてみた所で、答えなど出るはずが無い。 「……はい」 ナギサはわずかに首を横へ振って、埒の明かない考えを打ち消すと、くつくつと音を上げる鍋からシチューをよそって彼に手渡す。 「これは?」 美味しそうな香りを堪能しながら、ケイチがそう尋ねると、 「とりあえず適当にかき混ぜたシチュー」 彼女は全てを物語っている料理名に負けないぐらい、適当な口調で返事をした。 「……ナギサも十分雑だと思うが」 呆れながら呟く彼だったが、間髪入れずにシチューをすすったせいか、幸いにもその言葉がナギサの耳に入る事はなかった。 食事は程なくして終了した。というのも、2人とも食べている間はあまり話さないからである。 静まり返った夜の砂漠に響くのは、ナギサが調理器具を片付ける音と、焚き木が爆ぜる音、そして名前も知らない虫の鳴き声だけだった。 「ところで……ナギサ」 夜空を眺めながら、不意に彼女を呼ぶケイチ。 初めて名前で呼んだせいか、口調は何処かぎこちない。 「気安く呼ばないでくれる?」 「不満なら、私を気安く呼んでもらっても構わないが」 「で……何よ?」 口では敵わないと悟ったらしいナギサは、手早く片付けを終え、振り向きながら話を促した。 対して彼は勝ち誇った笑みを滲ませるものの、それは些細で束の間の事だったので、彼女には気づけない。 「初めて会った日の事、覚えているか?」 「……あんな強烈なの、忘れられるわけないでしょ」 「では訊こう――何故、私が殴られたかは分かるか?」 「…………へ?」 避ける事が出来なかった、と告げるのは簡単だ。だが、それは真実なのだろうか。 何故ならケイチは襲いかかろうとする彼女を――見据えたまま微動足りしなかったのだ。 誰の目から見ても、その後どうなるかは自明の理。 「簡単だ。もし、あの一撃を受け止めても、呪文が飛んでくるだけだからな」 「……どっちにしても、負けを認めたって事じゃない」 ナギサは呆れたように呟いた――つもりだったが、きっと彼にはそう聞こえなかったに違いない。 自分でもはっきりと分かるぐらい、声が上擦っていたからである。 「だが、殴られた事により、最悪の事態は避けられた。ナギサが手を緩めたからな」 あの状況で彼が迷わず勝ちを狙うなら、呪文の構成を練り終える前に攻撃を仕掛けるしかない。 手に持っていた魔道士の杖からも、彼女が呪文を扱う可能性は高かったのだから。 なら、仕掛けれなかったのではなく、敢えて仕掛けなかったと考える方が自然である。 「じゃあ……どうして?」 ナギサが胸中で密かに抱いていた疑問は氷解したが、その理由までは分からない。 「どうしても、教えたい事があった。口で言っても聞かないのは分かっていたから、状況をわざと複雑にしようとしたのだ」 「人攫いに間違われた事も、計算の内だったの?」 間髪入れず返された言葉に、ケイチは初めて口を噤む。 どうやら、それは想定外の出来事だったらしい、とナギサは瞬時に理解すると同時に、もう少し自分の外見を気にすればいいのに、とも思った。 「例えばモンスターに囲まれた時、私には2人だから乗り越えられた、と思うことが多々あった」 「…………」 「先ほどの食事もそうだ。今夜は何も無かったが、私一人なら準備と警戒を同時に行なわなければならない」 「……それが?」 冷ややかな視線は変わらず、顔を逸らして言葉を待つナギサ。 ケイチはごつごつした掌で、そんな彼女の頭を撫でながら呟いた。 「人が独りで出来る事――つまり、器の大きさは限られている、という事だ」 自分の手を振り払おうともしないナギサに驚きながら、彼は穏やかな口調で続ける。 「成長すれば、確かに自分独りでも出来る事は増える。だが、二人には遠く及ばない」 「……何で」 「ん?」 その時、彼女はようやく頭に乗せられた掌を払い、きつく結ばれていた唇を上下させた。 「何で……何でたったそれだけの事を教えるために……私を連れ回したりしたのよ……っ!?」 「それは――」 「分かってるわよ……簡単には教えれないからでしょ……!」 「うむ。なら、何を疑問に思う事がある?」 透明な雫が、粒の細かい砂の上に滲んでは消える。気づいたケイチがふと顔を上げると――彼女は泣いていた。 思い返せば、ナギサが激昂し、涙を流すのは初めての事だった。 「そんな苦労、する事ないじゃない……私みたいな捻くれ者のために、そこまでする必要ないじゃない……!」 「……自覚はあるのだな」 「…………ふざけないでよ」 予期せぬ慟哭に、ケイチは戸惑いながらも懐に手を忍ばせ、昨日洗濯したばかりの布を差し出す。 「悪いが、女性に貸す胸は持ち合わせておらん。だから、これで涙を拭くといい」 対して彼女は乱暴に布をひったくると、抑え切れない涙を拭い始めた。 「……よく似ていた」 「…………」 誰に、という問いかけの言葉がナギサの脳裏をよぎる。 しかし、いつになく穏やかで遠い声と、布の隙間から見える微かに潤んだ瞳が、言葉を紡ぐ事を許さなかった。 「その男は、自分の力だけを信じて生きてきた。この世界の何も信じられない、という瞳を携えてな」 ケイチは自分の頬が濡れている事に気づき、手の甲で柔らかく撫でてから、また口を開く。 「だが、ある日モンスターの群れに襲われた。だが、死力を尽くしたものの力及ばず、ただ死を待つばかりとなった」 「……それ……で?」 「その時、数人の子分を引き連れた、豪傑を絵に描いたような男に助けられたのだ」 「……うん」 嗚咽を上げるナギサに出来る事は、ただ相槌を打つ事だけ。 「男が目を覚ました時、そこには信じ難い光景があった――人と人が支え合い、笑い合って何かを成そうとする美しい光景が」 「…………うん」 「その後、 誰の事かは尋ねるまでもない。それだけ今の話には深い説得力があった。 「だから教えたかったのだが……すまんな、つまらん話をして」 付け加えられた謝罪に、ナギサは首を横へ振る。 「ううん……今までで一番、面白かったから……気にしないで」 「今は無理かもしれんが、そういう時は笑うものだ……それと」 「それと?」 ケイチは一つ咳払いをしてから、言葉を紡ぐ。魔法使いとしての修行を終えた後、祖父が紡いだような優しい声で。 「その布、イシスに着いてから洗濯するからな。それまでは持っておけ」 「……何よ、それ……話は終わりみたいだし、私はもう寝るわ」 もしかすると、自分がこれまで気づかなかっただけで、彼の声はずっと優しかったのかもしれない。 だが、それを口にするのは悔しい気がしたので、ナギサは代わりに小さな声でこう呟く。 「……おやすみなさい――――師匠」 と。 すぐ聞き返してきたケイチの声は、確かに聞こえていた。 だが、彼女は聞こえないフリをしたまま、素早く意識を手放した。 小さくてぎこちない、けれど確かな笑顔を浮かべながら。 「……何よ?」 話し終えたナギサが、恥ずかしさに少し頬を染めながら問いかける。 いつの間にか聞き入っていた3人の中で、唯一訝しげな顔を浮かべているトラッドに向けて。 勿論、右手には何を言われても大丈夫なように、ハリセンがしっかり握り締められている。 「……その師匠、何て名前なのかと思って」 「名前? 何でまた?」 彼女は話をしている間、その師匠に対して様々な表現をした。 普通に師匠と言う時もあれば、例えば山賊くずれ。例えば荒法師、と。 どれもろくな例えでは無かったが、言葉には全く棘が無く、むしろ親しみが込められているように思えた。 しかし、肝心の名前は一度も出てきていない。 「あ、いや……多分思い過ごしだろうから、別にいい」 だが、トラッドは彼女の右手にあるハリセンに恐怖を覚えたのか、それ以上追求しようとはしなかった。 「……どっちにしても覚えてないけどね」 「え?」 ナギサは眉をひそめながら呟く。きっと記憶を辿っているのだろう。 「だって、あの刺青僧侶が名乗ったのって、初めて出会った時だけだもの。とっくに忘れちゃったわよ」 「……なるほど」 また新しい呼び名が出てきた事は、彼だけでなくリノとヤヨイも気づいたが、誰も口にはしなかった。 やはりその一言にも棘が無かったからである。 「でも、素敵な師匠ですね」 ヤヨイは憧れに瞳を輝かせながら、笑顔で感想を呟いた。 するとナギサは、ぷいっと背中を向けて少し上擦った声で言う。 「ま、まぁ……私の師匠なんだから、それぐらい当然よ」 珍しく照れているのだ、と理解したトラッドとヤヨイは、普段は決して見られない彼女の様子に笑みを零し合う。 その時、開けっぱなしの窓から一際強い風が吹いた。 ナギサは髪を乱れさせまいと窓を閉じ、また3人の方へと向き直る。 既に落ち着いた表情は、いつもの彼女に戻った何よりの証だった。 「……名前の事、まだ気にしてるの?」 しかし、すぐさまトラッドの先ほどと変わらぬ表情に気がつくと、今度は比較的穏やかに尋ねる。 「それもだけど……もう一つ気になるというか……」 「一応、答えられる事なら教えてあげるわよ?」 「いや、疑問じゃなくて感想なんだけど」 彼は顔を上げて、改めてナギサの顔を見据えてから呟いた。 「ナギサにも、年頃の女の子らしい時期があったんだな、って」 含みも何も無い、純粋な疑問。けれど、確実に彼へ災いが降りかかるであろう言葉。 「……トラッド」 「…………え? って、ちょっと待……今のは褒めただけで――」 「何処が……褒めてるのよっ!」 刹那、ハリセンが風よりも早く、まるでこれまでの温かい空気を吹き飛ばすように迸る。 その回避不可能な一撃は予想通り、そしていつも通りトラッドの頭に炸裂した。 そうしてめでたい音を部屋中に響かせながら、ベッドへと倒れ伏すトラッド。 だが、ナギサは気が済まないのか、既に意識を失っている彼へ、何度もハリセンを叩きつけた。 決して言ってはいけない一言だったのだろう。 「えっと……ヤヨイ」 「……何ですか、リノさん」 こうなった彼女を止めるのは無理、というよりも無謀である。 その事をよく知る2人は、遠目から血の流れない凄惨な光景に、冷たい汗を浮かべながら言葉を交わしていた。 「トラッドが師匠で……その、困らないか?」 「私は師匠のああいう所は結構好きですよ。けど……」 何気に酷い事を言い合いながらも、ヤヨイは動揺を隠せないリノの顔を横目で見ながら呟く。 「もう少し鋭くなって欲しいですねぇ……やっぱり」 密かに別の意味も込めて。 結局、トラッドが目を覚ましたのは、夜も更けた頃――だが、起きた後も激痛に苛まれ、一睡も出来ないまま朝を迎えるのであった。 ※後書き というわけで、姐さん二人目の師匠のお話です。ちなみに一人目はおじいちゃん、三人目はカザーブの幽霊師匠です。 後、今回のお話は8章のダーマ滞在中のお話になります。なので、ラザはまだパーティインしていません。 実は『ナギサについて』を書き終えた頃から、こっそり書き始めていたんですけど、 前半の最後から意外に進まず、そのまま放置しておりました。 それで今回は気分転換と本編の今後をより楽しんで頂ければ、という気持ちで書きました。 当初はコメディ要素を強くしようと思っていましたが、 何せ昔の姐さんは一匹狼で、殆ど笑わない人だったので、早々と諦めてこの形に……(汗) 更に言うと、一人暮らし中に私がお世話になった方が『出せ』と言ったので、出来たお話でもあります(苦笑) かなり脚色されている上、挙句の果てに山賊呼ばわりされてますが、個人的には気に入っております♪ あ、勿論ご本人様は凄く優しい方ですから……!(ささやかなフォロー) ちなみにタイトルは、単に響きが良かったため、こうなりました。 それでは最後になりましたが、読んで下さった方々、本当にありがとうございました♪ DQSS目次へ
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