「リノとドレス」


※このSSは1st本編7『再び宿る感情』の6の翌日のお話です。
 本編を読まなくても問題ないとは思いますが、一応ご注意下さいませ。



「おっはよー」
 朝、バハラタの宿の食堂。今日も必要以上に明るいナギサの声が響く。
 すっかり慣れた様子の3人は、笑顔を零しながら挨拶を返した。
「リノちゃん、よく眠れた?」
「え? まぁ・・・普通に」
 昨日、トラッドが攫われた事によってあまり眠れなかったのか、彼女の顔色はあまり優れなかった。
 しかし、今見る限りではそんな様子は少しも見られない。
 とはいうものの、やはり気にかけていたナギサは彼女に尋ねたのだが、いつも通りの口調にホッとする。
 それからリノの耳元に顔を近づけると、
「やっぱりトラッドがいるから?」
 とイタズラっぽく囁くと、彼女は真っ赤になって取り乱した。
「べ、別にそういうわけじゃ・・・」
「? どうかしたのか?」
 まさか自分の事が話に出ているとは夢にも思わないトラッドは、純粋な疑問の声を上げるのであった。

「これからどうするんですか?」
 4人が囲んでいるテーブルの上には、瑞々しい緑色のサラダやきつね色の香ばしいトーストが並んでいる。
 ヤヨイはパンを口に入れて飲み込んでから、全員に向けてそう問いかけた。
「まずは・・・コショウをもらってからポルトガに戻って・・・それから」
 自分たちがここに来た目的。トラッドはそれを思い出して確認しながら、丁寧に言葉を紡いでいく。
「あ――――」
「おはようございます」
 当てがあるのか、ナギサが何かを言おうとしたが、背中から聞こえてくる挨拶によって遮られた。
 4人は、聞いた事がある声、と思いながら後ろを振り向くと、そこには若い男女が手を繋いで立っている。
「グプタさんとタニアさん?」
「はい、昨日はありがとうございました」
 元々、トラッドが我を忘れて飛び掛る前から、すでにタニアは人質になっていた。
 彼女を助け出そうとしたグプタがカンダタの所に乗り込んだのだが、彼も捕らえられてしまったのである。
 そこで、後から来たリノたちが助け出したのであった。
「どうかしたんですか?」
「はい、実は・・・えっと、その」
 2人が訪れてきた事を不思議に思ったヤヨイが問いかける。
 というのも、タニアの店は目的であるコショウを取り扱っており、今日貰いに行くという約束だったからだ。
 つまり、ここへわざわざ足を運ぶ理由はない。
「?」
 話からすると用件はどうも別にあるらしいのだが、2人とも顔を真っ赤にしながら下を向いて中々言い出そうとしない。
「・・・もしかして恋人同士なんですか?」
 ふと感じたトラッドがおそるおそる尋ねる。見れば一目瞭然だが、リノと彼は気付いていなかったようだ。
「は、はい! 実は今日結婚するんです!」
 しかし、そう見られた事が単純に嬉しいのか、グプタは早口でそう言うのだが、その後でまた俯いてしまう。
「わー・・・おめでとうございます!」
 初々しい、という印象を受けたヤヨイが素直にお祝いの言葉を述べると、3人もそれに倣って祝福した。
「ありがとうございます・・・そ、それでですね・・・」
 更に何かを言おうとするタニア。もどかしさを感じながらも、幸せそうな2人の言葉を待っていると、やがてグプタがこもった声でこう告げる。
「・・・結婚式に、参加してもらえませんか?」
「え?」
 余りに急な申し出。ナギサは聞こえていながらもつい聞き返してしまう。
「お世話になった皆さんに・・・是非、祝福して欲しくて」
「・・・・・・」
「勿論、無理ならいいんですけど・・・!」
 急ぐ旅というのは事実である。しかし、出発するにしても昨夜の疲れが抜け切っていないのも事実だった。
「俺たちで良ければ・・・是非」
 一度4人で顔を見合わせて頷いた後、トラッドは微笑みながらそう言った。
「本当ですか!?」
 喜びの声は2人の口から同時に発せられた。
「それじゃあですね・・・時間は・・・」
 相変わらず早口なグプタの説明。4人は聞き逃さないようにしっかり耳を傾けるのであった。



 リノたちは町の北に位置する教会の前へ辿り着く。
「そろそろかしら・・・」
 今はちょうど昼食の時間なのだが、ナギサは空腹を露わにした表情で呟いた。
 食事が出るという風に聞いた為、何も食べていないのだ。
「でも、こんな服装でいいのか?」
 突然ですから気にしないで下さい、と言われたものの、やはりトラッドは不安だった。
 だが、少し心配性な所がある彼の些細な悩みは、続々と集まる人々によってすぐに解消される。
「・・・皆さん、普通の格好ですね」
 ヤヨイがぼそりと呟いた。それでも旅装束であるリノたちの姿は浮いていたのだが、気にする人間は一人としていなかった。

 教会へ足を踏み入れると中にいるシスターが4人を席へと案内する。
「私、こういうのって初めてなんです」
「いや、俺もだけど」
「・・・実は私もなのよね」
 リノもその言葉に続いて小さく頷いている。ヤヨイの一言によって、誰もが初めてなのだと発覚した。
 それから町の人間が次々と入ってくるが、皆笑顔を浮かべているだけで、緊張している人間は一人として見当たらなかった。
 バハラタはそれほど大きな町ではないので、きっとこういう事はよくあるのだろう、とトラッドは理解する。
「それでは、今日の主役の登場です〜!」
 恰幅の良い優しそうなシスターの澄んだ声が、浮かれた感じで教会中に響き渡った。
 それと同時に一斉に盛大な拍手が沸き起こると、閉じられていた扉が重そうな音を立てて開かれた。
 立っていたのは、真っ白なドレスに身を包んだタニアと黒いスーツを纏ったグプタ。
 2人は手を取り合って、足元を確かめるように慎重に一歩ずつ足を踏み出していく。
「わぁ・・・綺麗ですね・・・」
 うっとりとした口調でそう口にするのはヤヨイ。
 普段は武器に目を奪われがちだが、やはりその表情は女の子のものだった。
「おめでとー!」
「幸せになれよー!」
 砕けた調子の声がしきりに辺りを飛び交うので、緊張は徐々に消失していった。
 そして場に馴染んできた頃、ナギサは何度もハリセンでトラッドを叩きながら、おめでとー、と元気にはしゃいでいた。
「・・・あのな」
 彼はため息を吐きながら呟くが、いつもと変わらず届く事はなく・・・
「・・・・・・」
 リノも同じくため息を吐いていたが、彼女を止める術が無いのを知っているせいか、ただ拍手をするだけであった。

「今日はありがとうございました」
 特にトラブルもなく、無事式は終わりを告げると、全員庭に出て行った。
 そこには急ごしらえのテーブルがあり、所狭しと豪華な料理が並べられている。
 4人が昼食も兼ねて料理の味と会話を楽しんでいると、結婚したばかりの2人が来て、感謝の気持ちを唇に乗せて礼をする。
「結婚おめでとうございます! ドレス、とっても似合ってましたね!」
 興奮が冷めやらないのか、ヤヨイは黒い瞳をキラキラ輝かせて元気にそう言った。
「あ、ありがとうございます・・・」
 あまりに真っ直ぐな彼女の言葉に、タニアは顔を真っ赤にしながら笑顔で返事をする。
 それからすぐに2人は、挨拶に行きますので、と言うとその場を後にした。
「やっぱり憧れるわよねぇ・・・」
「そうですね・・・」
 ヤヨイは式の時からそうだったが、いつの間にか感化されたのかナギサも同じ様な表情になっている。
「・・・ナギサでも、いや・・・だからか」
「・・・・・・どういう意味よ」
 その呟きを耳にしたトラッドは何かを言いかけてから一人納得する。その様子に彼女は静かな怒りを込めて問い返した。
「えっと、相手が見つかりそうにな――――!?」
 何故かこういう時に限って鈍い彼の頭にハリセン炸裂する。
 その音は今日という日に合わせてか、何処かめでたい響きを伴っていた。
「今のは師匠が悪いですよね?」
「・・・・・・うん」
 ヤヨイの言葉にリノは、またか、という気持ちを込めて頷いた。

「そういえばリノちゃん」
「何?」
 トラッドが後頭部を押さえる中、突然ナギサが話しかけてくる。
「やっぱり結婚式って憧れるものよね?」
「え・・・?」
 呆然となった後、考えた事がない、と呟くと、彼女は更に質問を重ねてきた。
「少しも想像した事ない?」
「・・・うん」
 それから、さっきの光景を思い出してから、彼女はこう答える。

「・・・実際見ても、自分がドレスを着てる所なんて想像出来ないし・・・」

 ナギサとヤヨイはその自然に紡がれた一言によって凍りついた。
「リノ・・・」
「・・・え?」
 呆然としたトラッドの声を聞いて、彼女はようやく自分の言った事に気が付いた。
(・・・!!)
 いつか言おうと思っていたが、それはこんな形を望んでいたわけではない。
 今更ながら自分の発言に激しく後悔しながら、一番知られたくない彼の言葉をじっと待った――――怯えた表情で。
 一方、普段なら助けに入る2人も不意を突かれたせいで、困惑した表情のまま言葉を探して続けているようだ。
 それぞれの心の内を知る術の無いトラッドは、意外にいつもと変わらぬ口調で苦笑いを浮かべながらこう言った。

「・・・ドレスって確かに綺麗だけど、リノは着れないだろ?」

『え』
 3人同時に驚きの声が上がった――――余りに鈍すぎる彼の言葉に対して。
 どうやらリノが見惚れていた為に、そう言ったのだと勘違いしたらしい。
「そ、そうよ! もうリノちゃんたら、可愛いんだから・・・」
「あんまり驚かせないで下さいよー・・・あははは」
 動揺しながらもここぞとばかりにフォローするナギサ。
 更にヤヨイが無理のある笑顔のまま、本音混じりの言葉でぎこちなく続く。
「うん・・・ドレスの印象が強くて、つい・・・」
 結局、リノの爆弾発言でも彼は全く気付くことなく、平和な時間は限りなく穏やかに流れていくのであった。



(でも・・・良かった)
 帰り道、多少複雑な心境ではあるが、安堵の息を零すリノ。
「・・・ふと思ったんだけど」
 その原因であるトラッドが不意に口を開いた。
「・・・何?」
 まだ油断は出来ない、そう感じた彼女は身を固くして聞き返す。

「リノって綺麗な顔だから、ドレスも似合うかもな・・・って」

「え・・・」
 彼女の顔が熱を帯びて、さっと頬に朱が走った。
 幸いにも夕焼けのおかげで気付かれなかったが、自然と足早になり、脇目も振らず宿を目指す。
「いや、冗談――――って!?」
 その反応に驚いた彼が追いかけようとした瞬間、頭部に走る衝撃によって目の中で星が弾けた。
「全く・・・もうちょっと考えてから喋って欲しいわね」
 いつもならハリセンを振るう前に何か言いそうなナギサだが、どうやら先ほどの事で余裕が無いらしい。
(・・・師匠って、本当に凄い)
 そしてヤヨイはというと、的確に何かがずれている彼の発言に、ある意味感心するのであった。


 沈みかける太陽によってオレンジ色に染まる町。4人の束の間の休息は、こうして終わりを告げるのであった。
 





『後書き』
 というわけでバハラタ編の翌日、結婚式のお話です。
 実はグプタとタニアは前々からこの日! と予定してたので、準備は完璧だったというわけです(苦笑)
 後、リノたちが旅立つ前に祝って欲しかったというのもあります。
 結婚式について調べてみましたが、敢えてちょっと砕けた感じを目指してみました(何)
 簡単に言うと、飲んで騒いで祝福する、ある種お祭りみたいな・・・伝わりましたら幸いでございます(汗)
 あんまり描写は無いんですけどね(苦笑)

 ・・・後、彼の鈍さに関しては、もう信じ込んじゃってるので疑う気持ちを持っていないという事で・・・ごめんなさい、書きたかったんです(冷汗)

 それでは読んで下さった方々、本当にありがとうございました!


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