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離れたと思った瞬間、2本の足はしっかりと大地を踏みしめていた。 「着いたぞ」 「あ・・・」 トラッドの言葉で我に返り、リノがパッと目を開けると、急に近くなったような太陽に思わず目を細くする。 それから今度はゆっくりと黒い瞳を開かせた。 飛び込んできたのは、広大な緑の草原と青く細い川。そして自分のよく知る町の風景。 「・・・アリアハン?」 そしてこれらが一望できるのは、彼女が毎日訪れていたあの丘であった。 「何処か行く所があるのか?」 「いや・・・・・町の方が良かったか?」 「別に・・・ただ、どうしてここなのかと思って」 「一番思い入れがあるというか・・・・その」 トラッドはリノから視線を外し、わずかに間を置いてから嬉しさと懐かしさが滲み出た声でこう呟いた。 「・・・・・リノと初めて会った場所だしな」 彼女があの場所にいるのを遠くから見つけて、誰かが訪れた事は何度かある。 だが流れる空気に、警戒の余り向けられる刃に、誰もが短い時間で立ち去り、それは彼女の記憶に残る事は無かった。 そんな時だった。彼とこの場所で出会ったのは。 「・・・そうか」 トラッドは立ち去るどころか、旅立つまでの1週間毎日のようにここに来て隣で横になっていた。 お互いに何か話すどころか自分の名前すら言わずにいたのだが、まるで昨日の事のように思い出せる。 「ところでリノ・・・もう手を離してもいいけど」 「え・・・あっ」 そう言われると、突然彼に握られていた手が感覚を取り戻した。ようやく気付いた彼女は慌ててその手を離す。 「・・・と、とりあえず食べるか」 「あ・・・うん」 彼の知るリノとは違う仕草。何かに例えるなら――――少女のような反応に彼は違う種の緊張を覚える。 トラッドはぎこちない手つきで袋を開けて自分のサンドイッチを取り出した。 「リノは何を買ったんだ?」 「えっと、ハムとかだけど」 「良かったら玉子のと一つ交換しないか?」 彼女がこくりと頷くと、彼は嬉しそうにサンドイッチを差し出してからハムサンドを一つ手に取る。 「・・・・・・」 「? どうかしたのか?」 「・・・いや、別に」 何でも無い事に動揺する自分。心なしか体温が上がった気がした。 (初めて会った場所だから? それとも・・・・) 考えれば考えるほど思考が迷い込んでいくので、リノはそれを振り払うように食べる事に専念し始める。 そうして会話も無く、静かな食事の時が風と共に流れていく。 少食の為、先に食べ終えたリノは一息つくと、遥か遠くを見つめ始めた。 (・・・・・・・随分変わったよな) トラッドはまだサンドイッチを食べながら、横目で彼女を見てふとそう感じる。 (まぁ・・・元々綺麗な顔だとは思ったけど) 初めて出会った時は、それよりも殺気に似たような鋭さが目立っていた。何者も全て拒絶するような冷たさと共に。 あくまで綺麗だと思ったのは顔の造りだけだったのだが。 (今は・・・・) 彼女は懐かしげにアリアハンの町を眺めている。 (雰囲気も変わったからか・・・?) 身に纏う空気も含めて綺麗になった、と彼は純粋にそう感じていた。 「何?」 「え・・・あ、いや何でも」 いつの間にか彼女の横顔に見とれていたらしく、その声で彼は我に返った。 (どうもアッサラームからおかしいな・・・相手は男なのに) ほんの少しだけ微笑んだリノ。それ以来、トラッドは時々見とれてしまう事がある。 「リノは・・・初めて会った時どういう風に思ってた?」 その時ちょうど食べ終えた彼は不意にあの時の事が脳裏に浮かび、おそるおそるそう問いかけてみた。 「え・・・」 「俺は結構居心地良かったけど、リノは・・・その・・・やっぱり・・・」 そこで言葉を切ると、トラッドは申し訳無さそうな瞳で一瞬こちらを見た後、反対側へ顔を逸らす。 リノは何かを言おうとしても声にならず、その内自然と顔を俯けてしまった。 「今更だけど・・・悪かったな、って」 気まずい沈黙の後、最初に口を開いたのは彼の方だった。 (違う・・・!) 彼女の黒い瞳は弾かれたようにトラッドの風になびく銀髪を映し出す。 「・・・・・ない」 「え?」 身体を震わせながら、リノは必死な様子でそう呟く。 「そんな事・・・ない」 彼女の方を振り向くと、珍しく感情を帯びた黒い瞳が一心にこちらを見つめていた。 「トラッドといると・・・凄く落ち着く」 「・・・・・・え」 「だから同じ部屋でもよく眠れるし・・・」 「あの時だって本当はその・・・・・・・今更だけど」 トラッドは呆然となった。そう言われるのは素直に嬉しい、けれど返事をしようとしても言葉が出てこない。 「い、今のは・・・・・独り言、だから・・・・!!」 一方、その言葉を紡いだ本人は自分の言った事を理解したらしく、頬を朱に染めるとそれを悟られない様にする為か反対側を向いてしまった。 緩やかな風が吹いて、優しく2人の髪を撫でる。それでもお互いに何も言おうとはしない。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 いや、何を言えばいいのか分からなかった。 それでも時間は何事も無かったかのように自分のペースで歩き続けている。 太陽が雲に隠れても、ゆっくりとした速度で西に傾き出しても、2人が言葉を発する事は無かった。 それからどれくらいの時が過ぎたのだろうか。 空は微かにだが、オレンジ色が入り混じった神秘的な姿を見せていた。 「リノ・・・」 時間が経ったおかげで冷静になったトラッドは彼女を呼ぶ。だが、返事は無い。 「リノ・・・?」 それどころか全く動こうとしない彼女が気になって、遠くも無く近くも無い微妙な距離をわずかに縮める。 (・・・・・・リノ) 彼は無意識の内に手を伸ばしていた。強張った腕はゆるやかに彼女の頭へ近づいていく。 「・・・ありがとう」 一言だけ、まるで空気に溶け込んでしまいそうなか細い声でそう呟くと、彼女の頭を柔らかく撫でた。 「・・・・・・・ん」 だが、予想に反して彼女の身体はあっけなく崩れ落ちた――――トラッドの肩に向けて。 「えっ・・・」 小さな身体が何一つ抵抗する事無く、彼の身体に預けられる。 上から見えた寝息を立てる唇は、角度のせいかいつもよりも艶っぽくトパーズ色の瞳に映った。 (・・・・・・本当に綺麗――――って、俺は何を考えて・・・!) 激しく頭を横に振って、トラッドは今思った事を全否定しようとする。 「う・・・ん・・・?」 それに反応してか、彼女は眠ったまま疑問の声を上げた。 (え・・・っと・・・まぁ、いいか) ナギサがいれば散々からかわれそうな気もするが、幸いにも彼女はこの場にいない。 それにリノが余りに気持ち良さそうだったので、起こすのも悪いと思ってそのまま眠らせる事にした。 不自然に感じていた状況に慣れ、やがてそれが自然になってきた時、トラッドの身体はゆっくりと草の上に沈みこみ、いつしか意識を手放していった。 「ん・・・・?」 更に時が過ぎ、空は先ほどよりもはっきりと夕焼け色に染まった時、リノの瞳が開かれる。 (あれ・・・いつの間にか眠っ・・・・) ぼんやりとした視界がやがてはっきりしてきた時、目の前に見えたのはトラッドの寝顔。 その景色から、自分は彼の胸の上で眠っていたのだと気付く。 (!? 一体何が・・・!) 自分の顔に再び熱が帯びてくる。 彼女は慌てて離れようとしたのだが、身体は動こうとせず、むしろその気持ちよさにより深く身を任せてしまう。 (不思議だな・・・・・) 呼吸に合わせて、上下する彼の身体。耳に入ってくる安らかな寝息。リノはまた静かに目を閉じる。 自分が女であるという事を、理由もなく黙っている彼への罪悪感。 ノアニールではっきりと感じ取った、自分自身への得体の知れない恐怖。 頭の片隅で抱え込んでいたそれら全てを、今は忘れさせてくれるような気がした。 (今・・・私は・・・?) 自分の知らない感情が内にあるような気がする。 (でも・・・嫌いじゃない) 彼女の胸には少しの痛みを伴った暖かさがあった。 しばらくしてリノが寝息を立て始めた頃、強い風が草の揺れる音を辺りに響かせる。 それはまるで、彼女の求める答えが風に舞っている様であった。 リクエストありがとうございました♪ ・・・ご要望にお答えできていれば良いのですが(汗) 目次へ
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