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一瞬の閃光――の直後。 無数の悲鳴が上がった。それらはまさしく阿鼻叫喚と呼ぶに値する絶叫だった。 そこで初めて碧眼を開いたナギサは、魔王に訊ねようとする。だが、既に彼は眼前から姿を消していた。 (一体何が――) 次に彼女が振り返ると、入口には光に目を焼かれて悶え苦しむ黒服の男たちが無様に転げ回っている。 誰一人見覚えはない。 理解できたのは、先ほどの閃光がスタングレネードによるもので、彼らが明らかにタダ者ではない雰囲気を纏っている、という二点だけ。 その時、不意に思い出す。 『……魔王を倒そうとするのは、いつの時代だって勇者と呼ばれる人間だよ』 一昨日、彼が皮肉げな呟いた言葉を。 それを信じるなら、黒服の男たちが勇者に当てはまるのだが、実際は全くそう見えない。 外見も服装も、扉を蹴破ったであろう事も、ありとあらゆるが勇者≠ニいう言葉に相応しくないのである。 はっきり言って悪役――なのだが、その直後。 「さて、お掃除の時間だよ、シャロンさん」 「どちらかと言えば駆除じゃないかしら?」 「随分と物騒な言葉だね?」 「事実を述べたまでよ。で、もちろん手伝ってくれるんでしょうね?」 「まぁ、シャロンさん一人じゃ大変だろうし」 「……確かに面倒ね。じゃあ、早速始めましょうか」 そんなやり取りをした魔王とその助手が、無抵抗の黒服たちを次々と掃除≠オ始めたからである。 (どっちが悪役なのよ……) 速やかに前言撤回するナギサ。 (って、そういえば魔王だっけ) 続けて、これがあるべき姿、と納得する始末。 かといって、黒服の男たちに同情はしない。 誰の家であろうと――例え魔王であろうと――玄関を蹴破った相手に、同情の余地があるはずもない。 つまり、これは悪と悪の飽くなき戦いの一幕。 仮に正義があるとすれば、それは互いの心の中か、あるいは自分だけかもしれない、とナギサは自分の事を棚に上げつつ、のんきに見守っていた。 (……にしても) 同時に、ふと思う。 (シャロンさんはともかく、アイツも結構良い動きするのねぇ) 何て絵になる二人なのだろう、と。 一方的ではあるが、暴力的な雰囲気が極めて薄いのである。シャロンは駆除だと言っていたが、碧眼に映る光景は、魔王の言った通り掃除でもしているようようなのだ。 それがまた、カメラマンでなくてもシャッターチャンスと思えるぐらいに美しくもあった。 しかし、ナギサの脳裏にはシ≠フ字も浮かんでいなかった――何故なら。 全てが計算され尽くしている台本のような動きに、ただ魅せられていたのだから。 などと、彼女が呆然となっていると。 「……あら?」 黒服の男が一人、こちらへ駆け寄ってきた。 かろうじて難を逃れる内に視力が回復し、一番弱そうな相手を見つけ、人質に取ろうと考えた――おそらくそんなところだろう。 一方、絶賛掃除中の魔王も、ナギサの元へ向かう影に気づいていた。 だが、気づいただけ。 それ以上は何もしない代わりに、彼は少しだけ微笑んだ。 とっくに全てを理解していたのである。 内容はとうであれ、シャロンと互角に渡り合ったナギサもまたタダ者≠ナはないという事を。 「ふぅ……」 そんな彼の視線には気づかない彼女は、艶やかなため息を吐く。それから緩やかに懐から何かを取り出すと、 「貴方たちの相手はあっち、でしょ?」 まるで蚊を落とすように黒服の足を払い、くるり、と宙で一回転させた。 神速一閃と呼ぶより他にない一撃を放った、彼女の白い手に握られていたのは―― ――純白のハリセン。 一度は倒された事に驚愕した黒服は、その武器を見てますます混乱した。よっぽど信じられない光景だったに違いなく、現に彼は昏倒してしまった。 「全く……入ってきた時から、倒れる時まで失礼なんだから」 主に手応えのなさに呆れたナギサが、ぽつり、と呟いた時。 「二人ともおつかれさま」 黒服の男たちは、誰も彼も地に伏していたのだった。 「…………」 本当に、あの細い身体のどこに、あんな力があるのだろう。魔王とシャロンは、縄で縛り上げた黒服たちを軽々と担いでは、次々と外に放り投げていく。開きっぱなしの鉄扉から投げ出すその様子は、単純作業じみた淡々さがあり、さすがのナギサも少し同情を覚えるほどだった。 しかし、いくら拘束しているとはいえ、いつ意識を取り戻すか分からない。かといって、無闇に命を奪うわけにもいかない。となると、気づかれる前に遠くへ運び出すのが最善で、そのつもりらしい魔王も服の袖を捲(まく)っていた。 一方、ナギサはナギサで、今日はもう帰った方がいいのだろうか、と考えていたのだが、 「あとはこっちでやっておくわ」 汗一つかいていない上に、呼吸も乱していないシャロンは、珍しくやんわりとした声で彼を制止した。 一人だと大変じゃないかな。 微かに唇を割った魔王は、おそらくそんな事を言おうとしたのだろう。 だが、一瞬ナギサを見たシャロンは、はぁ、と小さくため息を吐くと、 「あのねぇ……お客さんを一人にする方が問題でしょう?」 呆れた声で、ぽつり、とそう呟いた。 時々は彼を毛嫌いしているようにも見えるシャロンだが、この時ばかりは助手らしく見えた。 すると魔王は、背中越しでも分かるぐらい優しい空気を滲ませると、 「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」 彼女の頭をふんわりとなでなでした。 「……子供じゃないんだから、そういうのやめなさいよ」 対してシャロンは、思い出したかのように毒を吐くが、どことなく照れ隠ししているようで、何とも可愛らしかったのだが―― ――ちくり、と。 ナギサは自分の胸が痛む音を耳にした。 なぜ、だろう。 きっと二人にとっては何でもない、ごく自然なやり取りの一つに違いないはずなのに。 そもそも、どうしてそんな音≠ェしたのだろう。 こんな気持ち――私は、知らない。 初めて芽吹いた感情にナギサが戸惑っていると、シャロンと話終えた魔王がこちらへ歩み寄ってきた。気づいた彼女は乱れていないスーツの襟を正すフリをしつつ、気持ちを切り替えようとした。しかし、何故か上手くいかず、果ては困ったように金色の髪を、くるくる、と指で弄ぶ始末。 明らかな動揺。 しかし、そんなナギサを目の当たりにした彼の最初の一言は、 「寒い?」 「……え?」 何気ない、けれど温かい――気遣いの言葉だった。 「べ、べつに。どうしてそんなこと訊くのよ?」 我に返ったナギサはとっさに返すが、動揺のせいか素っ気なく、どこか喧嘩腰な口調だった。 「止むを得ない事情とはいえ、風通しが良くなってたからね」 すると彼は、今もまだ開けっ放しのドアを横目で見やりつつ、半ば苦笑混じりに告げる。少し自嘲しているようなニュアンスだった。 「あ、ああ、そういう、こと……うん、別に寒くないし、そもそも貴方のせいでもないでしょ?」 「でも、僕のところに来なければ――……いや、そもそも僕がいなければあんな目には遭わなかった」 だが、更に続けられたのはネガティヴな言葉。例え魔王≠ニ名乗っていても、またそう呼ぶに相応しいとしても、一応は人間なのだから、もしかするとそういう時もあるのかもしれない。 「……そんなこと言ったらキリがないわよ。そもそも人間がいなければ争いなんて起きなかった、ってなるんだから」 少し思うところがあったのだろうか、ナギサは冗談めいた事を言った。酷く遠回りではあるが、要するに激励である。 しかし、それは小さな油断で、 「……怖かった?」 不意と隙を突くように呟かれた彼の一言に、彼女は返事に窮してしまった。 怖くはなかった。すぐ笑い話にはできないが、少なくとも嘘ではない。 もし怖かったとすれば――先ほどの出来事とは関係のない事柄。 それは自身の内に芽吹いた大きな感情のうねり。 または黒服たちの来訪を秒単位で予期していた、彼の異常な先見性。 そのどちらか。 もしくは、両方かもしれない。 言うなれば、魔王の気遣いは皮肉にもカモフラージュの役割を果たしていた。 ゆえにナギサは、その不幸中の幸いに従い、こくり、と小さく頷く。 それを彼はどう受け取ったのだろう。 あるいは。 どう受け取って欲しかったのだろう。 その答えは、分からない。 もし答えがあるとしても、きっと言葉にはできない。 そうして何もかもが分からない状態のまま、ナギサは続きを待っていたのだが――直後。 ふわっ、と。 「怖い思いをさせて、ごめん」 「……えっ」 全身が温かくなった。 違う。断じて、違う。 温かいなんて生温いものじゃ、ない。 熱い。 身体が、血液が、細胞が。 沸騰して、溶解して、蒸発してしまいそうなぐらい。 熱い。 無理もなかった――何故なら。 ナギサは今、ぎゅっ、と彼に強く抱きしめられているのだから。 トップへ
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