3-1 『魔王について〜行動』



 本題。
 すなわち取材の始まり。

「さて、と。どこから話そうか?」
「どこからでも。聞きたいことも知りたいこともあるけど、ありすぎて何から訊けばいいか分からないし」

 それは拍子抜けするほどあっさりしていた。
 魔王にとってはもちろん、ナギサにとっても今更覚える不安や緊張は何もないのである。

「じゃあ、どうやって魔王になったかを話――っと、その前に」
「何よ?」
「ナギサさんは不思議に思わなかった? どうして僕がナギサさん≠知っているのか、って」
「ありきたりな答えだけど、調べたから?」
「いいや。僕がナギサさんを視≠スからだよ」
「…………は?」
「これはナギサさんに限らないことだけど、人間の行動には自覚や意識の有無に関わらず全て意味がある。歩き方や話し方、仕草にクセ、書いた文章や描いた絵に至るまで――その全てにね」
「……どういう意味?」
「例えばの話。毎週火曜日はCDショップに足を運ぶ人がいるとしようか」
「ちょっとその例えって……や、分かりやすいからいいけど」
「その人の行動には、欲しいCDを買いに行った、新発売のCDをチェックする、買おうと思っていて忘れていたCDがなかったかの確認、といった風にいくつか理由が考えられる」
「まぁ……大体そんなところかしらね」
「更に付け加えると、足取りや伸ばす手に迷いがなければ一つ目の理由と考えられるし、単に眺めているだけなら二つ目と三つ目の理由が考えられる」
「…………まさか」
「そう、そのまさか。今のは分かりやすい例を挙げただけだけど、人の取る行動には全て意味がある、っていうのは、要するにそういうこと。更に具体的な例――ナギサさんのプライベートともなると、さすがに細かすぎて言葉では言い表せないけどね」
「ったく、何よその反則技……ほとんど超能力じゃない」
「うん、超能力は良い表現だね。優れた観察力と分析力は悟りの域に達し、時として予知にすら匹敵するっていう言葉があるくらいだし」
「誰の言葉よ」
「強いて言うなら僕かな」
「……ああそう」

 話を聞き終え、驚くと同時に心底呆れ返ったナギサだが、
(………………ん?)
 不意に気づく。
(視れば解る、ということは……)
 気づきたくもなかった事実に、図らずも気づいてしまい、みるみる顔色が青ざめていった。
「……怖くなった?」
 一方、その様子を見た魔王は、気まずさを伴った間を置いてから、ぽつり、と訊ねる。
 怖いか。怖くないか。
 そこでナギサは、気づいてしまったとある事実≠一旦は放り投げた後、真剣な表情でこれまでの事を思い返し始めた。
 初めて対面した時。そして、会話をした時は彼の発言に漠然とした感想や感情を抱いたのは、やはり紛れもない現実だ。だが、それが恐怖だったかと自問してみると、
「……ううん」
 過去も現在も含めて自答はノー。今ならはっきりと分かる。
 漠然と抱いていたのは、超能力じみた発言に対する底知れなさであり、それは恐怖とは似ても似つかないものだ、と。
 とはいえ、人は未知に恐怖を覚える側面もある。つまり、単純に恐怖を感じなかったのは、彼の人柄と助手であるシャロンの存在によるもの。例えるなら、二人は真っ暗闇を優しく照らす街灯の役割を果たしていたのだろう、とナギサは思った――直後。
 自分の中でひとまずの結論が出たせいか。
「えっと……一つ訊いても、いい?」
「何でもどうぞ」
「相手を視れば分かる、ってことは……」
 一度は頭の片隅に置いておいた重大な事柄を思い出した彼女は、頬に微かな朱を走らせつつ、おずおずとこう問いかけた。
「……私が何をどう思っているのかもずっと分かってた、ってこと……?」
 そう。
 彼が、この偏屈甚だしい魔王が何でも視通せるのであれば、自分が何を考えているかも視抜かれているのではないか、と微妙に恐怖に近い感情――言うなれば気恥ずかしさを覚えたのである。
「……いいや」
 しかし、魔王は緩やかに首を横へ振った後、
「僕に分かるのは、あくまで行動だけ。さっきも言った通り、痕跡が残ってるからね。でも感情――心は内部の動きだから分からない。行動や仕草から多少の推測はできるかもしれないけど、何通りもの解釈が存在する以上、そのどれかを正解と断定するつもりはないよ」
 そんな言葉を淡々と口にした。
 行動を断定できるからこそ、不透明な感情については選択できない。おそらくはそういう事だろう、とナギサは納得し、そういえば、と同時にふと思い当たる節を思い出す。
 これまでの会話で不自然に追撃が止んだ時は、いつも感情の絡んだ瞬間ではなかったか、と。
 つまり、確定的な事以外は口にしない――それが彼の築き上げたスタイルなのだろう、と納得した彼女は、
「そ、そうなんだ」
 実はやましい事を考えてました、と受け取られても仕方がない表情で安堵した。
「…………」
 一方、思考パターンに従って無言ではあるものの、じとっ、と胡乱げな視線を向ける魔王だったが、
「それよりも話の続き! ま、まだ終わってないでしょ?」
 それを良い事にナギサは、強引に続きを促した。



「次はどうやって魔王になったか、かな?」
「……そうね。大体は想像がつくけど、その経緯は理解しがたいところがあるし」
「どの辺りが理解しづらい?」
「んー……まず使用した方法は行動を視る≠ナ間違いない?」
「正解」
「でも、いくら相手の思惑が手に取るように分かるからって、それだけで世界を征服できるものなの?」
「そんなに難しくないよ。 ……そうだね、また例えばの話だけど、道の端っこに小石が落ちていたとしようか」
「小石って何の変哲もない小石?」
「そう、何も特別じゃないただの小石。それを道の真ん中に移動させたとしたら、一体どうなると思う?」
「どうなるって……いくらでも考えられるんだけど、一番多そうなのは、気づく人が増える、ってところ?」
「じゃあ、気づいた人はどうすると思う?」
「うーん……子供だったら蹴っとばして遊ぶかもしれないし、大人だったら気づくだけで素通りするかもしれないし、杖をついている老人だったら万が一を考えて避けるかもしれない。パッと思いつくのはその辺りかしらね」
「うん、百点満点のテストでも百二十点をあげたい回答だ。さすがナギサさんだね」
「褒めすぎ。そもそも問題が曖昧すぎるせいでしょーが。ともかく、それが何?」
「要するに、それが世界の仕組みなんだよ」
「…………は?」
「道の端っこにあった小石を真ん中に動かす――ただそれだけの些細なキッカケで変化するのが、世界と呼ばれるモノの正体ってこと」
「まぁ、言いたいことは分からなくも――……なるほど、そういうこと、ね」
「さすがに今度はまさか≠チて驚かないか」
「タネの分かった手品を見てるのと同じだもの。それでも十分に反則だと思ってるけど」


 そう、彼はいかなる痕跡からも行動を視抜く。
 それを今の例え話に当てはめて考えれば、答えは簡単に導き出せる。
 一見すると、偶然の積み重なった話だが、

 端っこに小石が落ちている道。
 小石を蹴って遊ぶのが好きな子供。

 これらの要因が、いつ出会うかを完璧に把握した上で小石を真ん中に動かした≠ニすれば、それはもはや必然と呼ぶに値する。
 あとは単なる規模の違い。
 小石と道と子供を相手にキッカケを作ったか。
 途方もない世界を相手にキッカケを創ったか。
 彼にとってはそれだけの差違に過ぎず、ゆえに彼は魔王≠ニして君臨する事ができたのである。
「……じゃあ、この前のとさっきのって」
 そこでナギサは一昨日のパイルバンカーの件と、現在はシャロンが片づけしているであろう黒服の男たちの件を思い出して呆然と呟いた。
「うん、理屈は分からなくても僕のことを不気味に思った国の仕業だね。さすがにどこの国かまでは、ナギサさんに迷惑が掛かるから言えないけど」
 全て知っていると暗に示す彼の声は相変わらず軽く、危機感や緊迫感が欠如している。確かに彼なら、会話するようにのらりくらりと危険を回避できるかもしれないが、限度がないとも限らない。
 そうなってしまっては、もう。
 その時にはもう――きっと、手遅れだ。
 にも拘わらず、彼はあっさりとしている。気づいている、あるいは既に視えている可能性もあるはずなのに、それも日常の一部、とでも言うように受け入れている。
 受け入れ過ぎて、いる。
 ナギサは思った。
「……どうして、そんなことされるのよ」
 思うだけでは気が済まず、言葉になった。
「魔王が世界を征服したから、勇者が世界を救おうとしている。ただそれだけのことだよ」
「でも、誰かの命を奪ったわけじゃないんでしょ?」
「そうだね。だけど、僕が介入したことで普段よりも慌ただしくなった人だっているよ?」
「そんなの仕事してれば、いつ起きてもおかしくない日常茶飯事よ!」
 肩で息をするまで叫ぶナギサ。だが、それを見た魔王は笑みを浮かべ、優しい眼差しを向ける。
「あのねぇ……人が真面目に言ってるのに、何を楽しそうに笑ってるのよ」
 当然、ふつふつ、と怒りが沸いてくる。
「今、笑ってた?」
「憎たらしいぐらい、はっきりとね」
 対して魔王は、また無表情に戻って何故か考え込む。笑顔が消えた事が少し名残惜しい、と密かに思わなくもなかったナギサだが、それどころでもなかった。
 そうして、ほんの数十秒ほどの沈黙を経て。
「……ああ、そうか」
「なによ?」
「それは楽しんでるんじゃないよ」
「じゃあ、何だってのよ?」
 魔王はもう一度だけ微笑んで、ぽつり、と言った。

「ナギサさんが心配してくれて、嬉しかったんだよ」
「…………え」

 瞬間、ぼっ、と彼女の頬が忘れていた熱を思い出した。
「いやいやいやいや! ちょ、ちょっと待って」
「うん? いいよ?」
 酷く取り乱したナギサは、半ばパニックになりながらも自分の発言を反芻する。
 繰り返す繰り返す、繰り返す。
(……たしかに)
 そう受け取られるのも、無理はない――そして。
「そんなの…………じゃない」
「え?」
「そんなの当たり前、って……そう、言ってるのよ」
 それはまさしく、その通りでもあった。
 取材対象だとか顔見知りだとか、この関係を正確に表す言葉はまだ定かではないが、彼女にとっての彼は、既に忘れたくても忘れられない≠セけの存在なのだから。
「……そっか」
 けれど、魔王はどこか嬉しそうに言う。
 たったそれだけの事でも酷く嬉しそうに、ぽつり、と呟く。
 ――いや。
 だからこそ、だろうか。
 他者の行動を完全に視抜けるからこそ、把握できない感情を理解できた時が、たまらなく嬉しいのかもしれない。
 そう思うと、不意に。
 不意に。
「こ、こんなの本当に当たり前のこと……そうよ、別に何も特別じゃないだから、そこのところを勘違いしないよーに」
 素直にそれを認めるのが悔しくなって、ついそんな事を言ってしまった。
「うん、それでもいいよ」
 しかし、彼に機嫌を損ねた様子はなく、どころかますます顔を無邪気な子供みたいに綻ばせる始末。
 そうなると不思議なもので、意地を張ったりするのが逆に恥ずかしくなる。
「あーもう、どっちでもいいわよ……それより」
 そこでナギサは諦めた表情で、ぶっきらぼうに言葉を発した後、
「どうして魔王になんかなったのよ?」
 話を逸らす目的で、最後に残った質問を投げかける。

 彼女はまだ気づいていなかった。

 その問いかけが、一体何を意味するのかを。



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