|
「…………」 「……ッド…………トラッド?」 「ん……ああ、何だ?」 3人はロマリアより北にあるというカザーブの村を目指して歩いている。 その途中、ずっと黙ったままのトラッドが気になり、リノが何度か呼びかけていた。 「どうかしたのか?」 「別に」 ようやく気づいて返事をするものの、いつもの彼と違って素っ気無い。 しかし、これ以上何か聞くことも出来ず、リノはいつものように静かになる。 「ちょっと……」 その2人のやり取りをじっと見ていたナギサが、彼の耳元で話し始めた。 「ん?」 「らしくないじゃない、リノちゃんにあんな態度を取るなんて」 普段の彼からは考えにくい事である。 「トラッドが考え込んでても私はいいけど、リノちゃんにだけは心配かけないようにね?」 「…………」 彼が何も答えようとしないので、ナギサはため息をつくとこう問いかけた。 「さっきの事でも気にしてるのかしらねぇ?」 「いや…………まぁアレはアレで嫌だけど」 トラッドはやはり力無くそう返すと、少し先を行くリノの後ろを歩き始めるのであった。 ちなみに3人がカザーブに向かう事になった経緯はこうだ。 ロマリアの宿屋を出て、城に入ったのが昼を過ぎた頃。 リノが門番にアリアハンから来た事を告げ、1枚の紙を見せると、すぐに謁見する事になった。 その時、多少不思議な表情をしていたのが気にはかかるが。 彼女たちが入った部屋は、アリアハンよりも小さいが、所々に細工が施された場所。 中にいたのは王と王妃、そして大臣と護衛の兵士。 更には吟遊詩人がおり、主張し過ぎないが耳にはっきりと届く歌を部屋中に響かせていた。 「よくぞ来た。そなたがかのオルテガ殿の子、新しき勇者か?」 その言葉にに、リノはこくりと頷く。 「そうか。ところで……その後ろにいるのは……」 軽く頷いた王の視線はすぐさま2人へと向けられていた。そして眉を寄せて難しい顔を見せる。 3人はその理由が分からず、気まずい空気が流れ始めた頃、助け舟を出したのは王妃であった。 「あなたは盗賊?」 それは明らかにトラッドへ向けられた言葉。彼自身は一瞬誰か分からず、辺りを見回した後に頷いた。 「そう……実はね、最近盗賊がこの城に入ったのだけれど……」 王妃は一呼吸置いて、こう続ける。 「その時に金の冠を盗まれてしまって……それで王は盗賊というのに過剰に反応するようになってしまったの」 元々盗賊というのは、世間でそれほど良い印象があるわけではない。 更にそんな事件があれば、トラッドに笑顔を向けるのは容易くないであろう。 だからといって、彼は特に気にしていたわけでもなかったのだが。 「お待ち下さい!」 その時、彼の隣で大人しくしていたナギサがそう言いながら立ち上がった。 「彼は確かに盗賊ですが、タダの盗賊とは違います!」 「ほう……?」 何故か自信に満ち溢れた口調だった為、良い顔をしていなかった王様が注目し始める。 「常に勇者の側で冷静に物事を観察する……そう、忠実な懐刀…… そして優れた判断力と決断力で今までも数々の苦難を乗り越えて参りました。 しかもそれだけでなく、道で困った人がいれば手助けを惜しまず、今は健気に、 そして一途に勇者を慕っており、立派にその力を活かしております! そんな彼をとても言葉では表現出来ませんが、敢えて言うならば……」 ナギサは目を閉じて下を向き、握っていた右の拳を高々と掲げ、声高らかにこう宣言した。 「正義の使者、なのです!」 一瞬の沈黙。そして、最初に拍手をし始めたのは――――意外にも王様であった。 それにつられてか王妃、大臣、兵士・・・吟遊詩人までも歌うのを止めて拍手をする。 「そうか、それは大変失礼した。正義の使者殿」 「あ、いや……特に気には、してません、けど……」 しばらくして拍手が止むと、王様は自らトラッドに頭を下げた。 普通では有り得ない事なので、彼はただただ戸惑い、口調がたどたどしくなっている。 (一体どういうつもりで………………あ) 最初はナギサの意図が分からず、ただ怒りを覚えただけであったが、ふとこう思った。 (まさか……一応ナギサなりに気を遣ったのか?) 状況的には非常に恥ずかしいが、先ほどまでの気まずい空気は無くなっている。 トラッドは珍しく彼女に感心するのであった。 「では、正義の使者殿」 そんな事を考えていると、自分に再び聞き慣れない単語が飛んできた。 ナギサのでたらめな説明を真に受けた王様である。 「あ、その呼び方はあの……少し恥ずかしいのですが」 彼の反応が面白いのか、王様は笑顔で話を続けた。 「先ほど無礼を働いた上、誠に申し訳ないのだが……頼みがある」 「あ、いえ私に出来る事でしたら」 「ありがとう。では、その頼みなのだが……金の冠を取り戻してもらえないだろうか?」 ついさっき話に出て、盗賊に悪い印象を植え付ける元となったアイテムである。 「急ぐ旅なのは重々承知しておる。しかし、あれは先祖代々受け継いできた大切な物なのだ……」 例え最初は良い顔をされなかったとしても、今の沈痛な面持ちを見て、 それをすぐに断る事など、トラッドの性格では到底不可能に近い。 そこで、彼は困ったようにリノを見た。しかし、どうやら彼女も困っているらしく、 「……トラッドに任せる」 と、小さな声で呟いて、また前を向いてしまうのであった。 彼はしばらく目を固く閉じて苦悩の表情を浮かべている。 その時、ふと前を向くと期待に満ちた王様の目が映った。 「微力ながら、お力添えさせて頂きます……」 次の瞬間、彼は自然とそう口にしたのであった。 と、ロマリアの城でそういったやり取りがあった後、3人は城下町で更にこんな噂を聞いた。 北にあるカザーブの村の西に、シャンパーニの塔があるという事。 最近、そこを根城にしている盗賊がいるという事。 そして、その盗賊の名前は――――カンダタ、という事。 その事から、3人はそのシャンパーニの塔を目指す事に決めたのだが・・・ (カンダタ、か……) 世間でもかなり有名な大盗賊で、当然トラッドも知っている。 (でも、今更後には引けないしな) 不意に視線を感じて前を見ると、いつの間にかリノが横目でこちらを見ていた。 何となくその雰囲気から察すると、どうやら知らず知らずの内に、 自分の顔に感情が露わになっていたと気づく。 「……どうした、リノ?」 「え? いや、別に」 なるべく平静を装って話しかけたつもりだったが、いつもより何処かぎこちなかった。 彼女もやはりそれ以上、何かを言うわけでもなかった。 (やっぱり心配とかしてるわけないよな……) ナギサの言葉に妙な期待があったのか、彼はため息をつく。 ちなみに当の本人は、当然彼の心中を察するわけでもなく、のんびりと歩いていた。 「そういえば、さっきは助かったよ」 ふとロマリアの城での事を思い出して、トラッドは彼女に礼を言う。 「何が?」 「正義の使者は無理があるけど、一応気を遣ってくれたんだろ?」 彼女が目を閉じてうなること数秒。 「ああ、あれはトラッドが単なるおせっかいだって、大げさに言ってみたかっただけで……それに」 「それに……?」 今までのパターンからして、彼はとても嫌な予感がした。 「私も変な目で見られてたから、それを避けたかっただけよ」 普通に考えれば、王様の前でウサギの耳をしている方が目立つもの。 そういえば、門番も王様も最初はナギサも見ていたのを思い出す。 しかし、最後はいつの間にかトラッドばかりが注目を集めていた。 「そうだよな……そういう奴だったよな」 「あら、今頃私の魅力に気づいたの?」 彼は特に返事もせず、また黙々と歩き始める。 (まぁ、おせっかいなのはリノちゃんにだけ、なんだけど) ナギサはぽつりとそう思ったが、言葉にはせずただ微笑むだけであった。 辺りはすっかり暗くなり、空には三日月が雲の隙間から見え隠れしている。 更に視界と足場が悪くなっているので、星と月とたいまつの灯りを頼りに注意深く歩いていた。 そして北へ向かっているので、昼でも徐々に気温が下がっていたのだが、夜になったことでそれはより明らかになっており、3人の頬や髪を鋭い風が冷たく突き刺さる。 リノにはマント、ナギサにはコートがある為、まだ寒さを凌げるのだが、トラッドは基本的に薄着なので、時折くしゃみをしていた。 そんな状況でもモンスターはおかまいなしに襲ってくるので、 特に怪我はないのだが、徐々に体力が削り取られていった。 「ようやく、か」 か細い光が頼りの中、彼の目はしっかりと村の灯りを映している。 隣にいたナギサもその視線の先を見て、表情が明るくなっていた。 「もうすぐだからって慌てるなよ」 その様子を見たトラッドは一応釘を刺す。 「大丈夫よ。ね、リノちゃん?」 ナギサは前を歩く彼女に同意を求めると、いつものようにくっつきながら歩くのだった。 それから何事もなく村に着いたその時。 「おお、私の友達! 長旅ご苦労様でした」 寝静まった夜のカザーブで、場違いなほど明るい声で話しかけられた。 トラッドがそちらを向くと、そこに居たのはバンダナを巻いた少女が1人。 「知り合いか?」 アリアハンから出た事のないリノは当然面識がないので、旅の経験がある2人に尋ねる。 「トラッドって、こういう娘が好み?」 「俺も初対面だ。売り文句は知ってるけど」 その2人の会話を聞いて、彼女は不可思議な顔を浮かべて呟いた。 「おかしいな……師匠がやると、これでみんな笑ってくれるんだけど」 「よっぽど人を見る目があるんだな、その人。で、特に何も買う予定はないけど?」 先ほど少女が言った言葉の中に、そういった単語は含まれていなかったのだが、 トラッドは何かを知ってるようで、冷静に返事をする。 「敗因はやっぱり最初にお客様の心をつかめなかった事ね……」 「宿に行こう」 1人反省する彼女を放っておいて、リノがさらりとそう言って歩き出した。 他の2人もそれに倣って後へと続く。 「ちょっと待った!」 少女はその気配に気づき、強めに制止の声をかけながら、何やら袋の中をいじり始めた。 「いや、だから買うつもりは」 「あ、これはそういうんじゃなくて……あったあった」 わずかな、それでいて曇りのない笑みで、布に包まれた何かをトラッドに差し出す。 「これは?」 「私の負けを認めるという事と、ここで会ったのも何かの縁という事で」 妙な勢いに圧されてか、彼が自然に受け取ろうとした時、横から出てきた手に遮られる。 「……………………タダ?」 油断しない慎重な目でそう尋ねたのはナギサ。 少女は一瞬目を見開いて驚いたが、すぐに笑顔に戻ってこう言った。 「勿論! 商人の名に賭けて誓うよ」 「まぁ、それならいいか」 少し緊張しながら受け取り、ゆっくりと包みを開ける。中から1本の針が出てきた。 「へぇ……毒針か」 「知ってるんだ? 兄さん、中々通だね」 彼の反応を見て、彼女は素直に喜びの表情になる。 「まぁ、今じゃあんまり使う人間もいないけど、役に立つ事は間違いない」 名前の通り、針のように鋭く尖っており、先端部分は毒が塗られている為、他の部分とは違った光を放っていた。 「これって結構貴重じゃないのか?」 「でも、売れないから・・・だからあげるんだけどね」 要は厄介な物を押し付けているのだが、トラッドは全くそう感じていないらしい。 「使える人が使ってくれれば、これも幸せだろうから……ありがとう」 「お礼は言うのはこっちなんだけどな」 少女はまるで毒針の気持ちになったような、幸せな空気を流していた。 「それじゃ……また何処かで会えるといいね」 今日初めて会った割には名残惜しそうに、そして少しの期待を込めた挨拶でそう告げる。 「何処へ行くんだ?」 「アッサラーム。キメラの翼で帰るの」 「やっぱりそうか」 いつの間にか察していた彼は、苦笑いを浮かべながらそう言った。 「次に会う時は、私たちに何か売れるようになってなさいよ?」 「うん、みっちり修行しとくからよろしくね」 何だかんだでナギサも彼女を気に入っているらしく、握手を交わしている。 少女は最後にリノにお辞儀をすると、一度手を振った後、キメラの翼を上空へ放り投げた。 次の瞬間、彼女はあっという間に空高く舞い上がり、すぐに見えなくなる。 しばらく静寂が訪れた後、最初に口を開いたのはリノであった。 「トラッド、どうして分かったんだ?」 「ん? ああ、アッサラームって事がか?」 彼女はこくりと頷く。するとトラッドは急に眉を寄せてこう説明する。 「昔、アッサラームであんな風に言ってくる商人に、薬草を高く売りつけられそうになったんだ」 「なるほど……じゃあ、師匠っていうのは……」 「多分そうだろうな」 「どうでもいいけど、早く宿屋に行かない?」 不満げな声が会話に割り込んできて、2人は身体が疲れていた事を思い出す。 「先に行くからね〜」 いつの間にか走って宿屋へと向かうナギサを、リノとトラッドはゆっくり追うのであった。 次の話へ
|