第13話 「盗賊の住まう塔」


 太陽が燦々と輝く、幸運にも恵まれた天気の中。
 3人は歩きにくい道を乗り越えて、カザーブより西にある橋を渡っていた。
 あまりモンスターと遭遇する事がなかった為、ほぼ万全の状態でここまで辿り着いたのだ。
 そこから離れた場所には、目的地であるシャンパーニの塔が見える。
 そう、あの大盗賊カンダタの根城、と噂の場所であった。

「ここで休むか」
 ちょうど真ん中ぐらいを歩いていた時、トラッドがそう2人に告げた。
 簡単な作りだが、随分と大勢の人間が通ったと思われる跡がある。
 彼は橋が丈夫だと推測し、更に辺りの様子が見やすいという事、
 そしてモンスターの気配がほとんど感じられないという理由でこう言ったのだ。
「そうね。まだまだ時間にゆとりもあることだし」
 ナギサはすぐに同意して、その場に座り込む。
 彼女の提案でカザーブを早くに発ったので、太陽はまだまだ沈む気配はない。
「誰かが寝坊しなきゃ、もう少し早く着いたんだけどな」
 トラッドはそんな彼女――――寝坊をした本人に笑いながら皮肉を言う。
「…………帰ってからどうなるか、分かってて言ってるのよね?」
 そう言いながら、いつの間にか右手に持っているハリセンは小刻みに震えていた。
 理由はかなり我慢しているか、今晩の楽しみが増えた喜びかのどちらかだろう。
「今は何もしないでくれ……」
 いつ始まってもおかしくないその雰囲気に、不安を感じたリノがそう呟く。
「あら? 大丈夫よ、リノちゃん」
 心配そうな彼女の言葉にナギサはころりと表情を変えた。
「今は、ね」
 そしてその笑顔のまま、静かだが殺意に似た空気を持つ一言を付け加えた。
「……せめて明日の朝にしてくれ」
「ダメ」
 自分の言った事に後悔しながらトラッドは控え目に言うが、ナギサが許すわけもなくすぐに否定する。
(先が思いやられる……)
 相変わらずの2人の様子に、リノはサンドイッチを食べながら複雑な顔をし、
 何気なく見た緑の木々が、平和そうに風に揺られる姿を珍しく羨ましいと感じるのであった。

「でも、あの塔で間違い無さそうだな」
 トラッドは出発の準備をしながら、確信した声ではっきりと言う。
「理由は?」
「モンスターが少ない」
 リノの問いかけに、彼は即答する。その言葉通り、確かにこの辺りはカザーブに着く前に比べてほとんどいない。
「なるほどね。カンダタがここを通る度に襲ってくるモンスターを倒しているから、って事でしょ?」
「ああ。それをどういう理由かで感づいているからこそ、カザーブの方に集まりやすい」
 ナギサの納得した様子に、彼は頷きながら答えて、小さな声で独り言のように呟く。
「やっぱり……手強いか」
「…………」
 リノだけがかろうじて聞き取って、彼の顔を見た。それは、ロマリアを出てから何度か見せた顔。
(トラッド……?)
 その理由を尋ねようかとも思ったのだが、トラッドの陰を帯びた表情はそれを許さなかった。
 諦めた彼女は立ち上がろうとする―――――が、どうしても目を逸らす事が出来ない。
(どうしてだろ……)
 そんな時、間違いなく心を占めるのは不可解な痛み。それを払いのける様にリノは強引に立ち上がる。
「……行くか」
 互いが内に秘めた言葉は、音として世界に響く事はなく、彼女もただその一言に頷くだけであった。

 橋を越える少し前から、足元は歩きやすい緑へと変わっている。
 そのおかげで、思ったより時間はかからず、思ったより早くシャンパーニの塔へと辿り着く事が出来た。
「うわ……ボロボロ」
 一目見てナギサは顔をしかめながら言葉を洩らす。
 遠くで見た時とは明らかに違う圧迫感に外壁が所々剥がれ落ちているせいか、より不気味な印象を与えていた。
「昔から、盗賊の住処としては有名らしいな」
 トラッドはそう一言告げてから、簡単な説明をし始めた。
 彼の聞いた話によると、更に昔はこの近くを通る船の為の灯台だったらしい。
 しかし、いつの頃からか盗賊が、それに追い討ちをかけるようにモンスターが増えた。
 それによって、急速にこの場所へ足を踏み入れる者はいなくなっていく。
 だがカンダタはそんな盗賊たちを打ち負かし、彼らを従えてここを根城にしたという話だった。
「自分たちがいない時は、モンスターが盗んだ物を守っている……か」
「ああ……」
 入り口の前なのに、中からかなりの気配を感じ取る事が出来る。トラッドは息を呑んで額から流れる汗を拭った。
 3人は互いの目を見てから頷き、足音を殺しながら塔へと足を踏み入れる。
 予想通り、中は外観よりも更に荒れ果てていた。
 それでも所々に明かりが灯っているのは、おそらくカンダタの手によるものだろう。

「…………」
 先頭を慎重な足取りで歩くトラッドは、慣れた手つきでブーメランを取り出した。
 それに倣って、リノとナギサも辺りに神経を張り巡らせながら武器を取る。
「1、2……3匹」
 ぽつりぽつりと呟いた後、彼は1歩前へ出て右手を素早く振るい、ブーメランを投げた。
 全くこちらに気づいていなかったこうもり男とギズモ2匹に、それはまるで引き寄せられるように当たる。
 致命傷ではない為、すぐに体勢を立て直し、不意に現われた侵入者を迎え撃とうとするが、
 すでに駆け出していたリノは、ギズモを薙ぎ払う体勢に入っていた。
 相手の口からは小さな炎――――メラが生まれようとしていたが、
 それに怯む事無く、彼女は鮮やかな銀色の軌跡を閃かせる。
 刹那、どんよりとした雲は苦しんでいるような表情を見せた後、溶けるようにして消えた。
 リノが一息つく間もなく、次の行動へ移ろうとしたその時、頭上より何かが近づいてくる気配を察知し、
 見上げるとそこには、口を大きく開けたこうもり男が迫ってきていた。
「甘い!」
 しかし凶悪な牙は彼女に届く事無く、、横から割って入ったナギサのハリセンに打ち落とされる。
 当たり所が良かったのか、激しく地面に叩きつけられた後に呻き声を上げながら絶命したようだ。
(俺もいつもあんな感じなのか……?)
 心なしか無念そうな表情で息絶えたこうもり男に、トラッドは軽く同情をしながらも視界の端で逃げるギズモを映していた。
「そんな事考えている場合じゃないな、っと」
 彼は懐から取り出した1本のナイフを、怪しげな雲に向けて真っ直ぐに投げる。
 綺麗に磨き上げられた銀色の刃はギズモを貫き、荒れ果てた壁に当たってキンと音を立てた。
 それが地面に落ちた時にはモンスターの姿は無く、辺りは忘れていた静寂を取り戻す。
 トラッドはいつもと何ら変わる事のない様子でナイフを拾い上げ、また懐へとしまうのであった。
「これぞって感じよね」
「ああ…………さてと、先に進むか」
 ナギサのどこか夢見がちな言葉に軽く同意すると、彼はまた先頭を歩き始めたのだが、すぐに立ち止まってこう告げる。
「あ、そうだ。ナギサ、呪文は思い出しても使うなよ」
「何で?」
 突然の聞き慣れない言葉に、当然彼女は疑問の声を上げた。
「いざという時、役に立つかもしれないだろ?」
 ナギサが使える呪文は1日1回のみ。
「珍しいわね。まぁ、いいけど」
 その返事にトラッドは頷いてから再び歩き始める。
(……仲間、か)
 そんな中この2人のやり取りに、リノはわずかな疑問を胸に秘めながら後へと続くのであった。

 それからも幾度と無くモンスターは襲い掛かってくる。しかし、3人は息の合った戦い方で切り抜けていた。
「何で分かるの?」
 ナギサは感心しながらトラッドにそう問いかける。どうしてモンスターにすぐ気づけるのか、と。
「……何となく」
 彼は首をひねりながらこう返事をする。どうやら本人もよく分かっていないようであった。
 しかし実際の所、彼が一番先にモンスターの気配に気づき、攻撃を仕掛ける。
 それは単純な動きではなく、2人が後に続きやすいよう配慮されていた。
 そのおかげで多くの戦闘もそれほど苦戦せずに終わらる事が出来るのだ。
「この分なら、カンダタも簡単にやっつけれそうね?」
「…………そうだな」
 前を歩いている彼は、一瞬だけ間を置いてからそう言ったきり静かになる。
 その時リノはここしばらくの彼を思い出して、ある事に気がついた。
(もしかして、カンダタ……?)
 トラッドが普段と違う翳りのある表情を見せる時は、常にこの名前がある。
 今は後ろ姿しか見えないが、おそらく難しい顔をしているのだろう。
 彼女は――――いつの間にか迷っていた。そしてそんな自分にすぐ気づいて我に返る。
(別に関係ない……けど、戦いに支障が出ると困るから・・・)
 まるで自分に言い聞かせるようにそう思い込み、リノは意を決して口を開きかけた。
「ト……」
「ここが怪しいな」
 しかしその言葉は、当の本人の悪気のない一言によって打ち消される。
 そのまま言っても彼はきっと聞いてくれそうだが、何となく彼女は言い出せずに下を向いた。
「リノ、疲れたのか?」
 トラッドの目にはそう映ったのか、優しい声で心配そうに声をかける。
「……何でもない。それよりこの扉……」
 弱い声でそう返事をした彼女は、話を逸らしながら自分の心を隠すように扉を押した。
「やっぱり開かないな」
「となると……これか」
 彼が道具袋から取り出したのは、ナジミの塔でもらった盗賊の鍵。
 それをおそるおそる鍵穴へと差し込んで左右へ丁寧に動かすと、程なくして確かな手応えが伝わり、よく通る音が鳴る。
 トラッドは扉を少しだけ押して、開く事を確認した後に神経を研ぎ澄まし始めた。
 そうしてゆっくりと、なるべく音がしないように扉を開けようとした時。
「ちなみにそれってどういう仕組みなの?」
 背後からナギサが緊張感のない声で問いかけてきたので、思わずこけて扉に頭をぶつける。
「鍵の事は俺に聞くな」
 元々得意でない上に、何となく水を差された形になったせいか、彼の口調は呆れが混じっていた。
 更に後ろでそのやり取りを見ていたリノは、何となく嫌な予感がしたので距離を詰める。
 そして次の瞬間、それはものの見事に当たり、彼女はナギサのハリセンが彼に炸裂するのを寸前で止めたのであった。

「…………よし、大丈夫そうだ」
 気を取り直したトラッドは中へと入り、辺りの気配を探る。どうやら誰かがいる様子はないらしい。
「こうしてると、どっちが盗賊なのかしらねぇ……」
「向こうだろ」
 ナギサの的外れな呟きに、彼はとりあえず一言入れる。
 ちなみにそう返す本人も盗賊なのだが、この塔に入ってからはあまり自覚がないようだ。
「あの上か?」
 すっかりお馴染みのやり取りに、リノは聞こえないフリをしながら目の前にある階段を指差した。
「……行くしかない、か」
 その言葉がトラッドの答え。2人ともその意味を汲み取って緊張した面持ちで頷く。
 それから足音と気配をなるべく消して、階段を上がるのであった。

「おい……何だおまえら?」
 トラッドはゆっくりと慎重に上がったつもりだった。
 しかし、かなり見通しの利く場所だった為、あっさりと2人の男に見つかる。
 1人は全身を鎧で固めた年齢不詳の男。
 もう1人は左目に眼帯をして、無精ひげを生やした30代位の男。
「やっぱりその銀髪のせいじゃない?」
 ナギサは開き直って、堂々と出て行きながらトラッドに文句を言った。
「しょうがないだろ、生まれつきなんだから」
 彼もそれにつられてか、普段と同じように返事をする。
 リノだけは、一応階段の途中で息を潜めていたのだが、
「どうした?」
 と、トラッドに呼びかけられたので仕方なく姿を現わして、2人にため息をつきながらこう告げる。
「……もう少し何とかならないのか?」
「ま、見つかっちゃったからねぇ……いいんじゃない?」
 ナギサはもはや何かする気は微塵もないらしく、すでにハリセンを右手に持っていた。
 しばらくそのやり取りが、和気藹々と続く。
「……………………何だ、こいつら」
 この場所で行われるには、あまりに場違いな会話に男2人は呆れ返っていた。
「とりあえず、おかしらのとこへ行くか……」
 そしてやる気の欠片も感じられない足取りで、奥にある階段を上がっていく。
 3人が気づいたのは、それから2分後の事であった。

「…………作戦成功ね」
「嘘を言うな」
「分かったから……とりあえず行くぞ」
 ナギサの一言でまた足が止まりそうだったので、リノは先手を打って歩き出す。
 すでに見つかっているので、特に何も意識せずに階段をいつもの様に上がった。
 少し離れた所には先ほどの男が2人、と隣には同じような体格のスキンヘッドの男が1人。
 その奥にいるのは、ぼろぼろになった灰色の衣服と、覆面をしているので顔は分からないが、
 野獣に近いようで、それでいて生への喜びに満ちた目の男。
 何よりも他の3人と違うのは圧倒的な存在感――――おそらくは彼がカンダタ。
「で、人の家に勝手に入ってきて何の用だ?」
「…………カンダタ、だな?」
 冷たい視線で、陰のある感情で問い返したのはトラッド。
「それがどうした……ん?」
 カンダタは彼の顔、正確には目を見て何かに気づいた声を出す。
 リノとナギサは、その反応にわずかに驚いた表情になった。
 トラッドだけが変わらずにカンダタを睨みつけている。
「……おかしら?」
「気のせいか……で、目当てはこれか?」
 一瞬だけ考える素振りをしたが、面倒になったのか話を切り上げて近くにあった王冠を頭に乗せて見せた。
「話が早い人は嫌いじゃないわね」
 ナギサは気まずい空気を払うように、不敵な笑みでそう言いながら距離をゆっくりと詰めてゆく。
 トラッドは厳しい表情をしたまま、リノはいつも通りにその後へ続いた。
 沈黙の中、鳴り響くのは3人の足音のみ。
 カンダタはその様子に、軽く口笛を鳴らしてから楽しげに言った。
「ほお……えらく綺麗な女だな」
「あら? やっぱりそう?」
 ナギサがにこりともせずに答えながら、3人は更に一歩踏み出す。
 その時、彼女だけが床の感触のわずかな変化に気づいた。
「あ」
「でも悪いが、今は相手をしてやる気分じゃないんで、な」
 ナギサが何かを察して呟いたと同時にカンダタがそう続けた直後。


 がこん、という音と共に3人を支えていた地面が、突如闇へと姿を変えるのであった。




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