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「……何でこうなるんだ」 恨みがましい声でそう言ったのは、着た事もない派手で豪華な服に身を包んだ銀髪の男。 「何事も経験よ」 しかし、目の前にいた金髪の女はただ意地悪そうな笑みで、そう言うだけであった。 話は数時間前に遡る。 昨夜は早く休んだせいか、3人とも疲れも残っていない様子で起きていた。 トラッドも薬が効いたのか、普通に歩けるぐらいに足は良くなっている。 その姿を見て安心したらしいナギサは、忘れてた、と一言呟いた後、ハリセンで彼の頭を全力で叩いてから、ロマリア城へ行こうとリノに言うのであった。 「おお……! これぞ正しく……!!」 早速、ロマリア王の元へ取り戻した金の冠を届けに行った3人。 最初はどんな表情にも、少しばかりの陰が見えたのだが、今はそんな気配は全くなかった。 「よくぞ取り戻してくれた! 心より感謝しておる!!」 急激な王の変貌ぶりに、3人はただ頷くだけしか出来ない。 「では、私たちはこれで……」 その後、この金の冠にまつわる様々な歴史と思い出を語り始めたので、リノは隙を見て逃げ出そうと考えた。 「そういえば、お礼をせねばならんな」 しかしその言葉に誰よりも早く反応したナギサは、すかさず2人を捕まえる。 「そんなに慌てなくてもいいんじゃない?」 その一言をしっかりと耳にした王は、少年のような瞳と笑みでこう告げた。 「おお、そうか。なら、わしに代わってこの国を治めてみる気はないか?」 「え」 トラッドは一瞬、自分の耳を疑った。あまりに突拍子もない王の言葉に。 「どうじゃ、リノよ? 首を縦に振るだけで、そなたはロマリア王じゃ」 「いや、それはちょっと……」 「嫌と申すか? しかし、何事も経験じゃぞ?」 「しかし私は……」 「まさか遠慮しておるのか? さすがは勇者じゃ。だが、何も気にする事はない」 「………………」 「旅は長く、何が起こるか分からぬ……」 そこで、この愉快な一国の主は一息を入れて言葉を続けた。 「昔、王になっていたおかげで命拾いをした、という事が」 「……ないと思いますけど」 横で見ていたトラッドは、丁寧に一言入れた。 (この場は逃げれそうにないわね……それなら) 尚も王の説得が続く中、ナギサは何かを思いついた顔をする。 「お待ち下さい」 「何じゃ?」 「勇者殿は…………遠慮もありますが、人前に出られるのが苦手なのです。 しかし、王様はどうあっても受け入れて頂きたいご様子……」 その言葉に、王は力強く頷いて見せる。 彼女は息を吸い込んで、どこか楽しげな様子でこう提案した。 「それでは……この正義の使者殿に、そのお役目を!」 「何」 「彼はこの度の盗賊退治に、その力を大いに発揮致しました。 そして、またその志しを更に強め、よりその名に恥じぬ人物へと……」 「ちょ……ちょっと待てー!」 トラッドの制止の声は悲しく、誰の耳にも届かなかった。 「私は思うのです。盗賊ではありますが、彼も王にふさわしいのではないかと!」 彼女の語りは、本心はいざ知らず徐々にその熱を帯びていく。 すでに周りからは拍手と歓声が起きていた。 (でも、まさかこれを鵜呑みにするはずは……) 「うむ、実はわしもそう思っておった――――大臣、早速準備を」 トラッドの期待はあっさりと裏切られた上に、王様の行動は迅速であった。 しっかりと2人の兵士に捕まえられた彼は、奥の部屋へと連れて行かれる。 リノは心配しながらも、何も出来ずに呆然とその姿を見送っていた。 「では、正義の使者殿……頑張って下さいませ」 肩を震わせながら俯いているナギサに、トラッドは殺意に近い何かを覚え始めるのであった。 「こんな経験なくてもいい……」 トラッドは違和感を感じる金の冠を、落ち着かない様子で支えている。 「でも、結構似合ってるわよ」 「笑いながら言っても説得力がないぞ」 「リノちゃんもそう思わない?」 いきなり自分に矛先が向き、一瞬困ったような表情を見せるリノ。 「…………そうだな」 「……何故顔を逸らす」 唯一の味方と思っていた彼女にまで、そう言われ彼は少し落ち込んだ。 「ま、とにかく私たちは宿に戻ってるから・・・頑張ってねー」 ナギサはトラッドが何かを言う前に、逃げるようにして部屋を出て行く。 「何を頑張れと……?」 その儚い呟きに答える人間は誰もいなかった。 「トラッド王。視察ですか?」 「あ、はい」 王様に会って、何とかしてもらおうと思ったが、城には何故か姿が見えない。 それに部屋にいても何をしていいのか分からないので、外へ出ようとした。 「分かりました。お気をつけて!」 入り口の兵士に敬礼をされ、ますますやるせなくなるトラッドであった。 とりあえず、城のすぐ側にある家のドアをノックする。 「はい……おお、これはトラッド王」 中から出てきたのは一人の老婆。目はすでに感激の為か涙が滲んでいる。 「えっと……お元気ですか?」 「……こんなばあさまにまで気を遣って頂けるとは……ありがたや」 咄嗟に出てきた挨拶だったのだが、老婆は手を取って感謝の意を示した。 「あの……よろしければ王様」 「はい?」 「このばあさまの願い、聞いては下さりませぬか?」 「あ、私でよけれ……」 トラッドの性格上で断れるわけがない。 老婆はまた、ありがたや、と言うとぽつりぽつりと話し始めた。 内容はこうである。 城の中庭の手入れをする男が、最近真面目に働いていないらしい。 だから、彼に王様自ら草むしりをするように言いつけて欲しい、という事であった。 「あの場所は、先代の王妃様との大切な思い出がたくさん…… このままでは、あの日の面影が無くなってしまいます……王様、どうかお願い致します」 「頑張ってみます……」 トラッドがそう言うと、老婆は更に3回ほどありがたや、と言って、 皺だらけの顔を、本当に嬉しそうにして彼を見送った。 そして再び城の中。目指す場所は中庭。 「あ、王様! ご機嫌はいかがでしょうか?」 問題の男らしき人間はすぐに発見できた。何やら壁に掛けられた剣をぼんやり眺めている。 「ああ、それは特に……ところで」 「はい?」 「庭の手入れが進んでいないようですが……」 豪華な服を着て、冠を被っていようとも中身が変わるわけでもなく、 トラッドは王様らしからぬ口調で、控えめにそう告げた。しかし、男の反応は予想を遥かに上回る。 「……!! も、申し訳ございません!! どうか……どうか命だけは……!」 「そっ、そういうつもりでは……」 中庭の手入れをさぼっただけで死刑になるのか、と彼は少し恐怖を覚えた。 「私には妻と2人の子供が……そして愛犬も」 しかも聞いていないのに、突然家族構成を語り始めた。 「そして愛犬はコロ、と申しまして……」 (子供より先に犬の紹介……?) 「犬の親はマイルズと申します。私の子供の頃からの友達で……」 その後に出てきた親犬の名前と、子犬の名前に妙な距離を感じながら、トラッドはどうにか話を止めさせる。 「えっと……せっかく綺麗な花が咲いてるし、ここが好きな人もいるみたいだから……手入れして欲しいな、と思ったのですが」 姿と口調の差がかなり怪しいのだが、男に意図は伝わったらしい。 「王様……!! この草むしり、それほどまでに大事な……」 そして彼は前触れもなく涙を流しながら、再び語り始めた。 「私……実は騎士に憧れておりまして、どうしてもこのお役目にやりがいを感じなかったのです」 「はあ……」 「でも、それは大きな間違いだったのですね!」 今のこの状況自体がそもそも間違ってる、とトラッドは心中で嘆く。 「私、頑張ります! 命果てるまで、草をむしり続けます!!」 「死なない程度でいいので……」 「……ああっ!! こんな私などにまでお気遣いを! 本当にありがとうございます!!」 男は顔中を透明の液体で濡らしながら、眩し過ぎる笑顔で草むしりを始めるのであった。 それからトラッドは再び城の外へ出る。 宿にいる2人に、元へ戻る手伝いをしてもらおうと思っていたのだが、何かの意志が働いているかのように、次々と話しかけられた。 「王様! 私の犬が迷子なのです……どうか」 という老人の為に犬を捜したり、 「わーい、王様だー! かぁっこいいー!!」 と近寄ってくる無邪気な子供たちの遊び相手になったり、 「王様! 今、ちょうど教会でお祈りをしている所なのですが、よろしければ……」 とシスターに連れられて、町の人たちと神に祈りを捧げたり、 「これは、王様! いつもありがたく商売させて頂いております!」 と武器屋の主人にお茶を勧められたりしていた。 そして疲労の影が彼の顔にくっきりと浮かび上がる頃、ようやく宿屋に辿り着く。 辺りはすっかり夕焼けに染まっていた。 「あら、これは王様。どうかされました?」 最初にかけられたのは、この状況に追い込んだ本人のからかいの言葉。 「誰のせいでこんな事に……!」 「で、どうしたの?」 ナギサはトラッドに何かを言う隙を与えずにそう尋ねた。 「……もう戻りたい」 「城に?」 「違う」 「冗談だってば」 「……………………」 もう言い返す気力も失せたらしい。 「トラッド……水」 リノは彼を気遣って、水がたっぷり入ったコップを差し出す。 「ありがとう……」 よほど美味しく感じたのか、優しさが身に沁みたのか、丁寧に味わいながらそれを飲み干すのであった。 「とにかく王様を捜さないと……」 「それだったら知ってるわよ」 途方に暮れかけていた彼に、ナギサはあっけらかんとそう告げる。 「…………で、何処だ?」 「あら、素直ね……でも、タダじゃ教えられないわね」 どうやら彼女はとことん彼をいじめるつもりらしい。 「ナギサ」 「……だから、冗談だってば」 リノの少し怒ったような顔を見て、ナギサは一瞬の間があってから、ころりと態度を変えた。 (今のは本気だったな……) トラッドが感じていた殺意に近い何かは、徐々に殺意そのものへと姿を変えつつある。 「で、王様がいるのは……闘技場よ」 「闘技場? 何でまた」 一国の王が足を運ぶイメージがなかった為、彼は反射的に聞き返す。 「息抜きでもしたかったのかもね」 「……行ってくる」 トラッドはすぐさま部屋を出て、目的地へと急ぐのであった。 「おお、正義の使者殿……お主も好きじゃのう」 闘技場には、服装は質素になっているものの、確かに王様がいた。 「違います」 「そうか? しかし、賭け事がこんなに楽しいものとは思わんかったわい」 そう言う彼の手元には、かなりのお金があった。どうやら勝っているらしい。 「正義の使者殿、これからも国を頼むぞ?」 「……いえ、私はまた旅に出ます」 「へ?」 その答えは意外だったらしく、彼は間の抜けた声を出す。 「何故じゃ?」 「王様……彼の中の正義が疼き始めたのです」 トラッドがどう返そうか迷っていた時、凛とした声でそう言ったのはナギサであった。 「やはり悪が滅びるまで、彼が安息の日々を過ごす事はないのです……どうか、ご理解下さいませ」 「そうか……ならば仕方がない」 王様は重い足を引きずるようにして、闘技場の階段を上がっていく。 トラッドとナギサがそれについていこうとした時、振り返ってこう言った。 「次に生まれる時は、庶民も悪くないのぅ……」 その遠い言葉には誰も返事をする事は出来なかった。 「はぁ……」 ようやくいつもの服装に戻り、トラッドは宿屋の一室で大きくため息をつく。 リノは椅子に座りながら、明日の準備をしているようだ。 「もう休むのか?」 「ああ……疲れた」 そう言いながら、彼は大の字でベッドへと寝転がった。 「……ごめん」 「何でリノが謝るんだ?」 彼からしてみれば、どう考えても悪いのはナギサである。 「本当は町で見かけたんだけど……手伝えなくて」 「……見てたのか?」 「子供と遊んでる所を」 その問いに彼女は申し訳無さそうに告げた。 「だから、ごめん」 「……どうせ、ナギサに止められたんだろ?」 リノは表情をハッとさせる。どうやら図星のようである。 「だから、気にするな……じゃ、お休み」 「ああ、ゆっくり休んでくれ」 トラッドの意識があっという間に闇の底深くへと沈もうとしていた時。 「おやすみ……」 と、優しい声で呟かれた挨拶を、彼は心地良いと思いながら眠るのであった―――― 次の話へ
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