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私の友達―――― 「…………」 その言葉にトラッドは全身の力が零れ落ちたが、罠の可能性も考慮して、すぐに気を引き締める。 「…………あれ?」 「あ……」 3人が振り返ると、先に声を上げたのは話しかけてきた方。その次がナギサ。 目の前にはごく最近見た覚えがある、バンダナを巻いた少女が一人。 黒い大きな瞳に、肩より上まである同じく黒い髪。 服はカザーブより暖かいせいか、袖のない物で、 真ん中の所はボタンで留めているらしく、その上を赤い布が縦に走っている。 その余った部分が首の所から飛び出している、この辺りでは見かけない服であった。 「通な兄さん?」 「変わった覚え方だな」 思わぬ記憶の仕方に、彼はただ苦笑いを浮かべながら言う。 「奇遇だね、どうかしたの?」 北にいたはずの人間と急に会ったのだから、当然の質問である。 (…………とりあえずバラモスの事は伏せておくか) 極めて短い時間でそう考えたトラッドは、いつもの笑顔でこう告げた。 「ああ、ちょっと武器を探しに来たんだ」 大きな目的はバラモスを倒すという事だが、これでも間違ってはいない。 その一言に、ナギサが急に手をポンと叩く。 「そういえば、商人だったっけ?」 「まだ見習い中だけどね」 商人と呼ばれるのが照れくさいのか、彼女は頭を掻きながらひっそりと呟いた。 「よかったら良い店に案内してくれない?」 「え? 私が?」 「ええ。知ってる娘の方が、気が楽だしね」 ナギサの言葉に、少女は暮れゆく空の中でもはっきり分かるほど、にっこり笑う。 「その前に宿を取ってからでもいいか?」 すぐに駆け出していきそうな彼女だったが、トラッドの一言にぴたりと動きを止める。 じゃあ、と言って宿屋へと3人を連れて行くのであった。 人の行き来が激しい為、常に一杯の可能性が高いアッサラームであったが、 少女はどうやら穴場を知っていたらしく、無事に宿を取る事が出来た。 それから部屋に荷物を置いて、少し落ち着いたらしい足取りで歩く少女の後に続いた。 空は宿屋から出た時にはすでに星が出ていたのだが、町の明るさはより一層増すばかり。 中央にある泉の所には、様々な趣向を凝らしたアクセサリーや、 怪しいぐらいに安い薬草などを売る店が出ており、威勢の良い声が飛び交っている。 何か自分の目を引くものを見つける度に、ナギサが姿を消そうとしているが、それを予想しているのか、 トラッドは何度も立ちはだかって、行く手を遮っている。挙句の果てに少し緊張した面持ちでコートの端を掴んでいた。 彼女はそんな彼にわずかに面白く無さそうな顔をするものの、すぐに表情を変えて時折、耳元で何かを囁いている。 その慌てる様子が、ナギサの新しいおもちゃとなったようだ。 リノはいつものようにため息をつき、案内をしている少女は笑いながら、賑やかに町の中を通り抜けていった。 「あ……えっと……」 リノは泉の側で何かを見て、先頭の少女に話しかけようとしたが、その時名前を聞いていない事に気づき、言葉に詰まる。 「…………あっ、名前?」 しばらくその様子に悩んだ後、彼女もどうやら同じ事に考え付いたらしい。リノはどう聞こうか悩んでいた所だったので、すぐそれに頷く。 「ヤヨイだよ。お姉さんは?」 「え……」 リノは動揺しながら後ろを歩いているトラッドを見た。しかし、彼はナギサにからかわれている様で、今の会話は聞こえてないようだ。 一瞬、ホッとしたのも束の間で、すぐに彼女はヤヨイの側に身体を寄せる。そして周囲に気を配りながら小声で話し出した。 「……悪いけど、女という事は言わないでくれ」 旅を始めた頃との自分の言動の違いに、不可解な胸の痛みを感じる。だが、どうしても隠していたかった。 「内緒、なんだ……ごめんなさい」 「あ、いや怒ってるわけじゃ・・・それにナギサは知ってるから」 「ナギサさんって・・・お姉さん? じゃあ、通の兄さんにだけ秘密なんだ?」 リノは言葉にせず、頷いて見せる。 しゅんと落ち込んだ顔になったかと思うと、すぐに笑ったりする。表情がよく変わるな、とリノは思った。 そして自分を振り返ってみて、何となく居心地が悪くなる。 「名前……リノ」 なるべくそれを表に出さないように、しかも慣れない事に戸惑いながら名を告げる。 ヤヨイは幸いにも気づかなかったようで、よろしくっ、と両の手でリノの右手を握った。 「いつの間に仲良くなったんだ?」 先ほどまでうろたえっぱなしだったトラッドが、知らぬ間に平静に戻って後ろから声をかける。 「今だよー。ねー、リノさん」 ヤヨイは身体を傾けて、リノを下から見上げながら嬉しそうにそう言った。 彼女が名前で呼んだのを聞いて、ナギサもどうやら自己紹介をしていなかった事に気づいたらしく、すぐに名前を教える。 トラッドも、あ、という顔を浮かべてからそれに倣った。 「えーっと……通な兄さんがトラッドさんで、綺麗なお姉さんがナギサさんだね?」 それを復習するかのように2人の顔を交互に見ながら呟くと、そこでヤヨイも名前を告げる。 「見習いにしては、見る目があるわね」 ナギサは『綺麗な』と言われたのがよほど嬉しいらしく、リノに見せる時と同じぐらい嬉しそうな表情だった。 彼女も同じように喜びが眩しいばかりに顔中から溢れている。 「それでリノさん、さっきはどうしたの?」 ヤヨイは今まで忘れていた事にお詫びをしながらリノに問いかけた。 「あ、いや……泉の所の女の人」 3人が一斉にそちらの方を見ると露出の多い服を着た、まだ大人とは言いにくい女が一人立っている。 「何をしているのかと思って」 周囲は地面に布を敷いて、何処からか手に入れてきた自慢の品を並べてるのに対し、その女は何もせずただ立っているだけ。 それに違和感を感じたので、リノはヤヨイに尋ねたのだった。 「んー……」 彼女は返答に困った様子でトラッドを見る。まるで答えるのを全て委ねたかのように。 「…………また今度な」 どう言えば良いのかかなり迷った様子を見せたが、最後は子供の質問から逃れる親のようにそう言うので、リノはきょとんとしながらも、諦めるのであった。 「ここだよー」 「……店開いてるのか?」 ヤヨイが案内した所は町の北西。赤い屋根の小さな一軒家である。 トラッドが心配そうなのは、すでにそこの入り口に閉店の札が掛かっていたからだ。 「あ、大丈夫大丈夫。師匠の店だから」 「なるほ……え?」 つい納得しかけたが、彼はすぐに考えを改める。理由はヤヨイにあの商売の仕方を教えた張本人だからである。 そんな聞き返す声をなかった事にするかのように彼女は中へ入る。 「ししょー、友達連れてきたよー」 「……何か響きに違和感があるわね」 ふとナギサがそう呟く。リノは意味が分からなかったが、トラッドは同感だったようだ。 だが、ここで引き返すのも妙な話なので、とりあえず3人は中へ入った。 店内にはロマリアでは手に入らない高価な武器や防具が所狭しと並べられている。 「おお! 私の友達! ………………あ」 そこにいたのは、恰幅がよくて気前の良い笑みを浮かべた40歳ぐらいの男。 彼の言動が示すように、嫌な予感は的中したわけなのだが、向こうも様子がおかしい。 動揺と狼狽に揺れた小さく黒い瞳は、トラッドの姿を映している。 「……今日は何をお探しで?」 今の今まで自信と明るさに満ちていた目は、瞬時に影を潜めた。 「師匠?」 ヤヨイは見た事がない主人の様子に、不安げな声を投げかけるが返答はない。 「……鋼の剣はあるか?」 「そちらは明日1本入ってくる予定なんですけど……」 「じゃあ……このチェーンクロスは?」 トラッドはただ値段を尋ねただけだった。何故ならこの店にはどの商品にも値札が貼ってないからだ。 しかし、彼はわずかな間があった後、おずおずと口を開いた。 「……1200Gになります」 「師匠?」 もう一度ヤヨイが呼びかける。が、やはり言葉は返ってこなかった。 「相場は1000Gだけど?」 「…………やはりあの時の」 主人がそう口走って後の言葉を失くした時、リノはようやくカザーブでの会話を思い出す。 (この人がトラッドに薬草を……) だが買わなかった、と彼は言っていた。この男は過去売れなかった相手と対峙しているのが苦痛らしい。 その証拠に、彼は口を閉ざしたままで、辺りには重苦しい空気が流れている。 「……お名前は?」 「俺か? トラッドだけど……」 不意に尋ねられたせいか、自然と自分の名前を口にした。 「ヤヨイ」 「は、はい?」 急に話を振られるとは思ってなく、ただ成り行きを見守っていた彼女は緊張した声で返事をする。 時間にしてみれば一瞬であった。が、話をしている2人にとっては長い間。 「今決めた……トラッドさんが新しい師匠だ!」 「ちょっと待て」 それを否定したのは思わぬ所で呼ばれた本人。聞かれた時から胸騒ぎはあったのだが。 「私は以前にも売る事が出来なかった……だから、この人ならきっと立派な商人に……!」 「いや、だから……そもそも俺は盗……!」 トラッドは必死にそれを食い止めようとするが、主人に全く耳を貸す様子はない。 「…………わかりました」 互いに一方通行な主張をしていたのが、その言葉にぴたりと止まる―――――ヤヨイの言葉に。 「・・・ちなみに何が?」 額にわずかに浮かぶ冷汗を拭いながら、トラッドはおそるおそる尋ねた。 彼女がこちらを向くと、期待と尊敬に満ちた黒い眼差しが2つ、彼を一心に見つめていた。 (まさか) 拒絶をしようとしたが、それは世界に音となって表れる事無く遮られる。そして。 「師匠! よろしくお願いします!!」 ヤヨイは可愛い笑顔で元気よく、トラッドに告げたのだった。 「これからよろしくお願いします!」 場所は夕食時で賑わっているアッサラームの宿屋。 テーブルに着いた4人であったが、立ち上がったヤヨイは改めてそう言った。 「ま、いいんじゃない? 楽しそうだし」 一緒に旅をする仲間であるが、先ほどの件に関係ないナギサは無責任な発言をする。 「……リノは?」 「…………別に」 最後の頼みとすがった彼女は、久々に聞いた気のする言葉で容赦なく彼の希望を打ち砕いた。 「……とりあえず休む」 旅の疲れと気疲れが同時に襲ったらしく、トラッドは憔悴した表情で部屋へと帰っていった。 「師匠、どうしたんだろ?」 「明日になればどうせ治ってるわよ」 ヤヨイの心配そうな様子が気になったのか、ナギサは頭を撫でながら優しく言う。 (……大丈夫かな) リノだけは不安を抱えたまま、食事をいつもより遅く進めるのであった。 (全く何考えてんだ……!!) 簡単な作りのベッド。トラッドは寝転がりながら側にあった白い枕を乱暴に扱う。 やり場のない怒りをぶつけるかのように。 それからしばらくの時間が経ってから、ドアをノックする音が響いた。 綺麗に整えられていたシーツはすでに眠った後のように乱れている。 彼が返事をしなかったので、もう一度ドアが叩かれた。 「……はい」 搾り出すような声は不機嫌そのもので、入ってくる人間は静かにドアを開けた。 「トラッド……」 落ち着かない表情をしたリノは、部屋に足を踏み入れるなり彼を呼ぶ。 だが珍しく返事がないので、彼女は自分の手に持っていた物を差し出した。 「おなか空いてないか? よければ……」 「いらない」 酷く冷たい、それでいて行き先の見えない声。 「……ここに置いておく」 リノは入り口近くにあった小さなテーブルに、パンが顔を覗かせているカゴを置くと、 そのままベッドに潜り込んで動かなくなった。 (あ……) その直前にトパーズの瞳に入ってきたのは、辛そうな横顔。 これまでの旅でも時折見せていた感情――――だが、今原因を作ったのは他ならぬトラッドだ。 (……リノに当たってどうするんだ) 先ほど曖昧な態度を取った彼女にも非はあるかもしれない。 しかしそれよりも、店でもっと強く自分が断ればよかった、と今更ながら後悔した。 (結局は俺のせいなのに……) 少しも動こうとしないリノに話しかけようと試みるが、もうその機会は逃してしまった為、それも出来なかった。 冷静になった今、さっき見た彼女の横顔がトラッドの心に突き刺さる。 しばらくは所在無げに部屋を右往左往していたが、今の心境では何も考えられなかった。 やがてトラッドも乱れたベッドの上に身を預けた。苦しい想いを胸で押し殺しながら。 旅に出てから初めて挨拶の無い2人は、やがて重い寝息を立てるのであった。 次の話へ
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