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「…………返事は無いですね」 人影が見えたという問題の家の前。ヤヨイは軽くノックをしたのだが反応は無かった。 「でも、誰かがいるというのは間違いないな」 「どうしてですか?」 リノはそう言った後に周囲を見渡すように促す。 「……そういえば」 ここに来るまでは草がかなりの高さまで伸びていたので歩きづらかった。しかし、家の周りは最低限ではあるが、草が刈り取られていたのだ。つまりそれは、ここに人がいるということの証である。 「さっき見えたのは2階でしたから、もしかして聞こえなかったのでしょうか?」 そう問いかけながらも、再びヤヨイは先ほどより強く木のドアを叩く。だが、やはり返事は無い。 「入ってみるか……あ」 扉に手を掛けたリノは、何かに気づいてその辺りの石を数個拾う。更に座ってからそれを4つ並べた。 「これでトラッドが来れば分かるかな」 「なるほど」 その行動にヤヨイが小さく感動するが、それには答えずに彼女はゆっくり扉を開ける。鍵は掛かっていなかったので、軋んだ音共にゆっくりそれは開かれた。 「無用心ですねー」 後ろから聞こえたのんきな声に、リノは困惑した表情のまま中へと足を踏み入れた。 「…………」 中に入ったのは煌々と燃える暖炉の火と食事の後が残ったままのテーブル。 「2階か?」 皿の上に残っているわずかな肉の切れ端は、異臭も放っておらずまだ新しい。やはりここには誰かいる。確信したリノは左に見えた階段を上り始めた。建てられてからかなりの年数が経っているのか、一歩踏み出す度に心もとない音が耳に入る。 「うぅむ……やはりもう無理か」 その音に混じって、同じく頼りない声が上から響いてくる。この村に来てから初めての人の声。 (………………) リノは緊張した顔をしながら真剣に横目でちらりとヤヨイを見る。彼女が頷くのを確認すると、1段だけ階段を上がって様子を伺った。 そこには年相応に髪の毛が少なくなった一人の男が、難しい顔で分厚い本をぱらぱらとめくっていた。 「あの……」 「どうすれば…………ん?」 黙って家に入った為、気まずそうに声をかける。だがそんな心配とは裏腹に彼の顔はぱぁっと明るくなった。 「おお、旅の方ですか? ようこそおいで下さった。何も無い所じゃが、よろしければお座り下され」 「……ええ、それでは」 急に表情が変わったのに驚きながらも、とりあえず勧められるままに椅子へと腰を下ろす。ヤヨイもその後に続いて隣に座った。 「…………村の様子はご覧になられましたか?」 「はい」 それから下へ降りた男は、しばらくしてから温かい紅茶を持って再び姿を現わした。それをテーブルへと置きながら暗い表情で尋ねてくる。 2人は冷たくなった手を湯気の立つカップで暖めて、ようやく一息ついた。 「どうしてこの町の人は眠ってるんですか?」 紅茶を口に含んでリノが喉を小さく鳴らした時、まだ手をカップに当てたままのヤヨイが問いかける。 「………………エルフの呪いじゃ」 「え?」 リノは意外そうな声を上げ、すぐに言葉を続けた。 「エルフは人間と関わるのを好まないのでは…………そのエルフが、ですか?」 「……それには理由があるのじゃ」 そこで男は渇いた喉を潤わせる為に紅茶を飲む。2人はそれを瞬きもせずにじっと見つめて次の言葉を待った。 「この村の青年と女王の娘が駆け落ちを……エルフの宝である夢見るルビーを持って」 遠い昔、今は知識としてだけ残っている話がある。それは人間とエルフの対立について。 リノとヤヨイは何となく知っていたが、詳細を知らないために疑問を浮かべていた。それに気づいた男は一字一句を噛み締める様に言葉を紡ぎ始めた。 エルフは人間よりも遥かに長い寿命を持っているが、そのため繁殖能力が非常に低く、数が少なかった。 宝というものは、数が少なければ少ないほど価値が高い。それを知っている貴族たちはエルフに目を付け、何と狩りを始めたのであった。尽きる事の無い己の欲望のためだけに。 それを知ったエルフは当然激怒した。そして執拗に追ってくる人間たちと激しく争うようになり、多くのエルフと人間が命を落としていく。それが更に溝を深くしていったのだ。 時代が変わり、エルフを捕まえる人間は少なくなったがゼロになったわけではないのだ。 「……酷い」 ヤヨイが涙混じりの声でそう呟く。リノは何も言わなかったが、その表情は暗くなっていた。 「うむ……更に人間はその出来事を伝えようとせずにエルフを悪しき者として教える所もある」 「………………」 何かを言おうとしても、言葉が出てこない。 「ワシらはそれを忘れてはならんと思い、子供たちにも教えておったのじゃが……それがこの結果かも知れんな」 そんな事ありません、というヤヨイの想いは声になる事は無かった。現にこうしてノアニールの人々が眠りに落ちているのだから。 「……どうすれば呪いが?」 「え?」 重い沈黙の後、リノは俯いていた顔を上げてそう問いかける。 「しかし、見ず知らずの旅の方に……」 「元々そのつもりで来たので」 それは事実である。が、今はそれ以外の何かが彼女の心を突き動かしていた。 「……感謝いたします」 黒く深い瞳に、彼は心の底から感謝の意を示すと、こほんと咳払いをしてからこう告げる。 「夢見るルビーをエルフの女王に返して下され……人間ではこの呪いは解けないのじゃ」 「そうすれば呪いを解いてくれる……?」 「…………分からん」 ヤヨイの呟きは否定の言葉で返される。それほどまでにエルフが人間を憎む心は大きいのか。 「じゃが、残された方法はそれしかない」 「手掛かりは?」 村の人が眠りに落ちて数年経っている。その間、この男は先ほど何かを調べていた通り、ずっと何もしなかったわけではないのだ。 見つけられなかったにせよ、何らかの手掛かりを掴んでいる可能性はある。 「2人が人目を忍んで会っておった場所が西の森に囲まれた洞窟、かと考えたのじゃが……魔物が巣食っておるので、ワシではとても……」 つまり、それ以外に思い当たる所は全て探した、という事なのだろう。 「…………エルフは何処に?」 先に見つけているかもしれない、そう思ったリノは一度訪ねてみようと考えた。 「同じく西の森の中じゃが……魔力を持つ人間でないと見つけることは出来ぬ」 「それなら大丈夫か……」 彼女の頭に浮かんだのはナギサの事。不安定ではあるが時々高度な呪文も使いこなせる彼女なら問題は無い。 (……それが無理でも) リノは自分の掌を見つめて、何かを握り潰すかのように固く閉じた。 「リノさん?」 「何?」 「辛そうですけど……大丈夫、ですか?」 呼びかけたヤヨイの声は先ほどの事もあってか不安に満ちていた。自分はどんな顔をしていたのだろうか。 「何でもない」 答えた彼女の声は何処か無理をしているように感じたヤヨイだが、そう言い切られてしまったのでそれ以上は何も言えなくなってしまった。 「あ、師匠」 2人が家から出ると、目の前にはトラッドとナギサが立っていた。 「ちょうど入ろうと思ってたんだけどね」 ナギサはそう言いながら入る前に置いていた石の目印を指差す。どうやらリノの意図通りに役立ってくれたようだ。 「それより次の目的地が決まった」 「何か分かったのか?」 トラッドのその口調からすると、北には何も手掛かりが無かったらしい。リノは頷いてから西を向き、先ほど聞いた話から分かった事を説明し始めた。 「エルフ……ねぇ」 「厄介だな」 2人の口から紡がれた言葉は、これからすべき事以外の内容を示しているようだった。 リノはとりあえずやるべき事だけを説明して、人間とエルフの対立については途中で話そうと考えていたのだ。 「知ってるのか? 人間とエルフの事」 「一応な」 確認するように聞くと、トラッドは少し自信無さ気に返事をする。 「じゃあ、早速行きましょう!」 話し終えてからもしばらく考え込むように立ち止まっていた3人だったが、いつの間にか駆け出して、すでに少し離れてた所にいるヤヨイに声を掛けられると、追いかけるように西へと向かったのであった。 「師匠」 リノたちはノアニールを出て、真っ直ぐ西を目指す。森に入る辺りでちょうど昼になったので、近くの大きな木の下で休憩をしていた時にヤヨイが小声でトラッドを呼ぶ。 「何だ?」 「ちょっと散歩しませんか?」 「…………」 彼にはこの弟子の意図が読めない。だが表情が真剣だった為、しばらく考えた後にこくりと頷いた。 「あら、デート?」 「違いますよー……ずばり秘密特訓です!」 「何のだ」 ナギサのからかうような口調を、力一杯よく分からない言葉で否定すると、2人は森の方へと歩き出す。 (………………) そのやり取りを見ているリノは何を言うでもなく、少しだけ首を横に振ってから再び食事に集中し始めたのであった。 「どうかしたのか?」 トラッドがそう聞くと、彼女は周りに誰の気配もない事を確認してから口を開く。 「あの……リノさんの事なんですけど」 「リノ? …………あの家で何かあったのか?」 どうやら図星だったらしく、わずかにヤヨイの目が見開かれる。そしてしばらく迷う素振りを見せた後、おずおずと話し始めた。 「私の思い過ごしならいいんですけど……」 そこで、一度深呼吸をしてから自分自身を落ち着かせる。 「余裕が無いように見えるんです…………力が入り過ぎているというか」 「…………かもな」 「師匠もそう思います?」 改めて聞き返されると、自分の考えが酷く曖昧にも思えるが、トラッドは念の為、自分の気づいた事を口にする。 「気のせいかもしれないけど、歩くのが早く感じるな……何か心当たりは?」 「えっと……エルフと人間の話を聞いたぐらいからですね。少し思い詰めてるように見えました」 よく見てるんだな、と心中密かに感心した時、彼の脳裏にある女性の声が響いた。 ―――――誰とも関わろうとしなかったリノが、心を開きかけてるように思ったから。 それは、アリアハンの酒場でリノの姉のような存在であった女主人が言った言葉。 (考えすぎか……?) 彼女は人間で、そしてアリアハンでは勇者と呼ばれている。しかし、異種族同士の対立とはまた違ったもののように思う。 (そもそも、何故リノは誰とも関わろうとしなかったんだ?) 今、旅をしていても相変わらず黙っている事は多いが、昔ほど無口なわけでもない。旅立った時から一緒の彼にしてみれば、随分話しやすくなったとすら思う。 (………………) 「師匠?」 彼が深く思考の波にのめり込んで黙ってしまった為、彼女はきょとんとした表情で呼びかける。 「ん。ああ、やっぱり分からないな」 「そうですか……」 「一応、注意しておくけど、ヤヨイも気をつけておいてくれないか?」 「はいっ!」 澄みきった青空のように気持ちの良い返事に、トラッドは思わず笑顔で頷いた。再び、リノたちの所へ戻ろうと歩き始めた時にふとある事が気になった。 「そういえばヤヨイ、いつの間にか敬語になってるな」 「あ、はい。やっぱり旅を始めたからには気持ちを切り替えて、と思いまして」 時々普通に喋っちゃうんですけど、と苦笑いをしながら彼女は付け足す。 (……何だか可愛い弟子だな) そのころころ変わる様子に、いつの間にか彼はすっかり師匠の気持ちになっているのであった。 2人が戻った時には、すでにリノは出発の準備を整えており、ノアニールでもらった地図に目を通している。 「お待たせしましたー」 「秘密特訓の成果はどう?」 「へ? えっと……」 ナギサの笑みを浮かべた問いかけに、パッと先ほど言った事を思い出すヤヨイ。 答えを用意していなかったので返答に窮していた所、ふらりと一匹のギズモが通りかかった。 (……あ!) その姿を見た瞬間、背中の腰の辺りに付けていたナイフを取り出して元気に駆け出した。 気づいたギズモは驚いて空に逃げようと、雲の様な身体を宙に浮かせ始めたが、それよりも早く彼女のナイフが振り落とされる。そして霧状に辺りへ散ると、そのまま消え去ってしまった。 「後、3匹は余裕です!」 振り返ったヤヨイが笑顔でそう言う姿は、何処か逞しくもあり微笑ましい。 「まぁ、真面目にやってたという事にしておいてあげようかしらねぇ?」 皮肉混じりのナギサの言葉に、トラッドはただ曖昧な笑みを返すだけであった。 それから4人は森の中へと足を踏み入れる。一見して何の変哲も無い森。 しかし奥へ進むに連れて、木漏れ日の光が徐々に霞みがかっていく。 「ちょっと待った」 真っ先に気づいたのは、いつものように先頭を歩くトラッド。そこで彼は全員の足を止めて空を見上げる。 「私の出番ね」 その意味を理解して、一番後ろを歩いていたナギサが前へ出て目を閉じた。 森はただ静かに木々を揺らし、葉をこすり合わせている。 (……雫?) 両の耳には何も聞こえず、ただ頭の中のみで何かが響く音がする。それは葉の先から水滴が地面へと落ちるのに似た音。決して自然な響きでなく、何者かの手が入った創られた音。 (…………なるほど) 次々と雫が落ち、それが反射するかのようにまた別の場所で落ちる。しかし、不規則なものではなく、そこには何か法則があった。 ナギサはゆっくりと耳も塞いで、その音を頭の中で必死に追いかける。少しの時が過ぎた頃、2つの碧眼は急に開かれた。 「こっちよ」 その声には確信があった。トラッドにもヤヨイにも、何故そうなったのかは理由は分からないが大人しく後をついていく。しかし、リノだけはいつもと変わらない表情で少し足早に、そして案内をする彼女を抜かさないように歩いた。 「あ」 しばらくぐるぐると森の中を歩き回ってから、ヤヨイは何かを見つけたらしい。トラッドとナギサがその視線の先を見ると一つの人影があった。 「ここがエルフの森……?」 「そうみたいだな」 彼の呟きに答えたリノはすぐに走り出す。まるでこの時を待っていたかのように。 「リノ!?」 慌てて呼ぶ声も彼女の耳には入らない。 (………………) ヤヨイは自分の感じていたものが露わになってきた事に不安な表情を浮かべたまま、一足先に走り出していた他の2人の後を追いかけるのであった。 次の話へ
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