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しばらく聖なる泉の側で十分な休息を取った4人。ただリノだけは顔色が悪かったのだが、周りの視線に対して頑なに何でもないといった態度を見せる為、誰も何も言う事が出来なかった。 「あっ!」 それから少し先へ進んだ所、4人が行き止まりに辿り着いた時にナギサが嬉しそうな悲鳴を上げながら走り出した。 「宝箱ですねー。何が入ってるんでしょうか?」 ヤヨイも喜びを隠し切れない……というか隠すつもりも無く後へと続く。 トラッドもゆっくりと近づこうとしたのだが、急にナギサがくるりと振り返って彼にウインクをする。 (あ……なるほど) 今の内にリノに謝れって事か、そう気づいて心中密かに感謝すると彼は足を止めてリノの方を向く。 「……行かないのか?」 急に止まった事に不自然を感じたのか、それか何も話したくないのか、彼女は暗い表情のまま疑問を投げた。 「3人も行かなくていいと思うし、それに……」 「それに?」 途切れた言葉に単純な疑問を感じたせいか、その口調は少しだけ上向いている。 「……リノに謝りたいと思って」 「えっ……?」 それは不意打ちだった。 自分が悪いと思う事はあっても、最近のトラッドにそう感じた事は無い。 むしろ嘘をついている自分の方が謝りたい気持ちで一杯なのである。 「いや、アッサラームでその……八つ当たりしたから」 「あっ……」 「だから、ごめん」 「いや、その別に謝らなくても……そんな風に思ってなかったから」 ようやく頭に浮かんで、本心が驚くほど素直に口から紡ぎだされる。と、同時にホッとしている自分がいた。 実際、リノは怒っていた訳でなく、ただ――――心配だった。 「良かった……」 当然そんな気持ちに気づかない彼は、心底安堵したような笑みを浮かべる。 「ずっと怒ってると思ってた」 「……そうなのか?」 そんなにはっきりと態度に出てたのだろうか、と彼女は記憶を遡ってみる。 「何となく、だけどな」 「………………」 曖昧な答えではあるが、トラッドは鈍いようでいて案外鋭い。リノは更に深く思考の渦へと身を投じた。 (……そもそも旅立ってからとも変わってないような) 彼は急に黙り込んでしまった彼女を訝しげな様子で呼んだ。 「……リノ?」 「え? あ、えっと……あの、トラッド?」 「ん?」 自分の中ではすでに答えを見つけていたが、念の為おそるおそる尋ねてみる。 「初めて会った時から、あまり変わってないと思うけど……」 あまり、と付けたのは多少変わった自覚はあるからなのだが、それほど大きく変わったとも思えない。 「……ああ、自分だと分からないものなのかな」 「何処が変わった?」 「えっ? うーん……そうだな」 今度はトラッドが考え込んでしまったのだが、リノは大人しくその口から生まれる言葉を待つ。 「空気が柔らか、いや……あ、可愛くなった? っていうか」 「なっ……!?」 町を歩いている時に、自分以外の誰かに掛けられた言葉として聞いた事はある。 だが、それは決して自分とは関係ないはずの言葉。 「な、何を……」 必死に否定しようと試みるが、口は思うように動こうとせず、顔が不自然なほど熱くなるだけだった。 「後、優しくな……って、どうした?」 そこまで言って、ようやく彼女の様子がおかしい事に気づいたのだが、 あまりに彼がいつも通りなので自分のせいとは思っていないらしいと分かる。 「……何でもない」 リノはただため息をついて、火照った顔の熱を冷ます様に水を勢い良く飲むのであった。 さっきの宝箱の中は鉄の槍が入っていたのだが、リノはそれを嬉しげに掲げながら歩くヤヨイの話に無理やりつき合わされていた。というよりも、彼女からトラッドを避けているようである。 「……ちゃんと謝ったの?」 その後ろからは小声で聞こえないように話しながら歩くトラッドとナギサ。先ほど彼女が横目で見た時にはいい雰囲気に見えたのだが、それにしてはリノの様子が妙だ。 「一応……謝ったつもりだけど」 何かまずい事でも言ったのかな、と彼は付け加える。 「ちなみにどういう風に謝ったの?」 ナギサには―――元々怒っているように見えなかったが―――謝られてリノが怒るとも思えない。 となると、その謝り方に問題があると考えた。トラッドは不思議そうな表情でさっきの会話を再現する。 「……なるほどね」 「何が?」 「まぁ、多分怒ってるわけじゃ無さそうだからいいんじゃない?」 彼はまだ何か聞きたそうな顔をしていたが、彼女はそれきり何事も無かったように歩き出したので渋々諦めた。 程なくして下へ降りる階段が見つかり、1段1段足場を確かめるようにして更に洞窟の奥へと向かう。 同時に周りの空気はより身体に纏わりつく様な湿り気を帯びたものに変わる。 「……またか」 何度目かの行き止まり。トラッドは苦々しげに呟き、念の為と思って作っていたこの階の地図を睨む。 「これで行ける所はほぼ行き尽くしたな」 だが、何処にも夢見るルビーは見当たらない。 最初に見つけた階段を下りた所には、広大な地底湖があったのだがそこには何も無かった。 「…………何だろうな」 「師匠?」 急に呟くトラッド。表情は釈然としていない。 (違和感が消えない……) 最初に感じたのは地底湖。辺りは霧が濃く、足元ですら見えない視界の悪さだったのだが、本当に何も無かったのだろうか。 そう考えながら歩いている時だった。 「………………ん」 彼のトパーズ色の瞳は、似たような岩肌が続く中のある一点に集中される。 ゆっくりと目を凝らしながら側まで近づいて後ろに手を伸ばすと、その意図を理解してリノが松明を手渡した。 「ここか?」 トラッドはわずかな岩の切れ目に気が付き、灯りを前に出して目を細める。 左側から飛び出した岩には奥があり、その奥では右側から岩が飛び出している。 つまり手前と奥の岩が交差していた為、遠目からでは単なる壁にしか見えなかったのだ。 そこはちょうど1人分ぐらいの隙間があり、何とか通れそうである。 「よく分かったわね……」 「さすが師匠です!」 彼は感心するナギサとヤヨイに照れたような笑みを浮かべたが、すぐに気を引き締めて潜り抜け、3人も後へと続く。 その先には再び地下への階段がひっそりと佇んでいた。 「……行こう」 大きな期待に微かな不安を抱きながら、リノはそう一言だけ口にして階段を下りていった。 再び地底湖が眼前に姿を現わす。相変わらず霧が深い中、4人はトラッドを先頭に慎重に歩いていくと、手すりの付いた大きな橋があった。 そして渡りきった先には円状に並んでいる8本の柱。そのちょうど真ん中に赤く光る何かがあった。 「これが……?」 薄い布に包まれていながらも、はっきりとわかるその輪郭。リノは緊張した手つきで、慎重に包みを開けた。 「夢見るルビー……」 上と下に金が施された飾りが赤い宝石を真ん中で填め込んでいる。それだけでは断定する材料としては乏しいが、中にはエルフを象った像が埋め込まれているので、探していた物に間違いはないだろう。 彼女がそれを両の手で優しく持って立ち上がった時、ひらりと1枚の紙切れが宙を舞う。 「何かしら?」 一早く気づいたナギサが、それが地面に落ちる前にさっと手に取った。 疑問符を浮かべたままそれを広げると、中には丁寧な文字が無数に書かれており、時折水にでも濡れたのか滲んでいる箇所がある。 「手紙……でしょうか?」 横から覗き見たヤヨイはそれが文章である事を理解して呟く。 「本当ね……まぁ、読んでみるわ」 そう言うとさっと瞳を左から右へ軽く目を通し、表情をわずかに曇らせる。 そして気まずそうに3人を見てから、1、2度咳払いをすると何かを決心したような声で読み始めた。 …………………… 「……せめて天国で一緒に、か」 それは、女王の娘――――名前は最後にアンと記されていた――――の遺書であった。 「どうして……? 何がいけないんですか……?」 「この滲んだ跡は涙だったのね……」 人間とエルフ、ただ種族が違う為に許されなかった2人。 ヤヨイは理由が分からずに声を震わせ、ナギサは何かをこらえる様な表情で小さく呟く。 「…………だからって」 「トラッド?」 彼は俯いて、拳を力一杯握り締めていた。 「……死んだら何も残らない」 震えた声は悲しみとは違う感情。敢えて言うならば、それは怒り。 「…………何も伝えれない」 「トラッド……?」 リノは再び彼を呼んでみるが、しばらく待っても振り向く事は無かった。 (違うというのは、そんなにいけないのか……?) なら自分はどうなるのか、彼女はさっきの泉での出来事を思い出す。自分がもし人間じゃなかったら、と。 しかし、誰かに尋ねる事も恐ろしくて出来ない。 (………………) その代わり、まるで答えを求める様にリノが夢見るルビーを見たその時だった。 「え?」 中に埋め込まれたエルフの瞳がかっと開いた――――ように見えた。 刹那、脳に正体不明の物が膨大に流れ込んでくる。 「っ……!?」 声にならない悲鳴と共に、彼女は頭を押さえながらその場に膝をついた。 「ぁ……ぁ……あ…………ぁぁぁ…………!!」 「リノ!?」 ……誰? 懐かしく感じる声。だが、彼女に返事は出来ず、誰かすら把握する事も出来ない。 頭の片隅でぷつり、という音がしたと同時に彼女の意識は深い闇へと閉ざされていくのであった。 ………………………… 「旅は辛くないか?」 聞き覚えのある男の声。それは力強くて優しい響きがする。 「そうね……けれどあなたが守ってくれるんでしょう? だったら辛くないわ」 自分が知っている女の声。それは温かくて慈愛に満ちた響きがする。 「ああ、そうだな…………メリル」 男は笑いながら女――――リノの母の名前を愛しげに呼んだ。 そして奇妙な浮遊感の中、彼女の目の前が突然眩しくなり、思わず目を細めて掌で光を遮ろうとする。 しかし、自分の身体はそこに存在していなかった為、それは叶わない。 (ここは……?) 何処かの村のようなのだが、家はほとんど倒壊しており、人の気配は微塵もない。 そしてリノの記憶の中に全くこの風景は残っていなかった。 「酷いな……」 「え、ええ……」 そこを歩くのは先ほどの声の主。そこで彼女はようやく思い出した。男の顔に見覚えがあるという事を。 そう、自分よりも先に旅立ったアリアハンの勇者、オルテガだという事に。 (父さん……だ) また同時に、2人の顔も声も自分が知っているものとは少し違う事にも気づく。 「……だが、じきに夜になる。ここで休ませてもら――――メリル?」 父の声が急な感情の変化を見せる。見ると、母が口元を押さえながら、わずかに身を屈め、その場に立ち尽くしていた。 「何でもないわ……」 「……む?」 信じられない速度でみるみる顔色が悪くなっていく彼女。そして何かを察知して空を見る父親。 その視線の先には、夕焼け色と奇妙な黒が入り混じる見た事の無い空。 「これは……!?」 彼がその続きを言おうとした時、リノの意識は再び遠ざかっていくのであった。 「ぅ……」 「気が付いたか?」 声はすぐ真上から耳に入ってきた。以前にも同じような状況があった気がする。 だが、違うのは自分の身体が心地よい感覚で揺られているという事だった。 「……トラッ……え」 目を開けて最初に飛び込んできたのは、彼の綺麗なトパーズ色の瞳が彼女を覗き込んでいる所。 「でも急に倒れるからびっくりした」 その次に感じたのは足が宙に浮いている事と、膝の裏と背中を支える力強い何か。 「えっと、あの……」 「ん?」 おそるおそる視線を右に動かすと、少し汚れた黒い布。いつも彼が着ている服である。 「あ、いや背中に乗せようとしたら……」 「ナギサが、この方が身体に良い、って言ったから」 「…………!!」 つまり、リノは彼に前から抱き上げられている姿勢になっていた。 「降ろしてくれ……」 「どうかしたのか?」 「……もう歩けるから」 「別に軽いから気にしなくてもいいけど?」 「そういう問題じゃなくて……!」 今日一日中、トラッドは彼女を心配していた為、全く離す気配は無さそうであった。 諦めたリノは体を強張らせながら気まずそうな表情で固く目を閉じていたが、心地よい揺れのせいかしばらくすると静かに寝息を立て始める。 「やっぱり疲れてたみたいだな……」 彼は腕の中から聞こえてくる小さな寝息に安心すると、一度優しい目をした後に再び前を向いて歩き出す。 一方その頃、少し離れた前方ではナギサとヤヨイがこそこそと会話をしていた。 「ナギサさんって何でも知ってるんですね」 「何が?」 「だって、お姫様抱っこが眠っている人を運ぶのに良いって初めて聞きましたし」 そこでナギサは、後ろをゆっくりと歩く2人をちらりと見てから、苦笑混じりにこう言った。 「まさかああもあっさり信じるとは思わなかったけどね」 「…………嘘だったんですか」 感心した分、大きく呆れた様子のヤヨイだったが、安心しきった顔で眠るリノを見て、まぁいいか、と小さく笑うのであった。 そして4人は再びエルフの森へと辿り着く―――――今度は夢見るルビーとアンの遺書を手に携えて。 次の話へ
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