第3話 「レーベの夜」


「・・・どこまでついてくる」
「うーん、先の事はあんまり考えないからなぁ」
 アリアハンの近くを流れる川。2人の人間がそこに架かる橋を渡っていた。
 1人は、今日アリアハンから旅立った若き勇者、リノ。
 もう1人は、その勇者に無理やりついてきた盗賊、トラッドであった。
「今すぐ考えろ」
 リノは、少しだけきつめの口調でそう言った。
「そんなに焦る問題でもないだろ?」
 しかし、トラッドはいたってのんきにそう答える。
 この2人はアリアハンを出た時から、思い出したように言い争っていた。
 と、言っても一方的にリノが何かを言うだけなのだが。

「・・・別に仲間だとは思わないから」
 橋を渡り終えた時、先に折れたのはリノであった。
 トラッドは苦笑いを浮かべながら、無造作に小石を拾い上げる。
「でも――――」
 そう言いながら、自然な動きで石を投げた。
 すると、近くの草むらに隠れていたスライムが小さな悲鳴を上げて、弾き飛んでいた。
「例えばこんな風に少しは勇者様の手助けは出来ると思うけど?」
「・・・」
 皮肉が少し混じった台詞。しかし、返す言葉が無かった。
 リノは、自分1人なら―――と言おうとしたのだが、彼は自分と話しながら気づいていたのだ。
 そう言われると思ったので、無言のまま少しだけ歩くペースを速める。
 後ろからはやっぱり苦笑いをしたトラッドがついてくるのであった。


 日が暮れる前に2人はレーベの村へと辿り着く。
(にしても・・・)
 トラッドはここへ着く途中の事を思い出していた。
(随分と戦い慣れしてるな)
 リノの事である。
 何度か魔物に襲われたのだが、彼は顔色一つ変えることなく、そして息も切らさずにそれらを倒している。
 ただ、その動きはトラッドがいるという事を全く考えていない動きで、
 現に彼の姿が視界に入ると、一瞬ぎこちなくなっていたように見えた。
(ただ、誰かと一緒にいる事に慣れてないというか・・・あの時のスライムも、1人なら気づいていたかもな)
 ふとそう思って前を見ると、リノは先の方を歩いていた。
 トラッドは少し走って彼に追いつく。
「とりあえず宿屋に行くか?」
「・・・別に疲れてない」
 相変わらず少し怒ったように睨みながらリノはそう返す。
「まぁ、情報を集めるにしてももうすぐ夜になる。先に宿を取ってもいいと思うけど?」
「・・・・・・」
 結局、また無言になってリノは違う方向へと歩いていってしまった。
「・・・嫌われてるんじゃないか、俺?」
 トラッドはそう呟くと、彼とは反対の方向へと歩いていくのであった。

 それから2時間ほど経った。辺りはもうすっかり暗くなっている。
 リノは初めての旅の疲れを見せる事無く、いつもと同じように歩いていた。
 目指す場所は――――宿屋である。
 木で出来たドアを開けると、ちょうど夕食時だったのか賑やかな声が中から聞こえてきた。
「いらっしゃいませ、こんな夜ふけまでお疲れ様でした」
 カウンターにいたおばさんが、にこやかに挨拶をする。
 リノは軽く礼をし、泊めてもらおうと口を開きかけた時であった。
「お〜い、こっちこっち〜」
 呼びかけられた声に反応してそちらを見ると、
 そこにはタコさんウィンナーをフォークに刺したまま手を振るトラッドがいた。
「あ、お連れ様でしたか。ではお代の方はもう頂いてますので結構ですよ」
「・・・・・・・・・」
 面白くなさそうな表情をしながら、リノは仕方なさそうに彼のいるテーブルへと向かった。
「おう、おつかれさん。で、何食べる?」
 労いの言葉を告げた後、間髪入れずにメニューを出してくる。
「・・・とりあえず、ほうれん草とキノコのスパゲッティ・・・」
 リノは何も考えたくなかったのか、最初に目に付いたものを注文した。

「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
 しばらくしてから料理が届けられる。リノはゆっくりとそれを口に運んだ。
「どんな味だ?」
「・・・それよりも何故勝手に部屋を取っている?」
 その質問には答えず、彼にとってはごく当たり前の質問で返す。
「ちゃんと別々の部屋にしてあるけど?」
「いや・・・もういい」
「・・・・・・別に悪気があったわけじゃないけど、ゴメン」
 突然、謝る彼を見ると、リノは何も言えずただ食事に集中した。
 2人は黙々と食事を進め・・・トラッドが水を一杯飲んだ頃。
「それで、何か分かったのか?」
「話す必要は無い」
「いや、情報交換ってやつだ」
「・・・何も分からなかったくせに」
「でも、2人の話を合わせれば何か分かるかもな?」
 どう言っても諦めそうに無い、そう思ったリノは渋々口を開いた。
 その口から洩れた言葉は――――魔法の玉と盗賊の鍵。
 トラッドは聞き覚えがあった。どちらもアリアハンで、だ。
 魔法の玉は、作るのに失敗して大ヤケドを負った男。
 盗賊の鍵は牢屋に捕まっているバコタという盗賊が作ったという事。
 リノはその話を聞いて、鍵のかかった家があることを思い出した。
「? どうかしたか?」
「・・・別に」
 しかし、その話はトラッドに伏せた。
(話せば・・・またついてくる)
 トラッドは何かを感づいたようだが、それ以上は何も聞いてこなかった。
「でも、全く話してくれないと思ってた」
 代わりに違う言葉を、嬉しそうに言う。
「何が」
 それが何を意味するのかよく分からないリノは、反射的にそう聞いた。
「何も言わずに、そのままどっかへ言っちゃうかと思ってたから」
 それを聞いて、リノは少しだけ胸が痛んだ。それが何故かは本人も分からない。
「・・・情報交換をしただけ」
 ようやく搾り出した言葉は、酷く弱々しいものだった。
 そうか、という一言だけで、トラッドはやはりそれ以上何も言ってこなかった。

「じゃ、そろそろ休むか?」
 話を終えると、そのまま何を話すでもなくのんびりしていた2人。
 トラッドはさっきの弱々しく言葉を紡ぐリノを見て、疲れていると思ったのだ。
 彼はその言葉に小さく頷くだけだった。
 そして、そのまま階段で2階に上がり、それぞれの部屋に入る。
「明日はこの続きだな」
 同意を求める彼の言葉、だが、リノはやっぱり何も言わず頷くだけであった。
「・・・それじゃ、おやすみ」
 トラッドは寂しげに、しかし笑顔を見せて自分の部屋へ入った。
 そしてリノも部屋へと入るのであった――――彼と少しだけ似た表情で。

(・・・・・・)
 何か思うと、リノは自分の掌を見る癖があった。
「どうして・・・ついてくる」
 考えているのは彼のこと。
「誰にも構ってなんか欲しくない」
 いつの間にか、昔の事を思い返していた。

「来るな・・・」

「っ・・・」
 自分の頭の中から聞こえる、酷く怯える過去の声。

「こっ・・・この化け物っ!!!」

 リノにはそれが誰の言葉なのか分からなかった―――余りにも多くの人から言われ過ぎて。
 掌に何かが落ちる。
「いつもこうだから・・・」
 彼は何かを思うとよく昔の事に繋がり、静かに涙を流す。
 知らず知らずの内に、掌で受け止めるようになっていたのでついた癖であった。
「今ならまだ・・・」

 彼に何も期待していない。

 そう言いかけて、心の内にそっとしまいこむ。
「・・・・・・っ」
 あの無防備なトパーズ色の瞳と、笑顔を思い出すとまた胸が痛む。
「・・・何を期待している」
 自分に言い聞かせるように静かにそう言うと、彼は近くに置いてあった剣で指を傷つけた。
 一瞬だけ痛みを感じ、そして安堵する。
 これは、自分の中に生まれた「甘え」を消し去る為の傷。
 彼は指をくわえ、血の味を口に残しながらベッドに横になり目を閉じた。
 いつの間にか、涙は止まっていた。
 そのまま静かに、意識は深い闇の中へと落ちていくのであった。

(・・・と、こんなもんか)
 もう一つの部屋では、トラッドが明日に備えて準備をしていた。
「本当に、何を考えているんだろうな・・・」
 彼が考えているのはリノの事。
「・・・いつからこんなに他人の事を考えるようになったんだか」
 2人で旅に出てからは、苦笑いばかりを浮かべている彼。

「誰とも関わろうとしなかったリノが、心を開きかけてるように思ったから」

 不意にルイーダの言葉を思い出した。
「一体何があったのかな・・・」
 リノの持つあの雰囲気は、どう見ても16歳のものとは思えない。
 昔、何かがあった事は容易に推測できた。
「あの時は、少し笑っているように見えたんだけどな・・・」
 旅立つ前の日の夜、確かにそう見えた。そしてその時はただ、嬉しかったのを覚えている。
 ふと空を見ると、先ほど昇ったばかりと思っていた月が高くなっていた。
「・・・寝るか」
 彼はもう考えるのを止めて、少し荒っぽくベッドへと寝転がった。

(いつか、もっと笑うようになればいいのにな・・・)

 ぼんやりとそんな事を考えながら、深い眠りへと落ちていくのであった――――


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