第4話 「触れ合う気持ち」


「……ふわぁ」
 レーベの宿屋。トラッドは自然と目が覚めて欠伸を一つ。
 基本的に彼はあまり夜更かしをせず、どちらかといえば規則正しい生活を好む。
 あまり盗賊らしくないのだが、彼は今まで気にしたことはない。
「よし、さっさと行くか」
 準備もすでに終わっているため、自分の部屋を出た。
 そして、隣の部屋のドアを少し控えめに2回叩いた。
 ところが何も反応はない。
(まだ寝てるのか?)
 続けて2回、今度は少し強めにドアを叩く、がやはり反応はない。
(…………おかしい)
 部屋の中からは、人の気配がしなかった。ドアを開けようとしても鍵がかかっている。
「もう起きてるのか……?」
 彼は嫌な胸騒ぎを覚えながら、階段を降りていった。


「おはようございます」
 下に降りると、宿のおばさんがにこやかに朝の挨拶をする。
 彼は小さな声で挨拶を返し、リノの事を聞いてみた。
「お連れ様でしたら、つい先ほど出て行かれましたが?」
「……え?」
「後、こちらをお客様にお渡しするように、と」
 目の前に出されたのは、1人分の宿の代金。
「お代の方はもう受け取っておりますので」
「えっと……何処へ行くか聞いてないですか?」
「? 特に何も聞いていませんが……」
 昨日、別れ際に感じていた胸騒ぎ。
「……それじゃあ、お世話になりました」
 トラッドはそう言って礼をすると、急いで宿を出るのであった。


 彼はレーベの村を駆け回り、リノの行方を尋ねて回った。
 だが、姿を見たと言う人はいても、何処へ行ったかまでは誰にも分からない。
「しまった……」
 予想できない事ではなかった。だからこそ、彼はいつもより早めに起きていた。
 だがリノは、トラッドの行動を読んで、更に早く起きていたのだ。
(どうして気づかなかったんだ)
 隣の部屋なら、自分が気づかないはずはない。
(…………少し浮かれていたか)
 旅に出て、あまり話したがらなかったリノと話をしたから。
 それが例え、ただの情報交換だったとしても。
 トラッドが自分を責めていた時、ふと視界に妙なものが入ってきた。
 それは――――池のほとりにある普通の家。
(ん………?)
 それ自体に何か感じたわけではない。気になったのはその家の扉。
「何処で見たっけ……?」
 他の家とは違い、その扉だけが赤い。そして作りも他のものよりこだわりが見える。
 トラッドは必死に思い出そうとしながら、ゆっくりと歩み寄っていく。
 そして、おそるおそるノブを回そうとすると、
「鍵がかかってる……」
 右にも左にも動こうとせず、何者の侵入も拒むドア。
「――――!」
 その時、彼の中で一本の線が繋がった。
(……ナジミの塔)
 トラッドはその場所について考えることなく、ただ走り出すのであった。



(……これでいいんだ)
 その頃リノは、少し足早にレーベから南へと歩いていた。
 目指す場所は―――――岬の洞窟。そこからナジミの塔へ行けるというのは有名な話であった。
(今のうちにアリアハンを出ないと……)
 彼は時々振り返って、トラッドが追ってきていないかどうかを確認する。
 昨夜二人で話をする前から、リノはレーベに鍵のかかった家がある事を知っていた。
 ここには魔法の玉を求めてたくさんの人が訪れると聞いたが、
 村人が隠していれば話は別だが、探せる所で魔法の玉は見つけられなかった。
 となると、残る場所はあの家しかない。
 そう気づいた時に今日の事を考えついたのだ。

 トラッドと別れる事を。

 幸い気づかれる事なく、そして何の手掛かりも残さず宿を出る事が出来た。
 しかし、アリアハン大陸はさほど広くない。見つかるのも時間の問題である。
 他の大陸がどうなっているのかは分からないが、世界に出れば見つかる可能性は随分と低くなる。
 もしかすると彼も諦めるかもしれない。そう思ったリノは先を急ぐのであった。
 村を出て歩き始めてから、太陽は随分と高く上がっていた。
 徐々に海の匂いが強くなっていく。それは目的の場所が近い事を意味する。
 時折モンスターに襲われはしたものの、リノはそれらを素早く倒し、また早いペースで歩いていたおかげで昼前には岬の洞窟へ辿り着いた。
 トラッドが追ってくる姿は見えない。
 彼は昼食用に持ってきていたパンを一切れ食べ、少しだけ休息を取ってから洞窟へと入った。


 洞窟の中に入ると、空気ががらりと変わった。
 初めての事なので、リノの身体に自然と緊張が走る。
 せめてもの救いは、所々にある松明の灯りとほのかに光るコケが洞窟内を明るく照らしている事であった。
 これで、もし暗ければ先へ進むのに苦戦していたかもしれない。
 リノは分かれ道になると目を閉じて立ち止まった。
(…………こっち?)
 何処で覚えたのかは分からないのだが、それでわずかな風の流れを感じ、
 その感覚に身を任せるように先へと進んでいく。
 外にいた時よりも多い魔物が時折立ちはだかるのだが、
 リノは苦戦する事無く、次々と倒していった。
 だが、今まで顔色一つ変えなかったリノの表情に、少しばかり陰が帯び始めていた。
(焦ってる……?)
 今日、レーベを出て何度か思った事だった。
 いくら初めての洞窟でも、いつも通りなら何も無い自信があるのだが、
 今はトラッドに追いつかれないよう、ペースを早めている。
 気づく度にいつものようにしようと試みてはいるものの、無意識の内にまた急いでいた。
(…………らしくない)
 そう思い、今度は今までよりも意識してから息を整えて、また歩き出すのだが、少しずつそれが早くなっていった。
 リノはその事に気づかず、ただ歩き続ける。そしてやがて、上への階段を見つけるのであった。


 洞窟を抜け、明るい場所に出てしばらく歩いた所にあった階段を上がると、そこには地上の空気が溢れていた。
 入口からアリアハンの城が見えたので、リノはナジミの塔に着いたのだと理解する。
(……歩き回るしかないか)
 洞窟と違い、絶えず風が吹き抜けていた。更に海も近い為、その風の勢いも強い。
 リノは手当たり次第に部屋に入り、最上階へ続く階段を探す。
 何度か部屋を覗いていると、下へ降りる階段があったので、彼は疑問に思いながら階段を下りた。
 すると1人の男が嬉しそうな表情で話しかけてきた。
「休む場所をお探しですか!? でしたら……!」
「……違う」
 リノはそれを遮るように否定すると、男は目に見えて落ち込んだ。
「そうでしたか……久しぶりのお客さんかと思いまして……」
 多少気の毒に思ったが、先を急ぐのでまた一階に戻ろうとする。
「さっきも1人来たんですけどねぇ……やっぱり場所が悪いのかなぁ」
 しかし、男の独り言のような呟きを聞き、リノは慌てて振り返ってこう尋ねた。
「それは……男か?」
「へ? いえ、女性の方でしたけど?」
「……そうか」
 その答えに安心したリノは、今度こそ一階へと戻った。


 また手当たり次第に歩くつもりで真向かいの部屋に入ると、
 運良く階段を見つける事が出来た。彼は少し警戒しながら上へ行く。
 そしていきなり出現した2つの道。どちらに行こうかと考えていると、フロッガー2匹と大アリクイ2匹が、リノの姿を瞳に捉えた。
 先に襲い掛かってきた大アリクイに対し、彼は自然な動きで鞘から剣を抜き、まず1匹を斬る。
 そのまま剣についた血を振り払いながら走り、戸惑っている2匹目も倒した。
(あと2匹……)
 不意をつくようにフロッガーが飛び掛ってくる。剣を振り切った後だが、冷静に右へと跳んでそれを避け、
 振り向く前に自分の間合いへ入り、その背中を横に薙いだ。
 次の瞬間、背後から強烈な殺気を感じる。振り向くと最後の1匹が真っ直ぐに襲いかかろうとしている所であった。
(距離は……まだ十分にある……)
 リノは今までと同じように剣を構え直し、2歩だけ前へ出る。
 その時の勢いを一切殺さず、彼は剣を動かし始めた。
 絶妙のタイミングと確かな手応え。もう目の前まで迫っているフロッガーをそのまま斬る――――はずだった。

「えっ…………」

 視界が下へと傾き、思わず口から音が漏れる。
 今まで何ともなかったはずの足が、力を失って膝から折れていった。
 どうやら無意識の内に無理をしていた反動が、今きたらしい。
「くっ…………!」
 手に持った剣から伝わる何かを斬り裂いた感触。そして頭部に激しく打ち付けられる衝撃が同時に彼を襲った。
 小さな身体が激しく後ろへと弾かれ、意識が一瞬だけ切り離される。
 気がついた時、リノは自分の右手が剣を握っている事と、フロッガーの足から血が流れているのを確認した。
 多少足元がおぼつかないが、トドメを刺そうと立ち上がった時、視界の端に緑色の何かが映る。
(しまっ…………!!)
 そう思った時には、その緑色の物体―――バブルスライムがリノに飛び掛かった後であった。
「くっ……」
 彼は意識がまた途切れそうになるのをこらえ、バブルスライムを振り払った。
 そのまま間髪入れずに右手に持った剣で叩き潰す。
 再び苦しむフロッガーにトドメを刺そうとした時、視界がぐにゃりと歪んだ。
(毒……か?)
 身体の中にある異物感、急激に失われていく体力。
 だが、回復している暇はない、そう判断したリノは身体が動く内にフロッガーの方へと向かい、倒れるようにして剣を突き立てた。そして動きが止まったのを確認してから手を離す。
(回復しないと……)
 そう思い、近くの壁に背もたれながら道具袋を取り出すのだが、意識は深い闇へと落ちていくのであった。

 ………………リ…………ッ!?

 …………………………

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。
 リノは自分の口の中に何かが入ってくるのが気づき、意識を取り戻した。

「気がついたか?」
 最初に目に入ったのは綺麗な銀色の髪。それは、一番見たくなかった彼――――トラッド。
「あ、水と一緒に毒消し草を口に入れたから、ちゃんと飲めよ」
 意識が朦朧としていたせいか、素直にその言葉に従って喉を小さく鳴らす。
「どう……し……て」
「喋るな。とにかくじっとしてろ」
 ふと自分の膝元を見ると、薬草が当てられていた。
「こっちの怪我はもう大丈夫か……でも、近道があって良かった」
 そう言って薬草を膝から取ると、黙って自分も壁にもたれる。


 それからしばらく緊張した空気の中で時が過ぎた。トラッドはリノを見て、一息ついてこう言った。
「大分顔色も良くなったし、もう少し休んだら行けそうか?」
「どうして……追ってきたんだ?」
 しかし、いつものようにリノは質問で返す。するとトラッドは違う方を向き、困る素振りを見せる。
「勝手に一人で出て行ったんだから、放っておけば……!」
「リノ」
 更に続けようとした言葉を遮るように彼は名前を呼んだ。

「……俺の事、怖いか?」

 顔を上げると、トラッドが真っ直ぐにこちらを見ている。
 リノは何か言おうとしたが、言葉が出てこない。
(…………)

 そしてしばらくしてから、小さく首を横に振った。

「そっか。それなら良かった」
 先ほどまでの真剣な表情とは違って、無邪気に笑うトラッド。
「……怒ってないのか?」
「何で? むしろ喜んでるけど?」
「……もういい」
(………………変なヤツ)
 リノは呆れたように言いながらこう思う。
 そして、さっきとは違ったどこか優しい空気の中で、身体を休めるのであった。


「……トラッド」
 リノは自分の手を握ったり広げたりして、自分の身体が回復した事を確認し、彼の名を呼ぶ。
「もう大丈夫……ってどうかしたのか?」
 普通に、もう行こうか、と言おうとしただけなのだが、隣にいたトラッドは不思議な表情をしていた。
「あ、いや……何でもない。で?」
「もう先に進めそうだが…………いいか?」
「あ、ああ。いつでもいいぞ」
 そうは言うものの、どこかぎこちない。しかし、リノは気にせず立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
 そして返事を待たずに歩き出す。
 その後ろをついていくトラッドは、まだ不思議な表情を浮かべていた。
(言えないよなぁ……)

(初めて名前を呼んだのにびっくりした……なんて)

 互いに相手の気持ちも知らないまま、2人は最上階を目指して出発するのであった。



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