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「まだ上があるのか……と」 あれから二階を歩き続け、ようやく階段を見つけたと思ったのだが、 今度はもう少しだけ複雑な感がある三階へと辿り着いた。 トラッドががっかりした口調でそう呟く。その時、バブルスライムと人面蝶が向かってきた。 場所は狭い通路。彼は武器をブーメランから鞭へと持ち替える。 「リノ、人面蝶の方は任した」 そう言いながら、返事も待たずに彼はバブルスライムの群れへと向かい、鞭で数匹同時に弾き飛ばす。 一方その彼を横目にリノは剣を構えて、ひらひらと宙を舞う2匹の人面蝶へと走る。 すぐに1匹を土へと還した後、もう1匹が身体を震わせ、目を怪しく光らせる。 (マヌーサか!?) トラッドは、動きを止めたリノを助けようと、その身を翻す。 だが、彼は何事もなかったように、もう1匹の人面蝶も斬り裂いたのであった。 「何ともないのか?」 「何が?」 彼の黒い瞳はいつもと変わりなく、深く静かなままであった。どうやら呪文の影響はないらしい。 トラッドはホッとすると、思い出したようにこう告げた。 「にしても、昨日とはぜんぜん違うな」 「……どういう意味だ?」 リノには何の事か分からず、ただ不可解な表情を見せる。 「良い意味だから、気にするな」 しかし、彼は笑いをこらえながらそう言うだけで、先へ歩き出した。 (仲間を意識してる……ってだけなんだが、言わない方が面白そうだ) その後を追いながら、言葉の意味を問い質そうとすると、突然足を止めたトラッドにぶつかった。 「……何故止まる」 「しっ……」 その一言に、彼は人差し指を口元に当てた。それを合図に二人とも周囲の物音に気を配る。 …………シ…………ィン! 何かで何かを叩きつけるような音。しかし、硬質的な音ではなく、どこか柔らかさを持った音。 2人は一瞬目を合わせた後、お互いの意志を確かめるように頷き合う。 物音がした場所はここから少し先、それほど遠くはない。 「何か手掛かりがあるかもしれない」 こうして二人はその音のする場所へと歩き始めるのであった。 ……パシ………………シィン………………ィン! 徐々に聞こえてくる音が大きくなってくる。目的の場所は近い。 「しかし……何だか聞き慣れない音だな……」 ここは魔物が多く棲み付くナジミの塔。 すぐ思いつく可能性は、誰かが戦っているという事。もしくは同士討ち。 どちらにしてもそれらしい音ではない。 「そういえば、女が1人来たと聞いた気が」 リノは地下一階でひたすらお客さんを待つ宿屋の男の話を思い出した。 「女……? まさかそいつも鍵が狙いか?」 「そこまでは知らな――――」 「きゃーっ!」 『!!』 その時、すぐ先の所から楽しそうな悲鳴が上がる。 二人が急ぎ足で目の前の道を右に曲がると。長い金髪の女がフロッガーと対峙していた。 「……えっと」 トラッドの時間が一瞬が止まる。それは、女が戦っている事にではない。 「はり……せん……?」 彼が言葉を失ったのは、その女の姿に、であった。 右手にハリセン、背中には魔法使いが持つ杖、頭にはウサギの耳。どうひいき目に見ても怪しい。 向こうはその様子に気づかず、ハリセンで良い音をさせてフロッガーの頭を一撃し、絶命させる。 よく見ると、周りには数匹の魔物が息絶えていた。 (ただものじゃないな) トラッドは色々な意味でそう思いつつ、何処か納得いかなそうに感心する。 「キリがないわねー…………あ」 更にバブルスライム数匹が襲い掛かろうとしている時、彼女は呆れながら何かを思い出したような声を上げた。 その直後、周りの風が鋭さを増す。二人は助けに行こうとした足を無意識に止める。 「確かこうだったっけ……」 見ている人間にはよく分からないが、彼女なりに何かをしているらしい。 何も持っていない左手を前に出し、周りの空気を遮断するほどに集中しながら、小さく呟いた。 そして――――― 「バギ!」 その凛とした声を合図に真空の刃が生まれ、バブルスライムの群れを一瞬で切り裂いた。 「さて、と……」 彼女はこれで敵を全滅させたと思い、また歩き出そうとした時である。 物陰から人面蝶が飛び出し、目を怪しく光らせる。次の瞬間、彼女の動きがぴたりと止まった。 ………………………… 「……あはははははー」 (マヌーサにかかったな……) 突然、陽気に笑い出す彼女にそう判断した彼は、鞭を片手に人面蝶を仕留めようとする。 「イイ男がいっぱいいる〜」 そして本当に嬉しそうにそう言うと、辺り構わずハリセンを振り回しながら飛び跳ねていた。 「何の幻を見てるんだ……」 トラッドは身体の力が抜け、その場にただ立ち尽くす。 リノはというと、その様子を無表情に眺めるだけであった。 「こうやってイイ男にツッコミを入れるのって醍醐味よねぇ」 うっとりとよく分からない事を言う彼女がハリセンを振り回していると、それが人面蝶に直撃し、あっさり地面へ落ちる。 どうやら魔物はこれで全滅したようだ。 しかし、まだマヌーサにかかったままの女は今度はこちらに向かって飛び掛ってきた。 「へ?」 「イイ男つかま〜えた♪」 ………………………… 呆然と立っていたトラッドに抱きついた。突然の事に、彼は持っていた鞭を地面に落とす。 目の前では魔法の影響で艶っぽくなっている2つの碧眼が、一心に彼を見つめていた。 「なっ―――――!?」 トラッドは顔を真っ赤にしながら、早くなる心臓を必死に押さえようとする。 (結構……美人かも……じゃなくて……) その時、彼女の頭に何かが軽く当たった。 「…………あれ?」 「………………」 すると、先ほどまでうっとりとした彼女の目の色が正気を取り戻す。呪文が解けたらしい。 「先に行く」 無表情には違いないが、どこか面白くなさそうな感じでリノは歩き出した。 どうやら彼が彼女の頭を軽く小突いたらしい。 トラッドは我に返って、自分の今の状況を思い出した。 気まずい沈黙。彼女はゆっくりと彼から身体を離すと、視線を逸らしてこう告げる。 「ごめん、今の無かったコトにして」 マヌーサが解けた後だと、トラッドは彼女にとってイイ男ではなかったらしい。 (助かったような、残念なような……) 彼は複雑な笑顔で、曖昧に頷くのであった。その時、彼女は彼の向こう側に何かを見つける。 「あ!」 今度はそちらに向かって走っていく。その先にはリノが歩いていた。 「かっこいい男の子、み〜つけた」 そして後ろから彼に抱きついた。しかし、抱きつかれた彼は一瞬立ち止まるものの、さして気にしていない様子だった。 「……あれっ?」 その時何かに気づき、すぐに身体を離す。 「もしかして――――」 「リノ、ありがとう」 彼女が何かを言いかけた時、ちょうど追いついたトラッドは心の底から礼を言った。 「どうも、女って苦手だから……助かったよ」 「…………先に行く」 そのやり取りを静かに見ていた彼女は、小さく笑いながらこう言った。 「ねぇ、私もついていっていい?」 「え?」 「あ、名前? ナギサって言うの」 トラッドの疑問の声をどう解釈したのか、彼女はウインクして自分の名前を言った。 「いや、そうじゃなくて……」 「名前、なんて言うの?」 ナギサは彼の呆れている否定の言葉を無視して、名前を尋ねてくる。 「……トラッド。で、こっちは……」 「リノちゃん、でしょ? さっき呼んでたし」 「………………」 初めて聞いた呼び方で戸惑っているのか、リノは珍しくじっとトラッドを見つめている。 「まぁ、別に悪い人じゃなさそうだけど……危ないしなぁ」 「大丈夫、こう見えても結構一人旅長いし」 どうあっても引くつもりは無いらしい。 「……どうする、リノ?」 「…………別に」 どっちとも取れる返事。トラッドはおそるおそる後ろを見ると、 「やったー! リノちゃんありがと〜」 彼女はやはり前向きに受け取っていた。それを見てトラッドは頭を押さえるが、 「まぁ、いいか……」 と、結局諦めたのであった。 こうして3人となった彼らは、少しだけ休んでからまた歩き始める。 ちなみに前を歩くのはリノとナギサ。 その時、トラッドは先ほどの戦闘を思い出して、前でご機嫌そうな彼女に話しかけた。 「ナギサって僧侶なのか?」 「何で? 見ての通り、遊び人だけど」 「さっき、バギを使ってなかったっけ?」 所々、おかしい所があったように思えたが、使った呪文は紛れもなく僧侶のもの。 「そんないつも神に祈ってないわねぇ……」 (……僧侶でもいつもお祈りしてないと思うけど) そう思ったのは胸の内にしまい、もう一つ気になっている事を尋ねるトラッド。 「じゃあ魔法使い、とか?」 「どこが?」 「背負ってる杖って魔道士の杖だろ?」 先ほどの戦闘では使っていないのだが、彼女の背中には一本の杖がぶら下っていた。 誰にでも使えるが、武器としても使いこなせるのは魔法使い――――か賢者のみ、という記憶があった。 「あー……これはおじいちゃんにもらっただけだから」 今度は案外普通の理由なので、何故か安心する。 そして一瞬考え込むような素振りを見せてから、彼女はこう言った。 「まぁ……美人のお姉さんには謎がつきものよ? ね、リノちゃん?」 「そんな常識のように言われても…………まぁ、何でもいいけど」 ウインクをしながら、またリノにじゃれつく彼女を見ると、どうでも良くなったらしい。 (というかリノ、よく何ともないな……) さっきからナギサはしきりとリノに抱きついているのだが、彼の様子はいつもと変わらない。 その事に、今の疑問が沸いてきたのだが、 (ただ単にあまりそういうのを意識出来ないのかもな……) 自分で答えを出して納得した為、それが言葉となる事は無かった。 「2人はどうしてここに来たの?」 今度はナギサが逆に尋ねてくる。 そこでトラッドは、これまでの事情を説明した。 …………………… 「なるほどね」 納得したらしいナギサは、不敵な笑みを見せた。 「でも、どうして最上階なの?」 そして当たり前な質問をトラッドに投げかける。 「いや、何となく……違うのか?」 「まぁ、確かに最上階にはおじいちゃんがいたけど、安直ね」 「会ったのか?」 先ほどからずっと黙っていたリノが口を開いた。 「ええ、まぁずっと眠ってたんだけどね」 「そうか……場所は?」 「心配ご無用。ちゃんと向かってるから」 自分は全てお見通し―――そんな意味を込めてナギサはウインクをした。 その仕草に、トラッドは視線を逸らす。 「どうかした? …………あ、もしかして照れてる?」 彼女はそれを見逃さず、彼の耳元で囁いて悪戯っぽく笑みを漏らす。 普通にしていれば美人なだけに始末が悪い。 「……別に」 図星だったトラッドは、冷静を装いながら慌てて距離をとった。 「案外、可愛い所あるじゃない」 ナギサは新しいおもちゃを見つけたように、彼をからかおうとする。 「……先に行く」 その時、リノは小さくそう呟いて足を早めた。 (リノちゃんも可愛らしいんだから…………) と、思いながら意味ありげな笑顔を浮かべるナギサと、困った表情のままのトラッド。 2人は大人しく、リノの後をついていくのであった。 次の話 目次へ |