第6話 「リノの秘密、ナギサの謎」


 ナギサの案内により、すんなりと最上階への階段を見つける3人。
「……思ったよりも記憶に残ってるものなのね」
「えっと……もういいや」
 自分の案内に自分で驚く彼女に、何か言おうと思ったトラッドであったが、どうでもよくなったらしい。
「でもおじいちゃん、中々手強そうだわ」
 ナジミの塔に住む老人が、鍵を持っている。それはレーベで聞いた話。
「手強い…………ああ、そういうことか」
 トラッドにはナギサの言葉に察しがついた。
 その鍵はバコタが作ったもの。
 しかし、どういう状況かは分からないが、老人は彼から鍵を取り上げただけでなく、牢屋へと入れたらしい。
「まぁ、相当強いんだろうな……」
 その情報を踏まえた上で、トラッドはそう呟いた。

「そうね、何やっても全然起きないんだから」

「え?」
 今度はリノが驚きの声を上げる。
「声をかけても、揺さぶっても、耳元で囁いても起きないのよねぇ」
「…………」
「ハリセンで叩こうとしたら止められたんだけど、やっぱり寝てたし」
「それは起きてるんじゃないのか?」
「ううん、絶対に寝てたわ」
 さすがに眠っている老人を叩こうとは思わないが、どうすれば起きるのだろうか。
(考えてもしょうがないか)
 結局そういう結論に行き着いたトラッドを先頭に、3人は意を決して階段を上がるのであった。


「こっくり、こっくり……」
 話の通り、老人は眠っている。目を覚ます気配は一向になかった。
「……あのー」
 トラッドが軽く呼びかけてみるものの、返事はない。
「あっ、実は眠ったフリして死んでるとか?」
「どういう状況だ」
 ナギサの思いつきに一言入れながら、彼は老人の身体を揺さぶった。
「勝手に探すのも気が引けるしな……」
 トラッドが盗賊らしくない事を言いながら悩んでいると、リノが静かに老人へと近づいた。
「あの……」
「………………ん?」
 かろうじて聞き取れるぐらいの小さな声で呼びかけた時、あの重かった瞼がゆっくりと開いた。
「おお、やっと来おったか。待ちくたびれて眠ってしまったわい」
 何度か起こされていたはずだが、老人は呑気に瞼をこすり、一度背中を伸ばす。
「どうして私の時には起きなかったのかしら?」
 ナギサの素朴な疑問。答えたのはトラッド。

「……若さが足りなかったんじゃないのか?」

 その直後に、気持ちの良いハリセンの音が部屋中に響いたのは言うまでもない。
「………………」
 後ろの2人のやり取りは聞こえないフリをしながら、リノは鍵のことを尋ねようとした。
「わかっておる。これの事じゃろ?」
 それを遮るようにして、老人が懐から出してきたのは、1本の鍵。
 普通の鍵とは違い、作り込まれた感とどこかぶっきらぼうな感が入り混じった印象を受ける。
「名前は何と言う?」
「……リノ」
 鍵を掌に乗せながら、老人は遠い目をしてこう言った。
「いい目、じゃな……しかし、何か戸惑っておるな……」
 その言葉に、若き勇者は一瞬身体を硬直させる。
「大丈夫じゃ。もっと自分と……彼らの事を信じればよい」
「……」
 いつの間にか後ろの2人も静かになり、心配そうにリノを見つめている。
「わしは、幾度となく鍵を渡す夢を見ておった……受け取ってくれるかの?」
 まだ動揺を隠せないリノは、ぎこちなく頷いた。
 老人が彼の右手を握ると、怯えたように手が弾かれたが、再び握り締めるとそっと鍵を掌に忍ばせる。
「そんなに震えずとも良い……ほれ、もっと笑わんか?
折角の可愛らしい顔が台無しじゃ。年頃の――――」
「きゃーっ! おじいちゃん、この本なあに!?」
 だが、その老人の言葉を遮るように、いつの間にかナギサが本棚から一冊の本を取り出していた。
「……お主は少し落ち着いた方がいいかもしれんな、ふおっふおっふおっ」
 一瞬、眉をしかめるものの何かを察したのか、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
 ちなみに取り出された本には、おてんば辞典と書かれてあったのだが、何故こんな所にあるのか誰も聞けなかった。
 トラッドだけがそのやり取りに冷や汗を流しながら、眺めているのであった。


 3人はナジミの塔を出て、レーベの村へと戻り、宿で食事を取っていた。
 早速、あの開かなかった扉の所へ行こうとしたリノであったが、辺りはすっかり暗くなっていたのと、全員の疲労具合を考えて、トラッドが明日にしようと提案した為である。

「ねぇねぇ、2人ってどういう関係?」

「っ!? げほっ、ごほっ……」
 ウサギの耳を外したナギサが、意味深な質問をしてきた。
 トラッドはコーンシチューが喉を通った直後だったので、激しく咳き込む。
「なっ、何が?」
「ほら、幼なじみとか恋人とか色々あるじゃない」
「恋人って……そういう趣味はない」
「じゃ、幼なじみ?」
「それも違うけど」
 そう言った後、隣に座っているリノと目が合った。
「…………まぁ、隠すほどの事でもないか」
 トラッドは簡単にこれまでの経緯を話す―――――その時、ルイーダから聞いた事は話さなかった。
 彼もよく知らないというのもあるが、自分が中途半端に喋らない方がいいと思ったからである。

 ……………………

「…………愛ねぇ」
「何が」
 話が終わると、妙に遠い目でそう呟くナギサ。
「ふふふ……ミステリアスなのも綺麗なお姉さんのヒ・ミ・ツ」
 トラッドの言葉に答えるでもなく、ただウインクで返す。
 それに対して彼が何かを言おうとした時、
「……先に部屋で休む」
 2人の会話に全く参加していなかったリノは、いつの間にか食事を終えており、静かに席を立って部屋へと向かった。
「俺たちも休むとするか」
 何となく会話を続ける気が無くなったトラッドがそう言いながら席を立つと、ナギサも頷いてそれに続くのであった。


「ん……」
 真夜中の事である。リノは不意に目が覚めた。
「…………」
 隣のベッドに目をやると、トラッドが静かな寝息を立てている。
(変な感じ……)
 誰かが隣で眠っているという状況と、

「リノ、おやすみ」

 家族以外の人間とそんな挨拶をするというのに慣れていないせいか、睡眠が浅かったらしい。
(……少し風に当たろうかな)
 リノは彼を起こさないよう、細心の注意を払って部屋を出た。

 ゆっくりと戸を閉める。中で寝ているトラッドが目を覚ました気配はなかった。
 忍び足で廊下を歩き、階段を降りる。食堂では女将さんがテーブルを拭いている。
 目が合ったので軽くお辞儀をしてから、リノは外へ出ようとした。
「散歩?」
 不意に自分へと向けられた声。身体を緊張させながら上を向くと、いつものコートを羽織ったナギサがいた。
「あはは、びっくりした?」
 何か面白かったのか、彼女は楽しそうに彼へと近寄ってくる。
「……リノちゃんも眠れないの?」
 その問いかけに、小さく頷くリノ。
「…………じゃ、一緒に散歩しよっか?」
 尋ねながらも、答える前に彼の手を引くナギサ。2人はそうして外へと出たのであった。


 夜特有の匂いが辺りを包んでおり、少しひんやりとした風が頬を撫でる。
 雲も少ないので、綺麗な満月と無数に輝く星が夜の空を華やかに見せていた。
「うーん…………気持ちいい」
 ナギサは身体を思いっきり伸ばし、夜の空気を堪能していた。
「それにしても……トラッドって本当に盗賊なのかしら」
「どうして?」
「だって、誰かが部屋を出ても気づかないなんて……鈍いわねぇ」
 リノも同じ事を考えていた。もしかすると気づいているのかもしれないのだが、
 トラッドの性格だと声をかけるに違いない。それがないという事は本当に気づいてないのだろう。


「リノちゃん、散歩って好き?」
 しばらく歩いた所でナギサが突然尋ねてくる。一瞬言葉に詰まりながらも、彼は小さく頷いた。
「私と一緒ね〜。おそろいおそろい」
 その反応に気を良くしたのか、彼女は少し先の方へスキップをする。
(………………)
「……リノちゃん?」
 考え事をしながら歩いていたせいか、ナギサの問いかけに少しだけ動揺する。
 顔を上げると、真面目な表情の彼女がリノの事を待っていた。
「どうかしたの?」
 彼はとっさにこう呟いた。
「……呼び方」
「え?」
 気まずく感じたリノは、話題を変えようと呟いた一言から話を広げる。
「どうして、そんな呼び方なんだ?」
 何て事はない、彼にしてみれば普通の質問。だが、ナギサの口から出た言葉は意外なものであった。
「……だって、リノちゃん」

「女の子でしょ?」

「…………」
「いくらイイ男が好きだからって、そんなに抱きついたりしないってば……リノちゃん?」
 ナギサは苦笑しながらそう言った時、リノの様子がおかしい事に気づく。
「どうかした?」
 彼女は不安を少し帯びた声でそう言った。尋ねた相手は静かに首を振ってからこう答える。
「……ずっと忘れてた」
「えっ?」

「女だった事」

 彼―――いや、彼女はそう言っただけだった。
「……ごめんなさい」
 その言葉に、酷く傷つけたと感じたナギサは素直に謝った。
「……別に気にしてない」
「それなら…………よかった」
 本当はどう思っているのか分からなかったのだが、今はリノの言葉を信じる事にした。


「リノちゃん……って呼んでもよかった?」
 その後、しばらく歩いた2人は村の広場で腰を下ろしていた。
 ナギサのこの一言に、リノは小さく首を縦に振る。
「トラッドには言わない方がいい?」
「え?」
「……多分、全然気づいてないわよ。同じ部屋を取ってたぐらいだし」
 リノはそう聞いて、夕食の時の会話を思い出していた。
「ま、今より過保護になりそうだから黙っておいた方がいいかもね」
 無邪気な笑みを浮かべながら言う彼女のその言葉に納得したのか、彼女はこくりと頷いた。
「じゃあ、そろそろ宿に戻ろっか」
 ナギサは一度欠伸をしてから立ち上がって歩き出した。リノもその後をゆっくりと歩くのであった。



 そして夜が明けた。外は相変わらずよい天気で、澄んだ青空が広がっている。
「おはよー」
 ナギサが眠そうな顔で下へ降りると、すでに起きていたトラッドに挨拶をする。
「おう、おはよう」
「昨日はよく眠れた?」
「え? まぁ、よく眠れたけど……どうかしたか?」
「ううん、何でもない」
(…………本当に盗賊なのかしら)
 昨夜、リノが部屋を出た事に気づいているかどうか試してみたのだが、どうやら本当に気づいてなかったらしい。
「おう、おはよう」
 その時、トラッドはこちらへ近づいてくるリノを見つけ、朝の挨拶をする。
 今までの彼女なら、そのまま黙って席へ着いていたのかもしれない。

「……おはよう」

 だが、リノは視線を逸らしながら、小さな声で挨拶を返した。
 それを見てトラッドは嬉しそうな笑顔でこう言った。
「さて、とっとと食べてあの家に行かなきゃな」
 ナギサはその2人の様子を見て、穏やかな笑みを浮かべるのであった。


 朝食を終え、旅の支度を整えた3人は例の赤い扉の家の前にいた。
「さて……と」
 トラッドは革の袋より盗賊の鍵を取り出し、扉へと近づく。
「……あっ」
 その時ナギサが何かを思い出したような声を上げる。
「どうした?」
 その声に驚いて彼は思わず振り返った。
「…………確かこうだったっけ?」
 だが、何か言うわけでもなくゆっくりと扉に近づき、そっと左手を当ててこう呟いた。

「えっと……アバカム」

 彼女が静かにそう言うと、あの強固な扉はぼんやりと光り始める。
 そして、かちゃりと音を立てて開いたのであった。
「うん、成功成功」
(それって確か……かなり高度な呪文じゃ……)
 トラッドは呆然としていた。確かにどんな扉でも開けることの出来る呪文はある。
 だがそれは非常に難しく、使いこなせる人間が余りいないと聞いていた。
「……何の為に鍵を取りにいったんだか」
 今までの道のりが全て無駄になった気がして、少しやるせなくなる。
「あ、そんなポンポン使えないから無駄じゃないわよ」
「へ?」
 ナギサはいつもの軽い口調で説明し始めた。
「私、思い出さないと使えないのよねぇ……呪文」
「言葉にすれば使えるんじゃないのか?」
 トラッドにはピンと来ないらしい。
「決まりごとがあるの。だからそれも含めて思い出さないといけないわけだから……」
「……なるほど」
 納得した声を上げたのはリノであった。
 トラッドはまだしっくり来ないようであった。
「そんな事より、折角開いたんだからお邪魔しましょ」
 ナギサがそう言いながら家へ入っていくのを見て、2人も後に続いて家へと入っていった。


 …………一方その頃。

「鍵が……わしの渡した鍵が……鍵がぁ……」
 ここはナジミの塔。
 そこに住んでいた老人は、ナギサの事情を一切知らなかった為、
 一人椅子の上で、誰に知られる事もなく悪夢にうなされていたのであった。



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