第7話 「老人と封印」


「わ〜いわ〜い、ご〜ろごろ〜」
「……あのなぁ、もっと大切に扱えよ」
「え、だからこうしてるんだけど?」
「リノ……」
「諦めろ」

 レーベの村を出た3人は、東にあるという洞窟を目指していた。
 その手に魔法の玉を持って。

 しかし――――今はナギサの遊び道具として、フル活用されていた。

 先ほどから無邪気に両の手で少し大きめの黒い玉をころころ転がしている。
「何がそんなに楽しいんだか」
 トラッドが呆れた視線を送りながらそう呟いた。
 何度も注意しているのだが、彼女が止めようとする気配は微塵もない。
「いいじゃない、好きなんだから」
 やっぱり飽きずに遊び続けるその姿に、彼は一つため息をついてまた歩き出すのであった。



「今日はこの辺りにしておくか?」
 空はそろそろ暗くなり始めていた。先に進めない事もないのだが、
 夜は魔物も凶暴化するという事と視界の悪化、更にここから先は足場の悪い所が続く。
 そう考えたトラッドは、ここでの野宿を提案した。リノも素直に同意する。
「ナギサ、焚き木を集めて来てくれないか?」
「は〜い」
「…………魔法の玉は持っていくなよ」
 その一言に渋々といった表情を見せる彼女だが、思ったよりも素直にそれを渡し、森へと入っていく。
「一緒に行って来る」
「そうか。気をつけろよ」
 滅茶苦茶だが、一応女であるナギサを心配してリノも後を追った。

「あれ? リノちゃんどうしたの?」
「……念の為ついてきた」
 その言葉にぴたりと動きを止めた瞬間、彼女に抱きつくナギサ。
「やっさしい〜。あのエセ盗賊とは大違いね」
「そんなこ……いや、いいから離れてくれ」
 何かを言いかけて、少し慌て気味に訂正するリノ。
「まぁ、聞かなかった事にしておくわね」
「…………」
 意味ありげな笑みが気になるが、ここで何か言えば話がこじれそうなので、彼女は黙って焚き木を集め始めるのであった。


「おう、ごくろうさん」
 トラッドは戻ってきた2人に労いの言葉をかける。
「へぇ…………一応はちゃんと出来るのね」
「まぁ」
 ナギサが珍しく感心した素振りを見せるので、彼は照れながらも違和感を感じていた。
 そんな中、助け舟となったのは、
「これぐらいでいいか?」
 リノの何気ない一言であった。いつもと変わらない彼女の様子に、ホッと一息つく。
「ああ、そこに置いといてくれ」
 トラッドは慣れた手つきでそれらを取ると、すぐに火をつけ始めた。


 3人は持ってきたパンを食べ終え、水を飲みながら、何を話すでもなくのんびりとしている。
「ナギサ」
「ん?」
 トラッドが不意に呼ぶと、ウサギの耳を外していた彼女はとりあえず返事をする。
「レーベの村で使った呪文って……魔法使いの呪文だよな?」
「……一般的にはそうね」
 この世にあるどんな扉でも開けてしまうという、アバカムの事である。
 彼女は何かを察したのか、少し間を置いてから答えた。
「まさか、賢――――」
「違うわよ」
 ナギサは彼の言葉を珍しくきつい口調で遮った。
「……ごめん」
「いや…………こっちこそ悪かった。少し無神経だったな」
 しばらくの間を置いてから、互いに謝り合う2人。
「別に怒ってるわけじゃないんだけどね……その言葉はあまり聞きたくなくて、ね」
 普段はあっけらかんとしている彼女がそう言うのだから、よほどの事があったと容易に想像できた。
「じゃあ、その事は言わないように気をつけないとな。後、年齢のこ、って待……!?」
 その時彼は、頭上に何かが迫ってきている事に気づいた。
「もう遅い上に、まだ若いっ!」
 夜の森に景気の良い音が響く。
「……少しも懲りないな」
 リノはため息をついて、小さくそう呟いた。
 その言葉に反応したナギサは、無理やり話の方向を彼女へと向ける。
「ねー、リノちゃんは呪文使わないの?」
「そういえば……この前の呪文の説明の時も納得してたしな」
 トラッドが思い出したのは、アバカムの1件である。
 あの時、自分はよく分からなかったが、彼女は理解していた。
 と、なるとやっぱり使えるからと考えてしまうのが自然である。
 しかし、彼女はその質問にすぐに答えず、目の前で燃えさかる炎を見つめていた。
 2人が少し緊張した面持ちで言葉を待っていると、一呼吸してからこう答える。

「………………使えない」

「そうなの?」
 意外そうな声を上げたのはナギサであった。どうやら使えるものと思い込んでいたらしい。
「ただ、知識としてどういうものか知ってただけだから」
「なるほど……」
 そして親切な補足にトラッドは素直に納得した。
「まとめるとこういうことね」
「何が?」
 今の何処にまとめる要素があったのだろうか、と彼は訝しがっていると、
「リノちゃんはちゃんと勉強していて、このエセ盗賊は不真面目という事ね」
「……悪かったな」
 彼はナギサを軽く睨みながらそう言うと、ふてくされて横になる。
「あ、そうだ」
 トラッドは突然何かを思いついて、すぐに身を起こした。
「何?」
「いや、見張りの順番を決めてないな……って」
 いつ魔物に襲われるか分からない状況である。当然な意見であった。
「どうするの?」
 ナギサもこの時ばかりは真剣な表情を見せる。
「そうだな……リノ、ナギサ、俺……でどうだ?」
 彼女はその言葉に一瞬考えたものの、すぐに意図を汲み取って頷いた。
「じゃあ、決まりだな。というわけでリノ、しばらく任せた」
「……分かった」
 その返事を聞いて、彼は今度こそ横になって目を閉じるのであった。
「優しいのねぇ」
「……別に」
 リノには聞こえないように小声でナギサがからかうと、彼は反対の方向を向いて静かになる。


 ナギサは旅の経験があるので、彼は野宿もした事があるとそう考えた。
 それなら一度眠って、起こされてもまだ大丈夫なはず……と思ったのである。
 しかし、リノはまだ慣れていない為、体調を崩すかもしれない。
 朝までゆっくり眠る事の出来るこの順番を提案したのだ。
 多少ナギサは辛いかもしれないが、口調からするとそれを承知しているらしい。
(少しだけ見直したかな?)
 彼女はそう思いながら、目を閉じて眠ろうとするのであった。



「……ノ…………リ……ノ…………リノ」
 果てしなく深い意識の底、何も見えない真っ暗な中で聞こえてきたのは途切れ途切れの声だった。
 目を開けると、木々の隙間から零れ落ちる太陽の光と、それに反射する銀色の髪。
「う……ん?」
 今まで起こされる事なく朝が来た、という事は幸いにも魔物は襲ってこなかったようだ。
「おっ、おはよう」
 目の前にはトラッドがいた。しかも思ったより近い距離に。
「えっと・…………起きたから、その……離れてくれ」
 リノにしては珍しく戸惑った口調。そして、何故か顔を逸らす。
「ゆっくり眠れなかったのか? まぁ、初めての野宿だろうからしょうがないか……」
 だが、それは彼に違う心配を与えてしまったらしく、慌てて首を振る。
「違うのか? じゃあ寝ぼけてるだけか……ほら」
 彼は水筒を差し出した。どうやらこれを飲んで目を覚ませという事らしい。
(何だろ、今の……)
 彼女は違和感を感じながらも、とりあえずは目の前に出された水を口に含む。その時であった。
「ほほう……」
 前にいるトラッドの背後から、少し笑みの混じった怪しげな声が聞こえてきた。
「お、起きたか?」
「まぁ、ね……ところで」
 ナギサである。が、何故か悪戯っぽい笑みを浮かべて座っている。

「リノちゃんは優しく起こしてあげるけど、私はほったらかしなんだ?」

「……あのな、最初に起こそうとしたんだぞ?」
 トラッドは後頭部を掻きながらこう続けた。
「あーうるさい、っていきなり叩かれたんだよ!」
 そう言われて見ると、彼の右頬が赤く腫れている事に気づく。
「……そーなの?」
「覚えてないだろうけどな……」
 彼女の固まった顔とトラッドの恨みがましい声に、妙な間が生まれる。
「…………少しは男前になったんじゃない?」
「こいつは………………まぁ、別にいいけど」
「そうそう、心は広く持たなくっちゃね」
「お前が言うな」
 彼は頬をさすりながら、朝食の準備を始めようとすると、右側から話しかけられる。
「大丈夫か?」
 それはいつもと変わらないようで、心持ち心配そうな口調のリノ。
「え……ああ、ありがと」
「どうした?」
 不意打ち気味だったせいか、彼は変な表情をしていたらしい。
「いや、何でもない。それより早く食べて出発するか」

 朝食を終えた3人は、少し休んでから洞窟を目指して歩いてしばらくの時間が過ぎた。
「少し休みたいな」
 トラッドがそう呟いた。他の2人も特に反対するわけでもなく、目で同意を示す。
 足場の悪い所を歩き続けただけでなく、レーベの村近辺よりも強い魔物と戦っていたのだ。
 それにこれから先は洞窟へ入る、となると少しでも体力を回復させておきたい。
「ねぇ、あれは何かしら?」
 その時、ナギサが前方に何かを発見する。
「祠……?」
 リノもそれを確認して、そう答えた。
「行くか。休めるかもしれないしな」
 こうして3人はひとまずそこを目指す事となった。

 中に入ると、いきなり入る事を拒否するような赤い扉がある。
 その印象と同様に、ドアのノブは頑なに動こうとしなかった。
「……これで開きそうだな」
 トラッドが道具袋から取り出したのは、先日は出番がなかった盗賊の鍵だ。
 鍵穴に差し込むと、がちゃりと音を立て、すんなりと扉は開いた。
「おや、珍しいのう」
「…………」
 中にいたのは1人の老人。そして部屋の中にあるのは、本棚とツボと野菜の入ったカゴ。
 どういうわけかナギサだけ表情が固まっている。
「気のせい、よね……?」
「何がじゃ」
 頭の隅の方で何かが引っかかったのだが、何か気づいてはいけない事のような気もして諦めた。
 老人はそんな気持ちも露知らず、こう尋ねてくる。
「ところでお若いの、魔法の玉はお持ちかな?」
「どうして……?」
 知っているのだろう。リノがそう続けようと言った時、老人は笑いながらこう言った。
「ほう、持っておったか。という事は、北の泉の側にあるいざないの洞窟へ行くつもりじゃな?」
 彼女は小さく頷いた。
「何故知っておるのか、か……よければ話してやろうかの?」
 3人は休息がてら、老人の話を聞くことにした。


 話はこうである。
 アリアハン大陸で伝えられていた事は、いざないの洞窟はずっと封印されていた、という事であった。
 しかし、トラッドは自分がここに来た時は封印などされていなかった、と言うと、
「そう……本当はされてなかった、いや出来なかったというべきか」
「どうして?」
「その当時は戦争が終わった直後。その余裕がなかったのじゃ」
 そして、この老人は誰にもその事を気づかれないようにこの場所で監視していたと言う。
 更にロマリアでも監視と情報操作が行われていた為、疑う者は少なかったらしい。
 ただ、時折入ろうとする輩は力でねじ伏せたがの、と老人は愉快に笑って付け加えた。
「だが月日が経ち、魔物が増え……1人の英雄が命を落とし……」

 オルテガ――――そう言いかけてトラッドは慌てて言葉を飲み込む。
 隣にいたリノを心配しながら見たのだが、特に表情は変わっていない。

「そして、何処からか新しい勇者が旅立つという事が漏れたのじゃな」
 しかも魔物によって国は慌しくなっており、監視なども曖昧になっていたそうだ。
 そのせいで、アリアハンに数多くの冒険者が訪れる結果となるのであった。

「なるほど……それで急に封印されたというわけか」
「……トラッドって、すごい間の悪さね」
 寄り道をしていたトラッドにも問題はあるのだが、確かに間が悪い事には違いない。
(しかし、国王もつい最近まで気づいてなかったのか? だとすると・・・)
 彼は決して鈍い、とは考えていない。むしろそれだけ魔物による被害が深刻だと捉えていた。
 その時、ふとアリアハンの宿にいたヤケドの男を思い出す。
(…………不憫だな)
 静かにそう思って、笑いを噛み殺すのであった。

「おや、もう休まなくてよいのか?」
 昼食を終え、元気に立ち上がる3人を見て老人は心配そうにそう言った。
「まだまだ若いから十分よ」
 ナギサのその一言に苦笑いをするトラッドだが、殺気を感じると一足先に外へ出る。
「そうか、洞窟は魔物が多いからな。気をつけて行くんじゃぞ」
「ありがと、おじいちゃん」
 彼女はウインクをしながらそう告げる。リノも軽く頭を下げてから、先に出たトラッドを追った。

 目指す先は――――いざないの洞窟。



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