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いざないの洞窟はそれほど遠くなく、日が暮れる前にどうにか辿り着く事が出来た。 「よし、行くか」 トラッドはここを通ってきたというだけあって、すんなりと入り口へ向かう。 「あれ?」 中に入ってしばらく進んだ所で、ナギサが何かに気づいて声を上げた。 視線の先には、1人の老人の姿。 「なんじゃ、おぬしたちは」 向こうもこちらに気づいて、少しぶっきらぼうに話しかけてきた。 「ここを通りに来た」 リノがそう答えると、老人は遠い目をしながら悟ったようにこう返す。 「そうか……ワシの役目もこれで終わりというわけじゃな」 肩の荷が下りたような、ほんの少しだけ名残惜しさが入り混じった印象だった。 「最近、男前なおじいちゃんに縁があるわね……」 その言葉は、ナギサなりの労いの言葉なのかもしれない。 トラッドはふとそう思って、表情を緩めるのであった。 「じゃあ、リノちゃん。お願いね」 彼女はそう言いながら魔法の玉をリノへと手渡す。しかし、彼女は何故か微動足りしなかった。 「……どうした?」 「いや…………どうやって使うのかと思って」 名称も、物体としても見覚えがない彼女にとっては見当がつかないらしい。 「それって、その紐の所に火をつければいいのよね……あ」 その時、ナギサがさり気なく解説しながら何かを思い出したようだ。 「えっと、確か…………」 素直に記憶に従って、何かを始めようとする。今までも見た光景のはずだが、 この時に限って、トラッドは不吉な予感がした。 「……メラ」 それは炎の呪文。高度なものでもなく、しかも威力を抑えてあるせいかとても小さい炎だった。 だが、それでも魔法の玉の導火線に火が灯るには十分で、じじじと音を立てて燃え始める。 「…………え」 それが何を意味するのかまだピンと来ないリノはその場に固まっていた。 「今、火をつけるなー!」 一足先に我に返ったトラッドが、余りにも近い未来を想像して叫ぶ。 「いや、火が必要だって考えてたら、思い出したちゃって、つい」 「つい、じゃ…………って、リノ。それ借りるぞ」 言い争っている場合じゃない、そう感じてすぐに彼女の返事を待たずに魔法の玉を奪い取る。 しかし、彼もその後どうするかまで考えていなかったらしく、とりあえず封印されている場所まで駆け出した。 (……こうなったら) 何かを思いついたのか、彼はぎこちなく立ち止まる。 (…………爆発の寸前に投げる!) 至って普通の答えではあるが、つまりそれまでは自分の手に持っているということだ。 「2人とも……念の為、覚悟しておいてくれ」 一応、リノとナギサに向けてそう言ったのだが、それは自分に言い聞かせているようでもあった。 …………………… 導火線との睨み合い。心臓に悪い事この上ないが、道を切り開く為には仕方がない。 そんな彼の気持ちを当然知るわけでもなく、魔法の玉は自分のペースで爆発へと向かっている。 (…………今だっ!) 本当に正しいタイミングなのかは分からない。 しかし、彼は思い切って一歩を踏み出し、壁へと魔法の玉を投げつけた。 そしてしばらく訪れる沈黙を経て、 魔法の玉は激しい音を立てて爆発した。凄まじい音と衝撃が響き、大量の煙が辺りに立ち込める。 …………………… 煙が徐々に晴れてきて、3人の目に飛び込んできたのは破壊された壁とその先にある階段。 「…………ふぅ」 安堵の声を漏らしたのは、今までその手に魔法の玉を持っていたトラッド。 「うん、狙い通りね」 そんな彼を見ながら、ナギサは嬉しそうにそう言った。 「……俺の寿命を縮める事が、か?」 怒る気力もないのか、彼は半ば呆れた様子で問いかける。 「それはまぁ…………副作用みたいなものよね」 どうやら封印が解けた事が狙い通り、だと言いたいらしい。 尚も言い合いが続く2人に、コホンと咳払いをしてから老人が話しかけてくる。 「とにかく! 遂に封印は今ほどかれた!」 「……ごめんなさい」 不憫に感じた3人はただ謝って先に進むのであった。 「また荒れてるわねぇ……」 ナギサのその一言に、リノは小さく頷いた。 下へ降りた所、まず目に付いたのは壁の老朽化と、ぽっかりと口を開けた地面。 あまり人が入り込む事はなかった、というのが容易に想像できる。 「アリアハンもロマリアも、しっかりここを守ってたって事か」 老人の言う事は忠実に守られていたのだ。 「とにかく道案内よろしくね」 「え?」 そんな少し感傷的なトラッドに、にこやかな笑みでナギサはそう言った。 しかし、彼の表情は逆にぎこちなく固まっている。 「だって、ここを通ってきたんでしょ?」 「まぁ、一応……」 「じゃあ問題ないじゃない。一応、盗賊なんだし」 「道なんて覚えてないぞ」 「…………」 ナギサは返事をする代わりに、彼の頭にハリセンを叩き込んだ。 「基本的に一度入った所に、もう一度入る機会とかないんだからしょうがないだろ!?」 「少しぐらい覚えてなさいよ!」 言い合いを始める2人を見て、リノがため息をついたその時である。 近くから何かの気配を感じ、剣に手を伸ばす。 「……モンスター」 その一言に反応して、トラッドとナギサも戦闘態勢に入った。 しばらくして出てきたのは――――人面蝶とさそりばち。 3人は一瞬互いの顔を見た後、すぐさまモンスターに立ち向かっていったのであった。 さほど強敵でもない為、戦いはすぐに終わりを告げた。 今のでトラッドとナギサは、言い争いの事をすっかり忘れているらしく先へと進み始める。 リノの提案で地図を作りながらとなり、多少の時間が経った。 「またか……」 何度目かの行き止まりに遭遇し、トラッドはうんざりした声を出す。 「思ったよりも性質が悪いわね」 どうやらナギサも少し苛立っているらしい。 この洞窟は入り組んでいるというより、通れない道が多かった。 ぽっかりと穴が開いた所や、上を歩けば崩れ落ちそうな所。 少しずつでも先に進んでいると何となく感じるものの、3人の表情には徐々に疲労の色が強くなっていく。 「…………リノ」 トラッドの呼びかけに、彼女は静かに頷いた。 曲がり角から出てきたのは、4匹のアルミラージ。 互いが互いの姿を認識した後、先に動いたのは相手の方であった。 その時、身構えたはずのナギサの動きが止まり、トラッドも少しだけ膝が折れる。 (ラリホーか……!) 突然襲い掛かる強烈な睡魔。彼は必死で意識を保とうとする。 ちなみに、もう一人の犠牲者である彼女はすでに熟睡していた。 (よりによって気持ち良さそうな寝顔を…………!!) 甘い誘惑とやり場のない怒りの中、右斜め前にいたリノが何かを叫ぶ。 しかし、トラッドは立っているのが精一杯で内容までは把握できなかった。その直後である。 左脇腹に強烈な衝撃が走り、彼の身体が宙を浮いた。 (っ――――!?) 視界の端に、また別のアルミラージの姿が映る。 どうやら突進してきたらしいのだが、意識を保つのに必死であった彼には気づく事が出来なかった。 (でも、これで目が覚め……) 吹き飛ばされながらも、ぼんやりそう思っていた時、硬い音が耳に入ってくる。 同時に自分の頬にぬるりとした液体がまとわりついてきて、そのまま地面にぽたりと赤い物が落ちた。 「ト…………!!」 リノは一瞬呆気にとられた表情を見せた後、青ざめながら何かを叫ぶ。 だが、トラッドにはその声は届かない。 薄れゆく意識の中、彼が最後に見たものは―――――激しい光と炎に包まれるアルミラージたちであった。 「トラッド!」 燃え盛るモンスターの群れを背景に、リノはトラッドを必死で呼びかける。 彼の後頭部に触れると、どろりとした感触が手に残った。 「血……」 リノの目の前の壁には荒れ果てていたせいか尖った部分があり、そこにはトラッドの血がこびりついていた。 「トラッド……」 今度は消え入りそうな弱々しい声で呼びかけてみるが、一向に彼の目が開く気配はない。 彼女は道具袋から薬草をあるだけ取り出して、傷を治そうとする。 (いや、薬草じゃ足りない……) すぐにそう思い直した後、酷く迷った表情を見せながら固く目を閉じた。 「……どうして」 ―――――何を恐れているのだろう。 その気持ちは、声として生まれる事はなかった。その代わりにリノは自分の両の手に意識を集中する。 (今は……どうでもいい) 彼女がそう思いながら、辛そうに呟いた言葉はこうであった。 「…………ベホイミ」 癒しの呪文。以前使えない、と2人に伝えた彼女の口から紡がれた呪文。 しかもホイミよりも高度なものである。 美しく優しい光がトラッドを包み込んだ。傷はみるみる塞がり、顔色が段々と良くなっていく。 「う…………」 彼の口から言葉が洩れる。回復した証であるが、呪文に集中しているリノは気づかない。 (リ…………ノ……?) 開きかけた瞳に映ったのは、いつもの綺麗な顔と黒い髪。しかし、何故か違和感を感じる。 (………………赤?) 彼女の顔にも服にも赤はないのだが、赤い色が目に入った為にリノなのか自信が持てなかった。 心に疑問を抱きつつも、トラッドは瞼が重くなったのを感じ、再び深い闇へと意識を落とすのであった。 (天井……) それからどれぐらい眠っていたのだろうか、トラッドはゆっくりと目を開ける。 左側からは安らかな寝息――――――ナギサはまだ熟睡中のようだ。 次に気づいたのは自分の頭にある沢山の薬草。その量から彼は大怪我を負っていたということを理解する。 「う…………」 呻き声を上げ、横になりながら顔を右に向けると、たまたまあった水たまりを膝を付いて見つめるリノがいた。 「……リノ?」 しかし、彼女に振り向く様子はない。聞こえなかったと思い、トラッドはもう一度呼びかける。 「リノ」 「…………え? あ、気づいたのか」 そう答えるものの、まだ彼女はこちらを向こうとしなかった。 「怪我したのか?」 「それはトラッドの方だ」 「もう大丈夫だけど、な……」 彼は立ち上がろうとしたが、目眩を起こしてバランスを崩す。 その気配を察したリノが慌てて支えようとした時、彼のトパーズ色の目と自分の目が合った。 「あ……」 すぐに彼女は顔を逸らそうと下を向いて、ぎゅっと目を閉じる。 その時、身体は小さく震えていた。 「悪い。まだ少しふらふらするな……って、リノ?」 彼女の頭の上から聞こえてきたのは――――少し弱ってはいるが――――いつもの心配しているトラッドの声。 肩に手を乗せていた為、その震えが彼に伝わったので彼女を心配したらしい。 「……頭を、打ったんだから、当然だ」 どうにか話した言葉は不安定で、今にも消え入りそうであった。 「じゃ、もう少し横になる。隣でまだ寝てる奴もいるしな」 「ああ……」 リノは曖昧に返事をしながら、もう一度水たまりを見る。 そこに映るのは黒い髪と、黒い瞳をした自分の顔。 (戻ってる……) 彼女はそう心の中で呟いて、安堵の表情を浮かべた。 トラッドが再び横になってから、しばらくの時が過ぎる。 ちなみにナギサはまだ気持ち良さそうに眠っていた。 「そういえば」 「何?」 体力が戻ってきたのか、彼は随分しっかりした声でリノを呼ぶ。 「手当てしたのって……リノだよな?」 「ああ……どうか、したのか?」 その質問に、また不安が言葉に滲み出てくる。 「いや……何か赤い物を見た気がしたんだが」 「!?」 その言葉にリノの心臓は激しく動き始めるが、彼は何も気づかないままこう続ける。 「血で……そう見えただけか」 彼女はその答えに、頷くのが精一杯であった。 「あれ、もう朝?」 トラッドの左側から寝起きの声が聞こえる。どうやらナギサが起きたようだ。 「ようやく起きたか」 「? 何が?」 どうやらラリホーで眠らされたというのをすっかり忘れているらしい。 あまりに気持ち良さそうだったのが多少憎くもあったが、余計な事は言わないでおく事にした。 「そうそう、いい夢見たのよ」 「……どんな?」 「美味しそうに焼けた肉を食べる夢」 「…………」 その言葉がトラッドには妙に引っかかった。 (焼けた……肉) 何故、自分でもこれほど気になるのか分からなかった。 「もう大丈夫か?」 しかし、リノの少し急がせるような声に、考えるのを止めて立ち上がる。 そうして3人は、再び出口を目指して歩き出すのであった。 次の話へ 目次へ |