|
「今、どれくらい?」 ナギサは道を覚えてない、と言いながらも先頭を歩くトラッドに一応問いかけてみた。 「結構いい所まで来てる……と思うんだが」 「…………後でがっかりするのも嫌だし、参考程度にしとくわね」 不安そうな返事だったので、彼女はこれ以上聞くのを諦めたらしい。 「でも、かなり歩いてる」 リノは作っていた地図を開いた。確かに結構な距離を歩いているようだ。 それを覗き込んで、ナギサはこう尋ねてきた。 「ここって、あの階段?」 「ああ」 彼女の言う階段というのは、地下に降りて最初に見つけた更に下へと続く階段の事だ。 その時は目の前に大きな穴が開いており、とても渡れそうになかった。 「もし、この先に通れないような所がない限りは、回り道も無駄じゃなかったって事ね」 洞窟の全体的な大きさは分からないが、リノたちの歩いてきた遠回りな道もその階段に繋がっている可能性はある。 「よし、じゃあ頑張るか」 「あーあ、誰かさんがもう少し頼りになればねぇ……」 「…………悪かったよ」 前向きな言葉を発したトラッドは、ナギサの皮肉に沈みながらも先頭を歩くのであった。 それからしばらく歩き、何度目かの行き止まりに当たった時の事。 「宝箱はっけ〜ん!」 ナギサは嬉しそうに近づいて、早速開けようとする。 「何があった?」 後ろからゆっくりと歩いてきたトラッドが、中を覗き込みながらそう聞いた。 「ナイフが1本」 「ああ、聖なるナイフか」 銀色に光り、神聖な感じのする装飾が施された一振りのナイフ。 「使うか?」 彼は何となく、ナギサにそれを勧めてみた。 「私よりもトラッドの方が向いてそうじゃない? ね、リノちゃん」 どうやら盗賊はナイフというイメージがあるのか、2人揃って納得している様子である。 「……3つも器用に扱えないからいい」 「やっぱり不器用なのね」 事あるごとに何かを言い争っている2人を見て、リノは静かにため息をついた。 (どうして、こう何かある毎に喧嘩するのか……) 止めるのも疲れると感じて、彼女は一人先に歩き出す。 「あ、リノ?」 「一人で先に行くと危ないわよー?」 トラッドとナギサはそう言いながら、彼女を追いかける。 結局リノは、無意識の内に2人の喧嘩を止めているらしい。 宝箱のあった所からすぐ近くに、見覚えのある階段が見えた。 「あれは最初に下りた階段……?」 リノがそう呟いた事により、他の2人もどうやら思い出したようだ。 「じゃあ、もう一つの階段もすぐ近くって事ね?」 「ああ……」 洞窟をさ迷うのがよっぽど嫌だったらしいナギサの声には、喜びの色がはっきりと表れていた。 しかし、トラッドは足元を見つめて表情を曇らせている。 (ただ…………道が崩れないといいんだけどな) ここを通ってきた時、足元がわずかに崩れ落ちた事をいつの間にか思い出していた。 「ここは一人ずつ行った方がいいな」 「どうかしたのか?」 突然の彼の言葉に、リノは歩き出そうとした足を止めて尋ねる。 「少しだけ思い出したんだけど、ここを通ってきた時、道が少し崩れ落ちたんだ」 「……ならどうする?」 トラッドは少し考え始めてから、こう答えた。 「まず、俺が行く。それからナギサ、リノが来てくれ」 「わかった」 彼はその返事を聞いて、緊張した面持ちで普段より静かに歩き始める。 1歩ずつ足を踏み出すごとに、崩れた床が音を立ててから、深い闇へと落ちていった。 「ふぅ……」 しばらくして渡り終えたトラッドが一息をつく。 「次は私ね」 いつもは騒がしいナギサだが、今回ばかりはさすがに大人しい。 慎重になっているせいか、ぎこちない歩き方で彼女も何とか渡りきった。 「リノちゃんの番よ〜。ゆっくり落ち着いて歩けば大丈夫だからね」 その励ましに応えているのかいないのか、リノはいつもの落ち着いた感じでゆっくり歩き始めた。 (大丈夫……通れる) 床が大きく崩れそうな気配はない。 「いつも落ち着いているからかしらねぇ…………」 「誰かと違ってな」 「・・・誰の事を言ってるのかしら?」 2人もある程度安心しているのか、いつものように軽口を叩きあっている。 そして後、3歩ほどの所まで歩いてきた時の事であった。 「こんな時に……!」 一番先に気づいたのはトラッド。視線をリノの向こう側へ向ける。 彼女もそれに気づき、わずかに振り返って見ると、少し離れた所にフロッガーがいた。 (大丈夫……まだ距離はある) それでも多少慌てながら一歩を踏み出したその時、背後に何かが迫るのを肌で感じ取る。 「……!?」 相手はカエルである。安全だと思われた距離から、どうやら一足で跳んで来たようだ。 そして着地と同時に彼女に襲い掛かろうとする……が、フロッガーは突然闇へと落ちていった。 最も恐れていた事――――――床が音を立てて一斉に崩れ始めたのだ。 「リノ! こっちまで跳べ!!」 足場がなくなるかなくならないかの時に、トラッドがそう叫ぶ。 そしてその言葉に身体が自然と反応したのか、リノもきわどいタイミングで床を蹴っていた。 直後、彼女の立っていた場所は音を立てながら、崩れ落ちてゆく。 しかし跳ぶのが間に合ったのは良かったが、急に跳んだ為か着地出来る態勢ではなかった。 リノの顔と地面がみるみる距離を縮めていく。彼女はぎゅっと目を閉じ、衝撃に備える。 …………………… それからわずかに時が過ぎたが、いつまで経っても身体に痛みは感じられない。 「…………あれ?」 彼女が不思議に思い、おそるおそる目を開けるとそこには黒い色が広がっており、彼女はその上に手を置いている。 「大丈夫か?」 まだ自分がどんな状態か分からずにいると、不意に頭の上から声がした。 その声に反応して、リノはゆっくりと顔を上げる。 「……トラッド?」 「おう。何とか助かったな」 見慣れたはずの彼の笑顔が、見慣れないほど近くにあった。 (わ…………) 更に今まで人と触れ合うのも苦手だったリノが、彼に抱き止められる形になっていたので、彼女の身体は固まっている。 心臓の鼓動は今までにないぐらい早くなっており、彼女はどうにかそれを静めようとしていた。 「でも、やっぱり見かけどおり軽いんだな……どうした?」 彼女がそんな感じに動けないでいると、トラッドは正直な感想を述べている。 どうやらリノが女という事に、全く気づいていないらしい。 「…………え? あ、ありがと」 ようやく我に返ったリノは、慌てながら礼を言った。 「あ、ああ。で、どうもないのか?」 彼女はそう言われると、言葉が中々出てこない代わりに小さく頷いた。 「そっか。それならよかった」 しばらく2人とも黙ったままじっとしていたのだが、その沈黙を破ったのはもう1人の傍観者であった。 「そろそろ離れたら?」 そしてぽつりと呟いて、トラッドの顔面にハリセンを叩き込む。 「てて……何だよ?」 彼は顔をさすりながら、ナギサに非難の目を向けた。 「リノちゃん、大丈夫?」 叩いた張本人であるナギサは、それを無視してリノを彼から引っぺがす。 「……ああ」 彼女は少し落ち着いたのか、返事をしながらゆっくりと立ち上がって近くの壁にもたれかかった。 「それにしても、凄い勢いで崩れたな……」 トラッドのその言葉に反応して、先ほどまでリノがいた場所を見ると、床が全て無くなっていた。 彼女は改めてあの時の事を思って、 「ありがとう、助かった」 命の恩人である彼にきっちり礼を言う。 「いや……無事ならいいんだ」 トラッドは顔を少し赤くしながら、視線を逸らして頭を掻いていた。 「……いい雰囲気の所悪いけど、そろそろ行かない?」 ナギサが曖昧な笑みを浮かべながらそう告げて先へと進む。 不思議そうな表情のリノと、少し焦っているトラッドはその後に続くのであった。 最初に見た階段はすぐ近くにあり、3人は感慨深げに一息つく。 「もうすぐだな」 「トラッド、思い出したの?」 「今更で悪いけど、ほとんど一本道だしな」 「じゃ、先頭を歩いてね」 ナギサがそう言うと、彼は一番に階段を下りた。 道は3つに分かれていたのだが、トラッドは迷う事無く1つの道を選び、奥へと進んでいく。 「着いたぞ」 そう言う彼の目の前にあるのは、淡い光を放つ小さな泉。 「ここからどうするんだ?」 「ん? あそこに飛び込むんだ」 「え…………?」 リノは旅の扉を見るのが初めてなので、どうやら想像がつかないらしい。 「論より証拠ね。誰かが先に入って見せたらいいじゃない」 ナギサはそう言いながら、旅の扉に彼を蹴っ飛ばした。 「え゛」 抵抗する素振りを見せることすら出来ず、彼の姿は旅の扉から溢れる光に包まれて消える。 「消えた……」 「ねっ」 本来ならここでトラッドの文句が聞こえてくる所である。 「じゃ、私も行くわね」 ナギサも旅の扉に1歩踏み出すと、姿を消した。 「……大丈夫かな」 リノは初めての事に不安を覚えながらも、目を閉じながらゆっくりと足を踏み入れる。 淡く青い光は思ったよりも心地よく、優しく彼女を包み込んだ。 次に感じたのは奇妙な浮遊感。 だが、それも一瞬の事で、静かに目を開けると最初に飛び込んできたのは――――言い争いをしている2人であった。 「心の準備ってものがあるだろ!」 「別に害があるわけでもないし、流れ的にはトラッドが行く所じゃない……あら、リノちゃん」 (……別の場所に来た気がしないのは何故だ) いつも見ている光景が目に映ったせいか、今一つ実感のないリノ。 「とりあえず……先に行く」 彼女が呆れながら建物から出て行くと、2人もすぐに追いかけた。 空はすっかりオレンジ色に染まっており、少し離れた所に城が見える。 「あれが……?」 「ああ、ロマリアだ」 リノはそこで初めて、ここがアリアハンでない事を認識した。 「やっぱり外が一番よね〜」 ナギサは背伸びをして、空気を満喫しているようだ。 「じゃ、疲れを取る為に早速宿屋に行こうか」 「城へ行くのは明日だな」 もうすぐに夜になる。なので、リノはトラッドの言う事に同意を示した。 その時、彼女はふとある事を思い出した。 (そういえば、トラッドってロマリアに戻るのが目的じゃ……) つまり、彼とは一緒に旅をする理由が無くなるという事である。 「………………」 「……どうした?」 リノの視線に気づいて、その意味を尋ねる彼。 「…………何でもない」 彼女はそう一言だけ呟くと、少し歩くペースを早める。 胸がちくりと痛む。それは今までに感じたことのない痛み。 少女は1人、正体の分からない気持ちを秘め、ロマリアへと歩を進めるのであった。 次の話へ 目次へ |