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「トラッドって、キメラの翼嫌いでしょ?」 「……何で分かったんだ?」 イシスで身体を休めた4人は、翌朝早い時間にキメラの翼でロマリアへと戻っていた。 次の目的地であるポルトガに向かう為である。 船を持つ人間にとっては海路という手段もあるのだが、歩いて旅をする人間にとってはロマリアの北西に位置する関所以外に道が無い。 その道中、ナギサは弾んだ声で彼にそう尋ねた。 「顔を見れば誰だって分かるわよ」 シャンパーニの塔からカザーブに帰る時も、アッサラームとノアニールを往復した時も、確かにトラッドは露骨に嫌そうな顔をしている。 「でも、どうして苦手なんですか?」 ヤヨイは意外そうな声を上げて問いかけた。 「どうしてって……その、怖くないか?」 「そう? むしろ気持ち良いくらいだけど?」 「一瞬だけ見える景色とか綺麗ですし」 キメラの翼は膨大な魔力によって身体を空へと飛ばし、あっという間に目的の場所へ運んでくれる便利な道具である。 「……身体が浮く感じが好きになれない」 「あれがいいのに」 ナギサは口を尖らせて短く呟いた。 「リノは大丈夫なのか?」 「……トラッドほどじゃない」 つまり、多少気になるといった程度である。 だが、今の彼にとってはその答えで十分だったらしく、同じ感覚を持つリノに笑顔を向けていた。 「喜んでる所、悪いんだけど……関所ってあれかしら?」 そんな中、あまり申し訳なさそうではない口調でナギサが前方を指差した。 先にあったのは、城壁を思わせる立派だが小さな建物が一つ。 その問いに彼はまだわずかに嬉しそうな顔で頷くのであった。 しばらく歩く事数十分、4人はその建造物の前に辿り着く。 外見と同様、中も城の様な造りになっており、それなりに頑丈そうであった。おそらく外敵から身を守る為なのだろう。 リノが昨夜イシスで見た銀の装飾が施された扉。すぐ側には一人の兵士が立っていた。 最初は警戒心を剥き出しの目でこちらを見ていたのだが、トラッドが魔法の鍵を取り出すと、一瞬驚いた後で緊張を解く。 どうやらこの鍵には通行証の様な効果もあるらしい。 トラッドが一言断ってから、重そうな扉を鍵の魔力によって簡単に開くと、兵士はあっ、となって慌ててこう告げる。 「自分は鍵を持っていないので、閉めて頂いてもよろしいでしょうか?」 今の言葉に親しみが込められている様に感じたのは、あまり人が訪れない人恋しさから生まれたものだろうか、と彼はふと思った。 それを微笑ましく思い、彼はにこやかな笑みを浮かべて頷くと、相手も似た雰囲気の笑みを浮かべている。 そんなやり取りを終え、4人は扉が閉まったのを確認してから目の前にある階段を下りていった。 階段を下りた先は、湿った空気とぽつりぽつりと水滴の落ちる音が響く地下道だった。 おそらくここを出るとポルトガ側の関所に辿り着く、そう思いながら4人は所々に出来た水たまりを避けながら歩く。 「そういえば、どうしてポルトガに行くんですか?」 ヤヨイの突然の質問は、地下道の中によく響き渡った。 「オルテガさんが行ったっていうのもあるけど……多分目的は同じかもな」 そこでトラッドは言葉を切り、一呼吸置いてから続きを話す。 「ポルトガで作られる船っていうのは、凄く質が良いんだ」 「そうなのか?」 彼の説明に、今度はリノが問い返す。どうやら目的が明確だったのはトラッドだけのようで、この2人にとっては曖昧だったようだ。 「ああ…………それにこれから旅を続ける上で必要だろ?」 「……でも、船って高いんじゃない?」 続けて口を開いたナギサは最もな意見を述べた。確かにどんな良い船でも、それが手に入らなければ意味が無い。 「それが問題なんだけど……とりあえず王様に会ってみようと思って」 「……それだけ良い船だと、値段も高そうね」 ああ、とだけ彼は呟いて、苦笑いを浮かべながら再び前方に意識を戻すのであった。 「……誰もいないな」 地下道の先にあった階段を上がると、ポルトガ側の関所と思われる所に出た。 再び備え付けられていた扉を開けると、そこにはトラッドの呟き通り誰もいなかった。 その為、本当にここが出口なのか確信を持てなかったのだが、その疑問は外に出てからすぐに解消された。 理由は南東の遠くに見えるロマリアの城と、しばらく歩いた先にもう一つ少し小さな城が見えたからだ。 「きっと関所を通る人がいなくなったから、兵士に見張らせる必要が無くなったんじゃない?」 歩きながらそう言うナギサの言葉に、トラッドは納得の意を示す。 ポルトガの船がそれほど良い出来ならば、わざわざ通る事が困難な関所を使わなくてもいい。 その上、モンスターが増えたこの世界で商人以外は外に出る事は少なく感じるし、船を手に入れる見込みが無い旅人にとっては無縁なようにも思える。 (……やっぱり望みは薄いか) 結局トラッドの考えは、微かにあった不安を大きくしただけであった。 波の音と潮の香りが溢れる町――――ポルトガ。 4人が辿り着いた時には太陽が西の海へと沈みかかっていた。 「綺麗ですね……」 オレンジ色に染まる空と果てしなく広がる青い海。その美しさにヤヨイがうっとりとした口調で呟いた。 それにアッサラームは内陸に位置するので、初めて見た景色だからというのもあるのだろう。 立ち尽くす彼女の手をナギサが引いてゆっくりと歩き出すが、その視線は海の方を向いたままだった。 「そんなに気に入ったの?」 「はい!」 「やっぱりヤヨイちゃんも女の子ね……でも、本当に綺麗……」 いつしかナギサも彼女と同じ方角に集中していた。 「トラッド……女の人って、こういう景色が好きなのか?」 「さぁ……人によるんじゃないのか?」 そんな2人を不思議な表情で見つめていたリノは、何の前触れも無くこう問いかけたが、どうやら彼にも分からないらしい。 「そういうリノは?」 「……綺麗だとは思うけど」 「まぁ……他の人がどうでも、自分がそう思ってるんならそれでいいんじゃないか?」 少し言葉に困った様子で、トラッドはそう言った。 「…………うん」 何気ない、きっと彼にしてもそんなに深い意味は無い。しかし、リノにとってはその言葉が心に深く響いた。 「日が暮れる前までには城に行かないとな」 彼は急に立ち止まったリノと、ゆっくりと歩くナギサとヤヨイにそう告げると、少し足早になるのであった。 そうして間もなくポルトガの城の前に辿り着く。 ロマリアやイシスに比べて大きくないのは、造船の為に場所をとっているせいだろうか。 「あの……」 リノは城の入口に立つ、妙に疲れた顔の兵士に話しかけた。 「旅の方ですか!?」 「あ、はい」 しかし、用件を言う前に言葉が遮られただけでなく、少し切実にも聞こえる相手の声に不意を突かれる。 「どうぞ、お入りください!」 「じゃあ、失礼します」 それから言われるがままに城に入り、玉座に向かおうとした時、ナギサがぽつりと呟いた。 「……やけにあっさりしてない?」 他の3人も同意見だったらしく、それぞれ訝しげな表情で頷く。 「嫌な予感がするな」 それからトラッドがそう小声で言うと、今度は彼女がうんうんと首を2回縦に振った。 「トラッドの嫌な予感って当たりそうね」 「大抵はナギサのせい――――」 彼の不用意な一言は、例によってハリセンでかき消される。 「で?」 「……何でもない」 「最初から素直にそう言いなさい」 場所が何処であろうと普段と全く変わらない2人のやり取りに、リノとヤヨイは珍しく揃って額を押さえた。 「はぁぁぁぁぁ……」 城の外見と同じく、やはりアリアハンやロマリアよりも簡素な玉座。 しかし、そこに座るポルトガ王は大きな身体からそれ相応の盛大なため息をつく。 「……どうかしたんですか?」 「それは私から説明させて頂きます」 答えは別の所から聞こえてきた。ふとそちらを見ると、入口の兵士と同じく疲れた顔の大臣が立っている。 「王は今、病んでおられるのです」 「病気、ですか?」 「ある意味では……そのせいか食欲も……まぁ、普通に食べてはいるのですが、満足されないようで」 「それなら別に問題は無――――むぐっ!?」 つい本音を言いそうになったヤヨイの口を、トラッドが無理やり塞いで話を続ける。 「原因は分からないのですか?」 「それは……非常に申し上げにくいのですが……」 「……おおっ! 旅の者たちか!?」 そこで、今まで見向きもしなかった王様が、喜びに満ちた声で問いかけてきた。 余りの反応の遅さに逆に驚いた4人は返事が出来ず、ただ頷いて見せた。 それからしばらく間があって、落ち着いたリノは躊躇いがちにこう告げる。 「アリアハンから来たリノと申します」 「もしや、噂の勇者とやらか?」 「…………そう、です」 彼女の声は自信の無さそうであったが、王様は気にする様子も無く機嫌よく口を開いた。 「では、頼みがある!」 「……何でしょうか?」 そこで王様は大きく息を吸い込んで話を一旦止める。だが、トラッドの不安は止まる事無く増大していった。 「コショウじゃ! コショウが欲しいのじゃ!」 「……え?」 「東の方にコショウという、それはもう素晴らしい香辛料があるのじゃ! それを是非手に入れてきて欲しい!」 まるで子供のように捲くし立てる口調。更に初めて聞く単語にリノが戸惑っていると、隣のナギサが複雑な表情でこう呟いた。 「……バハラタですか?」 「うむ、知っておるのか?」 「…………はい」 どうやら彼女には心当たりがあるらしい。しかし、それにしては顔色があまり良くなかった。 「では、話が早い。持って来た暁には、そなたたちの望みを何でも叶えよう」 「……もしかして、コショウが無いだけで――――もごっ!?」 ヤヨイは大臣の悩みに気づいてそれを言いかけたが、胸騒ぎがしたトラッドが再び口を押さえ込む。 「何でも、ですか?」 「うむ。何でもだ」 何事も無かったかのように彼が念を押すと、王様は力強く頷いた。 「……船、でもよろしいですか?」 「ほほう……面白い事を言うな――――よかろう」 「ありがとうございます。後、出来れば長旅に耐えられる丈夫な船をお願いします」 香辛料と注文つきの船。どう考えても無理がある物々交換。だが、王様は逆にそれが気に入ったらしく、今度は笑顔で首を縦に振る。 一番の問題が解決された事で、リノたちは安堵と喜びの混じった息をつくのであった――――ただ一人、ナギサを除いて。 城を出た頃、辺りはすっかり暗くなっていたので、4人は宿へと足を向けた。 すぐにアッサラームに戻ってから休んでも良かったのだが、人ごみが苦手なリノと何故かトラッドの表情が曇ったので、ここで休む事にしたのだった。 それから夕食を終えて、各々が部屋に戻って何をするでもなくのんびりしていたのだが、 (ナギサ……?) 窓際に置かれた椅子に座って、ぼんやりと外を眺めていたトラッドの目に見慣れた金髪が映った。 「ちょっと、外に行って来る」 彼女の不安そうな横顔が気になった彼は、同室のリノにそれだけ告げてから部屋を出るのであった。 「………………」 「どうかしたのか?」 城下町の南に広がる砂浜。一人で海を眺めていたナギサは、聞き慣れた声に反応してゆっくりと振り向く。 そこには――――予想通りトラッドがいた。 「よくここが分かったわね」 「窓から見えたから」 「そう……」 彼女はそれだけ言うと、また海へと視線を戻す。彼もそれに倣って同じ方を向くと、大きな灯台が瞳に飛び込んできた。 「…………悪かったな」 トラッドは思い切ってナギサの隣に並んでから謝罪の言葉を口にする。 「何が?」 「……無理に話を進めたから」 「別にバハラタに何かあるわけじゃないから……それに船は必要だと思うし」 「じゃあ、何でこっちを見ないんだ?」 「…………」 しばらくの沈黙の後、彼女はこちらを向いた。そして優しく微笑むと同時に彼の頭へと手を伸ばす。 「な……っ!?」 「心配してくれるんだ?」 そのまま優しく銀髪を撫でて、潤んだ瞳でそう問いかけた。 「それは……まぁ」 「……本当に女が苦手なのねぇ……」 「………………」 今度はトラッドが赤くなって、視線を逸らしていた。ナギサは先ほどまで見えた陰は身を潜め、無邪気に笑っている。 「お礼にキスしてあげよっか?」 「へ?」 その言葉に、彼の頭は一瞬真っ白になった。 「冗談だってば…………ま、もし乗り気になったらこっちをプレゼントするつもりだったけど」 彼女は意地悪な笑みで、ハリセンを軽く振り回すと、それから2人一緒に声を上げて笑う。 いつもと違うようで、よく親しんだ空気が戻っていた。 しばらくそんな明るい時間が過ぎた時、ナギサは真剣な表情で言葉を紡ぐ。 「もしもの話だけど……」 「ん?」 「この件が終わって、その気になったら……みんなに話すかもね」 「……何を?」 「私のこと」 「……無理な時は話さなくてもいいから」 彼女は、そんな大した話じゃないんだけど、と遠い目で返事をした。 「心配だけはかけないようにな」 「それはトラッドもでしょ?」 「…………」 自分の言葉をそっくりそのまま返されて、彼は胸の痛みと共に言葉を失う。 それに気付いたナギサは、一呼吸してからこう呟いた。 「トラッド……約束して欲しい事があるんだけど」 「……何だ?」 少し困った様子で瞳を儚げに揺らした後、ナギサはしっかりした口調で告げる。 「いつか……リノちゃんにだけは自分の事を話してあげて」 「リノに?」 「……一番心配してると思うから」 呆然としながらこちらを見るトラッドに、彼女は真剣そのものな表情で頷いた。 「ああ……」 迷いが見られるものの彼は海を見ながら、短く返事をする。 「もう帰った方が良さそうね」 「……そうだな」 雲一つ無く、輝く星がはっきりと見える夜空。それと反対に殆ど見えない心の中。 トラッドはそんな自分の気持ちに罪悪感を覚えながら、ナギサと2人宿へと戻るのであった。 次の話へ
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