第32話 「彼の存在」


 翌日、4人は朝食を取って、早速ポルトガの城へと向かった。
 理由は昨日別れ際に、王様から出発前に立ち寄って欲しいと言われたからである。
 今朝獲れたばかりの新鮮な魚を売りさばく、漁師の威勢の良い声を耳にしながら城を目指す。
 そして入口の前にいる兵士に挨拶をしてから城の中へ入り、真っ直ぐに王様の下へと歩を進めた。
「待っておったぞ」
 すると昨日よりも元気な様子の王様が、笑顔でそう告げながら懐より1枚の紙を取り出す。
「それは……?」
 4人がそれぞれ礼をした後、トラッドは急に現れた紙について質問をする。
「うむ。これは、わしの親友であるノルドというホビットに宛てた親書じゃ」
「ノルドさん、ですか?」
 確認するように繰り返す彼に、王様は機嫌良く頷いてから説明を始めた。
「東への抜け道を知る数少ない人物じゃ」
 それから、こほんと一度咳払いをした後でこう続ける。
「ただ少々気難しい上に、人間が嫌いだからのぅ・・・」
「それで手紙が必要なんですね」
 トラッドのその言葉に王は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「…………」
「ナギサ、どうかしたのか?」
 一方、その後ろで複雑な表情で俯く彼女をリノが呼びかける。
「え? 別に何も無いけど?」
 しかし、一瞬でいつもの顔に戻ると再び玉座に視線を向けた。
「何はともあれ、よろしく頼む」
「はい」
 その言葉にトラッドは頷きながらも、
(でも、目的はコショウなんだよなぁ……)
 と、少し離れた場所への買い物のように内心感じているのであった。


 アッサラームから少し歩いた所で、王様から教えてもらった洞窟を見つける。
 キャットバットの巣が多い、鬱蒼とした森の中であったが、幸いにもさほど苦労せずに発見する事が出来た。
「ヤヨイ、手紙は?」
「これですよね?」
 トラッドの問いかけに、彼女は袋から綺麗な筒状に丸められた紙を取り出して見せる。
「よし、行くか」
 頷いた彼は、他の3人に目で大丈夫かを確認してから、自らが先頭になって洞窟へと入って行った。

 中は暗いのかと思い、念の為松明を準備したトラッドだが、所々に明りが灯っており、それが黄土色の岩肌を優しく照らしていた。
 洞窟自体は自然によって創られた物かもしれないが、これは明らかに人の手が入ったものだと容易に想像出来る。
 4人が足を踏み入れた事により起こった小さな風で、炎はゆらゆらと動きを見せた。
「でも、洞窟に住んでるって変わってる……」
「ああ」
 リノの呟きに、そういえば、と思った彼は軽く同意を示す。
「あれ……?」
 それからしばらく進んだ頃、ヤヨイが先に頑丈そうな扉を見つけて疑問の声を上げた。
「玄関ね」
 ナギサが妙に確信めいた口調で言いながら扉を開けようとするが、案の定鍵がかかっていた為びくともしない。
「それにしても本格的ですね」
「ホビットって、手先が器用だっていうのは聞いた事あるから……」
 そんな会話を耳にしながら、トラッドはとりあえず盗賊の鍵を取り出すが、鍵穴に差し込む前に手を止める。
「どうかしたのか?」
 当然、リノはその不自然な彼の動きに違和感を感じ、ごく自然にその理由を尋ねた。
「いや、勝手に入っていいのかと思って」
「確かにいきなり入るのは失礼よね」
 ナギサは過去にレーベで呪文によって、勝手に扉を開けた事を忘れているようだ。
「でも、手紙もあるからいいんじゃない?」
 しかし、やはり行き着く答えは同じでトラッドの手から鍵を奪い取ると、迷う事無く扉を開けた。
「じゃ、行こっか」
「………………」
 そして躊躇う事無く、そのまま先へと進むナギサの後を3人は複雑な気持ちでついていくのであった。

 ナギサはまるで知っているかの様に、真っ直ぐに洞窟の奥を目指す。
 やがて、一際灯りが強くなっている所に辿り着くと、そこには椅子に座る一人の小さな男がいた。
 だだ、その小ささのせいか子供が乗っかってるだけの様にも見える。
「何だね、お前さん方は?」
 しかし、振り向いた時の顔と口調の差はそんな考えを打ち消すには十分効果的であった。
 まず目に映ったのは豊かな白い髭。その次は深く刻まれた皺の数。
 人間と寿命が違っていても、ポルトガ王と同じ様な年齢に見えた。
「ノルドさん……ですよね? あの……これを」
 妙な威圧感に、ヤヨイは緊張しながら手紙を渡す。
 人間が嫌いなせいか、それとも元々の性格なのか、ノルドは少し乱暴な仕草でそれを受け取って、早速目を通し始めた。
 その拍子に可愛い形をした緑色の帽子がふわりと揺れる。それはあまり釣り合いが取れていない光景だ。
「……つまり東の土地へ行きたいというわけだな?」
 ヤヨイは慌て気味に2回首を縦に振った。
「うーむ……いくら奴の頼みでも……」
 だが、ノルドは手紙を見ても、嫌そうな様子を変えなかった。それから一向に後の言葉が出てこない。
 どうやらポルトガ王以外の人間がよっぽど嫌いらしい。
「………………」
 その時、今までトラッドの背に隠れるようにしていたナギサが、痺れを切らした表情で一歩前に進み出た。
 それから椅子に乗った姿勢を崩さない彼の耳元で囁きかける。
「大人しく教えてくれた方が良いと思うんだけど?」
「……何?」
 挑戦的な口調に、当然ノルドの眉がぴくりと跳ね上がった。だが、それに構う事無く彼女は内緒話を続ける。
「昔、洞窟が崩れそうになった事ってない?」
「何故それを知って――――」
「もう1回、再現して欲しい?」
「…………!」
 今まで敵意が見え隠れしていた彼の顔は、一瞬にして凍りついてから戦意を喪失した。
 その様子に満足げなナギサは、再び平然とした顔で距離を取る。
「……返事は?」
「よかろう……ついてくるがいい」
 彼はテーブルの上にあった布で、額に浮かぶ冷たい汗を拭いながら椅子から飛び降りると、逃げるような早足で歩き出した。
「……何を言ったんだ?」
「別に。ちょっとお願いしただけよ」
 とてもそうは見えない、と思ったトラッドだが、それを敢えてこの場では口にせず、大人しく後へとついていくのであった。

「で、さっきなんて言ったんだ?」
「あら、何の事?」
 あの後、ノルドはあの小さな身体で何の変哲も無い岩に体当たりをして、東への抜け道をこじあけた。
 それはそれで凄い事なのだが、トラッドはそうさせたであろうナギサの方に興味を抱いていた。
「ナギサさん、もしかして知り合いだったんですか?」
 それは他の2人も同じだったらしく、まずヤヨイが自分の推測を口にする。
「……まぁ、顔見知り程度だけどね」
(それであの態度って……)
 リノがノルドの中に見たのは、恐怖にも似た感情。トラウマの様に見えなくも無い。
 それをほんの少し知っている位で、あそこまでの表情を見せるものだろうか。
「少し前に、あそこを通ろうとした時があったんだけど・・・抜け道を教えてくれなかったの」
 3人は珍しく昔の話をするナギサに驚きながらも、静かに言葉を待った。

「それでちょっとイオナズンを」

(…………えっ!?)
 高度な呪文を使った事よりも、その行動に固まる3人。しかし、それに気付かず彼女は呑気にこう呟く。
「だから、もう一度洞窟を崩して欲しいか聞いたんだけど……あの時はさすがに危なかったわね」
「……ナギサ」
 真っ先に我に返ったトラッドは呆れながら彼女を呼んだ。
「何?」
「人間嫌いになった理由ってそれもあるんじゃないのか?」
 むしろそれが一番大きいような気もする。
 その言葉に今度は彼女が、えっ、という表情になって固まった。
「……私もそう思います」
 更に控えめな口調で続けるヤヨイの声で、ようやく現実へと帰ってくる。
 そして後ろではリノが難しい表情を浮かべていたのだが、おそらく同意見なのだろう。
 不可思議な沈黙が続いた後、最初に言葉を発したのはナギサだった。
「…………何事も経験だと思うの」
「じゃあ、少しはそれを活かす様にな」
 彼女はトラッドの一言にハリセンを振るう事無く、大人しく歩き出した時、
(手紙の意味って……)
 3人はほぼ同時にこう考えながら、揃って大きなため息をつくのであった。


 洞窟を出てすぐに広がる森を、南東へ抜けると見通しの良い草原の中に一つの町が見える。
「あれがそうですか?」
「ええ、バハラタね」
 ナギサが知っていたおかげで迷う事無く、夕方になる前に辿り着く事が出来た。
 目的はコショウだけだったので、入口の武器屋で店の場所を聞いて、真っ直ぐそこへと歩を進める。
 その時、のどかな町の雰囲気に似つかわしくない悲鳴が響き渡った。
「……?」
 4人は一度顔を見合わせて、疑問符を浮かべるが、
「行ってみましょう!」
 ヤヨイの一言に一度頷いてから、その声がした方へと駆け出していった。

「タニアを返せ!」
 町の南を流れる清らかな川のほとり。
 青年がそう叫んでいる横で、老人が慌てている姿が目に映った。
「頼む! その娘はわしの大事な一人娘なんじゃ……!」
「そいつは気の毒だったな、じじい」
 老人が懇願するその先には、一人の女性の首元にナイフを突きつける男。
「ねぇ、あれって……」
「ん?」
 その青年の後ろに4人は立ち尽くしていた。たが、互いに目の前の状況に精一杯な為か気づかれた様子はない。
 そこで、ナギサは何かを思い出したらしくトラッドに問いかける。
「もしかしてカンダタの――――」
 彼女はそう呟きかけてハッとなったが、すでにトラッドはブーメランを片手に走り出していた。
「ん? 何だテメェは!?」
 男にとっては急に現れたように見えた銀髪の彼に、驚きながらも左手のナイフを向ける。
 一方、後ろから見ていたナギサは、先ほどまでトラッドの右手にあった物が消失しているのに気付いた。
「おい、これ以上近づくと――――がっ!?」
 直後、誰の目でも捉えられないほど早く、気付かれずに投げていたブーメランが男の後頭部で鈍い音を立てる。
 その一撃に気を失わせる程の威力は無い。しかし、彼にとっては人質を救うだけならそれで十分だった。
(このまま……奴の居場所を聞き出す……!)
「トラッドッ!」
 その時、リノは唐突に膨れ上がる気配を察知して彼の名を叫んだ。
 いつものトラッドなら、彼女に呼ばれた事も、自分に向けられた気配にも気付く事が出来たのかもしれない。
 だが、今は頭に血が上っており、目の前しか見えていない状態であった。
「え……?」
 微かに紡がれたのは、呆然とした疑問の声。同時に軽い音と衝撃が首の後ろから全身へと駆け巡る。
(しまっ……!)
 そう思った時はすでに視界と意識は闇の中へ突き落とされていた。
「……これで人質は2人だが、どうする?」
「やっぱりそうだったのね……」
 地面に倒れ込むトラッドを受け止め、得意げな口調でそう問いかけたのは――――かつてナギサが一戦交えた鎧の男。
「女は大事な商品だが……こいつは違う……言ってる意味は分かるな?」
 つまり、彼が殺されるかどうかは男たちの気分次第。
「………………」
 リノは返す言葉も無く、ただ不安げに瞳を揺らしながらじっと堪えていた。
「いい判断だ。おい、引き上げるぞ」
「あ、ああ」
 結局3人は、トラッドと女性が連れ去られるのを、黙って見ている事しか出来なかった。


「旅の方、すいません……」
 先ほどまで怒りの感情を露わにしていたグプタという青年は、落ち込んだ様子で謝った。
「いえ……こちらこそ……」
 そしてリノも彼と老人に向けて謝るが、その声は酷く弱々しかった。
「わしはどうすれば・・・タニア」
 老人は連れ去られた一人娘の名前を儚げに呟いた。
「助ける方法を今から考えましょう・・・きっと見つかります」
 グプタはうなだれる老人を支えながら、励ますように精一杯明るく言うと、静かにその場を後にした。
 そんな2人を見送った後、姿が見えなくなったのを確認してからナギサがリノに話しかける。
「リノちゃん……ごめん。私があんな事言ったから……」
「……ナギサのせいじゃない」
 それから彼女は、トラッドは気付いてたと思う、と一言付け加えた。
 確かにあの時の反応の早さは、そう考えるには十分であった。
「………………ヤヨイちゃん」
「……はい」
 呆然と立ち尽くすリノにかける言葉が見つからない2人であったが、何かを思いついたナギサがヤヨイを呼んだ。
 それから返事があるとすぐに、耳元で自分の考えを告げる。
「私はこれから色んな人に聞き回ってみるから……リノちゃんの事、お願いしてもいい?」
「……分かりました」
 普段なら、3人で手分けして情報を集めるのが早いのだが、今のリノにはそれだけの気力は無い。
 そう判断した彼女は、責任を感じながらもこう提案したのだ。
「なるべく早く戻るから……悪いけどお願い」
「はい、ナギサさんも頑張って下さい」
 それからすぐに彼女は駆け出していく。トラッドを無事に助け出す為に。
「リノさん……先に宿屋へ行きましょう」
「………………」
 彼女からの返事は無い。声すらも聞こえていないようであった。
 その時、ヤヨイはリノの身体がそれほど大きくない事に気付く。
 トラッドやナギサと比べれば小さいのだが、剣を振るう姿はそれを感じさせる事が無かった。
 無理にでも歩かせるつもりで肩に触れると、彼女はわずかに震えていた。
 そこに見えたのは怒りでも悔しさでもなく、深い哀しみ。
(リノさんにとって、師匠はやっぱり……)
 きっと彼女は自覚していない。それはいつも離れる事無く、ずっと傍にいたからだろうか。


 ヤヨイは今にも泣き出しそうな彼女を、強引に引っ張るようにして宿屋へと向かうのであった。
 



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