第41話 「答え」


 4人は翌朝早くにムオルの村を出て、再びダーマへと歩いていた。
「珍しいな」
「何が?」
 その途中、トラッドが曖昧な表情でナギサにそう呟く。
「いつもだったらキメラの翼で戻りそうなのに、って思ったから」
「……まぁ、たまにはね」
 彼が嫌がるのはいつもの事だが、今回は珍しく彼女も同意した。
 言葉の意図は分からなくても、特に反対する理由も無いのでリノとヤヨイもそれに従う。
「ところでアーニーに聞きたい事って?」
 今度はナギサがトラッドに質問をする。
 というのも、ダーマに戻ろうと最初に言ったのは彼だった。
「船なら色々な所に行けるけど、その分目的をしっかり持ってないとな」
「なるほどね」
 賢者、しかも大神官であるアーニーなら、自分たちが知らない事も知っていそうな気がする。
 だから、彼は話を聞いて目的地を決めようと考えたのであった。
「それなら夕方ぐらいがちょうど良さそうですね」
「ああ……」
 無邪気なその声に、彼は言われなければ分からないぐらいに顔を曇らせた。
(……ジパングの事も聞かないとな)
 そして、一度ヤヨイの顔を盗み見ると、難しい表情で空を仰ぎ見るのであった。



 特に問題も無く、太陽が西に沈みかけた頃にダーマへと辿り着いた。
 相変わらず重そうな扉は、違和感を与えながらも軽い手応えと共に開かれる。
「おかえりなさい」
 出迎えたのは、ナギサの親友であるアーニー。まるで帰って来るのが分かっていた様な笑顔だった。
「ただいま。もう仕事の方は良いの?」
「ちょうど今終わった所なの」
 その時、かつんという足音が響き、疲れた声が右の方から聞こえてきた。
「……いつもより早く締め切ってたからな」
「…………しばらく見ない間にやつれたわね」
 開いたままの扉から吹く風に、赤い色の長い髪がなびく。
「ラザ君、もう起きたの? よく眠れた?」
「おかげさまでな」
「……ラリホーね」
 ナギサだけは彼の身体にわずかに残る魔力の痕跡からそう理解する。
 後ろにいる3人は、その呟きに不憫そうな眼差しをするが、幸いラザには気付く余裕も無いようだった。
 そんな不可思議な空気が流れる中、アーニーは急にリノを見てからこう尋ねる。
「ところで皆さん、夕食は?」
「いや、まだだけど……」
「でしたら、これから一緒にいかがですか? あまり大した物はご用意できませんけど……」
「えっと……良ければ」
「それではすぐにご用意致しますね!」
 リノの返事に、彼女はぱぁっと笑顔を浮かべて、慌てながらも神殿の右の方へ走り出そうとして、またすぐに振り返った。
「あ、皆さんはゆっくり来て下さい」
「……アーニーの方こそ落ち着いてね」
 誰かと食事をするのが嬉しくて仕方が無い、その気持ちを知っていながらもナギサは苦笑いを浮かべるだけだった。


 30分ほど経った頃、走って息を切らしたアーニーがリノたちを食卓へ案内した。
 準備にさほど時間がかからなかったのが不思議だったのだが、トラッドは並べられた料理を見て納得する。
「皆様のお口に合えば良いんですけど……」
 慌てすぎて転んだ時に出来たおでこの痣にホイミを唱えながら、不安そうな顔で言う彼女。
 あまり派手さの無い料理だが、その分鮮やかな野菜の色が際立っている。
 素材をそのまま活かした料理、という感じで至ってシンプルなものばかりなのである。
「いただきますー」
 ヤヨイは顔の前に掌を重ねてそう言うと、視界に入った真っ赤なトマトを口に入れる。
「…………」
「お味はいかがでしょうか……?」
「……凄く美味しくてびっくりしました……」
「ほ、本当ですか!?」
「はい!」
 続いて食べたリノやトラッドも驚いた表情を見せた。
「……良かったです」
「ここの料理って美味しいのよね……味が深いっていうか」
「ああ」
 更にナギサやラザもそう言うので、アーニーはますます嬉しそうな顔になるのであった。


「あの……」
「はい?」
 綺麗になった皿が並ぶテーブル。6人はゆったりとした空気の中で水を飲んでいた。
 その時、一息ついたトラッドがアーニーに話しかける。
 しかし、尋ねたい事が多すぎて上手く言葉にする事が出来ないので、彼は旅の目的とこれまでの経緯を話し始めた。
「……バラモス、ですか」
「船も手に入ったんですけど、これからどうすればいいのか分からなくて・・・」
 トラッドは話している間に片付けられたテーブルの上に地図を広げる。
「世間ではですけど、バラモスはここ……ネクロゴンドにいる、と言われています」
 アーニーはメガネを上げてから、その場所を指差した。
「でも……高い山々に囲まれているので、徒歩どころか船でも入り込めない場所になっています」
「え……?」
 トラッドを始め、他の人間も一斉に言葉を失う。
「全く方法が無いわけではありません」
「……もしかしてラーミアの事?」
「…………うん」
 その時、今まで静かだったナギサが聞き慣れない言葉を口にした。
 唯一、その意味が分かるアーニーだけが不安そうな顔で頷く。
「ラーミア、って?」
 そこで、ようやく我に返ったリノがその名前について質問する。
「世界の全てを見る事が出来る存在、だそうです……」
「世界の……全て?」
「はい」
 トラッドの知る限り、人が世界を巡る手段は船と旅の扉の2つ。
 他に敢えて挙げるとすればキメラの翼だが、あの道具は知っている所にしか行く事が出来ない。
「各地にあると言われる6色のオーブを集めた者だけが、その力を手にする事が出来ると言われています」
「確か……赤、青、黄、紫、緑、銀……だったかしら?」
 ナギサの言葉に頷いてから、アーニーは両の手で小さな円を中空に描く。
「書物によると、これぐらいの大きさなんですけど……」
(ん……?)
 その時、トラッドの脳裏にある風景が浮かんだ。
「どうしたんですか?」
「いや……昔、それぐらいの赤い球を見かけた気がするんだけど……」
「……………………ええっ!? ど、何処ですか!?」
 がたん、というテーブルを叩く音共に、アーニーは身を乗り出して問い詰めてくる。
 言い伝えと言うだけあって、どうやら簡単に見つかる物では無いらしい。
「……父さんが持ってた……けど、誰かにあげてたような気がする」
「…………へぇ」
「一つじゃ何の役にも立たないからだって言ってたけど、そういう事――――っ!?」
 彼は納得したような口調で呟きかけたが、自分の頭から響くハリセンの音によって言葉を詰まらせる。
「親子揃って……全く」
「しょうがないだろ…………ところで他のオーブの手掛かりは無いのか?」
「確かですね……」
 アーニーは再び視線を地図に戻し、くまなく見渡して考え込んだ後でいくつかの場所を指差した。
「ここ……ランシールに青のオーブ。それとテドンに緑のオーブがあると伝えられてますけど……」
 先ほどの話にあったネクロゴンドのすぐ南側で、彼女は言葉を詰まらせた。
「バラモスに滅ぼされてしまったんです。だから今もあるのかまでは……」
「……行ってみないと分からない、か」
 彼の呟きにアーニーはただ頷くだけだったが、急に何かを思い出したらしく手をポンと叩く。
「後、ここですね」
 その一言に6人の意識は地図へと注がれた。そんな中、彼女が指し示したのは――――
「……ジパング?」
「はい。女王様が紫のオーブを持っているそうです」
「………………」
 トラッドはふと真正面にいるヤヨイを見てから、こう告げる。
「なら、次はジパングだな」
「え?」
 その答えを予想していなかったのか、彼女はハッとなって顔を上げた。
「情報もはっきりしてるし、一番近いからいいと思う」
 リノとナギサもその言葉に同意を示していた。
 その中で、ヤヨイだけは少し潤んだ瞳で彼の事を見つめているのであった。



「……お話って何ですか?」
 目的地は決まったものの、船が出来上がるまではしばらく時間がある。
 しかし、夜もすっかり更けたので明日の事は朝食の席で話そうという事になり、リノたちは宿へと向かった。
「少し聞きたい事があって」
 その途中、トラッドはアーニーから人気の無い場所を尋ねて、誰にも気付かれないように来て欲しいと頼んだのだった。
「私で分かる事でしたら……」
 彼は、ありがとう、と小さく礼を言った後、深呼吸をしてからこう質問する。
「ジパングって、どういう所なんだ?」
「え?」
「その……女の人が生贄にされるって噂を聞いたのと……」
「もしかして……ヤヨイさん、ですか?」
 驚くトラッドにアーニーは、服装から何となく、とだけ付け加えた。
 それから彼女との出会いについて話をする。
「……だから、ジパングに行くって」
「今まで口にはしなかったけど、ヤヨイも行きたそうな様子だったから」
「トラッドさんってやっぱり優しいんですね」
「…………そんな事」
 ふいと顔を背けたのは照れていたからだと思ったが、言葉に込められた気持ちからは何か別の感情が見え隠れしていた。
 それに気付かない振りをしながら、アーニーは口元に手を当てて考え始める。
「……生贄の話は聞いた事があります。けど、今もそうなのかは分からないんです」
「分からない?」
 あんなに近い場所にあるのに、とトラッドは内心思うが、それを見抜いたように彼女は更に言葉を紡いだ。
「ジパングというのは、他の国と全く関わろうとしないんです。必要な物は全て自分たちの手でどうにかしようとします。
 それに……そこの女王様には予知能力がある、と聞きました」
「つまり、他の国に頼らなくても大丈夫って事?」
「ええ……後、今の生活が脅かされる、と考えているのかもしれません」
「そうか……」
 その口調にアーニーはすぐに謝るが、トラッドは慌ててそれを止めながら、一緒に旅をしてきた彼女の事を思う。
(……まるでリノみたいだな)
 どれだけ力になりたい、と考えていても彼女は心の内を明かそうとしない。
 そして何か悩んでいる、というのに気付いてはいるものの、自分から尋ねる事すら出来ずにいる。
(もっと笑えばいいのに)
 彼は一度だけ見た小さな笑みを思い出して、わずかに頬を染めて動揺した。
 男と思っていても、あの表情は綺麗だと感じたし、何よりも嬉しかったのを覚えている。
「トラッドさん、どうかしました?」
「なっ……別に何も」
「でも、顔が赤いですけど……?」
 否定する言葉すら紡げない彼は首を大きく横に振ると、不自然におやすみの挨拶を告げるのであった。



「……何の話だ?」
 一方、トラッドとアーニーが別の場所で話していた頃。
「別に……特に何かあるわけじゃないんだけど……」
 ダーマ神殿の外。過ぎ去った年月を感じさせない整った緑色の外壁に、ナギサとラザがもたれかかる様に座り込んでいる。
 時間が時間な上、モンスターも凶暴化する夜の為、周りには全く人の気配は無い。
「それならもう寝た方がいいんじゃないのか?」
「これぐらい大丈夫よ。明日の予定もまだ決まってないし」
「……そうか」
 特に何も無いという彼女に呼び出された彼。当然、話が続くわけもなく、ただ時間だけが穏やかに過ぎ去っていく。
「あの……ね」
「何だ?」
 気まずい沈黙の中、珍しく緊張した様子で口を開いたナギサにラザは鋭く反応する。
「怒ってる?」
「いや、別に。そう見えたのか?」
「食事中、あんまり喋らなかったし……時々こっちを見てた様な気がしたから」
 そこまで言ってから恥ずかしくなったのか、気のせいかもしれないけど、と顔を逸らしながら彼女は小さく呟いた。
「旅の話を俺が邪魔するのもおかしな話だ」
「まぁ……そうよね」
 最もな意見に彼女はやはり彼の顔を見ずに納得する。
(……随分変わった)
 その隣でラザは昔と今のナギサの姿を重ね合わせていた。
(そういえば、こんなに表情が変わる事も無かったな)
 リノたちが見れば、今の様子の方がおかしいと思うかもしれない。それぐらい彼女の口調はぎこちなかった。
 彼は思わずくすりと小さく笑う。
「……何よ?」
「いや、変わったと思って」
「アーニーもそう言ってたけど……そんなに変?」
「……悪い意味じゃない」
 心なしかラザは自分の顔が、不可思議な熱を帯びているような気がした。
 辺りは闇に包まれている為、それは決してナギサには見えない。
 分かっていながらもつい反対側を向いてから、内に秘めていた気持ちを紡ぐ。
「……少し羨ましかっただけだ」
「え?」
 彼女にとって唐突で、あまりに突拍子も無い言葉。思わず疑問の声が零れる。
「随分すっきりした顔になって……迷いもあまり無い様に見えたから」
「そう?」
 ラザは小さく首を縦に振ってから、またぽつりと呟いた。

「俺も旅をすれば、何か答えが見つかるような気がした」

「答えねぇ……それは本人次第じゃないかしら? 私にもよく分からないし」
 それから思いついたようにナギサは言葉を更に重ねる。
「でも……ラザも変わったと思うけど?」
「そうか?」
「ほんの少しだけど……男前になったんじゃない?」
「…………何だそれは」
「これでも褒めてるつもりだけど」
「なら……素直に受け取っておくか」
 2人は小さく笑い合った。そこには数日前の険悪な空気はあまり無い。
 その時、ナギサの頭の中で何かが溶けようとする音が響くのだった。


「心配かけたな」
 しばらく互いの旅の話をしていたのだが、ナギサが欠伸を噛み殺すのを見て、ラザは苦笑いを浮かべながら告げる。
「別に……いつまでも鬱陶しい顔されてると迷惑だっただけよ」
 彼女は照れたような言いながら、すっと立ち上がって背伸びをした。
 遅れて彼も立ち上がると、宿に戻ろうとするナギサの背中に声をかける。
「ナギサ」
「何?」
 優雅に振り返った彼女の碧眼は、ただ真っ直ぐこちらを見ていた。
 その為、ラザは次の言葉を紡ぐのに躊躇ってしまい、顔を下に向ける。
「言いたい事があるなら、はっきり言ったら?」
「……また今度にする」
「しょうがないわね……その代わり言わなかったら、これで殴るから」
 ナギサはハリセンで、静まり返った夜の帳に風を切る音を響かせた。
 ああ、とだけラザは答え、張り付いた笑みのまま額に浮かぶ嫌な汗を右腕で拭う。
 それから2人並んで、宿へと足を向けるのだった。


(……迷惑だろうな)
 何も言葉を交わさずに歩く中、彼は先ほど言いかけた事を考える。
(ナギサたちと一緒に旅がしたい、なんて……)
 距離は縮まったかもしれないが、彼女との間に出来た溝が埋まったとは言えない。
 それに良い雰囲気の4人の中に自分が入ってもいいのだろうか、とも思う。
(…………)
 ふと隣を見ると、ナギサの金色の髪が月の光を浴びて神秘的な輝きを帯びていた。

 冷たい夜の風が吹く中で、ラザは昔に一度だけ感じた事がある熱を身体の中に感じるのであった。



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