第55話 「偉大なる魔法使い」


「ところで、最後の鍵って何?」

 ここはスーの村にある宿屋。情報集めを断念した4人は、夕食を取っていた。
 村が入り組んだ場所にあるせいか、リノたち以外は誰もいない。
 テーブルに並ぶのは、トバリの所でも食べた緑色のシチューと色鮮やかな野菜。
 何度か口にしたものの、やはりこの苦い味付けには全員難しい表情を浮かべていた。
「ん? ああ」
 急にナギサに尋ねられたトラッドは、一度水を飲んでから説明を始める。
「一言で言うと、どんな扉でも開けられる鍵の事だな」
「でも、それなら魔法の鍵でも十分じゃない?」
「いや……昔、父さんから聞いたんだけど……」
 彼はこめかみの辺りを右の人差し指でトントンと叩き、記憶を手繰り寄せようとした。
「鍵っていうのは、そもそも決められた扉を開ける為のものだろ?」
「まぁ、そうよね」
「魔法の鍵っていうのは、普通の、もしくはそれよりも弱い呪文がかけられた扉を開ける鍵なんだ」
「……つまり、それ以上だと開けれないって事?」
「ああ」
 だが、ナギサはそれだけで納得せず、更に質問を重ねてくる。
「じゃあ、最後の鍵はどう違うの?」
「……さっきの会話でマネマネ銀って言葉があっただろ?」
 3人は一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐに思い出したらしく、こくりと頷く。
「まず、呪文のかかった扉っていうのは、鍵穴の形が絶えず変化し続けていて、魔法の鍵にはそれを解除する呪文がかけられている」
「……そうなの?」
 きょとんと問い返すナギサに、彼は首を縦に振った。
 どうやら博識な彼女でも初めて聞く話らしい。
「それでマネマネ銀っていうのは、自由に形を変えれる金属で……最後の鍵はそれで作られてる」
「という事は……例え鍵穴がどれだけ変化しようとも、その鍵なら何も問題がないってわけね」
「そうだな……って、アバカムはどうなんだ?」
「……あ」
 そこでリノとトラッド、ナギサの3人はレーベの村での事を思い出す。
「どんな呪文の扉でも解除する高度な呪文なんだろ?」
「昔、おじいちゃんに教えてもらった時、構成が複雑過ぎると思ったのよね……」
「原理は知らないのか?」
「……余裕と必要が無かったのよ」
 知らずに唱えるというのも凄い事だが、それ以上に修行が過酷だったのだろう。
「トラッド、詳しいんだな」
 今にもハリセンが炸裂しそうな雰囲気の中、リノは食事の手を止めて感心したように呟いた。
「盗賊だしな……そういう事は一通り教わってるから」
 トラッドは照れているらしく、少し嬉しそうに顔を逸らす。
「……そういえば盗賊だったわね」
 しかし、ナギサの今更な言葉に、
「人を何だと……」
 彼は半眼で睨みつけながら、静かな怒りを込めてそう口にした。
 それに対して彼女はしばし考えてから、嬉しそうに返事をしようとしたが、
「……聞かない方が良いんじゃないのか?」
 ラザの妙な気遣いで、トラッド自身何かを悟ったらしく、右手をナギサの前に出してから食事を再開する。
(2人とも……本当によく飽きないな)
 そんな相変わらずの状況の中、リノは心の中でひっそりため息を吐くのだった。



 翌日、ちょうど太陽が頂点から傾き始めた頃。
「そういえば……なんで守り神なのかしらね?」
「……俺に聞くな」
 リノたちはスーを出発し、東の海を陸に沿って北上している所だった。


 朝食を取った後、4人は昨日エドから聞いた通り、村の長の家を再び訪れていた。
 結局、彼もエドと同じく使い方を知らなかったのだが、代わりに期待出来そうな話を聞く事が出来た。
「ナギサ、グリンラッドってどういう所なんだ?」
 長の口から紡がれた、偉大な魔法使いが住んでいるらしい場所。
 リノは知っている素振りを見せていたナギサに尋ねてみる。
「ん……個人的にはあまり行きたくない場所なんだけど……」
 彼女が表情を曇らせて言葉を濁らせていると、同じく知っているらしいトラッドが口を挟んだ。
「ずっと氷に覆われてる大陸、だったっけ?」
「……ずっと?」
 リノの生まれ育ったアリアハンは比較的暖かい。そのせいか彼女には想像がつかないようだった。
「要はそれだけ寒いって事なんだけど……好きじゃないのよね」
「……ノアニールやムオルよりも?」
 ナギサの言葉に、彼女はこれまで訪れた事がある村の名前を例えに出す。
「多分、比べ物にならないわよ」
「…………それはちょっと」
 その一言でリノは何となく肌寒さを感じ取ったのか、わずかに身体を震えさせた。
「ところでエジンベアはどんな国なんだ?」
 その時、舵を取っていたラザは話の途切れるのを見計らって、質問を投げかける。
 しかし、4人の中で最も博識であるはずのナギサからの返事が無く、ただ困ったような唸り声だけが聞こえてきた。
「……珍しいな。ナギサでも分からないなんて」
「あのねぇ……私は便利屋じゃないわよ?」
 彼の言葉にナギサは少し機嫌を損ねた様子で言葉を返す。
(……トラッドにはそう思っていそうだが)
 ラザの頭にふとそんな事がよぎったが、隣で空を見上げてる彼に不憫そうな視線を送るだけで何も言わなかった。
「何にせよ、行ってみるまでは分からないって事だな」
 井戸の守り神と呼ばれる老人から聞いたのは、遥か遠い昔話だった。


 ポルトガのちょうど北に位置する国、エジンベア。
 昔は内乱の激しい国だったらしく、王が頻繁に入れ替わっていたらしい。
 そしてある時、1人の王はこう考えた。

 圧倒的な力を証明すれば、誰も逆らおうと考えないのではないか、と。

 エジンベアの近くにある国はロマリアとポルトガ。
 ロマリアは、自国の強さを誇る為と実益を兼ね、モンスターを捕まえて闘技場を作り上げていた。
 ポルトガは強力な海軍を持っている事は有名な話で、とても敵いそうに無い。
 そこで悩んだエジンベアの王は――――スーの人々に目をつける。
 当時のスーは今と同じく畑を耕し、馬に乗って狩りをする生活を営んでいた。
 それをまず兵に探らせて、戦う力を持たない事を確認してから侵略を始めたのだ。
 その時の戦利品の中に渇きの壷があったらしい。
 ちなみに老人は帰りそびれたらしく、スーの人たちを恐れて井戸に隠れ住んでいるようだった。

「……でも、井戸の中って案外暮らしやすいのかしら?」
「そう言われても……」
 不意にナギサがいつの間にか海を眺めていたトラッドへ問いかける。
「水があるから……何とかなるのかもな」
「……まぁ、別に興味も無いんだけど」
 しかし、彼女は一生懸命考えた答えをあっさりと流した。
「なら訊くなよ……」
 胸にやりきれない想いを抱えたまま、トラッドは不機嫌そうな顔で再び大海原に視線を戻すのだった。



「……確かに寒いな」
 そして辿り着いたのは、全てが凍りに包まれた大地。
 わずかに見える緑色の草は、まるで遠慮でもしているように少しだけ生えている。
 リノは手袋に包まれた両手にはぁっと息を吐くが、気休め程度にしかならないようで、何度も掌を擦り合わせていた。
「それじゃあ、早速探しましょうか」
 一方、ナギサは寒そうな素振りを見せる事も無く、目的地を目指して歩き始める。
「……寒くないのか?」
 マントに包まったままのラザが、不思議そうな顔で尋ねると、
「……早く暖まりたいのよ」
 彼女はさも当然のようにそう答えた。
 どうやら、得意の気の持ちようでも、この寒さは耐え難いらしい。
 船の上での会話や今のナギサの様子に、
「何だかナギサが初めて人間らしく見えるな」
 トラッドは思った事をそのまま口にした。
「…………」
 その余計な一言に無言で振り向く彼女。リノとラザは何が起こるのかを察して、思わず顔を逸らす。
「あ、いや……一応、褒め言葉のつもり――――」
 気付いたトラッドも慌てて言い繕おうとしたが、
「何処が褒めてるのよ!」
 聞く耳を持つわけが無いナギサは、問答無用でハリセンを炸裂させた。
「……普段、あれだけ鋭いのに」
「どうして、時々こういう事を言うんだろうな……」
 背中から聞こえてくる痛烈な音を耳にしながら、リノとラザは不思議そうな顔で呟き合うのだった。


 それからしばらく歩いた所で、4人は温かな光を放つ一軒の家を発見した。
 よっぽど寒かったのか、ナギサが少し乱暴に扉を叩く。
 中からしわがれた返事が聞こえたと同時に、沢山の目がついている帽子を被った老人が姿を現わした。
 住んでいる場所が場所だけに、人間嫌いなのかと警戒した4人だったが、彼は寂しさを伴った人懐っこい笑顔で出迎える。
「まずは自己紹介じゃな……わしはダムドというんじゃ」
 老人は怪しげな色の紅茶を、欠けたカップに注ぎながら名前を告げた。
「……魔法使い、ですか?」
「いかにも」
 リノの真っ直ぐな問いかけに、ダムドは重々しく頷いている。
 だが、先ほどの笑顔がまだ印象に残っているせいか、威厳は欠片ほども感じる事が出来ない。
 4人は同じ事を思いながらも、それぞれ自己紹介をする。
「それにしても人に会うのは何年振りかのぅ……」
 そんな事に気付くはずも無いダムドは、しみじみとした口調で呟いた。
「……こんな所に住んでればねぇ」
「だからこそ、人の温かみをより深く感じられるものじゃよ」
「難儀な性格ね……」
 言葉としては妙に良い響きであったが、ナギサにかかれば皮肉の材料にしかならないらしい。
 そのやり取りが生んだ気まずい沈黙の中、トラッドは一つ咳払いをしてから本題に入った。
「あの……聞きたい事があるんですけど……」
「何じゃ?」
「……渇きの壷ってご存知ですか?」
「ふむ……」
 ダムドはすぐに答えない――――代わりに、色とりどりの本がぎっしり詰め込まれた棚へ足を運ぶ。
「あのー……」
「ちょっと待っておれ。ふぅむ……何処じゃったかのぅ……」
 彼は返事をしつつ、懐から拡大鏡を取り出して、一冊一冊凝視し始めた。
 どうやらあまり整理されていないようなのだが、滅多に人が訪れる事が無ければ当たり前かもしれない。
 ナギサは一息吐くと、テーブルの上の紅茶を一口飲んだ。
「……へぇ」
 そして感心したように呟いた時、
「おお……これじゃこれじゃ」
 ダムドはパンパンと本に積もっていた埃を払いながら、自分の椅子に座る。
 テーブルの上に置かれたのは深緑色の本。厚さはちょうど目の前に置かれているカップの半分ぐらい。
 表には細く滑らかな文字で、こう記されていた。

『飛び出せ! 壷の中身は不思議が一杯! 〜世界の壷大全集〜』

「……斬新なタイトルだな」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
 ラザの口調は明らかに褒めていないのだが、ダムドは前向きに解釈をしたようで、得意げに頷いている。
「飛び出すって、何処に……?」
 続いてトラッドが、訝しげな表情で尋ねると、
「勢いのある良い名前じゃろ?」
 彼はまるで少年のように輝く瞳で同意を求めてきた。
 それに対し、人の良いトラッドは苦笑の混じった相槌を打つ。
「不思議が一杯……?」
「うむ、子供の心を鷲掴みにする為じゃ」
 更に普段はあまり反応しないリノまでもが、ぼそりと呟いた。
 だが、ダムドは文句のつけようが無いと言わんばかりに、ぐっと親指を立てている。
「何だか色々考えられてるみたいだけど……この本って世界に何冊あるの?」
「ん? これ一冊だけじゃぞ?」
「……意味無いじゃない」
 呆れていたナギサだったが、急に何かを思いついた顔になると、おそるおそるこう問いかけた。
「まさか……これ書いたのって……」
「わしじゃ」
「…………」
 どうやら予想通りの答えだったようだが、彼女の顔は嬉しそうではなく、むしろ不安の色が濃くなっていく。
「まぁ、これだけ分厚い本じゃが、半分はわしの日々思う事が書かれておる」
「そんなの誰が読むのよ……」
「ふぉっふぉっふぉっ、勿論わしじゃよ」
 その陽気な一言にナギサが無言でハリセンを抜くと、それを頭上に掲げた。
「ナギサ、ちょっと待て!?」
 慌てたラザがすぐさま止めようと席を立ったが、無常にもハリセンは真っ直ぐ振り下ろされた。

 何故かトラッドの頭に。

 リノだけは嫌な予感がしていたらしく、目と耳を閉じて顔を逸らしていた。
「つぅ…………だから、何で俺を叩くっ!」
「……そうねぇ、人の痛みを教える為かしら?」
「うむ、それは大切な事じゃ」
「俺以外、誰も痛みを味わってない! それとダムドさんも同意しないで下さい!」
「じゃあ、断定すればいいの?」
「……そういう問題じゃない」
 トラッドは諦めたように俯くと、叩かれた部分を手で押さえる。まだ痛むらしい。
(ナギサって、どうしてラザは叩かないんだろ……?)
 彼を横目で見ていたリノは、ふとそんな疑問を感じたものの、何となく口に出来なかった。
「それで……渇きの壷っていうのは?」
「うむ、これじゃ」
 考え込むリノと落ち込むトラッド、そして感心しているラザをよそに2人は本題に戻る。
 開かれた本に書かれていたのは、口を開けた魚を象った壷の絵と、それについての説明文。
「ふむ……特別な場所にある浅瀬の近くに落とす、と書いてあるのぅ」
「特別な……? ちなみにそれ以外の所だとどうなるの?」
「何も起きんじゃろうな」
 おそらくそこがエドが言っていた西の海にある浅瀬で、封印が施されている場所。
「ありがと。とりあえず行ってみるわね」
 ナギサの言葉を合図に席を立つ4人。
 いつの間にか、彼女のカップだけ空になっていた。
「おお、そうじゃ」
 空いたカップを一瞥した後、ダムドも続いて立ち上がり、4人を呼び止める。
「おぬしら……変化の杖という物を知っておるか?」
 ふとラザはナギサの背中にある2本の杖を見た後で、彼女と顔を合わせた。
 だが、予想に反して返事をしたのは――――トラッド。

「……サマンオサにある……姿を変えられる杖……?」

「よく知っておるな」
「…………故郷、ですから」
「そうか。なら話は早い」
 決して穏やかではない彼の表情。リノはハッとなり、心配そうな顔でトラッドを見た。
 しかし、事情を知らないダムドは気にも止めず、幾分弾んだ口調で話を続ける。
「もし、手に入るような事があれば譲ってもらえぬか? 勿論、礼はするぞ」
「…………」
 トラッドは何も言わず、ただうなだれる様に首を縦に振った。
「確かに面白そうだけど……何に使うつもり?」
 会話を変えようとしたのか、ナギサは髪を指に絡ませながらダムドに問いかける。
 すると彼はわずかに頬を赤らめ、たどたどしい口調でぼそりと呟いた。

「た、例えば……おぬしみたいなピチピチギャルなんかに変わりたいと思ってのぅ……」

 眉間に皺を寄せたナギサは、冷ややかな視線を彼に向けた。
「……好きにすれば良いけど、多分無理ね」
「何故じゃ?」
 当然、ダムドは意味が分からず、不思議そうに尋ねてくる。
 するとナギサは、ウインクをしてから自信満々にこう答えた。

「私の魅力は……中身が伴ってるからよ」

 一瞬、目を丸くしたダムドだったが、
「ふぉっふぉっ、それは確かに無理じゃな」
 機嫌を損ねた様子は無く、むしろ楽しげに返事をする。
「……それじゃあ、行くわね」
「気をつけての。わしも久々に話が出来て、楽しかったぞ」
 再び立ち去ろうとした4人だったが、ナギサは急に振り返って、こう呟く。
「こっちこそ美味しい紅茶をありがと。また機会があったら、遊びに来るわね」


 そうして4人はダムドに見送られ、グリンラッドを後にするのであった。



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