第75話 「遠い昔の物語」


(何で……あんなこと、したんだ)
 久しぶりの故郷。サマンオサで過ごす、最初の夜。
(せっかく、リノが嬉しそうだったのに)
 遅めの夕食を終え、ふらりと散歩に出たトラッドは、ぼんやり天を眺めていた。
 星も見えない曇り空の下で、煌めく星を探すように。
 何となく手袋を置いてきた彼は、うすら寒い夜気を紛らわせるため、はぁっと掌を温める。
 すると、闇に映える頼りない白が、瞬く間に溶け消えていった。やはり、儚い。
(……何を思ってた?)
 そして、再び視線を戻す。夕暮れ時、固く握り締めていた掌へ。
 今はもう、普段の白さを取り戻しているが、部屋に入った直後は、まだ赤みを帯びていた。
 緊迫した状況なら、そういう事もあるかもしれない。が、あの時は、むしろ逆だ。
 ここ数日、沈んでいたリノに良い事があったのだから、一緒に喜ぶべき場面のはずだった。

 もし、自分が手を叩いて喜んでいたなら、じんわり残された熱も、違う意味を持っていたのだろうか。
 少なくとも、こんな風に落ち込む事はなかったのだろうか、と。

「あ……」
 そんな思考に迷い込んでいた時。
 トラッドは、ふと我へ返り、辺りを見渡した。
「ここは……?」
 特に意識せず歩いていた彼が辿り着いたのは、町の北東にある墓地。
 だが、トラッドにとっては、それだけではない。
「……俺はまだ、父さんに頼ろうとしてたのか」
 未だ拭い去れない、全ての始まり――つまり、彼の父親が死んだ場所であった。
 叫ぶ雨音。冷たくなる身体。そして、視界を埋め尽くす、真紅の海。
 薄れかけていた記憶が、まるで昨日の事のように蘇る。
 光すら及ばぬ深い闇が、精神を蝕んでいった。
 伴って、ぐにゃりと。トパーズの瞳が揺れ、景色が歪に映し出される。
 咄嗟に彼が頬へ触れると、微かに濡れていた。そこで初めて、自分が泣いている事に気づく。
(ちく、しょう……引きずってる場合じゃ、ないのに……)
 彼はきつく瞼を閉じ、手の甲で忙しなく擦りつけた。
 それでも、追いつかない。次から次へと、ほんのり温かい雫が土の上に落ちていく。
(……ああ、そうか)
 しかし、同時に気づきもした。
 怒りを覚えていたのは、リノにでもティルクにでもなく、
(俺は……また、力になれなかったのが、悔しかったんだ)
 他ならない自分への無力さだという事に。
 深く思い返せば、父親が死んだ時も。リノが何も言わずに、ランシールへ向かった時も。
 彼はただ、受け入れる事しかできなかった。
(もっと、強く……強く、ならなきゃ)
 涙を拭うのも忘れ、ひたすらに願うトラッド。だが、彼はまだ気づいていない。
 自分がリノを大切に想う理由――――根源とも言うべき、本当の気持ちに。



「そういえば、リノちゃん」
「なに?」
「ティルクさんって、どういうお知り合いなの?」
「えっ……」
 翌日の朝食時。太陽すらも覆い隠す分厚い雲の群れは、とうとう泣き出し始めた。
 むしろ、今まで降らなかった事の方が不思議だが、トラッドにとっては違う。
(これで強くなったら……あの日と同じだ)
 何故なら、サマンオサに雨という組み合わせは、忌むべき記憶のカケラだからである。
 たかが雨。されど雨。トラッドが、どれだけそう思い込もうとしても。
 囁きは耳と脳裏にこびりつくばかりで、一向に離れようとしない。
 そんな中、ナギサの質問に呆然と固まっていたリノは、隣の彼を意識しながら、ゆっくり唇を上下させた。
「……昔、よく遊びに来てくれた人」
「遊びに……って、アリアハンまで?」
「うん」
 リノはこくりと頷き、一息吐いてから、こう続けた。
「父さんの親友――サイモンさんの子供だから」
「…………へ?」
 今度はナギサが呆然となる。更に、隣ではラザとトラッドも、よく似た表情を浮かべている。
「……なるほど。それなら、辻褄が合うな」
「ごめん。すぐに言えば良かったんだけど」
「ううん。昨日はみんな疲れてたし、色んなこともあったから」
 納得するラザとナギサは、気にしてないとでも言うように、パタパタと手を振った。
 事情を話せば、ティルクも協力してくれたかもしれない。
 とはいえ、彼女が気に病むほどではない、というのも事実。誰もリノを責めるつもりはなかった。
「でも、ティルクさん。ゆっくり話がしたいって言ってたから、近い内にまた会えるわよ」
「そう、なの?」
「というわけで、私も話しそびれちゃったから、これでおあいこ……ねっ?」
「……うん」
 ナギサの励ましに、小さく首肯するリノは、昨日より元気そうだった。
(やっぱり、再会できて嬉しかったんだよな……)
 その傍らで、トラッドは胸中で反省し、
(今度、二人にちゃんと謝ろう)
 非礼を詫びようと考える。相変わらず、本当の理由には気づかないまま。
 そうして、仮初めの理由で納得したトラッドが、食事に集中し始めた矢先。
「……ところで、今日のことなんだけど」
 おもむろに今後の予定を言いかけたナギサだが、
「朝食が済んだら、早速――」
 不意に碧眼を細めると、右側の窓を見据えつつ、言葉を切った。
 つられて、三人も同じ方角に顔を向けるが、外には誰もいない。新緑の揺れる、小庭園があるだけだ。
「ナギサ?」
「………………」
「町の人たちに、話を聞くんじゃなかったのか?」
 ラザは紅茶の入ったカップを置き、首を傾げながら尋ねる。
 付け加えると、昨夜も少し話していた内容だ。本来なら、確認するまでもない。
「うん。私も、そう思ってたけど……」
「何だ?」
 だが、彼女は言葉を濁して、席を立つ。いつもは楽しみにしている、食後の紅茶を頼みもせずに。
「ちょっと待ってて。その前に一つ、しなきゃならないことができたみたい」
 未だに状況は分からないが、ナギサの纏う空気は、質問を躊躇うほど真剣で、同時に信頼もしている。
「……分かった」
 ラザは少し間を置いてから、首を縦に振った。
 対して、ナギサは慎重に、足早にならないよう、宿を出る。
(もしかしたら、とは思ってたけど……こんなに早く機会が来るなんてね)
 束の間、銀髪の彼を一瞥した後で。


 ナギサが戻ってきたのは、わずか数分後の事だった。

 独りではなく――二人で。


 彼女の背後に、もう一人。巨躯を携えた男が立っている。
 陽に焼けた茶色の髪。猛禽の獣を連想させる、鋭利な黒の瞳。
 そして、程よく引き締まった頬から顎にかけては、不精髭が点在していた。
 しかし、容姿の割に肌は健康的な褐色。酷く不釣り合いだ。
 着ている服は、漆黒に統一された上下。年齢は三十前後といったところだろうか。
 少なくとも、リノとラザには見覚えがない。
「っ!」
 だが、トラッドは弾かれたように目を見開き、
「思ってたより渋い男だったから、私も驚いたわ」
 ナギサは呑気に感想を紡いでいた。
 一方、男は面倒臭そうに頭を掻いた後、右足を一歩踏み出してから呟く。
「……久しぶりだな。といっても、そっちの赤い髪の兄ちゃんは初対面か」
 淡々と。表面上は、再会を懐かしむ言葉を。
 それを聞いて、リノは彼の正体にようやく気がついた。
「何の用だ――カンダタ」
 かつて二度、刃を交え。トラッドが今、憎悪も露わに吐き捨てた人物だという事に。
「今日は襲いかかってこないんだな」
 しかし、カンダタは質問に答えず、皮肉混じりに返事をする。
「勘違いするな。別に許したわけじゃない」
「じゃあ、どういう風の吹き回しだ?」
「それは……ただ」
「ただ?」
 彼は言い淀むが、それも一瞬。
 わずかにリノを盗み見て、顔を上げたトラッドは、
「……もっと、大切なことがあるだけだ」
 トパーズの瞳に父親の仇を映し、強く言葉を口にした。
「ほう、少しは成長したか……いい傾向だ」
 肩を竦め、表面上は呆れているカンダタだが、紡がれる音色は喜びにも似た感心。
 完全に不意を突かれたトラッドは、そのまま俯いてしまった。
 戸惑っているのか。それとも、照れているのだろうか。
(……随分、懐かしい顔だ)
 どちらにしても悪い気はしない、と。
 カンダタは胸中で呟き、誰にも悟られないよう、小さく微笑んだ。
「そ、それで何の用だよ……!?」
「んー……」
 勢いに任せたトラッドの問いかけに、視線を泳がせる彼。
「私が来てもらったの。ほら、さっき外を見てたでしょ?」
 そこで代わりに答えたのは、ナギサだった。
「まぁ、覆面のおかげで分かったんだけど……何で取っちゃったの?」
「……当たり前だ。あんな怪しい格好で、こんな場所に入れるわけないだろ」
「自覚はあるんだ? でも、残念ね……似合ってるのに」
「嬉しくねぇし、趣味でもねぇよ」
 だが、まともに答える気はさらさらないのか。
 彼女は相も変わらず、呑気な会話を続ける。正直、この場にいる誰も意図が読めない。
「それはともかく」
「……今度は何だ」
 更に咳払い一つで話を戻すナギサ。トラッドは怒りではなく、呆れを覚える。
 一方、傍らで見ていたリノとラザは、空気を和らげる彼女なりの気遣いかと思ったが、
(いや……どうなんだろう)
 それも束の間。やはり判断がつかず、首を傾げるだけだった。
 しかし、ナギサは呟きに唇を割る。
「真実、知りたくないの?」
 複雑な感情を宿した瞳で、一心に彼を見据えながら。
「……しん、じつ?」
「ええ。トラッドの過去、って言い換えてもいいわ」
 反論どころか、躊躇いすらも許さない声が響く。まるで、知るべきだ、とでも言いたげに。
「俺が……俺が知らなきゃいけないことなんて、もう何も」
 ない――と、トラッドは強引に拒否を試みようとした。
「怖いの?」
 だが、それよりも早く。何かに持ち上げられた両掌が、柔らかく包み込まれる。正体は、ナギサの白い両掌。
 普段の印象と違って、思いの外小さなそれは、微かな震えを伝えてきた。
(ナギ、サ?)
 ふと顔を上げると、憂いを帯びた彼女の碧眼に、言葉を失った彼が映っていた。
「無理もないわね……誰かの忘れたい傷跡に触れるなんて、私でも怖いもの」
「……だったら、どうして」
 しかし、震えを止められなくても、ナギサは決意を口にした。
「必要だと思ったから……二人が仲直りするために、ね」
「え?」
 隠された真実に気づきかけた時から、ずっと秘めていた願いを。
「いくら考えてみたところで、私のは推測。説得力はないわ」
「…………」
「それに、トラッドの父さんとサイモンさんが知り合いって聞いたから……カンダタに会えるかも、って期待もしてた」
「……なんで、そこまで」
 尋ねるトラッドに、彼女はゆっくり手を離し、くるりと全員に背中を向ける。
「私のワガママだけど……イヤなのよ。どういう理由でも、誰かが誰かを憎んでるって……その憎んでる相手が仲間だったり、憎まれてる相手が悪党に見えなかったら、なおさらよ」
 そして、身勝手でありながらも真っ直ぐな、酷く優しい本心を告げた。
「…………分かった」
 彼は銀髪をかき上げ、首を小さく縦に振った後、カンダタを睨みつける。
 だが、ナギサの想いのせいか。それとも、待ち受ける真実への怖れか。
 既にトパーズ色の憎悪が揺らぎ始めている事を、トラッドは気づいていなかった。



 程なくしてリノたちは、男二人が泊まる部屋へ戻った。
 備え付けの椅子二脚。そこには、話の中心であるトラッドとカンダタ。
 リノとナギサは、それぞれベッドの上に座り、ラザは窓際にもたれかかっている。
 そんな風に誰もが、今か今かと言葉を待っている中。
「さて……どこから話したもんか……」
 真実を知るカンダタが、最初に紡いだのは困惑だった。
「姐さん……ナギサって、言ったか?」
「ええ。何かしら?」
 が、何を思ったのか。不意に彼は、確認混じりに彼女を呼ぶと、
「推測でいいから、これまでに気づいたことを話してくれねぇか? 何か取っ掛かりが欲しくてな」
 ぶっきらぼうな口調で、悪びれず頼んだ。どうも、語るという行為が苦手らしい。
「……そうね。じゃあ、一つだけ」
「何だ?」
 すると、ナギサは遠慮がちに問いかける。
「トラッドの生まれた場所……サマンオサじゃないでしょ?」
「え?」
 彼自身も知らない、真実の一端を。
「ほう……何故、そう思う?」
 対してカンダタは、肯定も否定もせずに眉をひそめ、質問を返した。
「首の後ろ。印があったのよ」
「しる、し?」
「一度見ただけなら記憶に残らない、忘却の呪文を施された魔力印――片翼の天使がね」
 言われた箇所に手を当てていたトラッドは、大きく目を見開いた。
「片翼の天使っていうのは、欲望の檻という結界に閉じこめるための禁呪文よ。中に入ることはできても、決して外には出られないわ」
「…………」
「ただ、発動までに約一週間。それも、結界の中に限られてる」
「じゃあ……その前に結界を出れば、発動しない……?」
 そこで鋭い質問が上がる。トラッドだ。
「そうね。ちょうど今のトラッドみたいに、刻印と忘却の呪文が残る形になるわ」
「……そうか」
 ナギサの答えは迷いがない。彼も安堵したのは事実だった。
 だが、これ以上先。何故、片翼の天使が自分の身体に刻まれているのかが、どうしても聞けなかった。
「トラッド……続けていい?」
「えっ」
 それを察したらしいナギサの気遣いに、トラッドが顔を上げると、
「あ……」
 リノやラザも真っ直ぐ一途に、こちらを見据えていた。
 言うまでもない。共に旅をしてきた三人は、自分の事を案じてくれているのである。
「ん……大丈夫。それと、ありがとう」
 彼は礼を告げ、話の続きを促した。
「……礼なんて言わないの。こんなの、当たり前なんだから」
 対照的に、少しペースを乱したナギサは、小さく頬を膨らませつつ、話を再開させた。
「とにかく。その結界……欲望の檻は、一度中に入ってるわ」
「え?」
「それが――ルザミよ」
 思いがけない場所に、リノとトラッドは驚愕する。
「あの後、パブロに聞いたんだけど……島の人たちはみんな、片翼の天使を刻まれてるのよ」
「まさか……誰も外に出さないために……?」
「ええ。生後間もない赤ちゃんに至るまで、ね」
「…………」
「しかも念入りに、目隠しの呪文まで掛かっていたわ。もっとも、トラッドには効果がなかったみたいだけど」
 ルザミは孤島だが、万が一がないとは言えない。
 樹木が育てば、イカダを造り。もしくは偶然、リノたちのような船が通り過ぎる可能性もある。
 アリアハンは徹底して、彼らを閉じこめようとしたのだろう。
「じゃあ、俺は……捨てられたのか」
 片翼の天使が発動していない。言い換えれば、生まれ落ちてすぐに外へ流されたという事。
 でなければ――
 トラッドがサマンオサで育った事。
 結界内を自由に行き来できた事。
 四人の中で、自分だけルザミが見えていた事、など。
 これらの現象に対する説明がつかない。
「もしかすると……トラッドの両親や島の人たちは、トラッドだけでもって思ったんじゃない?」
「え?」
 その時、唐突に。ナギサは穏やかな声で話し始めた。
「他に方法がなかったとはいえ、無茶だったと思うわ。でも……信じたのよ」
「…………」
「トラッドがルザミ以外の場所で……幸せになれますように、って」
 儚くとも優しい。そんな願いを。
「……そんなの――」
 が、トラッドは束の間の迷走の末に、否定しようとする。
 それはあまりに優しすぎる、都合のよい絵空事だと。
「随分……悩んだらしい」
 しかし、それを遮ったのは、
「片翼の天使が発動するまでの間、準備を進めてはいたが……文字通り、夜も眠れないほどにな」
 真実の語り手であるカンダタだった。
 彼は振り返る四人を一瞥した後、ナギサの推測をキッカケに言葉を重ねていく。
「さっき、パブロの名前が出たということは……墓標へ行ったのか?」
「……外の世界に憧れてるっていう女の人、か?」
「ああ。その人が……お前の母親だ」
「かあ、さん?」
 直後、がたんと。トラッドの落とした両腕に、テーブルと紅茶が揺れた。
「元々、身体が弱かったらしくてな。小僧を生んで送り出した後、静かに息を引き取った……」
「…………」
「外を向いていたのは、もちろん憧れもある。だが、本当の理由は……ずっと、お前を見守るためで」
「……っ!」
 ハッと息を呑むトラッド。
「最初は島の人間に反対されていたが……それでも、結果的に姐さんの言う通りってわけだ」
 カンダタは頭をかき、そっぽを向いて呟いた後、
「にしても、大した洞察力だな」
 ふと感心したように呟いた。過去を知るトラッドは、珍しい光景だと思った。
「たまたまよ。強いて言うなら、日頃の行いが良いからかしらね?」
 だが、ナギサの返事を聞いた途端、彼は顔を曇らせる。
「…………さて、話の続きだが」
 そして、不自然極まりない空白を置き、小声で一言。
 まるで何事もなかったかのように、だ。これもまた、珍しい。
「ちょっと、今の間はどういう――……まぁ、いいわ」
 当然、ナギサは不穏な気配を感じるものの、不機嫌そうに諦めた。



「で……ちょうど知り合いの海賊と船に乗っていた時、親父さんがお前を見つけたんだ」
 沈黙、というよりは小休止を経て、カンダタが再び口を開く。
「海賊って……レイヴンさん?」
「なんだ、知って……ああ、そうか。だから、サマンオサに……」
 その時、はたと尋ねたリノの言葉に彼は、今更ながら四人とここで出会った理由に気がついた。
 よくよく思い返してみると、ナギサも先ほどサイモンの名前を出している。
 それにトラッドがいるのなら、レイヴンもサマンオサの現在を説明するに違いない。
 自ら思い立ってか、もしくは頼まれてか。
 それは分からないが、彼を助ける手がかりを求めて、リノたちがここを訪れた事は容易に想像できた。
「……いや。その話は後だ」
 しかし、今はトラッドの事。
 既に始めてしまった以上、真実を先延ばしにし、迷いを抱かせたままにするのはよくない。
「レイヴンもいたが、まだ小さかったからな。その時の頭領は、アイツの親父さんになる」
 そう考えたカンダタは、ひとまず話を元に戻す。
 他の四人も申し訳なさそうではあったが、意図を理解して、それぞれに首肯した。
「最初は見捨てなくても、どこかの教会に預ければいいと、俺は考えていた。ガキなんざ、厄介な荷物にしかならねぇからな」
「…………」
「にも拘わらず、親父さんは首を縦に振らなかった」
「へ?」
 義賊とはいえ、真っ当な結論だと思っていたトラッドは、つい間の抜けた声を漏らす。
 彼の父親がそうしなければ、自分は今ここにいないと分かっていながらも。
 逆にカンダタは、わずかな苦笑いを滲ませ、言葉を繋いだ。
「俺はすぐ親父さんに聞いた。子供が好きなのか、って」
「父さんは、何て?」
 そして、トラッドの素朴な疑問に、
「世界で一番大嫌いだと、それも大笑いで答えやがった」
 彼はからっとした口調で、ぞんざいに言い放つ。
 しかし、目は遠い昔を懐かしむようで、紡ぐ音色には一切の緊張がない。
 トラッドの父親を、どれほど慕っているのかが分かる。そんな声。
 だからこそ、どうしても信じられない。命を奪ったという、残酷な過去が。
 ナギサやリノ、初対面のラザ、これまでそう信じてきたトラッドさえも、だ。
「まぁ、お前とのやり取りを見ていると、本当は嫌いじゃないのかもしれねぇが……逃れられない理由も、確かにあった」
 唐突に。カンダタは表情を険しくし、真剣味を帯びた声色で厳かに告げる。
「理由?」
「ああ。小僧には言ってないが――盗賊の眼だ」
 彼が直後に紡いだのは、有り触れているようで特別な響きを持つ、不可思議な言葉だった。
 だが、博識なナギサや関係があるはずのトラッド、そして窓際に佇んでいるラザも返事をしない。
 それどころか、初めて耳にしたような表情を浮かべている。
 どうやら、あまり広く知られているような言葉ではないらしい。

「聞いたこと……ある」

 しかし、唯一。
 イシス女王から尋ねられた事があるリノだけは、弾かれたように顔を上げ、ぽつりと呟いた。






次の話へ

目次へ