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(何で……あんなこと、したんだ) 久しぶりの故郷。サマンオサで過ごす、最初の夜。 (せっかく、リノが嬉しそうだったのに) 遅めの夕食を終え、ふらりと散歩に出たトラッドは、ぼんやり天を眺めていた。 星も見えない曇り空の下で、煌めく星を探すように。 何となく手袋を置いてきた彼は、うすら寒い夜気を紛らわせるため、はぁっと掌を温める。 すると、闇に映える頼りない白が、瞬く間に溶け消えていった。やはり、儚い。 (……何を思ってた?) そして、再び視線を戻す。夕暮れ時、固く握り締めていた掌へ。 今はもう、普段の白さを取り戻しているが、部屋に入った直後は、まだ赤みを帯びていた。 緊迫した状況なら、そういう事もあるかもしれない。が、あの時は、むしろ逆だ。 ここ数日、沈んでいたリノに良い事があったのだから、一緒に喜ぶべき場面のはずだった。 もし、自分が手を叩いて喜んでいたなら、じんわり残された熱も、違う意味を持っていたのだろうか。 少なくとも、こんな風に落ち込む事はなかったのだろうか、と。 「あ……」 そんな思考に迷い込んでいた時。 トラッドは、ふと我へ返り、辺りを見渡した。 「ここは……?」 特に意識せず歩いていた彼が辿り着いたのは、町の北東にある墓地。 だが、トラッドにとっては、それだけではない。 「……俺はまだ、父さんに頼ろうとしてたのか」 未だ拭い去れない、全ての始まり――つまり、彼の父親が死んだ場所であった。 叫ぶ雨音。冷たくなる身体。そして、視界を埋め尽くす、真紅の海。 薄れかけていた記憶が、まるで昨日の事のように蘇る。 光すら及ばぬ深い闇が、精神を蝕んでいった。 伴って、ぐにゃりと。トパーズの瞳が揺れ、景色が歪に映し出される。 咄嗟に彼が頬へ触れると、微かに濡れていた。そこで初めて、自分が泣いている事に気づく。 (ちく、しょう……引きずってる場合じゃ、ないのに……) 彼はきつく瞼を閉じ、手の甲で忙しなく擦りつけた。 それでも、追いつかない。次から次へと、ほんのり温かい雫が土の上に落ちていく。 (……ああ、そうか) しかし、同時に気づきもした。 怒りを覚えていたのは、リノにでもティルクにでもなく、 (俺は……また、力になれなかったのが、悔しかったんだ) 他ならない自分への無力さだという事に。 深く思い返せば、父親が死んだ時も。リノが何も言わずに、ランシールへ向かった時も。 彼はただ、受け入れる事しかできなかった。 (もっと、強く……強く、ならなきゃ) 涙を拭うのも忘れ、ひたすらに願うトラッド。だが、彼はまだ気づいていない。 自分がリノを大切に想う理由――――根源とも言うべき、本当の気持ちに。 「そういえば、リノちゃん」 「なに?」 「ティルクさんって、どういうお知り合いなの?」 「えっ……」 翌日の朝食時。太陽すらも覆い隠す分厚い雲の群れは、とうとう泣き出し始めた。 むしろ、今まで降らなかった事の方が不思議だが、トラッドにとっては違う。 (これで強くなったら……あの日と同じだ) 何故なら、サマンオサに雨という組み合わせは、忌むべき記憶のカケラだからである。 たかが雨。されど雨。トラッドが、どれだけそう思い込もうとしても。 囁きは耳と脳裏にこびりつくばかりで、一向に離れようとしない。 そんな中、ナギサの質問に呆然と固まっていたリノは、隣の彼を意識しながら、ゆっくり唇を上下させた。 「……昔、よく遊びに来てくれた人」 「遊びに……って、アリアハンまで?」 「うん」 リノはこくりと頷き、一息吐いてから、こう続けた。 「父さんの親友――サイモンさんの子供だから」 「…………へ?」 今度はナギサが呆然となる。更に、隣ではラザとトラッドも、よく似た表情を浮かべている。 「……なるほど。それなら、辻褄が合うな」 「ごめん。すぐに言えば良かったんだけど」 「ううん。昨日はみんな疲れてたし、色んなこともあったから」 納得するラザとナギサは、気にしてないとでも言うように、パタパタと手を振った。 事情を話せば、ティルクも協力してくれたかもしれない。 とはいえ、彼女が気に病むほどではない、というのも事実。誰もリノを責めるつもりはなかった。 「でも、ティルクさん。ゆっくり話がしたいって言ってたから、近い内にまた会えるわよ」 「そう、なの?」 「というわけで、私も話しそびれちゃったから、これでおあいこ……ねっ?」 「……うん」 ナギサの励ましに、小さく首肯するリノは、昨日より元気そうだった。 (やっぱり、再会できて嬉しかったんだよな……) その傍らで、トラッドは胸中で反省し、 (今度、二人にちゃんと謝ろう) 非礼を詫びようと考える。相変わらず、本当の理由には気づかないまま。 そうして、仮初めの理由で納得したトラッドが、食事に集中し始めた矢先。 「……ところで、今日のことなんだけど」 おもむろに今後の予定を言いかけたナギサだが、 「朝食が済んだら、早速――」 不意に碧眼を細めると、右側の窓を見据えつつ、言葉を切った。 つられて、三人も同じ方角に顔を向けるが、外には誰もいない。新緑の揺れる、小庭園があるだけだ。 「ナギサ?」 「………………」 「町の人たちに、話を聞くんじゃなかったのか?」 ラザは紅茶の入ったカップを置き、首を傾げながら尋ねる。 付け加えると、昨夜も少し話していた内容だ。本来なら、確認するまでもない。 「うん。私も、そう思ってたけど……」 「何だ?」 だが、彼女は言葉を濁して、席を立つ。いつもは楽しみにしている、食後の紅茶を頼みもせずに。 「ちょっと待ってて。その前に一つ、しなきゃならないことができたみたい」 未だに状況は分からないが、ナギサの纏う空気は、質問を躊躇うほど真剣で、同時に信頼もしている。 「……分かった」 ラザは少し間を置いてから、首を縦に振った。 対して、ナギサは慎重に、足早にならないよう、宿を出る。 (もしかしたら、とは思ってたけど……こんなに早く機会が来るなんてね) 束の間、銀髪の彼を一瞥した後で。 ナギサが戻ってきたのは、わずか数分後の事だった。 独りではなく――二人で。 彼女の背後に、もう一人。巨躯を携えた男が立っている。 陽に焼けた茶色の髪。猛禽の獣を連想させる、鋭利な黒の瞳。 そして、程よく引き締まった頬から顎にかけては、不精髭が点在していた。 しかし、容姿の割に肌は健康的な褐色。酷く不釣り合いだ。 着ている服は、漆黒に統一された上下。年齢は三十前後といったところだろうか。 少なくとも、リノとラザには見覚えがない。 「っ!」 だが、トラッドは弾かれたように目を見開き、 「思ってたより渋い男だったから、私も驚いたわ」 ナギサは呑気に感想を紡いでいた。 一方、男は面倒臭そうに頭を掻いた後、右足を一歩踏み出してから呟く。 「……久しぶりだな。といっても、そっちの赤い髪の兄ちゃんは初対面か」 淡々と。表面上は、再会を懐かしむ言葉を。 それを聞いて、リノは彼の正体にようやく気がついた。 「何の用だ――カンダタ」 かつて二度、刃を交え。トラッドが今、憎悪も露わに吐き捨てた人物だという事に。 「今日は襲いかかってこないんだな」 しかし、カンダタは質問に答えず、皮肉混じりに返事をする。 「勘違いするな。別に許したわけじゃない」 「じゃあ、どういう風の吹き回しだ?」 「それは……ただ」 「ただ?」 彼は言い淀むが、それも一瞬。 わずかにリノを盗み見て、顔を上げたトラッドは、 「……もっと、大切なことがあるだけだ」 トパーズの瞳に父親の仇を映し、強く言葉を口にした。 「ほう、少しは成長したか……いい傾向だ」 肩を竦め、表面上は呆れているカンダタだが、紡がれる音色は喜びにも似た感心。 完全に不意を突かれたトラッドは、そのまま俯いてしまった。 戸惑っているのか。それとも、照れているのだろうか。 (……随分、懐かしい顔だ) どちらにしても悪い気はしない、と。 カンダタは胸中で呟き、誰にも悟られないよう、小さく微笑んだ。 「そ、それで何の用だよ……!?」 「んー……」 勢いに任せたトラッドの問いかけに、視線を泳がせる彼。 「私が来てもらったの。ほら、さっき外を見てたでしょ?」 そこで代わりに答えたのは、ナギサだった。 「まぁ、覆面のおかげで分かったんだけど……何で取っちゃったの?」 「……当たり前だ。あんな怪しい格好で、こんな場所に入れるわけないだろ」 「自覚はあるんだ? でも、残念ね……似合ってるのに」 「嬉しくねぇし、趣味でもねぇよ」 だが、まともに答える気はさらさらないのか。 彼女は相も変わらず、呑気な会話を続ける。正直、この場にいる誰も意図が読めない。 「それはともかく」 「……今度は何だ」 更に咳払い一つで話を戻すナギサ。トラッドは怒りではなく、呆れを覚える。 一方、傍らで見ていたリノとラザは、空気を和らげる彼女なりの気遣いかと思ったが、 (いや……どうなんだろう) それも束の間。やはり判断がつかず、首を傾げるだけだった。 しかし、ナギサは呟きに唇を割る。 「真実、知りたくないの?」 複雑な感情を宿した瞳で、一心に彼を見据えながら。 「……しん、じつ?」 「ええ。トラッドの過去、って言い換えてもいいわ」 反論どころか、躊躇いすらも許さない声が響く。まるで、知るべきだ、とでも言いたげに。 「俺が……俺が知らなきゃいけないことなんて、もう何も」 ない――と、トラッドは強引に拒否を試みようとした。 「怖いの?」 だが、それよりも早く。何かに持ち上げられた両掌が、柔らかく包み込まれる。正体は、ナギサの白い両掌。 普段の印象と違って、思いの外小さなそれは、微かな震えを伝えてきた。 (ナギ、サ?) ふと顔を上げると、憂いを帯びた彼女の碧眼に、言葉を失った彼が映っていた。 「無理もないわね……誰かの忘れたい傷跡に触れるなんて、私でも怖いもの」 「……だったら、どうして」 しかし、震えを止められなくても、ナギサは決意を口にした。 「必要だと思ったから……二人が仲直りするために、ね」 「え?」 隠された真実に気づきかけた時から、ずっと秘めていた願いを。 「いくら考えてみたところで、私のは推測。説得力はないわ」 「…………」 「それに、トラッドの父さんとサイモンさんが知り合いって聞いたから……カンダタに会えるかも、って期待もしてた」 「……なんで、そこまで」 尋ねるトラッドに、彼女はゆっくり手を離し、くるりと全員に背中を向ける。 「私のワガママだけど……イヤなのよ。どういう理由でも、誰かが誰かを憎んでるって……その憎んでる相手が仲間だったり、憎まれてる相手が悪党に見えなかったら、なおさらよ」 そして、身勝手でありながらも真っ直ぐな、酷く優しい本心を告げた。 「…………分かった」 彼は銀髪をかき上げ、首を小さく縦に振った後、カンダタを睨みつける。 だが、ナギサの想いのせいか。それとも、待ち受ける真実への怖れか。 既にトパーズ色の憎悪が揺らぎ始めている事を、トラッドは気づいていなかった。 程なくしてリノたちは、男二人が泊まる部屋へ戻った。 備え付けの椅子二脚。そこには、話の中心であるトラッドとカンダタ。 リノとナギサは、それぞれベッドの上に座り、ラザは窓際にもたれかかっている。 そんな風に誰もが、今か今かと言葉を待っている中。 「さて……どこから話したもんか……」 真実を知るカンダタが、最初に紡いだのは困惑だった。 「姐さん……ナギサって、言ったか?」 「ええ。何かしら?」 が、何を思ったのか。不意に彼は、確認混じりに彼女を呼ぶと、 「推測でいいから、これまでに気づいたことを話してくれねぇか? 何か取っ掛かりが欲しくてな」 ぶっきらぼうな口調で、悪びれず頼んだ。どうも、語るという行為が苦手らしい。 「……そうね。じゃあ、一つだけ」 「何だ?」 すると、ナギサは遠慮がちに問いかける。 「トラッドの生まれた場所……サマンオサじゃないでしょ?」 「え?」 彼自身も知らない、真実の一端を。 「ほう……何故、そう思う?」 対してカンダタは、肯定も否定もせずに眉をひそめ、質問を返した。 「首の後ろ。印があったのよ」 「しる、し?」 「一度見ただけなら記憶に残らない、忘却の呪文を施された魔力印――片翼の天使がね」 言われた箇所に手を当てていたトラッドは、大きく目を見開いた。 「片翼の天使っていうのは、欲望の檻という結界に閉じこめるための禁呪文よ。中に入ることはできても、決して外には出られないわ」 「…………」 「ただ、発動までに約一週間。それも、結界の中に限られてる」 「じゃあ……その前に結界を出れば、発動しない……?」 そこで鋭い質問が上がる。トラッドだ。 「そうね。ちょうど今のトラッドみたいに、刻印と忘却の呪文が残る形になるわ」 「……そうか」 ナギサの答えは迷いがない。彼も安堵したのは事実だった。 だが、これ以上先。何故、片翼の天使が自分の身体に刻まれているのかが、どうしても聞けなかった。 「トラッド……続けていい?」 「えっ」 それを察したらしいナギサの気遣いに、トラッドが顔を上げると、 「あ……」 リノやラザも真っ直ぐ一途に、こちらを見据えていた。 言うまでもない。共に旅をしてきた三人は、自分の事を案じてくれているのである。 「ん……大丈夫。それと、ありがとう」 彼は礼を告げ、話の続きを促した。 「……礼なんて言わないの。こんなの、当たり前なんだから」 対照的に、少しペースを乱したナギサは、小さく頬を膨らませつつ、話を再開させた。 「とにかく。その結界……欲望の檻は、一度中に入ってるわ」 「え?」 「それが――ルザミよ」 思いがけない場所に、リノとトラッドは驚愕する。 「あの後、パブロに聞いたんだけど……島の人たちはみんな、片翼の天使を刻まれてるのよ」 「まさか……誰も外に出さないために……?」 「ええ。生後間もない赤ちゃんに至るまで、ね」 「…………」 「しかも念入りに、目隠しの呪文まで掛かっていたわ。もっとも、トラッドには効果がなかったみたいだけど」 ルザミは孤島だが、万が一がないとは言えない。 樹木が育てば、イカダを造り。もしくは偶然、リノたちのような船が通り過ぎる可能性もある。 アリアハンは徹底して、彼らを閉じこめようとしたのだろう。 「じゃあ、俺は……捨てられたのか」 片翼の天使が発動していない。言い換えれば、生まれ落ちてすぐに外へ流されたという事。 でなければ―― トラッドがサマンオサで育った事。 結界内を自由に行き来できた事。 四人の中で、自分だけルザミが見えていた事、など。 これらの現象に対する説明がつかない。 「もしかすると……トラッドの両親や島の人たちは、トラッドだけでもって思ったんじゃない?」 「え?」 その時、唐突に。ナギサは穏やかな声で話し始めた。 「他に方法がなかったとはいえ、無茶だったと思うわ。でも……信じたのよ」 「…………」 「トラッドがルザミ以外の場所で……幸せになれますように、って」 儚くとも優しい。そんな願いを。 「……そんなの――」 が、トラッドは束の間の迷走の末に、否定しようとする。 それはあまりに優しすぎる、都合のよい絵空事だと。 「随分……悩んだらしい」 しかし、それを遮ったのは、 「片翼の天使が発動するまでの間、準備を進めてはいたが……文字通り、夜も眠れないほどにな」 真実の語り手であるカンダタだった。 彼は振り返る四人を一瞥した後、ナギサの推測をキッカケに言葉を重ねていく。 「さっき、パブロの名前が出たということは……墓標へ行ったのか?」 「……外の世界に憧れてるっていう女の人、か?」 「ああ。その人が……お前の母親だ」 「かあ、さん?」 直後、がたんと。トラッドの落とした両腕に、テーブルと紅茶が揺れた。 「元々、身体が弱かったらしくてな。小僧を生んで送り出した後、静かに息を引き取った……」 「…………」 「外を向いていたのは、もちろん憧れもある。だが、本当の理由は……ずっと、お前を見守るためで」 「……っ!」 ハッと息を呑むトラッド。 「最初は島の人間に反対されていたが……それでも、結果的に姐さんの言う通りってわけだ」 カンダタは頭をかき、そっぽを向いて呟いた後、 「にしても、大した洞察力だな」 ふと感心したように呟いた。過去を知るトラッドは、珍しい光景だと思った。 「たまたまよ。強いて言うなら、日頃の行いが良いからかしらね?」 だが、ナギサの返事を聞いた途端、彼は顔を曇らせる。 「…………さて、話の続きだが」 そして、不自然極まりない空白を置き、小声で一言。 まるで何事もなかったかのように、だ。これもまた、珍しい。 「ちょっと、今の間はどういう――……まぁ、いいわ」 当然、ナギサは不穏な気配を感じるものの、不機嫌そうに諦めた。 「で……ちょうど知り合いの海賊と船に乗っていた時、親父さんがお前を見つけたんだ」 沈黙、というよりは小休止を経て、カンダタが再び口を開く。 「海賊って……レイヴンさん?」 「なんだ、知って……ああ、そうか。だから、サマンオサに……」 その時、はたと尋ねたリノの言葉に彼は、今更ながら四人とここで出会った理由に気がついた。 よくよく思い返してみると、ナギサも先ほどサイモンの名前を出している。 それにトラッドがいるのなら、レイヴンもサマンオサの現在を説明するに違いない。 自ら思い立ってか、もしくは頼まれてか。 それは分からないが、彼を助ける手がかりを求めて、リノたちがここを訪れた事は容易に想像できた。 「……いや。その話は後だ」 しかし、今はトラッドの事。 既に始めてしまった以上、真実を先延ばしにし、迷いを抱かせたままにするのはよくない。 「レイヴンもいたが、まだ小さかったからな。その時の頭領は、アイツの親父さんになる」 そう考えたカンダタは、ひとまず話を元に戻す。 他の四人も申し訳なさそうではあったが、意図を理解して、それぞれに首肯した。 「最初は見捨てなくても、どこかの教会に預ければいいと、俺は考えていた。ガキなんざ、厄介な荷物にしかならねぇからな」 「…………」 「にも拘わらず、親父さんは首を縦に振らなかった」 「へ?」 義賊とはいえ、真っ当な結論だと思っていたトラッドは、つい間の抜けた声を漏らす。 彼の父親がそうしなければ、自分は今ここにいないと分かっていながらも。 逆にカンダタは、わずかな苦笑いを滲ませ、言葉を繋いだ。 「俺はすぐ親父さんに聞いた。子供が好きなのか、って」 「父さんは、何て?」 そして、トラッドの素朴な疑問に、 「世界で一番大嫌いだと、それも大笑いで答えやがった」 彼はからっとした口調で、ぞんざいに言い放つ。 しかし、目は遠い昔を懐かしむようで、紡ぐ音色には一切の緊張がない。 トラッドの父親を、どれほど慕っているのかが分かる。そんな声。 だからこそ、どうしても信じられない。命を奪ったという、残酷な過去が。 ナギサやリノ、初対面のラザ、これまでそう信じてきたトラッドさえも、だ。 「まぁ、お前とのやり取りを見ていると、本当は嫌いじゃないのかもしれねぇが……逃れられない理由も、確かにあった」 唐突に。カンダタは表情を険しくし、真剣味を帯びた声色で厳かに告げる。 「理由?」 「ああ。小僧には言ってないが――盗賊の眼だ」 彼が直後に紡いだのは、有り触れているようで特別な響きを持つ、不可思議な言葉だった。 だが、博識なナギサや関係があるはずのトラッド、そして窓際に佇んでいるラザも返事をしない。 それどころか、初めて耳にしたような表情を浮かべている。 どうやら、あまり広く知られているような言葉ではないらしい。 「聞いたこと……ある」 しかし、唯一。 イシス女王から尋ねられた事があるリノだけは、弾かれたように顔を上げ、ぽつりと呟いた。 次の話へ
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