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長く。気が遠くなるほど、永く秘匿され。数多の朝と夜を越えた真実は、ついに明かされた。 その果てに彼が、亡き父の魂と名前を受け継いでから、三日が過ぎた頃。 全てを話すという役目と、しばしの別れを終えたはずのカンダタと。 全てを受け止めた後、改めてトラッドとの絆を深めたリノたちは。 「やれやれ……今度は一緒に行動するハメになるとはな」 予想外にも歩みを共にしている途中で。訪れている場所は、サマンオサの南にある洞窟だった。 旅人はおろか、国の人間も近づかない場所である。 「あら、私たちじゃ役に立たない?」 「そうは言ってねぇよ」 「じゃあ、何が不満なのかしら?」 「いや、何も。むしろ、助かったと思っているぐらいだ」 五人は今、何故ここへ居るのか。 わずかに含みあるカンダタの言葉に、ナギサは理由と始まりと。 何も確証のない、一つの推測を思い出していた。 話は二日前。悪天候を微塵も連想させない、澄み切った青空の日まで遡る。 が、その前に一つ。 あの後、トラッドは――頑丈さに自信がある、などと言っておきながら――三日間、風邪で寝込んだのである。 喉を割るような咳き込みと共に、彼はうなされっぱなしだった。 リノが多大に、おろおろ、と。ラザが控え目に、ふむ、と心配する中。 「……バーカ」 ナギサはさも当然のように呆れ、容赦なく彼を傷つけた。 しかし、様子が少し違う。もちろん、彼女が本気で呆れているとは考えていない。というより、有り得ない。 ただ、いつもと比べて、冗談に余裕が感じられないのである。もっとも、気づいたのは赤い髪の彼だけなのだが。 とはいえ、それは別の話。キッカケを運んできたのは、その間に現れた人物――ティルクだった。 ほんの数時間前。リノをトラッドの看病に残し、情報集めに奔走していたナギサとラザ。 だが、ここは王の恐怖政治に彩られたサマンオサ。簡単にいかないどころか、実を結ぶ気配すらない。 このままでは何も変わらない、と二人が宿へ戻り、別の方法を考えようとした時。彼が訪ねてきたのである。 しばらく会う事はないと思っていたはずの大盗賊、カンダタをつれて。 「まさかとは思ったが……確かに、知り合いでもおかしくないか」 当の彼も、どうやら同じ考えだったらしい。それは今の言葉と表情だけでなく、二日前に別れた時の口振りからも明らかだ。 「あれ? カンダタもリノちゃんたちと知り合いなんだ?」 一方、何も知らないティルクは、当然きょとんとなっている。 「……まぁな」 「もしかして、旅先で? だったら、凄い偶然だね」 だが、それも最初だけ。珍しく複雑な表情を浮かべる巨躯の男に、彼はすぐさま興味を持った。 高い順応性と、旺盛な好奇心。ある意味では人懐っこいとも言い換えられる、彼の長所。 胸中では、そう考えていたカンダタだが、ふとリノたちと先日交わしたやり取りも思い出す。 同時に、説明が面倒、とも思った彼は、ベッド上の青年を見やりながら、 「それもあるが……あの寝込んでる銀髪小僧の名前が、トラッド、と言えば分かるか?」 これで察してくれとでも言いたげな声で、投げやりに言葉を紡いだ。 「……ああ!」 次の瞬間、ポンと手を叩き、しばし視線を彷徨わせるティルク。 この時、カンダタは何故か胸騒ぎを覚えた。ほぼ間違いなく、ろくな事を言わないだろう、と。 「ということは、彼がカンダタの可愛がってる弟分もがっ!?」 その甲斐あって、咄嗟に伸ばした頑強な腕は、かろうじて彼の口を塞ぐ事に成功――したかに見えた。 「まぁ、今更隠すことでもないけどね」 しかし、彼の発言は結果的に囮へと変わる。恐るべき観察眼を持つナギサの、艶めいた囁きによって。 多勢に無勢。おまけに相手も悪い。付け加えると、気づいた状況自体が手遅れときている。 どう甘く見積もろうが、万に一つも勝ち目はない。 「……こういうのは、気持ちの問題だ」 それでも、カンダタは苦し紛れに。かろうじて呟くと、不機嫌そうに椅子へ腰掛けた。 そうして、数分後。時は穏やかに流れていった。 トラッドを気に掛けながらも、その彼に促され、ティルクとの昔話に花を咲かせるリノ。 こくこくと頷き、興味深そうに相槌を打つナギサ。三人のやり取りを静かに眺めているラザ。 悪くない、と勧められた紅茶を豪快に嗜むカンダタ。 束の間に過ぎず、トラッドも寝込んではいるが、平和そのものと言える時間。 だが、終わりは唐突に告げられる。 「そういえば……リノちゃんたちはどうしてサマンオサに?」 ティルクの素朴な疑問一つで。 「……実は――」 そこでトラッドを除く三人は、これまでの旅について簡単に説明をした。 ……………………………… 「……バラモスを倒す、か」 話を終えると、ティルクは右小指に髪を絡ませ、ぽつりとこう呟いた。 「そっか。リノちゃんは昔から剣の鍛錬を欠かさなかったからね」 「う、うん」 そして、続けられる言葉に、リノも小さく頷く。 (……え?) しかし、頷いた直後、はたと気づいてしまった。 (私が剣を持ってからは、ティルクさんと会ってないのに……どうして、知ってるんだろ?) 記憶との微かなズレが生む違和感に、である。 隠し事のできない彼女は、つい驚きを露わにしてしまう。 「ん? ああ……ほら、メリルさんから聞いたんだよ」 素早く悟ったティルクは、きっと求められているであろう答えを返した。 柔らかそうな栗色の髪をいじる小指を、右から左へと変えてから。 「母さんから?」 「うん。実は少し前、たまたまアリアハンに行ったんだ。その時に、ね」 「……そう、なんだ」 受けたリノは、要するに自分の考えすぎで早とちりだった、と。照れた様子で俯きながらも、今度こそ納得する。 (……ふぅん) だが、唯一。ナギサの鋭すぎる洞察力は、ある矛盾を捉えていた。 一言目は、まだいい。ただ彼は、リノたちが旅する理由を繰り返し呟いただけだ。 問題はその後。ティルクは確かに言った。 メリルから聞いただけの内容を――まるで、ずっと見てきたかのような口振りで。 それこそがナギサの気づいた矛盾だった。 (言葉のアヤと取れなくもない、けど) やはり、彼女には引っ掛かる。 あくまで直感に過ぎない上に、まだ彼の事もよく知らない。が、どうしてもイメージにそぐわないのだ。 (となると……?) ティルクは何かを隠している。ぎこちなく嘘を吐いてまで。リノだけに。 そこから導き出されるのは―― 「まぁ、そういうわけだが……おい、姐さん」 という、ナギサの根拠ない推測は、カンダタの重い低音に遮られた。 「はふぇ?」 思わず唇から零れ落ちたのは、間も気も抜けた声。間髪入れず、盛大なため息と訝しがる声が四人分、部屋中に響き渡る。 ナギサが周囲を見回すと、誰も彼もが先ほどの音色に相応しい表情を浮かべている。 あの冷静沈着なラザさえも、だ、さすがの彼女も恥ずかしさに顔を伏せてしまう。 どちらにしても、珍しい仕草には違いない。 「今までの話、聞いてなかったのか?」 「え、えっと……ごめん、なに?」 瞬間、ナギサは気づく。思考に没頭する余り、大切な話の途中だという事を忘れていたようだ、と。 悪い癖だ、とナギサは自分の頭を軽く小突いた。愛らしい仕草のせいか、効果は今一つ薄い気もするが。 「……とにかく、まずはサマンオサだ」 ともあれ、気を持ち直したカンダタは説明を繰り返した後、途切れていた話を再開させた ティルクとカンダタの話によると。 王の性格が変わったのは、約六年前のモンスター襲撃後。 言い換えると、以前バハラタでトラッドが話した、父親の亡くなった日でもある。 あの日、天候の崩れと雨雲を利用し、モンスターは空から忍び寄ってきた。 それでも、一方的な奇襲には至らなかったおかげで、何とか退ける事に成功した。 「……あの襲撃は囮だ」 しかし、カンダタは言う。退けられたのは、表面上の話。襲撃には別の目的が秘められていた、と。 彼は戦闘中、主に二つの疑問を感じたらしい。 最初の疑問は、モンスターの数。 今のように五、六人なら手に余るだろうが、国を一つ落とすには少なかったのだ。 だが、この疑問は否定する理由付けもできる。それは、人間と魔物の埋められない力の差だ。 英雄や勇者と称されるオルテガとサイモン。 世間には知られていないが、カンダタやトラッドの父親。 彼らなどは、かろうじてモンスターと戦えるだけの力を持ってはいるが、あくまで例外。数も一握りに過ぎない。 普通の生活を営んでいる者たちにとっては、国に仕える兵士たちも含めて、違う。 現に少ないと感じ得たのは、それこそ空を覆い隠す程の大群を見た事があるという、カンダタたちのみ。 人間には大きすぎる脅威なのだ。モンスターという存在は。 魔物の心理を知る術は、ない。ないが、もし。 モンスター側――おそらくは魔王バラモス――が、そう考えていたとすれば。数が少ないのも、十分に頷ける。 これが、最初の疑問に対する、理由という名の回答。 即ち、囮と断定するには材料が不足している、という事だった。 そこで、二つ目の疑問を、カンダタが口にする。 「モンスターどもは、深追いしてこなかった」 「不利を悟って?」 「いや。数こそ少ねぇが、奴らの方が押していた。にも拘わらず、ただの一匹も、だ」 「……妙な話だな」 リノとラザ。それぞれの呟きを受け、カンダタは首肯した。 モンスターが本気を出せば、人の命は容易く奪われる。その事実は、まず揺らがない。 相当な実力を持つカンダタですら、悪天候の影響とはいえ、尊い犠牲によって生き長らえたのだから。 もし、一部のモンスターだけなら慈悲の心と捉えられたかもしれない。が、全てがそうとなると、この推測も積み上げにくい。 だからこそ、カンダタは気づいた。 「奴らは最初から、潜り込むことが目的だった――変化の杖を利用するためにな」 力任せのようでありながら違う、モンスターたちの強引な計画に。 「……ちょっと待って」 そして、彼の言葉でナギサは瞬時に全てを理解し、蒼白になる。 今のサマンオサ。加えて、変化の杖。これら二つが示す現在の状況は、ただ一つだと知って。 「つまり、今の王様はモンスターが化けてるってこと?」 「正確には一部の兵士も、だが……相変わらず、察しがいいな」 説明の補足に対し、ナギサは質問を重ねる。 「それは……確かな話なの?」 推測から出た結論にも拘わらず、口調が確信めいていたからだ。 「間違いないよ」 代わりに断言したのは、沈黙を保っていたティルク。 サイモンの息子という立場を生かし、城の内情を探っていたのである。 「無意味な死刑だけじゃなくて、運ばれる食事がちょっと、ね」 「食事?」 「……どうも人間の食べる物じゃないらしい」 「は?」 右人差し指に絡めた髪を、首の右側面辺りでくるくる回し、困惑と共に言葉を濁すティルク。 対してナギサは、要領を得ない表情で答えを待っていた。 「悪いけど……できれば説明したくない」 が、彼の暗鬱で控え目な否定を耳にすると、 「それは、まぁ、うん……懸命な判断ね」 自身も沈痛な面持ちで、更には小さくうなだれた。 ふと気がつくと、ラザとカンダタも苦々しく顔を伏せている。 多少の差違はあれど、揃って考えたくもない風景を思い浮かべてしまったようだ。 「えっ、と……?」 しかし、リノには想像がつかないようで、きょとんとしている。 呟きを受け、一斉に少女を見た四人は、 (……羨ましい) と思いながらも、 (でも、分からなくて良かった) と胸を撫で下ろしてもいた。合わせて、羨望と安堵の入り混じる複雑な吐息を零れ落ちた。 だが、それでも。リノはやはり不思議そうな顔のままで。 寝込んでいるトラッドに至っては、当然の事だが聞く事もできていない。 特定の感情以外には鋭い彼が全快したら――事実と絵空事をないまぜに――色々話して、同じ気持ちにしてやる、などと企みつつ。 「で……正体を暴く方法はあるの?」 ナギサは本音を隠すどころか、器用に真剣味を帯びた声で回答を求めた。 「もちろん」 ティルクはこくり頷き、告げる。 「だから、カンダタと一緒に行って――ラーの鏡を手に入れてきて欲しいんだ」 彼女が紡ぐ言葉の端々に、わずかな邪を感じ取りながらも、自信溢れる笑顔で。 こういった経緯を経て。五人は行動を共にしていた。 ティルクの言うラーの鏡とは、サマンオサもう一つの国宝。 変化の杖が、自在に姿を変えられる道具ならば。 ラーの鏡は、真の姿を明らかにするための道具。 言うなれば対を成す、また抑止力とも呼べる国宝である。 ゆえに、変化の杖のみを目的とするモンスター側には必要なく。むしろ、計画の破綻をもたらしかねない物。 町で鏡の事を口にした人間を処罰。という、カンダタの得た情報からも、その考えは間違っていないと理解できた。 そして、今。洞窟に入ってから数時間後の事。 「ようやく、だな」 五人は地下へ続く階段を発見した。 ちなみにティルクは、サマンオサに留まっている。城へ潜入する方法を探るためだ。 呟き、足を止めたカンダタは、過去にここを訪れた経験から、道案内を任されていた。 が、昔の事。さすがに道順までは覚えてないらしい。 その事実を踏まえた上で。彼は全員の顔色、つまりは疲労具合を確かめた後。 「ラーの鏡までは、もうすぐなんだが……少し休むぞ」 豪傑を絵に描いたような容姿とは裏腹の、慎重で尤もな意見を述べた。 とはいえ、唐突な提案だった。にも拘わらず、トラッドは既に聖水を振りまき始めている。 迅速な行動からすると、足が止まった時点で気づいたか、同じ事を考えていたのだろう。 この時、実際は誰一人として疲労は感じていなかった。何度かモンスターに襲われはしたが、カンダタはもちろん、リノたちも後れを取っていない。 しかし、カンダタもトラッドも余力を残すべきだと考えたのだ。 一見、何気ない。不必要な選択とも思えるが、冷静に先を見据えていなければ下せない判断。 「ホント、良い人たちの背中を見て育ったのね」 「ああ。頼もしい限りだ」 ナギサとラザは、潜めた声で感心し合う。 「……そういえば、小僧」 「ん?」 その傍ら。腰を下ろし、岩壁にもたれかかっていたカンダタは、 「身体の方は、もういいのか?」 思い出したようにトラッドを気遣った。 が、昨日。本人は――目新しい情報がないか聞きに来た、と言っていたが――見舞いに訪れている。 だから、ほぼ完治していた事は知っているはずだが、やはり気にはなるらしい。 「大丈夫に決まってるわよ」 全く素直じゃない。と、胸中で呟き、何故か嬉しそうに答えたのはナギサ。 彼女は珍しくウサギ耳を外すと、 「だって、こーんなに可愛い娘が、ずっと看病してたんだもの……えいっ」 隣に座るリノの頭に乗せ、不敵な笑みで告げた。 「わ……!?」 「治らないわけがないでしょ?」 途端にリノと、答えかけていたトラッドは、顔中真っ赤に沈黙する。 そんな二人の初々しい様子に、ナギサはウサギ耳をぴこぴこ動かしながら追い詰める。 「あら、事実じゃない」 「……ま、まぁ」 「じゃあ、リノちゃんに至らない点でもあった?」 「そ、そんなわけ――」 「そうよねぇ……リンゴ、食べさせてもらってたし」 「なっ!?」 「え、あ……見て――」 刹那、トラッドが浮かべた表情と、リノが口走りかけた言葉のカケラは。 一体いつ見られていたのか、という驚愕を、余す事なく物語っていた。 そもそも二人は嘘が下手なのだ。ナギサ相手に隠し通せるはずもない。 「んー、普通にノックして部屋に入ったんだけど……気づかなかったんだ?」 「そ、そんな……なら、気づかないはずが……!」 「でも、現に気づかなかったわけだし? ふふふ〜、お楽しみだったのね?」 「ち、ちが――」 十中八九、嘘に違いない。ラザは培った経験と直感から思う。 推測するに、部屋の中の雰囲気を確認、もしくは悟った後、物音と気配を消して様子を窺った。大方、そんなところだろう、と。どちらにしても、恐ろしい話だが。 「……にしても、ここは入り組んでやがるな」 憐憫、だろうか。ともあれ、珍しく眉をひそめたカンダタは、話題の転換という助け船を出す。 そこでようやく、ナギサはからかうのを止め、ウサギ耳も自分の頭に戻した。 「昔書いた地図はなかったのか?」 トラッドも咳払い数度で我に返り、曖昧な記憶頼みの素朴な疑問を投げる。 「ああ。なくした」 「……相変わらず、ズサンだな」 だが、間髪入れず返された事実に、彼は間髪入れず呆れて見せた。 どこか遠い、懐かしむようなトパーズで。 「ほっとけ。細かい作業は専門外なんだよ……大体そのテのことは、ケイチの役目だ」 「ケイチさん? そういえば、姿を見ないけど……」 「お前がサマンオサを去った後、すぐに出て行ったぞ」 「なんでまた?」 「さあな。あの野郎は、神の啓示を受けたと言ってたが……」 そして、二人が共通の人物について話し始めた頃。 「……ちょっといい?」 妙に深刻な表情で、ウサギ耳を片方折り曲げたナギサが、幾分申し訳なさそうに会話を遮った。 何となく耳を傾けていたリノとラザも、その一言をキッカケにより集中する。 「その、ケイチ、って人なんだけど……」 「ん?」 まず、首を傾げたのはトラッド。 「黒目で髪がなくて、身体が大きくて……手の甲に蛇のタトゥーがある山賊紛いの男、だったりする……?」 「……何だ姐さん、知り合いか?」 続けて頭の後ろを右手で掻き、訝しんだのはカンダタ。 決して真っ当とは言えない知人の容姿。それを事細かに語られれば、気に掛かるのも当然だ。 見るとラザも、思い当たる節があるようだ。 そんな中、ナギサはため息混じりに告白した。 「知り合いも何も――……私の師匠よ」 認めざるを得ない、といった感じの重苦しい声で。 「ナギサが、弟子?」 動揺もそのままに、トラッドが呆然と尋ねると、 「ええ。本当に残念だけど、歴とした師弟関係よ。トラッドとヤヨイちゃんのような、ね」 彼女は誤解されないよう例まで挙げて繰り返し、断言した。依然として、不本意な表情ではあるが。 遅れて、ラザも納得する。どうやら彼も面識があるらしい。 「でも、意外ね。あの山賊男に、トラッドみたいな特技があったなんて」 続けて、彼女の言う特技、とは。主にトラッドが担当している、道具整理などの事だ。 ナギサはやはり師匠を一切敬わない口調で、感心とも驚きとも判別つかない声を落とす。 それが照れ隠しなのは一目瞭然だったが、 「あのなぁ……一応、俺にそういうことを教えてくれた人だからな」 トラッドは複雑そうな表情で、頼りなげに釘を刺した。 しかし、真っ向から否定するのは、彼でも難しいようだ。全く持って、散々な扱いである。 リノにとっては顔も知らない相手だが、さすがに不憫と感じていた最中、 (……あれ?) 不意に気づく。知らぬ内にカンダタが一言も発さず、何かを考え込んでいる事に。 が、知人の扱いに怒っている様子はない。おそらくは、もっと別の何か。 「……ん? ああ、なんでもねぇよ」 ふと少女の視線と、その意味に気づいた彼は、素っ気なく返事をする。が、思考は尚も続いていた。 かの大盗賊である彼が考えていた事。 (ヤヨイ……あの小さい嬢ちゃん、か) それは、掌を乗せた時の驚いた顔が今も印象に残っている――この場にいない少女の事だった。 数十分の休息を終え。宝箱が道なりに配されている地下二階を、しばらく探索した頃。 「姐さん……ちょっといいか?」 カンダタは、ちょうど一人になったナギサを手招きした。 ちなみに宝箱には、誰も手をつけていない。 というのも、物好きなモンスターがミミックを仕掛け回っているから、だそうだ。 何も知らずに訪れた昔。トラッドの父親とカンダタは、かなり酷い目に合ったらしい。 教訓は生かされてこそ初めて教訓と成る、というわけだ。 付け加えると、ラーの鏡があるのは地下三階。つまり、もう一つ下の階。 にも拘わらず、二階を探索するのは――この階のどこかにある、落とし穴からしか辿り着けない構造だからである。 そのため、五人は道とも呼べない道を探していた。 「見つかったの?」 「……いや、聞きそびれてたことがあってな」 「聞きそびれたこと……って、なによ?」 腰に手を当て、少し頬を膨らませるナギサ。望んだ答えではない事に、些末ながら不満を覚えたようだ。 対してカンダタは、猛禽めいた瞳に天井を映しつつ、静かな声で問いかけた。 「……あのバンダナを巻いた嬢ちゃんはどうした?」 「…………へ?」 瞬間、彼女は碧眼を見開き、丸くする。予想の外から歩み寄る質問に。 「何かと思えば……ヤヨイちゃんなら、町作りに励んでるわよ」 「町?」 「ええ。スーの村は知ってる? あの大陸の東側でね」 しかし、ほんの数秒で我に返った彼女は、誇らしげに事情と場所を説明した。 その話しぶりからカンダタは、きっと本人の希望だろうと確信した後、 「……そうか」 まるで感情の見えない声で、短く呟いた。 それを一体どう受け取ったのか。 「ふぅん……気になるんだ?」 ナギサは興味津々に笑み、イタズラな音色を紡いだ。 「知った顔がいなけりゃ、気にぐらいはなるだろ」 が、彼はわずかに疑問の色を濃くするだけ。返す言葉は、微塵も揺らいでいなかった。 他意がなければ当然だが、そうなるとカンダタの意図が掴めない。 「本当にそれだけ?」 「ああ」 「……ほんっとに?」 ナギサは好奇心露わに問い詰めるものの、 「他に何があるんだ?」 当のカンダタは眉をひそめ、ただただ疑問符を浮かべるばかり。一向に期待したような反応を示さない。 (あ。もしかして、トラッドと同じぐらい鈍いのかしら?) そこでふと、本人を前に失礼な推測を抱いた彼女は、 「例えば……ヤヨイちゃんがいなくて寂しい、とか?」 好意は微塵もないのか、という内容を遠回しに尋ねてみた。 聞いたカンダタは、やっと詰問の真意を理解する。 「あのなぁ……あるわけねぇだろ」 更に、きっぱりと一言。あっさり否定した。 しかし、ナギサは悪びれるどころか、察した事への感心を混ぜて、言葉を重ねていく。 「へぇ……鈍くはないのね」 「小僧と一緒にするな」 「でも、ヤヨイちゃんって可愛いでしょ?」 「生憎だが、ガキに興味はねぇよ」 「あら、きっと美人になるのに?」 「それでもだ。俺が美人になるまで待つ理由もないだろ」 だが、答えはやはり変わらず。 「……本当に違うのね」 彼女は果てしなく残念そうに呟き、 「悪かったな。期待に応えられなくて」 彼はまるで心のこもっていない謝罪を、皮肉げにうそぶいた。 きっと今頃、ヤヨイは町作りに励みながら、くしゃみでもしているに違いない。 (ったく、この姐さんは……大体、あの嬢ちゃんは俺の顔も知らないってのに……覚えているかも怪しいもんだ) そうして、カンダタは心の底から呆れたまま、探索を再開するのであった。 次の話へ
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