第78話 「矛盾と推測。そして、邪推」


 長く。気が遠くなるほど、永く秘匿され。数多の朝と夜を越えた真実は、ついに明かされた。
 その果てに彼が、亡き父の魂と名前を受け継いでから、三日が過ぎた頃。
 全てを話すという役目と、しばしの別れを終えたはずのカンダタと。
 全てを受け止めた後、改めてトラッドとの絆を深めたリノたちは。
「やれやれ……今度は一緒に行動するハメになるとはな」
 予想外にも歩みを共にしている途中で。訪れている場所は、サマンオサの南にある洞窟だった。
 旅人はおろか、国の人間も近づかない場所である。
「あら、私たちじゃ役に立たない?」
「そうは言ってねぇよ」
「じゃあ、何が不満なのかしら?」
「いや、何も。むしろ、助かったと思っているぐらいだ」
 五人は今、何故ここへ居るのか。
 わずかに含みあるカンダタの言葉に、ナギサは理由と始まりと。
 何も確証のない、一つの推測を思い出していた。



 話は二日前。悪天候を微塵も連想させない、澄み切った青空の日まで遡る。
 が、その前に一つ。
 あの後、トラッドは――頑丈さに自信がある、などと言っておきながら――三日間、風邪で寝込んだのである。
 喉を割るような咳き込みと共に、彼はうなされっぱなしだった。
 リノが多大に、おろおろ、と。ラザが控え目に、ふむ、と心配する中。
「……バーカ」
 ナギサはさも当然のように呆れ、容赦なく彼を傷つけた。
 しかし、様子が少し違う。もちろん、彼女が本気で呆れているとは考えていない。というより、有り得ない。
 ただ、いつもと比べて、冗談に余裕が感じられないのである。もっとも、気づいたのは赤い髪の彼だけなのだが。
 とはいえ、それは別の話。キッカケを運んできたのは、その間に現れた人物――ティルクだった。
 ほんの数時間前。リノをトラッドの看病に残し、情報集めに奔走していたナギサとラザ。
 だが、ここは王の恐怖政治に彩られたサマンオサ。簡単にいかないどころか、実を結ぶ気配すらない。
 このままでは何も変わらない、と二人が宿へ戻り、別の方法を考えようとした時。彼が訪ねてきたのである。
 しばらく会う事はないと思っていたはずの大盗賊、カンダタをつれて。
「まさかとは思ったが……確かに、知り合いでもおかしくないか」
 当の彼も、どうやら同じ考えだったらしい。それは今の言葉と表情だけでなく、二日前に別れた時の口振りからも明らかだ。
「あれ? カンダタもリノちゃんたちと知り合いなんだ?」
 一方、何も知らないティルクは、当然きょとんとなっている。
「……まぁな」
「もしかして、旅先で? だったら、凄い偶然だね」
 だが、それも最初だけ。珍しく複雑な表情を浮かべる巨躯の男に、彼はすぐさま興味を持った。
 高い順応性と、旺盛な好奇心。ある意味では人懐っこいとも言い換えられる、彼の長所。
 胸中では、そう考えていたカンダタだが、ふとリノたちと先日交わしたやり取りも思い出す。
 同時に、説明が面倒、とも思った彼は、ベッド上の青年を見やりながら、
「それもあるが……あの寝込んでる銀髪小僧の名前が、トラッド、と言えば分かるか?」
 これで察してくれとでも言いたげな声で、投げやりに言葉を紡いだ。
「……ああ!」
 次の瞬間、ポンと手を叩き、しばし視線を彷徨わせるティルク。
 この時、カンダタは何故か胸騒ぎを覚えた。ほぼ間違いなく、ろくな事を言わないだろう、と。
「ということは、彼がカンダタの可愛がってる弟分もがっ!?」
 その甲斐あって、咄嗟に伸ばした頑強な腕は、かろうじて彼の口を塞ぐ事に成功――したかに見えた。
「まぁ、今更隠すことでもないけどね」
 しかし、彼の発言は結果的に囮へと変わる。恐るべき観察眼を持つナギサの、艶めいた囁きによって。
 多勢に無勢。おまけに相手も悪い。付け加えると、気づいた状況自体が手遅れときている。
 どう甘く見積もろうが、万に一つも勝ち目はない。
「……こういうのは、気持ちの問題だ」
 それでも、カンダタは苦し紛れに。かろうじて呟くと、不機嫌そうに椅子へ腰掛けた。


 そうして、数分後。時は穏やかに流れていった。
 トラッドを気に掛けながらも、その彼に促され、ティルクとの昔話に花を咲かせるリノ。
 こくこくと頷き、興味深そうに相槌を打つナギサ。三人のやり取りを静かに眺めているラザ。
 悪くない、と勧められた紅茶を豪快に嗜むカンダタ。
 束の間に過ぎず、トラッドも寝込んではいるが、平和そのものと言える時間。
 だが、終わりは唐突に告げられる。
「そういえば……リノちゃんたちはどうしてサマンオサに?」
 ティルクの素朴な疑問一つで。
「……実は――」
 そこでトラッドを除く三人は、これまでの旅について簡単に説明をした。

 ………………………………

「……バラモスを倒す、か」
 話を終えると、ティルクは右小指に髪を絡ませ、ぽつりとこう呟いた。
「そっか。リノちゃんは昔から剣の鍛錬を欠かさなかったからね」
「う、うん」
 そして、続けられる言葉に、リノも小さく頷く。
(……え?)
 しかし、頷いた直後、はたと気づいてしまった。
(私が剣を持ってからは、ティルクさんと会ってないのに……どうして、知ってるんだろ?)
 記憶との微かなズレが生む違和感に、である。
 隠し事のできない彼女は、つい驚きを露わにしてしまう。
「ん? ああ……ほら、メリルさんから聞いたんだよ」
 素早く悟ったティルクは、きっと求められているであろう答えを返した。
 柔らかそうな栗色の髪をいじる小指を、右から左へと変えてから。
「母さんから?」
「うん。実は少し前、たまたまアリアハンに行ったんだ。その時に、ね」
「……そう、なんだ」
 受けたリノは、要するに自分の考えすぎで早とちりだった、と。照れた様子で俯きながらも、今度こそ納得する。
(……ふぅん)
 だが、唯一。ナギサの鋭すぎる洞察力は、ある矛盾を捉えていた。
 一言目は、まだいい。ただ彼は、リノたちが旅する理由を繰り返し呟いただけだ。
 問題はその後。ティルクは確かに言った。

 メリルから聞いただけの内容を――まるで、ずっと見てきたかのような口振りで。

 それこそがナギサの気づいた矛盾だった。
(言葉のアヤと取れなくもない、けど)
 やはり、彼女には引っ掛かる。
 あくまで直感に過ぎない上に、まだ彼の事もよく知らない。が、どうしてもイメージにそぐわないのだ。
(となると……?)
 ティルクは何かを隠している。ぎこちなく嘘を吐いてまで。リノだけに。
 そこから導き出されるのは――
「まぁ、そういうわけだが……おい、姐さん」
 という、ナギサの根拠ない推測は、カンダタの重い低音に遮られた。
「はふぇ?」
 思わず唇から零れ落ちたのは、間も気も抜けた声。間髪入れず、盛大なため息と訝しがる声が四人分、部屋中に響き渡る。
 ナギサが周囲を見回すと、誰も彼もが先ほどの音色に相応しい表情を浮かべている。
 あの冷静沈着なラザさえも、だ、さすがの彼女も恥ずかしさに顔を伏せてしまう。
 どちらにしても、珍しい仕草には違いない。
「今までの話、聞いてなかったのか?」
「え、えっと……ごめん、なに?」
 瞬間、ナギサは気づく。思考に没頭する余り、大切な話の途中だという事を忘れていたようだ、と。
 悪い癖だ、とナギサは自分の頭を軽く小突いた。愛らしい仕草のせいか、効果は今一つ薄い気もするが。
「……とにかく、まずはサマンオサだ」
 ともあれ、気を持ち直したカンダタは説明を繰り返した後、途切れていた話を再開させた


 ティルクとカンダタの話によると。
 王の性格が変わったのは、約六年前のモンスター襲撃後。
 言い換えると、以前バハラタでトラッドが話した、父親の亡くなった日でもある。
 あの日、天候の崩れと雨雲を利用し、モンスターは空から忍び寄ってきた。
 それでも、一方的な奇襲には至らなかったおかげで、何とか退ける事に成功した。
「……あの襲撃は囮だ」
 しかし、カンダタは言う。退けられたのは、表面上の話。襲撃には別の目的が秘められていた、と。
 彼は戦闘中、主に二つの疑問を感じたらしい。
 最初の疑問は、モンスターの数。
 今のように五、六人なら手に余るだろうが、国を一つ落とすには少なかったのだ。
 だが、この疑問は否定する理由付けもできる。それは、人間と魔物の埋められない力の差だ。
 英雄や勇者と称されるオルテガとサイモン。
 世間には知られていないが、カンダタやトラッドの父親。
 彼らなどは、かろうじてモンスターと戦えるだけの力を持ってはいるが、あくまで例外。数も一握りに過ぎない。
 普通の生活を営んでいる者たちにとっては、国に仕える兵士たちも含めて、違う。
 現に少ないと感じ得たのは、それこそ空を覆い隠す程の大群を見た事があるという、カンダタたちのみ。
 人間には大きすぎる脅威なのだ。モンスターという存在は。
 魔物の心理を知る術は、ない。ないが、もし。
 モンスター側――おそらくは魔王バラモス――が、そう考えていたとすれば。数が少ないのも、十分に頷ける。
 これが、最初の疑問に対する、理由という名の回答。
 即ち、囮と断定するには材料が不足している、という事だった。
 そこで、二つ目の疑問を、カンダタが口にする。
「モンスターどもは、深追いしてこなかった」
「不利を悟って?」
「いや。数こそ少ねぇが、奴らの方が押していた。にも拘わらず、ただの一匹も、だ」
「……妙な話だな」
 リノとラザ。それぞれの呟きを受け、カンダタは首肯した。
 モンスターが本気を出せば、人の命は容易く奪われる。その事実は、まず揺らがない。
 相当な実力を持つカンダタですら、悪天候の影響とはいえ、尊い犠牲によって生き長らえたのだから。
 もし、一部のモンスターだけなら慈悲の心と捉えられたかもしれない。が、全てがそうとなると、この推測も積み上げにくい。
 だからこそ、カンダタは気づいた。
「奴らは最初から、潜り込むことが目的だった――変化の杖を利用するためにな」
 力任せのようでありながら違う、モンスターたちの強引な計画に。
「……ちょっと待って」
 そして、彼の言葉でナギサは瞬時に全てを理解し、蒼白になる。
 今のサマンオサ。加えて、変化の杖。これら二つが示す現在の状況は、ただ一つだと知って。
「つまり、今の王様はモンスターが化けてるってこと?」
「正確には一部の兵士も、だが……相変わらず、察しがいいな」
 説明の補足に対し、ナギサは質問を重ねる。
「それは……確かな話なの?」
 推測から出た結論にも拘わらず、口調が確信めいていたからだ。
「間違いないよ」
 代わりに断言したのは、沈黙を保っていたティルク。
 サイモンの息子という立場を生かし、城の内情を探っていたのである。
「無意味な死刑だけじゃなくて、運ばれる食事がちょっと、ね」
「食事?」
「……どうも人間の食べる物じゃないらしい」
「は?」
 右人差し指に絡めた髪を、首の右側面辺りでくるくる回し、困惑と共に言葉を濁すティルク。
 対してナギサは、要領を得ない表情で答えを待っていた。
「悪いけど……できれば説明したくない」
 が、彼の暗鬱で控え目な否定を耳にすると、
「それは、まぁ、うん……懸命な判断ね」
 自身も沈痛な面持ちで、更には小さくうなだれた。
 ふと気がつくと、ラザとカンダタも苦々しく顔を伏せている。
 多少の差違はあれど、揃って考えたくもない風景を思い浮かべてしまったようだ。
「えっ、と……?」
 しかし、リノには想像がつかないようで、きょとんとしている。
 呟きを受け、一斉に少女を見た四人は、
(……羨ましい)
 と思いながらも、
(でも、分からなくて良かった)
 と胸を撫で下ろしてもいた。合わせて、羨望と安堵の入り混じる複雑な吐息を零れ落ちた。
 だが、それでも。リノはやはり不思議そうな顔のままで。
 寝込んでいるトラッドに至っては、当然の事だが聞く事もできていない。
 特定の感情以外には鋭い彼が全快したら――事実と絵空事をないまぜに――色々話して、同じ気持ちにしてやる、などと企みつつ。
「で……正体を暴く方法はあるの?」
 ナギサは本音を隠すどころか、器用に真剣味を帯びた声で回答を求めた。
「もちろん」
 ティルクはこくり頷き、告げる。
「だから、カンダタと一緒に行って――ラーの鏡を手に入れてきて欲しいんだ」
 彼女が紡ぐ言葉の端々に、わずかな邪を感じ取りながらも、自信溢れる笑顔で。



 こういった経緯を経て。五人は行動を共にしていた。
 ティルクの言うラーの鏡とは、サマンオサもう一つの国宝。
 変化の杖が、自在に姿を変えられる道具ならば。
 ラーの鏡は、真の姿を明らかにするための道具。
 言うなれば対を成す、また抑止力とも呼べる国宝である。
 ゆえに、変化の杖のみを目的とするモンスター側には必要なく。むしろ、計画の破綻をもたらしかねない物。
 町で鏡の事を口にした人間を処罰。という、カンダタの得た情報からも、その考えは間違っていないと理解できた。
 そして、今。洞窟に入ってから数時間後の事。
「ようやく、だな」
 五人は地下へ続く階段を発見した。
 ちなみにティルクは、サマンオサに留まっている。城へ潜入する方法を探るためだ。
 呟き、足を止めたカンダタは、過去にここを訪れた経験から、道案内を任されていた。
 が、昔の事。さすがに道順までは覚えてないらしい。
 その事実を踏まえた上で。彼は全員の顔色、つまりは疲労具合を確かめた後。
「ラーの鏡までは、もうすぐなんだが……少し休むぞ」
 豪傑を絵に描いたような容姿とは裏腹の、慎重で尤もな意見を述べた。
 とはいえ、唐突な提案だった。にも拘わらず、トラッドは既に聖水を振りまき始めている。
 迅速な行動からすると、足が止まった時点で気づいたか、同じ事を考えていたのだろう。
 この時、実際は誰一人として疲労は感じていなかった。何度かモンスターに襲われはしたが、カンダタはもちろん、リノたちも後れを取っていない。
 しかし、カンダタもトラッドも余力を残すべきだと考えたのだ。
 一見、何気ない。不必要な選択とも思えるが、冷静に先を見据えていなければ下せない判断。
「ホント、良い人たちの背中を見て育ったのね」
「ああ。頼もしい限りだ」
 ナギサとラザは、潜めた声で感心し合う。
「……そういえば、小僧」
「ん?」
 その傍ら。腰を下ろし、岩壁にもたれかかっていたカンダタは、
「身体の方は、もういいのか?」
 思い出したようにトラッドを気遣った。
 が、昨日。本人は――目新しい情報がないか聞きに来た、と言っていたが――見舞いに訪れている。
 だから、ほぼ完治していた事は知っているはずだが、やはり気にはなるらしい。
「大丈夫に決まってるわよ」
 全く素直じゃない。と、胸中で呟き、何故か嬉しそうに答えたのはナギサ。
 彼女は珍しくウサギ耳を外すと、
「だって、こーんなに可愛い娘が、ずっと看病してたんだもの……えいっ」
 隣に座るリノの頭に乗せ、不敵な笑みで告げた。
「わ……!?」
「治らないわけがないでしょ?」
 途端にリノと、答えかけていたトラッドは、顔中真っ赤に沈黙する。
 そんな二人の初々しい様子に、ナギサはウサギ耳をぴこぴこ動かしながら追い詰める。
「あら、事実じゃない」
「……ま、まぁ」
「じゃあ、リノちゃんに至らない点でもあった?」
「そ、そんなわけ――」
「そうよねぇ……リンゴ、食べさせてもらってたし」
「なっ!?」
「え、あ……見て――」
 刹那、トラッドが浮かべた表情と、リノが口走りかけた言葉のカケラは。
 一体いつ見られていたのか、という驚愕を、余す事なく物語っていた。
 そもそも二人は嘘が下手なのだ。ナギサ相手に隠し通せるはずもない。
「んー、普通にノックして部屋に入ったんだけど……気づかなかったんだ?」
「そ、そんな……なら、気づかないはずが……!」
「でも、現に気づかなかったわけだし? ふふふ〜、お楽しみだったのね?」
「ち、ちが――」
 十中八九、嘘に違いない。ラザは培った経験と直感から思う。
 推測するに、部屋の中の雰囲気を確認、もしくは悟った後、物音と気配を消して様子を窺った。大方、そんなところだろう、と。どちらにしても、恐ろしい話だが。
「……にしても、ここは入り組んでやがるな」
 憐憫、だろうか。ともあれ、珍しく眉をひそめたカンダタは、話題の転換という助け船を出す。
 そこでようやく、ナギサはからかうのを止め、ウサギ耳も自分の頭に戻した。
「昔書いた地図はなかったのか?」
 トラッドも咳払い数度で我に返り、曖昧な記憶頼みの素朴な疑問を投げる。
「ああ。なくした」
「……相変わらず、ズサンだな」
 だが、間髪入れず返された事実に、彼は間髪入れず呆れて見せた。
 どこか遠い、懐かしむようなトパーズで。
「ほっとけ。細かい作業は専門外なんだよ……大体そのテのことは、ケイチの役目だ」
「ケイチさん? そういえば、姿を見ないけど……」
「お前がサマンオサを去った後、すぐに出て行ったぞ」
「なんでまた?」
「さあな。あの野郎は、神の啓示を受けたと言ってたが……」
 そして、二人が共通の人物について話し始めた頃。
「……ちょっといい?」
 妙に深刻な表情で、ウサギ耳を片方折り曲げたナギサが、幾分申し訳なさそうに会話を遮った。
 何となく耳を傾けていたリノとラザも、その一言をキッカケにより集中する。
「その、ケイチ、って人なんだけど……」
「ん?」
 まず、首を傾げたのはトラッド。
「黒目で髪がなくて、身体が大きくて……手の甲に蛇のタトゥーがある山賊紛いの男、だったりする……?」
「……何だ姐さん、知り合いか?」
 続けて頭の後ろを右手で掻き、訝しんだのはカンダタ。
 決して真っ当とは言えない知人の容姿。それを事細かに語られれば、気に掛かるのも当然だ。
 見るとラザも、思い当たる節があるようだ。
 そんな中、ナギサはため息混じりに告白した。
「知り合いも何も――……私の師匠よ」
 認めざるを得ない、といった感じの重苦しい声で。
「ナギサが、弟子?」
 動揺もそのままに、トラッドが呆然と尋ねると、
「ええ。本当に残念だけど、歴とした師弟関係よ。トラッドとヤヨイちゃんのような、ね」
 彼女は誤解されないよう例まで挙げて繰り返し、断言した。依然として、不本意な表情ではあるが。
 遅れて、ラザも納得する。どうやら彼も面識があるらしい。
「でも、意外ね。あの山賊男に、トラッドみたいな特技があったなんて」
 続けて、彼女の言う特技、とは。主にトラッドが担当している、道具整理などの事だ。
 ナギサはやはり師匠を一切敬わない口調で、感心とも驚きとも判別つかない声を落とす。
 それが照れ隠しなのは一目瞭然だったが、
「あのなぁ……一応、俺にそういうことを教えてくれた人だからな」
 トラッドは複雑そうな表情で、頼りなげに釘を刺した。
 しかし、真っ向から否定するのは、彼でも難しいようだ。全く持って、散々な扱いである。
 リノにとっては顔も知らない相手だが、さすがに不憫と感じていた最中、
(……あれ?)
 不意に気づく。知らぬ内にカンダタが一言も発さず、何かを考え込んでいる事に。
 が、知人の扱いに怒っている様子はない。おそらくは、もっと別の何か。
「……ん? ああ、なんでもねぇよ」
 ふと少女の視線と、その意味に気づいた彼は、素っ気なく返事をする。が、思考は尚も続いていた。
 かの大盗賊である彼が考えていた事。
(ヤヨイ……あの小さい嬢ちゃん、か)
 それは、掌を乗せた時の驚いた顔が今も印象に残っている――この場にいない少女の事だった。



 数十分の休息を終え。宝箱が道なりに配されている地下二階を、しばらく探索した頃。
「姐さん……ちょっといいか?」
 カンダタは、ちょうど一人になったナギサを手招きした。
 ちなみに宝箱には、誰も手をつけていない。
 というのも、物好きなモンスターがミミックを仕掛け回っているから、だそうだ。
 何も知らずに訪れた昔。トラッドの父親とカンダタは、かなり酷い目に合ったらしい。
 教訓は生かされてこそ初めて教訓と成る、というわけだ。
 付け加えると、ラーの鏡があるのは地下三階。つまり、もう一つ下の階。
 にも拘わらず、二階を探索するのは――この階のどこかにある、落とし穴からしか辿り着けない構造だからである。
 そのため、五人は道とも呼べない道を探していた。
「見つかったの?」
「……いや、聞きそびれてたことがあってな」
「聞きそびれたこと……って、なによ?」
 腰に手を当て、少し頬を膨らませるナギサ。望んだ答えではない事に、些末ながら不満を覚えたようだ。
 対してカンダタは、猛禽めいた瞳に天井を映しつつ、静かな声で問いかけた。
「……あのバンダナを巻いた嬢ちゃんはどうした?」
「…………へ?」
 瞬間、彼女は碧眼を見開き、丸くする。予想の外から歩み寄る質問に。
「何かと思えば……ヤヨイちゃんなら、町作りに励んでるわよ」
「町?」
「ええ。スーの村は知ってる? あの大陸の東側でね」
 しかし、ほんの数秒で我に返った彼女は、誇らしげに事情と場所を説明した。
 その話しぶりからカンダタは、きっと本人の希望だろうと確信した後、
「……そうか」
 まるで感情の見えない声で、短く呟いた。
 それを一体どう受け取ったのか。
「ふぅん……気になるんだ?」
 ナギサは興味津々に笑み、イタズラな音色を紡いだ。
「知った顔がいなけりゃ、気にぐらいはなるだろ」
 が、彼はわずかに疑問の色を濃くするだけ。返す言葉は、微塵も揺らいでいなかった。
 他意がなければ当然だが、そうなるとカンダタの意図が掴めない。
「本当にそれだけ?」
「ああ」
「……ほんっとに?」
 ナギサは好奇心露わに問い詰めるものの、
「他に何があるんだ?」
 当のカンダタは眉をひそめ、ただただ疑問符を浮かべるばかり。一向に期待したような反応を示さない。
(あ。もしかして、トラッドと同じぐらい鈍いのかしら?)
 そこでふと、本人を前に失礼な推測を抱いた彼女は、
「例えば……ヤヨイちゃんがいなくて寂しい、とか?」
 好意は微塵もないのか、という内容を遠回しに尋ねてみた。
 聞いたカンダタは、やっと詰問の真意を理解する。
「あのなぁ……あるわけねぇだろ」
 更に、きっぱりと一言。あっさり否定した。
 しかし、ナギサは悪びれるどころか、察した事への感心を混ぜて、言葉を重ねていく。
「へぇ……鈍くはないのね」
「小僧と一緒にするな」
「でも、ヤヨイちゃんって可愛いでしょ?」
「生憎だが、ガキに興味はねぇよ」
「あら、きっと美人になるのに?」
「それでもだ。俺が美人になるまで待つ理由もないだろ」
 だが、答えはやはり変わらず。
「……本当に違うのね」
 彼女は果てしなく残念そうに呟き、
「悪かったな。期待に応えられなくて」
 彼はまるで心のこもっていない謝罪を、皮肉げにうそぶいた。
 きっと今頃、ヤヨイは町作りに励みながら、くしゃみでもしているに違いない。
(ったく、この姐さんは……大体、あの嬢ちゃんは俺の顔も知らないってのに……覚えているかも怪しいもんだ)
 そうして、カンダタは心の底から呆れたまま、探索を再開するのであった。



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