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陽光にも月光にも。更には、今のような仄暗い一室においても映える髪。 そんな金糸を無防備に乱れさせ、彼女は眠っている。 本当によく、眠っていた。 一切の異常を感じさせない、安らかな寝息を立てながら。 普段なら起きているはずの時間だというのに。 世界が朝を経て、昼を告げても、彼女が何も告げてくれないのだ。 (……ナギサ) 同じ空間。傍らというほど近くはない部屋の片隅。 壁にもたれて腕を組むラザは、彼女を――愛しい人の寝顔を見つめていた。 昨夜、ダーマに辿り着いてからの事。 異変の一欠片を知らされたラザは、アーニーの私室を訪れた。 「紅茶、ここに置くね」 「…………」 ――だが。 「……ラザくん」 「え?」 「紅茶……冷めない内に、飲んでね」 「あ……ああ」 意識は、まるで上の空だった。 先ほどまでグリンラッドにいた事を考えれば、温かな紅茶は純粋に有り難い。おそらくは彼女も、彼の身体が冷え切っていると解ったからこそ、用意してくれたのだろう。 にも拘わらず、ラザは感謝の言葉すら紡げない。 ナギサの容態が気がかりで仕方ないのだ。今すぐにでも駆けつけたい、と思っているほどに。 しかし、理由が――いや、必要があった。 「引き止めて、ごめんね」 「いや……俺の方こそ、すまない」 「……ううん」 「それよりも話、聞かせてもらっていいか?」 アーニーが走り出そうとした彼を止めたのである。 他ならぬナギサの事で話がある――ただ、それだけの言葉で。 ナギサの事とは、きっと今の状況について。ならば、聞かなくてはならない。 ラザは逸る気持ちを抑えて、ここにいた。 「うん……ナギサちゃんのこと、だけど」 促されたアーニーは、彼が紅茶を一口飲んだのを視認した直後、 「最近……何か無茶しなかった?」 おずおずと、珍しく曖昧然な問いを投げた。 「……いつものことだと思うが」 対して、ラザは首を傾げる。解釈の範囲が広すぎる、とでも言いたげに。 「それはそうなんだけど……そうじゃなくて」 するとアーニーは俯き、右掌を口元に唸り声を漏らす。やはり冷静さを損なっているのだろう。だが、それも束の間。たったの数秒で顔を上げた彼女は、改めて問いかける。 「私が訊きたいのは――今まで倒れたことがないか、ってことなの」 今度は少し強い口調で、明確さを伴った質問を。 「……あるな」 一方、意図を理解したラザに、思考は必要なかった。 例え忘れたくとも。例え思い出したくなくとも。よく、憶えている。 「一度、だけ」 彼女が倒れかけた事も、自分が涙を落とした事も――あの時だけなのだから。 「やっぱり……でも、どうして?」 アーニーはあくまで冷静に、だが身を乗り出して尋ねる。 「イオナズンを二つ同時に唱えたから、か」 しかし、ラザが事実を口にした瞬間、 「…………え?」 彼女は大きく目を見開き、愕然となった。 「なんで、そんな……こと」 「……え?」 「そんなの、無茶じゃない」 「アーニー……?」 それから彼女は、だん、と机を強打し、 「単なる無謀じゃない……!!」 生まれて初めての激昂を部屋中に響かせた。その拍子に紅茶が波打ち、零れ、小さな水たまりを点在させる。 「……どうして」 「え?」 が、アーニーは構わず、更に問い詰めた。見た事もない険しい視線を携えて。 「ラザくんがついてて、どうしてそんなことさせたのよ!?」 「それ、は――」 「だって一歩間違えれば……もしかしたら……」 そして、再び叫んだ。 「もう二度と呪文が使えなくなるかもしれないのに……っ!」 未だに目を覚まさない彼女を蝕み誘う、一つの末路を。 「呪文、が?」 しかし、ラザの呆然とした表情を目の当たりにした時、 「……あ」 彼女はふと我に返った。 「ごめん、なさい……」 気づいたのである。 「ラザくんは、呪文のこと知らない、のに」 自分はただ、行き場のない怒りをぶつけているだけ、という事に。 「ラザ、くん何も悪く……ない、のに……」 草花の瞳から雫が溢れ始め、とめどなく紅茶の水面を叩く。 多種にざわめく"負"が。多様にうつろう"心"が。溶けて、綻んで、混濁し合った果てに――どうしようもなくなっていた。 「……アーニー」 そこでラザは、間髪入れず駆け寄った後、 「わ……」 空色の髪を梳くように、ふんわりと頭を撫でる。刹那、涙の落ちる間隔が長くなったような気がした。 「久しぶりだな。こういう風にアーニーの髪に触れるのは」 「わわ」 「それに、あんな声は初めて聞いたから驚いた」 「ラ、ラザ、くん……?」 「でも、それだけ心配してるんだな」 「……う、うん。けど、それはラザくんだって同じなのに……」 「なのに?」 それでも表に出た言葉は消えない。理由や感情はどうあれ、彼を責めた事実は、決して。 大神官という立場上、よく知っているからこそ、彼女は頻繁に言葉を選ぼうとする。 だが、そんな性格を昔から知っているからこそ。 「同じなの、に……私、ひどいこと――」 「気にしてない」 ラザは後に続くであろう謝罪を、事も無げに遮るのだ。 とはいえ、本心は違う。 傷ついている。それ以上に、怒りを覚えてもいる――何もできなかった、自分自身に。 彼女の叫んだ事は、全て正しいのである。しかし、どうしても嫌だった。 いつも誰かを案じている彼女の涙など――悲しみに充ちた雫など、見たくなかった。 「心配する気持ちが同じでも、すれ違うことはある。今のは、ただそれだけのやり取りだろう?」 「ラザ……くん」 「だから、まずは落ち着け」 ゆえに彼は一切の本心を明かさず、かつてナギサにも告げた言葉を落とす。 「落ち着いたら……説明して欲しい」 彼女の流麗な髪を、不器用な指遣いで梳き続けながら。 「……ラザくんは"魔力"についてどれくらい知ってる?」 アーニーが再度唇を割ったのは、数分後の事だった。 まだ少し無理をしている気配はあるが、一刻も早く話したい、という意志は伝わってくる。 なら、こうして頭を撫でていても、却って気を遣わせてしまうだけだろう。 素早くそう判断したラザは、足取りも穏やかに元の場所へ戻ると、 「呪文を使うために必要な力、ということぐらいか」 常と変わらぬ口調で答えつつ、ソファーに身を沈めた。 「じゃあ、そこから説明するね」 呟いて一旦、彼女は左掌で口元を隠した後、 「えっとまず……魔力っていうのは絶えず身体中を流れてるものなの」 若干震えた声で、ゆっくり話し始めた。 「流れる……血液みたいなものか?」 「うん。そう考えると解りやすいかな。それと呪文を唱える時、よく"構成を練る"って言うよね?」 こくりとラザ。 「あの言葉は"呪文を構築する"という意味以外に"魔力を活性化させる"という意味もあるの。逆に言うと、この二つができないと呪文は発動しない」 「……なるほど」 「それで……呪文が使えない状態ってあるでしょ?」 二度目の首肯。 「一般的には"魔力が空っぽになった"って言うけど、本当は"魔力の流れに澱みができた"って言うのが正解」 「要するに……流れが正常でなくなったから活性化させられない、ということか?」 「うん。変化させすぎた影響でね」 ふとラザは一本のスプーンを思い浮かべた。 例えばの話、スプーンは曲げても元通りに直す事ができる。しかし、厳密には"元通り"ではない。肉眼では捉えられなくとも、微かな歪みが蓄積される。ゆえに何度も繰り返せば――はっきりと歪曲が見て取れる。その状態こそが彼女の言う"澱み"なのだろう。 ただし、魔力は回復する。 スプーンと違って、人間には自然治癒力が備わっているからだ。 つまり、単に曲がっただけであれば元通りになる、という事。 「……ちょっと待った」 が、ラザははたと想像してしまった。 「じゃあ、ナギサは……ナギサは今どういう状態、なんだ……?」 もし、スプーンが折れたらどうなるのか、と。 「……うん」 尋ねられたアーニーは力なく目を伏せると、 「魔力の流れが――……歪み切ってる」 儚げな音色で紡ぎ、尚もこう続ける。 「ナギサちゃんも気づいてたと思う。魔力の流れは、自分が一番解るから」 更に、他者は余程注意していないと解らない、と付け加えられた時、 「……あ」 ラザも気づいた。 テドン以降、彼女が一度も呪文を唱えていない事と―― 『私の呪文はアテにならないから、そのつもりでお願いね』 ――サマンオサで呟いた言葉に秘められた真意も。 思い出せなかったのではない。 機会がなかったわけでもない。 ただ、使えなかっただけ、と。 どうして、気づかなかったのか。 どうして、気づけなかったのか。 一度は、違和感を覚えていながらも。 どうして、見過ごしてしまったのか。 彼女にとって――賢者を目指す彼女にとっての呪文、とは。 かけがえのない祖父との約束であり絆、だと。 当たり前のように理解していたはずなのに。 と、ラザが俯き、形のない失意に目を向ける最中。 「私のせい、だね」 アーニーは些細な物音にも埋もれそうな声で、呟く。 「え?」 「久しぶりに会ったら、まずそのことを考えなきゃいけないのに……無理、させた、から」 「……何があったんだ?」 問いを受け、ぽつぽつりと語り出すアーニー。 そこでラザは、ようやく現在の経緯と状況を識った。 だから、彼女は眠っている。 食事も摂らず、感情も見せず。寝息を零し続けている。 が、アーニーはこうも述べる。 呪文とは数多ある"力"の一つであり、損なわれたところで他の"力"に影響はなく。 にも拘わらず、過度な睡眠状態に陥るのは、魔力の流れが途絶えていない証拠だ、と。 つまり――回復の見込みは十二分にあるらしい。 今は心身共に疲弊しきっているだけ、というのが彼女の見解だ。 とはいえ、それでも。いくら頭で分かっていても。 ラザが案ずる気持ちには変わりなく。 「……ナギサ」 気づけば彼は歩み寄り、声に出していた。 何も返ってこないと思いながらも、想い人の名前を呼んでいた。 しかし、ごろりと寝返りを打った彼女が、ラザに背中を向けた――直後。 「……なに?」 反応が、あった。 「ナギ、サ?」 「だから、なに? 用があるんでしょ?」 お互いに頼りない声だった。 「いや、その……」 「まさか何もないのに呼んだんじゃないでしょうね?」 だが、彼の煮え切らない態度に、音色はすぐ不機嫌になる。 さながら万華鏡のような、いつもの彼女だ――と呑気な感想も、一瞬。 「身体は大丈夫なのか?」 ラザは一瞬湧き出た安堵も抑え込み、努めて冷静に訊くべき事柄を口にした。 するとナギサは起きて振り向き、しばしの思案に暮れた後、たった一言だけ。 「……アーニーに聞いたのね」 それも疑問ではなく、断定の表情を伴って呟いた。 「誤魔化せると思ったけど、やっぱり気づかれちゃったか」 首肯しか返せない彼を横目に、ナギサは続ける。 「おまけにリノちゃんたちもいないみたいだし……置いてけぼりね」 しかし、次の独り言で察した。 「もしかして起きてたのか?」 目覚めていた時間もあった、という事実に。 ずっと眠っていたのであれば、いかに彼女とて状況を把握できるわけがないのだ。 「……まぁね。といっても、今起きたのも本当よ」 ただ、理由が見えない。無二の親友を心配させてまで、眠り続けたフリをする目的が。 「じゃあ、何故――」 だからこそ、ラザは訳を尋ねようとしたのだが、 「いや……いい」 その必要はなかった。むしろ、罪悪感が胸中に残響した。 大切な仲間たちの危機に、何の力にもなれない。 そんな後悔を抱いている事ぐらい、普段の彼女を知っていれば明らかなのだから。 なら、ここで疑問を投げるというのは、傷痕を抉るだけの愚問に他ならない。 「……みんなには黙ってて」 だが、ナギサは弱々しく項垂れて告げる。 「誰にも言わない、で」 「…………」 「……おねがい」 自分がどうあってもこれまで通りにして欲しい。怯えた面持ちで、そう懇願する。 気遣われる事が悪で、赦されない罪、とでも言いたげに。 だから、ラザは手近に椅子に座りつつ、呟いた。 「……それはできない相談だな」 突き放すような、容赦のない言葉を。 「どうしてっ!? どうしてそんな、こと……いうのよ」 当然、ナギサは反論する。怒りと嘆きを織り交ぜて。 推測通りであっても、実際に耳にしたくない音色だった。 「わ、わたしは心配なんて……迷惑、なんて掛けたくない、のに」 しかし、否定せずにはいられなかった。 「……ナギサなら、わかるんじゃないのか?」 「えっ……」 例え今以上に嫌われ、疎まれる事になるとしても。 「漠然と理由もわからずに心配する気持ち……ナギサもよく知ってるはずだ」 彼女を支えたいと思った。 「事情が分かっていれば、力になれることだってある」 彼女の隣を歩きたいと願った。 「それのどこが"迷惑"なんだ?」 彼女に遠慮なく寄り掛かって欲しいと想った。 「誰もそんな風に思ってない……ナギサと同じように、な」 彼女が好きだ、と――改めて自覚した。 「……っ」 瞬間、焔の瞳と交錯する碧眼が潤む。 ラザは自分が感情の赴くままに言い過ぎた事を察し、 「あ、いや……悪かっ……え?」 すぐさま謝ろうとしたものの、それは呆気なく遮られた。 「ナギ……サ……?」 完全なる不意打ちで彼女が頭を、右肩に預けてきたのである。 ゆえに、ラザは忘れた。 心地良い微かな重みに。触れた額の温もりに。 ふわりと舞い踊り、鮮やかに薫る金色の髪に。 即ち"彼女"という存在の、ありとあらゆるに。 束の間、呼吸を忘れた。 身の内に残されたのは、どくん、という音。 たったそれだけが、激しく胸を叩く鼓動だけが――彼に把握できる唯一の"感覚"だった。 「……なんで、いつも」 一方、彼の"想い"を知る由もないナギサは、紡ぐ。 「何でいつも先に……! あや……まるのよ」 「え?」 「だから……だから私は――」 だが、上手く聞き取れない。それほどまでに声は淡く、ふつふつと途切れていた。 「……わた、し……は……?」 加えて、音色は徐々に様相を変わりゆく。 自らに問いかけるように――何かを見失っているかのように。 が、刹那。 「ナギサちゃーん、起きてるー?」 相も変わらず間延びした声と、調子外れなノックが響いた。 誰かは考えるまでもない。呑気な大神官ことアーニーである。 ここでナギサは気づく。頭だけとはいえ、彼に寄り添っているという事に。 「わわ、わっ」 取り乱した彼女は、珍しくわたわたと飛び退く。対してラザも、咳払いと共に顔を逸らす。 直後。正しく間一髪で、ドアが開かれると、 「……あっ」 やはりそこに立っていたアーニーは――草花の瞳を丸くした。 「ナギサ、ちゃん」 そうして、頬を少し上気させた二人の不可思議な空気にも。 「えっと、うん……やほー……」 挨拶が妙にぎこちない事にも、一切気づかず。 「ナギサちゃん……!」 アーニーは彼女に抱き着いた。 「ちょ、ちょっと――」 「ずっと……たんだから」 「え?」 「ずっと心配、して……ずっと待ってた、んだから」 この同じ歳の少女は、今どんな顔をしているのか。そんな事は確かめるまでも、ない。 「…………おはよっ」 ナギサは震える親友に何気ない挨拶と柔らかな温もりで、応えた。 それから三人は、部屋で昼食を摂った。 かつては有り触れていた懐かしいひとときは、本来なら心落ち着く時間だった。 「うー……」 にも拘わらず、ナギサはぐったりとなっている。だが、それも無理はない。 何故なら、昼食の間。ひたすらアーニーの説教を受けていたからだ。 理由が理由。行いが行いだけに、逃亡はもちろん反論の余地すらも、絶無。 「自業自得だな」 さすがのラザも苦笑せざるを得なかった。 「それは分かってるけど……驚いたわ」 「アーニーか?」 既に彼女はいない。大神官としての職務に戻ったからである。 「……うん。あんなに怖いアーニー、初めて見たし」 もし、本人が聞いたら。リノたちが今のナギサを見たら、一体どんな顔をするのだろうか。 何となく想像したラザは、再度苦笑いを浮かべた。 「あら、随分楽しそうね?」 「気のせいだ」 「……ま、いいけど」 とその時、ふと視線が重なった。すると二人の頬が、忘れていた熱を帯び始める。 アーニーが訪れる前の出来事を揃って思い出したのだ。 「あの……ラザ?」 「……な、なんだ?」 途端に思考が漂白の一途を辿った。 「えと、その」 「あ、ああ」 脳裏に漂う無数の文字が、言葉として繋がらなくなった。 「…………」 しかし、ラザは自身の動揺を理解していた。 しかし、ナギサには分からない。こんな自分を、知らない。 「さ、さっきはごめん」 「え?」 そんな彼女が紡いだのは、謝罪。 「どうかしてた、みたい」 次に、先ほどまでの事を胸中から打ち消した。 気の迷いだった、と。知らない自分は要らない、と胸中に言い聞かせていた。 「珍しくラザが良いこと言ったのに……あははっ」 「……気にするな」 また、彼も頷くだけに留める――いや、正確には踏み込めなかったのだ。 未だ"過去"と向き合えない自分に、そんな資格はない、と。 「もうサマンオサは大丈夫なの?」 その後、ナギサの一言をきっかけに、ラザは事情を話し始めた。 驚くほど自然でありながら、極めて不自然に。だが、道理でもあった。互いが互いに"互い"を知らぬまま、先ほどの話を避けていたのだから。 皮肉にも隠し事が"日常への回帰"を促したのである。また、二人も気づいていないからこそ、日常に身を委ねる事ができた。 「なるほど……あのおじいさんが、ねぇ」 ともあれ、話を聞き終えたナギサは、最初にそう呟いた。 ちなみにカンダタとの話――"盗賊の眼"の件は、伏せている。もう少し落ち着いてから、と考えた末の結論だ。 「……あまり驚かないんだな」 が、思いの外反応は薄い、とラザが眉根を寄せていると、 「まぁ、ね。ただ者じゃない気はしてたし」 彼女はあっけらかんと答える。一瞬、彼は感心してしまった。 「言うなれば、女の勘、ってやつかしらね」 「……はぁ」 本当に一瞬だったが。 「あと、紅茶なんだけど」 しかもナギサは彼が枕元に置いた土産、紅茶の紙袋を指差して断言する。 「偏屈なおじいちゃんが淹れたにしては美味しすぎるのよねぇ……」 二度目のどうでもいい事を、うっとりとした表情で。 「……とにかくサマンオサについては問題ない」 結局、ラザは話を無理やり終わらせた――ものの。 「それで、もう一つのお土産は? 船乗りの骨、だっけ?」 彼女の興味は間隙もなく、会話中の違う物に移った。 「あ、ああ……これだな」 胸騒ぎを覚えつつも手渡すラザ。するとナギサは輪の部分に早速指を通し、くるくる回して遊び始めた。いつになく無邪気である。 とはいえ、好奇心旺盛な彼女の事。不思議も違和感も、ない。 無論、可愛らしくはあるが。 「へぇ……ホントに突然止まるのね」 やがて前触れもなく、骨はぴたりと静止する。方角は――南西。 「……ん?」 グリンラッドの時と異なった導きに、ラザは訝しんだ。 「どしたの?」 「いや、前は南東だったな、と思って」 受けたナギサは、たおやかな人差し指で唇をなぞりつつ、 「じゃあ……ロマリア。もしくは、ポルトガね」 約二秒ほどで過たず答えた。相変わらずの素早い思考展開に、ラザは本当に感心する。 ただ同時に、再びの胸騒ぎを覚えた。むしろ、最初の予感が的中しただけなのかもしれない。 それほどまでにナギサは、良い笑顔だった。 「ところで、ラザ」 「……なんだ?」 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。 「この先に何があると思う?」 「さあな」 「識りたくない?」 「気にならないと言えば、嘘になるな」 「じゃあ――」 「それでも今すぐに探す必要はないと思うが」 「う」 頬を膨らませるナギサ。やはり予想通りだったようだ。 「大体……休んでなくていいのか?」 だが、彼女を想っての一言が。 「あくまで呪文が使えないだけよ」 彼にとって最大の隙となった。 つまり、ナギサにとっては――最大の機会。 「そもそも"魔力の流れ"っていうのは、ここまで歪み切っちゃうとどうしようもないの。まぁ、最初の山を越えたわけだし、後は時間に任せるしかないわね。それに休んでばかりだと、身体が鈍っちゃうじゃない。どうあってもしばらく呪文が使えない以上、そっちの方が良くないでしょ?」 「まぁ――」 「それにもし、この先にオーブがあるとしたら? ない、とは誰にも言い切れないわよね? だったら、バラモスに知られる前に訪れる必要があるんじゃない?」 「しかし」 「でも、リノちゃんたちはここにいない……じゃあ、今動けるのは誰?」 「……まさか俺か?」 「それと、私よ。一人だと何かあった時に大変じゃない」 「それは解るが」 ラザも当初は必死に止めようとした。 「だからこそ、今なのよ!」 「ちょっと待――」 「あったらあったで助かるし……もしなかったとしても、私の暇潰――じゃなくて、いい運動になるじゃない」 「あの……」 「ほら、一石二鳥でしょ? 違う?」 しかし、ことごとく遮られる内に、 「……解った」 反論する気力を、根こそぎ奪われてしまった。 「これで決まりね」 そして浮かべられる――極上の笑顔。 目の当たりにしたラザは、不覚にも痛感する。 きっと最初から勝ち目などありはしなかった、と。 「……ナギサ」 「なに? まだ何かあるの?」 だが、それでもラザは告げる。 「せめて今日だけは休んでくれ」 「どうして?」 「…………俺も、心配してるんだからな」 真剣味を携えた瞳で、一心に想い人を見つめながら。 「ラザ……」 しばしの静寂を経た後。 「……うん……あ、ありがと」 さすがの彼女も素直に従った。 一抹の惑い。あるいは――ひとひらの翳りを滲ませて。 次の話へ
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