「幸せのカタチ」

※注意  このお話には、『お互い様な3人』の内容が、ほんの少しだけ出てきます。
 読まなくても大丈夫ですが、読んで頂けるとよりネタが分かりやすくなる箇所があります(笑)

――――――――――――――――――――――――
「……あれ?」

 穏やかな午後。太陽が傾き始めてから、丁度1時間が過ぎた辺り。
 窓から差し込む陽光は、白いカーテンと少し強い風によって柔らかくなっていた。
 もし、何もせず椅子に座っていたとしたら、誰もがうたた寝をしてしまうに違いない。
 正に平和という言葉がしっくりくる、そんな午後だった。

 リノたちは今、昨日の野宿で回復しきらなかった疲れを癒す為、辿り着いた町で休息を取っている。
 確かに野宿が辛いのは事実なのだが、本来ならこうして休むほどの事ではない。
 しかし、昨日はモンスターの襲撃があったので、誰も十分に休めなかったのだ。
 1人ぐらいなら周りがフォローをする事も可能だが、全員がその状態で旅をするのは危険極まりない。
 だからこそ、誰も今日を休息日とする事に反対しなかったのである。
「どうした?」
 宿屋のある一室。そこにいるのはトラッドとラザの2人。
 訝しげな声を上げたのは、少しうとうとしながらも道具袋を整理していたトラッド。
 すぐ側で剣の手入れをしていたラザは、そんな彼が気に掛かり、つい手を止めて顔を向けた所だった。
 ちなみにリノとナギサは散歩に出かけており、ここには勿論、隣の部屋にもいない。
 更に言うと、本当はリノも剣の手入れをする予定だったのだが、ナギサに無理やり誘われたというのが真実だったりする。
「あ、いや……これ、何だろうと思って……」
 そんな事情を知る由もないトラッドは、道具袋の中に入っていた覚えの無い物を取り出した。
 彼の右手にあったのは――――金色に輝く鳥のくちばしを模した装飾品。
「それは――――」
 見覚えがあったラザは一瞬で思い出して、彼に説明をしようと試みたのだが、
「……ん?」
 不意にくちばしの中から一枚の紙切れが床に舞い降りたので、何となく言葉を切ってしまった。
 トラッドは一度首を傾げた後、その紙切れを拾ってくるりとひっくり返す。
 すると、そこには可愛らしい字体でこう書かれてあった。


 いつも苦労してる師匠へ。

 何でもこれは幸運を呼ぶアイテムだそうなので、こっそり入れておきますね。

 いざという時の為に、是非役立てて下さい!

                                        ヤヨイ


「……俺って、そんなに不幸なのか?」
「…………」
「いざという時って何だ……?」
「………………」
 複雑な心境を隠しきれないトラッドの問いかけ。
 ラザは何も言わなかったが、不自然に顔を逸らす仕草は全てを物語っていた。
「ヤヨイも悪気はないんだろうし……嬉しいといえば嬉しいんだけど……」
「素直に喜べない、か?」
「……まぁ、うん」
「それでも愛されてる事に変わりはない。そこを喜んでみたらどうだ?」
「…………努力する」
 前向きな彼の励ましに、一応前向きな返事をするトラッドだったが、まだ顔色は優れない。
「うーん……でも、これどうやって使うんだ……?」
 一度ため息を吐いた後、トラッドは気を取り直してくちばしを眺め始める。
 この辺りの切り替えの早さは、良くも悪くもナギサに原因がある、とラザは胸中で呟いたものの口にはしなかった。
「……ああ、それは――――」
 その時、ふと我に返ったラザは、さっき言いそびれた正しい使用法を説明しようとしたのだが、
「こうか?」
 既にトラッドは――――くちばしに付いた紐を顎に回し、帽子のように被っていた後だった。
「…………ふぅ」
 今度は何も被害を受けていないはずのラザがため息を落とす。
「……どうかしたのか?」
 当然、彼が何故疲れた顔をしているのか分からないトラッドが、不思議そうな表情で問いかけた。
「…………さすがヤヨイの師匠なだけはあるな」
 しかし、ラザは呆れた顔でそう呟くだけだった。



「……やっぱり目立つよな、これ」
 夕食の準備の為か、そろそろ町中を歩く人が増える時間。
 先ほどよりも深く傾いた太陽は、地面に落ちている無数の影を徐々に大きくしていく。
 そんな中、トラッドは周囲から視線を向けられる恥ずかしさを紛らわす為に、せかせかと足を動かしていた。
 理由は勿論、顔の下半分を覆う金色のくちばし。
 ちなみに今のところはまだ、幸運らしきものが訪れた形跡は無い。
 むしろ不幸の方が勝っているとも言える。
「うかつだったな……ホントに」
 トラッドが深刻な表情でため息を吐く理由――――それは冗談半分でつけたくちばしが取れなくなってしまった事だ。
 最初はくちばしが小さくて外れなくなったと思っていたのだが、それにしては全く締め付けられる感じがしない。
 だが、呪いがかかってるとも考えにくい。何故ならラザの話では、以前にヤヨイがつけた時はすぐ取れたからである。
 そこでラザはこんな推測を口にした。

 トラッドに幸せになって欲しいという、ヤヨイの純粋な願いが強すぎたのではないか、と。

 ラザの考えによると、祈りと呪いは力の方向性が違うだけであって、行なってる事に大差は無い、という事だった。
 どれほど相手の事を想った願いであっても、度を過ぎれば何が起こるか分からない。
 そう考えると、ラザの言葉は辻褄が合っている様な気がした。
 とはいうものの、いつまでもこの状態でいるわけにもいかない。
 こうして、当初は外に出る事を頑なに拒んでいたトラッドは、くちばしを外す方法を探す為に、仕方なく町を歩いていたのである。
(でも、どうすればいいんだ? 何の手掛かりも無いし……そもそも幸せって一体――――え?)
 と、彼はぼんやり考え事をしながら歩を進めていたのだが、
「わわっ……?」
 その時、ちょうど足元に敷き詰められていたレンガが出っ張ってる事に気づかず、つまづいてしまった。
 驚きながらも体勢を立て直そうと、何とか背中を大きく逸らした瞬間――――

 よく見慣れた白い物体が、前髪の辺りで耳障りな摩擦音を上げたかと思うと、勢いよく通り過ぎていった。

「……もう少しだったのに」
 間髪入れず、右側から悔しそうな声と、投げ飛ばした物体を受け止める小気味良い音色が聞こえてくる。
 それが一体誰なのかは――――考えるまでも無い。
「ナギサ……!」
「今のどうだった? 戦闘でも役立ちそうでしょ?」
「だからって俺で試――――」
 くすくす笑いながら歩み寄ってくるのはナギサ。少し遅れて申し訳無さそうな顔のリノも駆け寄ってきた。
 とりあえず、怒りをそのままに叫ぼうとしたトラッドだったが、
「やぁねぇ、軽い冗談じゃない」
 やはり笑顔でパタパタと手を振るナギサに、つい気を削がれてしまう。
 しかし、彼は一度咳払いをした後、
「あのなぁ……今の破壊力で何処が軽い冗談なんだよ……!」
 焦げ臭い匂いを放つ前髪を、指に絡めながらナギサの言葉を否定した。
 その一言に、彼女は人差し指を右頬に当てて考え込む素振りを見せると、急に真剣な顔になってこう告げる。
「ちょっと待って、これには深いわけがあるの」
「……今の間が気になるが、一応聞こうか」
 トラッドは未だ半眼で彼女を睨みつけていたが、一旦気を鎮めて話を促した。
「あのね、くちばしをつけてるトラッドを見た時に……昔の物語を思い出したのよ」
「……物語?」
「ほら、無礼を働いたウィリアム・テルっていう人が王様の怒りを買う話」
「……それは知ってるけど……何でまた」
 少し怒りが紛れたのか、彼は先ほどよりも幾分穏やかな口調で素直な疑問を呟く。
「確か……そのまま死ぬか、息子の頭に乗せた何かをハリセンで打ち抜いたら助かる、って話よね?」
 だが、更に続けられた彼女の言葉に、トラッドは思わずその場に突っ伏してしまった。
「あれ、違った?」
 そんな彼の行動で、さすがに何かがおかしいと思ったのか、ナギサは不思議そうな顔で尋ねてくる。
「ハリセンじゃなくて弓矢! 後……頭に乗せたのは林檎だ」
 トラッドはハリセンで叩かれた事も忘れ、呆れながら丁寧に間違った箇所を指摘した。
「まぁ、似たようなものよね。どっちも飛ぶんだし」
「……ハリセンは元々飛ばないだろ」
 しかし、ナギサにしてみれば大した違いは無いらしい。
 もはや彼も諦めたのか、ため息を吐くだけで何も言わなかった。
(……もしかして、ナギサの狙い通り……?)
 隣で話を聞いていたリノは、ふとそんな事を考える。
 何故なら、また彼が怒れば今度は叩かれて静かになるような気がしたからである。
「でも……トラッドがレンガにつまづかなかったら、今頃面白い光景が見れたのに……」
 そんなリノの心配も知らずに彼女は言葉通りの感情を込めて、そう呟いた。
「……え?」
 だが、彼は怒りを思い出すわけでも、何か文句を言うわけでもなく――――ただ驚きの音色を唇から紡ぐ。
(……もしかして、このくちばしのおかげ……か?)
 よくよく思い返してみると、あの時レンガにつまづかなければ、こうしてナギサに反論する事すら許されなかった。
 偶然、と言ってしまえばそれまでだが――――悲しい事に、こんな幸運な偶然はこれまでになかった事である。
「あの……トラッド?」
「……ん?」
 金のくちばしについて考え込んでいたトラッドは、リノの呼ぶ声で我に返ると、少し間を置いてから振り向いた。
 すると彼女の黒い瞳は、じっと自分の口元に注がれている。
「ああ、このくちばしの事か?」
「うん……大丈夫?」
 一体、どういう意味で大丈夫と言ったのだろうか。そんなリノの何気ない心配に、彼の心は思ったよりダメージを受けた。
 しかし、ふとヤヨイの手紙を読んだ時のラザの言葉を思い出すと、
「……別に俺だって好きでつけてるわけじゃないんだけど――――」
 トラッドは落胆と照れの混じった表情で、2人に事情を話し始めた。

 ……………………

「……いい娘よねぇ」
 話が終わった直後、ナギサは開口一番しみじみとそう呟く。
 隣ではリノも同じように頷いていた。ただ、何ともいえない複雑な表情ではあったが。
「でも、どうすればいいか見当がつかなくて……」
 そんな2人の表情の意味を理解しながら、トラッドは深刻そうに告げる。
 もしくちばしが、先ほどみたいに幸運を呼ぶのならつけたままでも、という気持ちが無いわけではない。
 しかし、悲しいぐらいに人目を引く、食事の時に困るなどの状況を思い浮かべると、明らかにリスクが大きいのである。
「そうねぇ……呪いだったら、まだ何とかな――――あ」
 ようやく親身になってくれたナギサは、何かを思いついたらしく手をポンと叩く。
 そして、隣で同じように考え込んでいるリノの手を引くと、
「ねぇ、トラッド。今って他に用事は無いの?」
 妙に艶っぽい、しかも絶対に何か企んでそうな笑顔でそう尋ねてきた。
「え? まぁ……何も」
 その質問の意図が分からず、訝しげな表情でトラッドは返事をする。
 すると彼女はウインクをして微笑むと、

「じゃあ――――リノちゃんと何処か出かけてきたら?」

 何の前触れも無く、突拍子も無い提案をした。
「……え?」
 不意を突く言葉に、リノとトラッドは同時に呆気に取られた声を出す。
 それをどういう風に解釈したのか、ナギサは不満そうに唇を尖らせると、
「何よ、リノちゃんと一緒じゃ嫌なの?」
 右手に持ったハリセンを軽く振り回しながら、そう問いかけた。
「そ、そういうわけじゃなくて……今はこのくちばしをどうす――――」
「問答無用っ!」
 彼は取り乱しながらも、とりあえず否定しようと試みるが、それはナギサの閃光のような一撃であっさり沈められた。
 どうやらトラッドには選択権が無いらしい。悲しくも、それはいつも通りなのだが。
「で、リノちゃんは? さっき、ケーキの美味しそうなお店があったでしょ?」
 そうして、彼女はくるりとリノの方へ振り返ると、機嫌良さそうにそう尋ねる。
 彼女はナギサの豹変振りに、妙な胸騒ぎを感じたものの、
「トラッドがいいなら……構わない、けど」
 横目で頭をさすっている彼の表情を盗み見ながら、緊張した口調で答えた。
「じゃあ……行こうか」
「う、うん」
 2人は恥ずかしそうに視線を合わせると、ぎこちない足取りで歩き始める。
 それでもリノはまだましで、彼に至っては何故か手と足が一緒に出ていた。
 おそらくくちばしをつけている事によって、緊張が後押しされているせいだろう。
「今日はゆっくり帰ってきていいわよー」
 ゆっくりだが、確実に遠ざかっていく2人の背中へ向けて、ナギサは含みのある見送りをする。
 しかし、胸中では密かにこんな事を考えていた。
(トラッドの幸せって、やっぱりリノちゃんと一緒って事よね)
 彼女が視線を戻すと、2人の緊張は先ほどより和らいでいるように見える。
(もしかして……いつもお邪魔だったかしら?)
 ふとそう思ったナギサは、少しだけ考え込む素振りをしたものの、
(まぁ、障害はつきものよねぇ……ふふふ)
 一体何をどう解釈したのか、ますます闘志を燃やしながら帰路に着くのだった。



「……リノって、甘いもの好きなのか?」
 その後、2人が訪れたのは――――色とりどりのケーキが並んだ店。
 壁は清潔感のある明るい木目模様で、椅子やテーブルもその色で統一されている。
 たまたま空いていたのは窓際の席だったのだが、すぐ側には水色の花が緑色の花瓶の中に生けられていた。
 しかし、あまり大きくないせいか、外の景色を眺める邪魔にはならない。
 おそらくここがナギサの言うケーキの美味しそうな店らしいのだが、雰囲気も料理の内というのはよく言ったものだとトラッドは思う。
 だが、全く予想出来なかったのか、彼は少し戸惑った様子で外に視線を向けながら問いかけた。
「う、うん……おかしい?」
「あ、いや……今まで食べてる所を見た事がなかったから……意外に思ったけど」
「前にヤヨイに一口貰ってから……その……」
 一方、リノはというと、そんな彼の反応を気にしているのか、落ち着かない様子でメニューを見ている。
(何で……気にしてるんだろ……)
 自分でも理由の分からない不安。
 それは側で見ているトラッドの目にも明らかだった。
「で、でも、リノも女の子だし……その方が可愛――――」
「えっ……」
 慌てた彼は、少しでも励みになればと思い、頭に浮かんだ言葉を紡ぎかけたが、リノの驚いた反応に我に返る。
「…………え、っと」
「……あ、あの……」
 2人は互いに二の句が告げなくなってしまい、俯いたまま言葉を探し、また相手の言葉を待っていた。
 それだけなら何とも微笑ましい光景には違いない。
 だが、トラッドがくちばしをつけているせいか、周囲の誰もが引きつった笑みを浮かべている。
「あ……これ……」
 自分たちが目立っている事も忘れているリノは、彼と視線を合わせずにメニューだけを手渡した。
「リ、リノはもう決まったのか?」
「……うん」
 そんなごく当たり前の行動が助け舟となったのか、トラッドは一度深呼吸をして落ち着くと、じっとメニューを見つめ始める。
(今、トラッド……可愛い、って……?)
 彼につられて冷静にはなったものの、リノはつい先ほどの言葉を思い出してしまう。
(気のせい……じゃなかったらいいのに)
 しかし、途中でその言葉を遮ってしまったせいか、本当にトラッドがそう言ったのか分からない。
 そう思いながら、弱々しくリノが首を横に振ると、窓ガラスに自分の顔が映る。
(……トラッドが可愛いって思う女の子……どんな娘なんだろ……?)
 彼女は一瞬そんな事を考えるが、すぐに自分らしくないと考え直し、今度は大きく首を横にするのだった。


「……お待たせしました」
 注文をしてから、約数十分。ウェイトレスが2人の前にケーキを置く。
 だが、先ほどから他の客に運んでいる時と違って、何故かぎこちない。
(やっぱり……これのせいか)
 トラッドは苦笑いを浮かべながら、目の前に並んだ2つのケーキを見た。
 リノが頼んだものは、苺が2つ乗っている事以外は至って普通のショートケーキ。
 そして彼はというと、更にシンプルなチーズケーキを注文した。
「じゃあ、いただきます」
 甘い香りに誘われるように、ケーキに手を伸ばす2人。
 そしてほぼ同時に口の中へ――――入れようとしたのだが、
「うん、美味し……トラッド?」
 リノはフォークにケーキを刺したまま、不自然な格好で止まっている彼に気づく。
「……食べれない」
「…………あ」
 少し涙目で呟くトラッドの言葉に、彼女はようやく状況を理解した。

 くちばしのせいで口元が確認できない為、ケーキを食べれないという事に。

「……じゃあ」
 しばらく考える素振りを見せた後、リノは何を思ったのかトラッドのチーズケーキを一口分切り分ける。
「こうすれば食べれる?」
「え?」
 そしてそれを――――彼の口元へ運ぼうと試みた。
「あ、あの……リノ……?」
「これなら大丈夫だと思うけど……はい」
 唐突な彼女の行動に、戸惑いを隠せないトラッド。
 しかし、リノは自分のしている事に気づいていないらしく、いつもと変わりない。
(……た、確かにこうすれば……大丈夫だけど……)
 彼は目の前の彼女と差し出されたケーキを交互に見ながら、とりあえず落ち着こうとする。
 だが、トラッドは全く冷静になれないばかりか――――もう一つ、重大な事実に気がついてしまう。

(これって……間接キ――――!?)

 それは差し出されたケーキに刺さっているフォークが、リノの使った物であるという事。

(い、いくらなんでもそれは――――)
 慌てた彼は、リノが気づく前に正直に告白しようと考えたのだが、
(……でも、もしここで断ったら……傷つく、かな)
 その後何が起こるかを同時に考えてしまい、何とか思い止まる。
「トラッド?」
 トラッドが何故赤くなったり青くなったりしているのか、知る由もない彼女はきょとんとしていた。
(……よし)
 もし、このままの状態で何もせずにいれば、どちらにしてもリノが傷つくかもしれない。
 そう覚悟を決めたトラッドは、
(うん……別にやましい気持ちがあるわけじゃないし、リノだって親切でこうしてくれるんだから……!)
 何度も自分にこう言い聞かせて、口を開こうとした。

 その時、一番の問題である金のくちばしが――――何の前触れも無く彼の膝の上に落ちた。

「……え?」
 一体何が起こったのか、理由を考える事すら出来ずに呆然となる2人。
 そんな中、先に我に返ったトラッドは、自分のフォークでチーズケーキを食べると、
「こ、これなら1人でも大丈夫だな」
 安堵と後悔が入り混じった複雑な表情でそう返事をした。
「それなら良いけど……あ」
「ん?」
 結局リノは、最後まで彼の葛藤に気づく事無く、再び自分のケーキを食べようとしたが、
「これ……どうしよう?」
 食べさせられなかったチーズケーキが、まだフォークに刺さったままという事を思い出す。
 しかし、くちばしも外れ、それ以上の問題も無事解決して余裕を取り戻したらしいトラッドは、
「じゃあ、俺もリノのケーキを少し貰うから……それでいいか?」
 穏やかに微笑みながら、そう提案した。
 少し恥ずかしそうだったが、こくりと頷いた彼女はチーズケーキを口に運び、わずかに表情を綻ばせた。
 それがあまりに美味しそうに映ったのか、彼もリノのショートケーキを少し食べ、にっこりと笑った。
(幸運のくちばし、か……)
 トラッドはふと今日一日の出来事を思い返す。
(まぁ……悪くないのかもな)
 外れなくなったり、ナギサの規格外なハリセンが直撃しそうになったりと、散々な一日ではあったかもしれない。
 だが、そんな事も忘れてしまいそうなほど、トラッドは今が楽しいと思っている。


 他の誰でもないリノと一緒に過ごす事。
 それこそが、彼にとっての幸せなのだと気づいたのはくちばしだけで――――彼自身が気づくのは、もう少し先の話だった。



※後書き
 2周年感謝SS第11弾です。
 リクエストして下った翔様、ありがとうございました。

 今回は「いつも不幸なトラッドの超幸せな一日」という事でしたが……もう、全く思いつきませんでした(汗)
 普段、意識して不幸にしているわけではないので(酷)、どうしても幸せが出てこないんですよ(苦笑)
 そこでまず、彼の不幸はどんなものがあるのか、から考え始めました。

 1、ナギサにハリセンで叩かれる
 2、ナギサにからかわれる
 3、ヤヨイの無自覚な行動に巻き込まれる

 などですが、考え始めたら可哀想になってきたのでやめました(笑)
 今度は気を取り直して、彼の幸せを考えてみたところ……やっぱりリノかなぁ、と思い、こうなったのでした。
 ……ベタでしょうか(苦笑)
 もしかしたら、ある意味いつもの日常もトラッドにとっては幸せなのかもしれませんけどね(何)

 それではリクエスト下さった翔様、読んでくださった方々、ありがとうございました!



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