ホワイトデーSS 「リノの欲しい物?」 前編


 それは真夜中、今正に日付が変わろうとする瞬間の事であった。
「ヤヨイちゃん、もう寝ちゃった?」
「・・・・ふぁい? まだ起きてますけど?」
 明らかにまどろみの中に身を置いていた声だが、彼女は性格のせいか、そう返事をする。
「・・・気持ちの良さそうな所、悪いんだけど・・・」
 謝罪しながら、ナギサはベッドから身を起こして言葉を更に紡ぐ。
「明日って何か予定ある?」
「えっと・・・武器屋さんに行くぐらいですけど・・・」
 何とも彼女らしい予定だ、そう思いながら微笑ましく見つめていると、急に真剣な表情へと変える。
「じゃあ・・・一つお願いがあるんだけど・・・いい?」
「え? いいですけど・・・何ですか?」
 珍しく見せる表情に頼み事。ヤヨイは心の底より疑問を感じながら耳を傾け始めた。
「実はね・・・・」
 何を警戒してなのか、ナギサは耳元で声を潜めて話し始める。
 時折、うんうんと首を小さく縦に動かしながら、まだ意図の読めない顔のヤヨイ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・というわけなんだけど、いいかしら?」
 5分ほどその状態が続き、ようやくナギサは身を離す。
 そして、大人しく聞いていたヤヨイはというと――――嬉しい事があった時と同じく、顔が輝いていた。
「わかりました! 是非、協力させて下さい!」
 それから2人は、楽しみね、と同時に言ってから、再びベッドに戻って、笑顔のまま安らかな眠りに就くのであった。

 翌日、朝食の席。今日は次の目的地が少し遠いという事で、1日ゆっくり休んでから万全の状態で望む予定であった。
 しかし、いくら休むといってもそれで急に起きる時間が変わるわけではないし、さすがにずっと閉じこもっているわけにはいかないので、明日の準備をしようという話になる。
「誰が買い物に行くかよねぇ・・・?」
 青い瞳の中に怪しい光を灯しながらナギサが言う。
「・・・すでに答えは決まってそうだな」
 そういう時に何か言われるのは自分、トラッドは長い旅の間にその事を十分過ぎるほど理解していた。
「じゃあ、俺が――――」
 なので、結局自分になるぐらいなら、と思っていつものように自ら名乗り出ようとした時であった。
「私、行きたいです!」
「え?」
 彼の隣の席から元気な声が、強い意志を伴って発される。
「ヤヨイ? 別に無理しなくても・・・」
「いえ、行きたいんです! それに武器屋さんも見たかったですし」
 ああ、なるほど、と彼は納得する。しかし、1人だと荷物は持ち切れない。
 トラッドはそう考えて、ついていく、と言おうとしたが、それは他ならぬ彼女に遮られる。
「リノさん、一緒に行ってもらってもいいですか? 分からない事もあるし・・・」
「え? いいけど・・・それならトラッドの方が」
 まさか自分の名前が出るとは夢にも思っていなかったのだろう。彼女はやや驚きながら、最もな事を告げる。
「えっと・・・ほら! こういう機会ってあんまりないじゃないですか? だからリノさんと行きたいんです」
「・・・それなら、一緒に行こうか」
「ありがとうございます!」
 理由を言う前に不自然な間があった事に、リノは気付かなかった。
 ただ――――トラッドだけは不安げな顔を浮かべている。
「それじゃあ、ご飯を食べたら早速行きましょう」
 ヤヨイの弾むような声に、リノはトーストを飲み込んでから小さく頷いて答えるのであった。

(何だか・・・変な感じだな)
 昼食の準備で賑わう街中。リノは人ごみの中を歩きながら、ぼんやりそんな事を考えていた。
(いつもトラッドと行ってたからかな・・・)
 理由は分からないが、彼はいつも自分から買出しに行く。
 そして、手伝いに行くのはリノがほとんどであった。
 そういう彼女も何となくでついていってるので、理由は良く分かっていない。
「リノさん、どうかしましたか?」
「え?」
 不意に隣からヤヨイの、わずかに心配の混じった声がする。
「その・・・元気が無いなぁ、って」
「いつも通りだけど?」
 鏡が無いので、自分がどんな顔をしていたのかは分からないが、それでも普段通りのつもりだった。
(やっぱり・・・師匠と一緒の方がいいのかな?)
 尋ねたヤヨイはふとそう思うと、彼女に申し訳なく感じてしまう。
(そういえば・・・リノさんってどう思ってるんだろ?)
 いつもの様子を見ている限りでは嫌っている節は無く、むしろ好意を持っているように見える。
 だが、はっきりとした態度を見せるわけでもなく、元々が物静かな為分かり辛い。
 興味はある、が何故かそれを聞く事が出来ない。
(それに・・・リノさん自身、分からないのかも知れないし)
 もしそうなら、うかつに言葉にするのは少し怖い気もした。
 互いに何か考え込んでいるせいか、自然と会話が少なくなる。
 しかし、目の前に見えてきた道具屋の看板が助けとなり、ヤヨイは幾分いつもの調子に戻りつつあった。
(まずは道具屋かぁ・・・)
 先にドアを開けて中に入るリノには見えないように、こっそりとポケットからメモを取り出すと、何かを確認してからその後へと続いた。

 道具屋の中、リノは慣れた様子で次々と薬草や毒消し草、そしてキメラの翼などを手に取っていく。
 それからじっと道具を見つめて考え込んだ後、彼女は振り向いてからヤヨイに声をかけた。
「これぐらいでいいか?」
「えっと・・・いいと思います」
 見習いとはいえ、一応商人である彼女の目から見ても特に不足があるようには思えない。
「後で師匠にも見てもらうんですよね?」
 とはいえ、いつもこういった準備をしているのは彼なので、もしかすると何か忘れているのかもしれない。
 そう思ったヤヨイの言葉に、リノも同じように考えていたらしく小さく頷いた。
「じゃあ、買ってくる」
 短くそう呟いて、カウンターに向かおうとした時だった。
「あ、リノさん」
「何?」
「あの・・・えっと・・・」
 呼びかけたはずのヤヨイだが、何故か戸惑った表情になっている。
(どう言えばいいんだろ・・・?)
 しばらく困った顔で思案に暮れる彼女。リノは不思議そうに見つめながらも言葉を待っていた。
「あ、あの! リノさんは特に欲しい物は無いですか?」
「え?」
 今度は彼女が返事に困る番だった。
「欲しい物って言われても・・・必要な物を買いに来ただけだし・・・」
 何となく質問の意味が理解出来ない。
「あっ、なかったらいいんです。な、何となく聞いてみただけですから・・・」
 それほど深い質問ではないのかもしれないが、それでもヤヨイの言葉には狼狽の色があった。
 気にかかる事ではあったが、それをどう尋ねれば良いのか分からないので、リノはとりあえず今手に持っている物を買いに行くのであった。

(・・・ナギサさん、難しいんですけど・・・)
 道具屋で買い物を済ませた2人は、ヤヨイの要望により武具屋に行き、一通り見て回った後だった。
「リノさん、気になった物ってありませんでした?」
「いや、特に・・・」
 店の中にいたのは20分程度。それはぐるりと中を1週しただけの時間である。
 ヤヨイは救いを求めるように、ナギサからもらったメモを見る。
 そこには道具屋、武具屋という字と――――リノちゃんが欲しそうな物を探る事、という字が書かれていた。
(・・・でも、頑張らなくっちゃ)
 そう、彼女が頼まれたのは自分たちがリノにプレゼントをする物ではなく・・・

 トラッドがもらったチョコレートのお返しになりそうな物を探す事なのだから。

 2人を密かに応援しているヤヨイの中では、かなり重大な使命となっている。
 しかし、現実は予想以上に厳しかった。
 何も成果が得られないまま、彼女一人だけが沈んだ様子でとぼとぼと帰路を辿っていると、ふとリノの足が止まる。
「リノさん?」
 その声が小さかったのか、何かに集中しているからなのか返事は無かった。
「・・・・・・」
 彼女はゆっくりとその場に座り込む。足元には薄汚れた薄い赤色の布が敷かれていた。
 その上に何かキラキラと太陽に反射して光を放つ小さな物が目に映る。
(・・・ちょっと意外かも)
 ヤヨイはふと心中でそう呟いた。何故ならリノが見ていたのは、綺麗な細工の施された装飾品だったから。
「リノさん! 何か欲しい物とかあります?」
 先ほどまでの気持ちは何処へ行ったのか、彼女はここぞとばかりに元気に話しかける。
「え? いや別にそういうつもりじゃ・・・」
「でも、興味はあるんですよね?」
「・・・・珍しいから」
 よく見ると、彼女の頬がわずかに朱に染まっていた。
「それに・・・似合わないと思うし・・・」
 今にも消え入りそうな声だった。だが、リノに意識を向けていた彼女はそれを聞き逃さない。
「そんな事無いですよ! リノさん、とっても綺麗ですし」
「・・・・・・!?」
 彼女にとって珍しい物の目の前で、珍しく驚きと困惑の入り混じった表情になる。
「ほら、このピアスとか・・・うんうん、とても似合ってますよ」
「え・・・」
「お兄さんもそう思いますよね?」
 おそらく頭が真っ白になっている彼女をほって、ヤヨイは店番の茶色の頭の若い男に見せる。
 彼が微笑みながら頷く様子は、本当にそう思っているようであった。
「・・・よく分からない」
 精一杯の言葉。だが、彼女がそれを聞くわけも無く、ひたすら色々な物を自分の側に近づけている。
 リノの顔が熱くなっているこの状態は、この後数時間にも及んだのであった。





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