「リノとクリスマス」 前編


「・・・後、薬草を3つと満月草を5つ・・・トラッド、これでいいか?」
「ああ、十分じゃないか?」

 間もなく閉店となる、ここロマリアの道具屋。そのせいか店内では1人の若い男が額に汗を浮かべ、忙しなく身体を動かして明日の為に商品を整えている。
 リノとトラッドは旅の準備の為に足を運んでいたのだった。
「はい、どうもありがとう」
 彼女はカウンターの主人の前に代金を置き、紙袋に入った商品を受け取る。
「・・・?」
「どうした?」
 その時トラッドは、リノがやけにその紙袋を眺めているのが気になり尋ねてみた。
「何だか前と違う気がして」
「そういえば・・・」
 確か以前に買い物をした時は、無地で濃い茶の質素な紙袋。しかし、手渡されたものは赤と白と緑で綺麗に彩られ、封をしてある所に黄色のリボンが付いていた。
「ああ、明日はクリスマスですから」
 にこやかに言われて2人が何となく店内を見回すと、様々な色の鈴や真っ白な綿などでおしゃれに飾られたもみの木が目に映る。
 それだけでなく、見本と書かれた透明な箱の中には、紙袋と同じ模様の紙に包まれた薬草が入っていた。
「そっちはプレゼント用ですよ。いかがですか?」
「いや、別に・・・」
 リノが困った顔で断っている時、トラッドは半ば呆れたようにそれを見ていた。
(・・・薬草がプレゼントって怪我する事が前提・・・?)
 例と分かっていながらも、そんな事を心中で考えながら。

「ありがとうございましたー!」
 2人はその声に見送られながら、よく分からないままその場を後にする。
「・・・寒いな」
 トラッドはそう言って、重ねた掌に口元で息を吐いて温めた。
 来る前はただ風が冷たいだけだったのだが、いつの間にか空からは雪が降っていた。
「・・・・・・」
 リノはそれを気にする様子も無く、ただ町の様子を眺めている。
「ああ、クリスマスか」
 気づいた彼は、先ほど道具屋の主人が言った事を繰り返して、同じように町を見渡した。
 よく見ると町のあちこちでそれらしい装飾がされており、道行く人たちの表情はどこか上機嫌である。
「・・・・・・・・・帰ろう」
「ああ、そうだな」
 彼女は何かを考えていたようだが、それは短い時間で打ち切ったようだ。
 そもそも2人にとっては無縁であり、そして今はこの寒さをどうにかする方が重大なので、早足で宿へと急ぐのであった。

「おっかえり〜」
「師匠、ご苦労様です!」
 自分たちの泊まっている部屋へ戻ると、隣のはずのナギサとヤヨイが何故か出迎える。
「やっぱり外は寒いな」
「でしょ? だから暖めておいたのよ」
「へぇ・・・・・・ん?」
 トラッドは珍しく気の利いているナギサに素直に感心しかけるが、ふと何かを思いついた表情になった。
「・・・ヤヨイが言ったのか? それともまた何かやらかしたのか?」
「・・・・・・・・・ご想像にお任せするわ」
 どうやらこのどちらかに答えがあるらしいが、正解を探す気などないトラッドはベッドへと腰掛ける。
「そういえば、ナギサに聞きたい事が」
 そして彼が袋の中の物を整理しようとした時、リノが彼女を呼んだ。
「あら、どうしたの?」
 返した声は弾んでいた。彼女はこういう時、傍から見ても興味津々なのがよく分かる。
「クリスマスって何だ?」
「・・・・・・ほほう、成長したわね、リノちゃん」
 何がどうやってそういう結論になるのか、横で見ていたトラッドは呆れ、ヤヨイは次の言葉に目を輝かせて期待している。
「その前にトラッドは毎年何してるの?」
「え? いや、別に・・・」
「・・・・・・論外ね。じゃ、ヤヨイちゃんは?」
「毎年、モーニングスターに可愛くリボンをつけてました!」
「間違ってはないんだけどね・・・一応、リノちゃんは?」
 一応、と付けたのは彼女が質問した本人だからである。
「町が賑やかだとは思ったけど別に・・・・・でも、酒場からは泣き声が聞こえてきた」
 トラッドとナギサだけは瞬時にその意味を理解する――――独りが寂しくて、酒を飲んだもののやはり寂しくて、という事を。
「・・・教育がなってないわ」
 ひとしきり質問をし終えた彼女は、大げさにため息をつきながら首を横に振ってそう洩らす。
「そういうナギサは?」
「愚問ね・・・そもそもクリスマスというのは教会で祈ったり、家ではご馳走を前にパーティーを開いたりするけど・・・」
 そこまで言ってから、彼女がハリセンを取り出すのを見て、条件反射で彼が、びくっと身体を緊張させた。
「けど・・・?」
 そのやり取りにすっかり慣れてしまったリノは、何事も無いように続きを促す。
「全てカモフラージュよ」
 ナギサは同時にテーブルを景気よく叩いた。周りが静まり返っていた為、それは余計に部屋中に響く。
「で・・・何の為の?」
 一番先に現実へと舞い戻ったトラッドは、おそるおそる尋ねた。まだハリセンが握られているので油断は出来ない。
 そんな彼の恐怖など知る由も無いナギサは、うっとりとしながら話し始める。

「かっこいい男と甘い夜を過ごす為の、よ」

 再び部屋に正体不明の静寂が訪れた。
「つまり、ナギサは毎年そうなのか?」
 今度はリノが問いかける。ハリセンで殴られた経験が無い為、その口調には恐れも緊張も無い。
「・・・・・・」
 彼女からの返答が何も無かった代わりに、まだ我に返っていないトラッドに一撃を加え、意識を無理やり引きずり起こす。どうやらそれが彼女の答えらしい。と、言っても分かったのは彼だけだが。
「でも、たまにはいいかもな」
「何が?」
 誰も話が見えていない、とリノは思っていたのだが、突然そう言った彼に驚いてすぐに聞き返した。
「いや、クリスマスパーティー。旅立ってから、ずっと緊張しっぱなしだっただろ?」
「トラッドにしてはいい意見ね」
「私も賛成です!」
 ナギサとヤヨイの反応は彼の期待通りだったらしく、つい無防備な笑顔になる。
「リノは?」
 その中で、彼女だけは何の反応も示さない。というよりは困惑したような表情を浮かべていた。
「別に・・・いいと思う」
「よし、じゃあ決まりだな」
 ぎこちない口調であったが、了解を得られた事に3人は喜んでいた。だが、リノの胸には疑問と不安がまだ残っている。
(クリスマスって・・・パーティーの事なのか?)
 自分の理解できる範疇でそう考えた彼女は、力無くベッドへと倒れこむのであった。


 そして次の日の朝。リノは自然と目が覚める。
(あれ・・・?)
 まだ睡眠を欲する脳に無理やり逆らって身体を起こすと、隣からは安らかな寝息が音を立てていた。その主は同じ部屋で寝ているトラッド。
(いつもは私より早いのに・・・疲れているのか?)
 彼の朝は早く、そして準備をしている音を目覚まし代わりに自分が起きているぐらいなのだ。慣れない光景を目にしたせいか、彼女は少しだけ心配になる。
(今日は出発しないから、無理に起こさなくてもいいか)
 そう思いながら、彼女は一向に起きる気配のない彼を休ませる為、静かに準備をして食堂へと向かった。

「遅いな・・・」
 そして食堂。リノは1人ぽつんと椅子に座っていた。目の前には注文したトーストと最初に運ばれてきた水がある。
 周りにはまだ人は余りおらず、欠伸を噛み殺す声がたまに耳に入ってきた。
(早すぎた・・・わけでもないな)
 気になって時計を見るが、そんなこともなく、むしろ遅いくらいだった。
 テーブルに着いた時は気にしておらず、朝食が運ばれてくる頃には全員揃うだろうと思っていたのだが、トラッドだけでなくナギサとヤヨイも来る気配が無い。
(何かあったのか?)
 しかし昨夜はあれからすぐに全員眠ったはずで、そこから事件が起こるとは考えにくい。それに同じ部屋の彼に何かがあれば、自分がすぐに気づくはずである。
 しん、と静まり返った自分のテーブルで、リノはゆっくりとトーストを口に運ぶ。
(・・・・・・・・・)
 程よくきつね色焼けた表面にはたっぷりのバターが溶け込んでおり、それ以外に変わった点は無かった。
 自分はそれほど味にうるさいわけではない、と思っているが、今日は何故か味気なく感じる。
 だが、お腹が空いているのは事実だった。彼女はとりあえず水を飲んだ。
(そういえば、旅に出てから1人で食事をしたのは久しぶりだ)
 いつもならここで3人とこれからの道のりや、他愛も無い話をしたり、それに対して彼が苦笑いをしたりと、時々静かにしてくれと呟くぐらい賑やかであった。
 彼女が1人だったのは、レーベの村からナジミの塔へ向かう時だけ。
(私も疲れているのか?)
 そう言い聞かせるように膝元に置かれた両手を見る。違う事は分かっている、がどうしても本当の理由に目を向けたくない。
 酷く落ち着かない心を鎮める為に、リノは半分以上残っていた冷たい水を飲み干す。部屋が暖かくても冬の朝には少しきつかったが、逆に思考を途切れさせるのに役立った。
 彼女は軽く咳払いをしてから、氷の入った水を頼むのであった。

「おはよーございます・・・」
「リノちゃん、おはよう・・・今日は早いわね」
 目を閉じて、徐々に騒がしくなってきた周囲に耳を傾けていると、まだ眠そうな2人の声が聞こえてくる。
「いや、いつもより遅いぐらいだけど・・・」
「もう起きてたのか、おはよう」
 リノが2人に時計を見るように促した時、同じ部屋で寝ていたトラッドが階段を下りながら挨拶をしてきた。
「いつもより遅いんだって、ほら」
「え? ・・・・ホントだ」
 そう答えたのはナギサで、同じく時計を見た彼は軽く驚きを見せる。
「ま、何はともあれメシだな」
 その声を聞きながら、リノは退屈を紛らわすように再び周囲に耳を傾けた。
「あれ? リノはもう食べたのか?」
「ああ、食べていれば来ると思ったから」
 自分としては普通に返事をしたつもりだった。しかし、彼には違って聞こえたらしい。
「・・・・・・ごめん、怒っても当然だよな・・・・・・」
「え? あ、いや別にそういうつもりでは」
 トラッドが目に見えて落ち込んでいたので、リノは慌てて否定する。
「本当か? なら良かった・・・」
「・・・大げさな」
 いつもよりも嬉しそうにそう言う様子を見ると、彼女は直視できず、視線を外してから目を閉じた。
 それから3人がメニューを見て、カウンターまで行って何かを頼むと、ナギサが欠伸をする。
「眠そうだな」
「そういうトラッドこそ」
 彼の一言に笑みを浮かべてそう返した時、今度はヤヨイが欠伸をした。
「・・・眠れませんでした」
 そして少し恥ずかしそうに小声で呟く。
「どうかしたのか?」
 聞くだけでも眠そうになる3人の様子に、唯一いつもと変わらないリノが問いかけた。だが、中々返事は無く、互いに相手の顔を盗み見るだけである。
「その・・・今日のパーティーが」
 意を決して口を開いたのはトラッド。しかし、ぼそぼそと視線を下へ向いており、いかにも話しづらそうであった。

「・・・すごく楽しみで眠れなかった」

 一瞬の静寂。その時後ろから「お待たせいたしましたー」の声と共に朝食が並べられ、テーブルの上に皿の置かれる音だけが響く。
「師匠も、ですか?」
「も? って、もしかして・・・」
 ヤヨイが意外そうな声を洩らす。
「まぁね」
 次に答えたのはナギサ。いつもの堂々とした口調はすっかり影を潜めて、緊張した手で湯気の上がった紅茶を飲む。
(そういうものなのか・・・?)
 クリスマスにしても、パーティーにしてもリノにすれば現実味が無い。そのため、昨夜自分は普通に眠ったのだが、思い出してみると隣で喜び混じりの唸り声が聞こえてきていたのを思い出す。
「てっきり、俺だけかと思ってた」
 トラッドのその言葉には先ほどまでの照れは無い。自分だけじゃなかった事に安心したようだ。

 それからリノは釈然としない表情で目を閉じ、3人は今日これからの事を嬉々として話しながら、いつもと違う朝食を始めるのであった。






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